そのⅥ
一度手を繋いだからといって、そのぬくもりを二度と忘れないとは言えないから……。
だから人は、人の声を聞いて顔を見るものなのだろう。
毎週日曜日に投稿します。よろしくお願いします。
叶えたい夢と、現実を重ねることは、なぜこんなにも難しくて、辛くて、逃げたくなるものなのだろうか。
時間は有限で、いつ死ぬかも分からないのに…………そんなどうすればいいのかも分からない、夜も眠れない不安に駆り立てられながら生きるのは、どうしようもなく痛いじゃないか。
だから結局、夢は夢でしかなくて、もし多大な時間を犠牲にしてそれを叶えたとしても。
もっと効率のいい幸せを手に入れられる生き方もあるんじゃないだろうか……。
「そうやってまた逃げてるだけだ……」
そんな言い訳ばかりだけがすらすら出てくるのは、分かってる。
分かってるさ。
本当の気持ちを上書きして埋め尽くそうとしていることぐらい。
でも今の私じゃ、あんな風には笑えないから。あの子のようにあんな楽しそうに部室へ足を踏み入れることはできないから。
ほらまた自己嫌悪を繰り返して本来の道を塞いでしまうのが私の癖だ。だめでだめでどうしようもない典型的な逃げ癖。
そんな私だから、今日もまたなにかを求めるように。
いや、こんな私の前でも笑ってくれる彼女がいるから。
私はあの教室を目指す。
まるで、私が彼女を利用しているだけみたいに……。
だってそうだ。彼女は私と幸せになりたいと言ってくれてはいるが、私は彼女になにかを返せる力なんてないんだから……。
だからこれは一方的なもらいものに過ぎないじゃないか。
からから……と軽い音を立てて扉は力なく開かれる。
開けた張本人である私はすぐに中の様子を覗き込む。
「あ……」
彼女はすでにそこにいた。常にそこにいるのではないだろうかと思わせるほど彼女は私が訪れるまでには必ずいる。
そしていつも柔らかい空気を纏いながら、座っているのだ。
ただ今日はその座っている位置が少し違っていて。
ピアノの前ではなく、窓辺に椅子を置いて、そこに腰を下ろしながらその外の景色を眺めていた。
彼女は私がここに来たことにまだ気付いていない。
だけど、私は彼女に近寄って声をかけようとも思わなかった。
ただ、その横顔に、また見惚れてしまったから。
「…………」
その双眸にはなにが見えているのか、見えたものにどんな言葉を浮かべているのか、そんな彼女が奏でる次の音はどんなものなのか……。
そんな興味ばかりだけが私の思考を支配する。彼女だけに意識が傾く。
「…………きれいだけじゃないんだよな」
今、この二つの瞳が映しているのは単なるオレンジ色の夕日だけじゃなくて。
私にはそうとしか言えないこの景色も、彼女は別物にも見えていたりするから。
それは例えば、私が今見えている彼女の横顔が、きれいだけではまとめられないほど、きれいだと伝えたいような、そんな簡単だけど誰にも止められないほど愚直な気持ちに似ている気がする。
扉にもたれかかる私と、窓辺に座って外を見つめる彼女の距離は、近いようで遠いというそのものだ。
「…………透華?」
「あ、うん……来たよ。愛歌」
確かに彼女を見ていたはずなのに、視界がぼやけてしまうほどぼーっと変なことを考えていると、彼女の声がそっと耳を撫でた。
ぱっと視線の先のピントを合わせると、彼女はその黒目だけをこちらに向けていた。
「ごめんなさい気が付かなくて……いつからいたの?」
「ううん、今来たところだから気にしないで」
「そう? ならよかったわ」
彼女はむくりと立ち上がり、ぴこぴことこちらに駆け寄ってくる。
私が近づかなかったこの距離を、一瞬で詰めてくる。
目の前で私を見上げる彼女の面持ちは、とても可愛らしく無邪気な小動物のようだ。けれど、それていてその目の色は儚げで繊細。まるでなにもかも透き通しそうなガラス玉のような……。
「今日は少し遅かったわね。なにか用事でもあったのかしら?」
「まぁ、ちょっと疲れててぼーっとしてた……」
「あら? 大丈夫かしら? 体調が悪いなら無理しなくても……」
「あぁ、大丈夫大丈夫。体育で張り切りすぎただけだから…………それに、約束したし」
「約束……」
「昨日したでしょ。また明日も来るって」
「そう、ね……」
彼女は不意打ちをくらったかのように目を大きく見開いてこちらを見つめたあと、すぐに頭を下げた。
その小さな彼女の頭頂部を見つめていたのはほんの束の間だった。
彼女は顔を見せないまま、くるっと背を向けて私から離れていく。それに連れて私もそろそろ扉から体を離した。
「透華はすごいのね……」
今度はピアノの前に置いてある椅子に座り、ぽつりとささやかような細い声を出す。
「なにがさ?」
そんな褒め言葉にこれっぽちも思い当たる節がない私は訳も分からないまま、さっきまで彼女が座っていた椅子に腰を下ろす。なんとも夕日が眩しいことだ……私は思わずその景色から目を逸らしてしまう。
「透華は来ると言ったら本当に来てしまうのね」
「は? いや当たり前でしょ。それが約束なんだから」
「とびっきり疲れていて、ありったけしんどくても透華は来てしまうのかしら?」
「愛歌がなにを言いたいのかは分かんないけど、たぶん死んでない限り来ると思うよ。私、暇だし」
ここに来る以外、なにもないから。
ここにだって、なにか目的があるわけじゃない。むしろ目的があるかもしれないと勘違いしてたるだの迷子が行き着いているだけだ。
だから、来ると言ってもそれができないくらいの私なら、もう死ぬことくらいしか約束されていないくらい暇なんだ。
「それは当たり前のようで、とても簡単にできることじゃないのよ」
「……なんか嫌なことでもあったの?」
「もし約束をしても、それが絶対なんてことはないもの。明日会えると分かっていても、もしかしたら会えないかもしれないという心配もちょっとついて来るもの」
「まぁ……なにが起きるかは分からないし?」
「違うわ。裏切られるかもしれないからよ。だから信じたい気持ちの分だけ期待してしまうのだわ……」
「それはなんとも人間不信なことだね……」
それはあまりにも穿ち過ぎた見方なんじゃないだろうかとも思う。
人は騙す。人は裏切る。人は嗤う。
でもそれは、そんな人たちもいるってだけで、仲の良い人の関係でそこまで怪しむことはないんじゃないかな……。
…………でも、なんでかな。
こんな些細なことでさえ、ぽつりと弱音のような本音が出てしまう彼女は。
あまりにも綺麗すぎるのではないかと怖いほど美しく感じた。
「ええ、そうね……少し心配性が過ぎたわね。でも、やっぱり透華はすごいわ」
「だからなんでよ。まさか約束を本当に守ったからとか言うじゃないでしょうね? こんなただ来るだけのことなら毎日してるじゃん」
「こんなわたしだからこそよ」
「え……?」
「こんなわたしがいる誰も来ないような場所へ、毎日続けて来てくれるから……。わたし、透華が来ることに心配がなかったものの」
「そ、そんなの、私の方こそ…………」
彼女は『こんなわたし』とか言うけれど、それはこっちのセリフだ。私如きが来る必要もないのに毎日来ては彼女を安心させてしまっているのが、心底罪だと思う。
「透華、ありがとう」
「な、なによ。急に改まって……」
「いいえ、だって今日だからこそだもの。今日までがあったからこそ、わたしは透華がいいと思えたわ」
「なんで私なんか……」
なにもかも投げ出して、逃げて逃げて逃げて…………なにかを掬える器もないのに……。
こんなにもなにかを手に入れられる彼女は私を選ぶのだろうか。
「透華、今日はとっておきの音を奏でてあげるわ」
「……いや、いつものがいいかな」
「あら…………」
「そんな悲しそうな顔しないでよ。なんか今日みたいな日だからこそいつものがいいんだよ」
「そう、なのね……ならそうしましょう」
「うん、お願い」
彼女は物分かりがいいような微妙な表情をしたままピアノに手をそっと置く。
私は目を瞑り、その音が耳に届く準備をした。
思うに、これは私の悪い癖なんだ。
新しいものを奏でた彼女がどんどん遠くなってしまうんじゃないかと、自分はなにもしないくせにその距離が長くなることを拒んだ故の選択がこれだ。
だからいつもへ戻すことで、この平行線がこれ以上離れないように私は逃げたんだ。追いかけることを諦めて。
そして、その安心感に浸りながら、私は意識を手放した。
はいどうもおはようございます雨水雄です。
おはようございますです。そうです今はまだ朝ですよ!
いつもこんにちは時間言わないのんびり屋の自分が珍しく……まぁ継続できる気はしませんが。
そういえば最近の雨水はですね……映画に行きます。あまり遠出はよろしくないと思い、近所の映画館で、大画面と大音響による大迫力なドラマに心を打たれております。いやぁ……すごい刺激をもらえますね。やっぱり人それぞれの物語は自分の知らない世界を教えてくれるのでまだまだ人生楽しめそうです。
ちなみにまた映画は『エヴァンゲリオン』とか『Fate』とかとかですかね……。7月も『かくしごと』とか『Fate』とか秋には『SAO』もありますね!うはぁ……好きと愛が止まりませんね!
はぁ……ふぅ……では雨水の私生活話はそこらへんで自粛していただくとしまして……。
さて、今回もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。