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23グラムの旋律  作者: 雨水雄
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そのⅤ

その色をした輝きがどこへ導いてくれるのか。

行く先は泥沼か、ただの砂利か。

どちらも茨の道であるのは変わらないだろう。

違って見えるのは、きっと覗くまで分からない。


毎週日曜日に投稿していきます。よろしくお願いします。

その日の朝は快晴の色をしていて、雲という自らの進路を阻むものがない風は、自由気ままに悠々と強く吹いていた。

私は眠りが浅かったせいか、長い夢を見て、やっと朝がきたと目を開けると、そこには嫌気が差すくらいのスカイブルーが虹彩に映り込む。

「………………」

睡眠時間が短かったわけではない。むしろいつもより長い時間目を瞑っていた。

それなのに、頭がぼーっとしていて、なにも考えられない。

いや、それよりもなにも考えたくない……。

だって、あんな夢を見てしまったのは、きっと昨日のせいで間違いないのだから……。

私は、そんなせっかくの清々しい朝から、過去に縛りつけられていた。


今朝の登校は、思っている以上に足取りが重くて、前に進んでいかない感覚が、どんどんと気持ちを沈ませていく。

「はぁ…………」

思わず零れるため息は、行き場もなく雑沓の空気の中に呑み込まれていく。

それはまるで今の私そのものだ。

誰からも興味を持たれず、そこに虚無も空虚も虚しさも感じながら、でもなにも変えられない自分がまた嫌いになって。

なにかを変えようにも、変われる自信がなくて、ただ周りにおいていかれる寂しさだけが残って。

結局、私は中身のない空っぽな空気みたいな存在になって消えていくんだと…………。

私は本当にため息一つでどこにでも飛んでいってしまうほど、軽い人間なんだ。

「……………」

冗長なことばかりが頭の中を走り回る間にも、私はまだ学校を目指して歩いていた。

こんな私でも、一つだけ約束したことがあるから。

彼女と会うことを守らなきゃと、その使命感だけが今の私を無理矢理にでも突き動かしていた。

あの時間、あの場所で、彼女と会うために。いずれ彼女に愛想尽かされるまで、私はあの空気を大事にしたかった。

彼女が、私がいいと言ってくれた言葉が嬉しかったことを確かな物なんだと、信じたかったから。

私はもう一度吐き出しそうになるため息を呑み込んで、なんとかまだ、歩き続けた。


今日の午前の最後の授業に体育があって、内容はこの季節恒例の長距離走だった。

ただでさえインドア派の私にとって走ることなんて無縁なのに、それをこの寒さの中で行うなんて正気じゃない……。

夏に走ると熱中症だとかなんとか言うけどさ、私にとっちゃ、冬に走る方がなんか体調が悪くなるから嫌なんだけどな……。

とか脳内でぶつくさ言いつつも、それに抗える権力なんてものを持ち合わせていない私は素直に授業に参加する他なかった。しかも二人ペアでタイムを記録しあうから、相方に迷惑もかけられない。

さっそく準備体操をし終えると体育の担当教師がペアを組めと指示を出す。

私はそこから動かずに少し視線を回す。周りの子たちも焦ってあたふたするよりも、もうすでに決まっている子を探しているような素振りばかり。

それもそうで、こんなペアで取り組む授業なんてものは初めに決まった二人が大抵ずっと続くものだ。本当、よっぽどのことがない限りは、みんな省エネで選択をしている。

そこには私も例を倣っていて、いつものあの子を探していた。

すると、まぁほんの数秒でその子とは目が合い、ぱたぱたと私の方まで駆け寄ってきてくれた。

黒田くろださんっ」

「うん、今日もよろしく」

「よろしくねっ」

近くまで来て愛嬌のある笑みを浮かべる少女。

彼女の名前は高原たかはらゆめか。

ちょうど私と愛歌あいかの間くらいの身長で、少し紫がかった黒髪は短く切り揃えられていて、その頭頂部には可愛らしいヘアバンドが添えられている。

その丸い瞳は愛歌あいかに似ているように見えるが、なにか違うようにも思える。この子の眼は本当になにも分かっていない純度の高すぎる色をしているのが印象的だ。

はっきり言ってしまえば、その色をした眼は無関心な光を放っているように感じるのだ。まぁ、それはこの子だけじゃなくて、周りのほとんどもそんな光ばかりだ。

愛歌あいかのようななんでも意味を見つけようとする凝らした力が、周りの子からは感じ取ることはない。

それは私だって例外じゃなくて、私もどちらかと言えばこの子たちと同類だ。ただ世間の荒波に流されて、自分の目の前や癖づいたことばかりで惰性を働かせながらだらだらと生きているだけだ。

それが悪いとかどうかなんてことはきっと問題にもならなくて。

とりあえず、私たちは目の前の長距離走に目を向けるしかないのだ。

「じゃあ、頑張ってくるねっ」

「うん、ほどほどに頑張って」

高原たかはらさんはぐっと胸元で拳をかかげて気合を入れる。

私もその姿勢に声援をかけるが、本心はあまり無理しないでほしいと思っている。だって高原たかはらさんには部活を頑張ってほしいから、ここで疲れてしまうのはもったいないし。

そう願っていたとしても、それを決めるのは高原たかはらさん本人だし、そこは任せるしかなかった。ちなみに、高原たかはらさんは頑張って全力で走ってはいたが、タイムがいいとは言えなかった。

「はぁ、はぁ……疲れたよぉ……」

「おつかれ。今日は随分頑張ってたね」

「はぁ……今日は、なんかいける気が、したんだけどなぁ……」

高原たかはらさんは膝に手をついて、息を切らしながら途切れとぎれに話す。

「いや、私たちがどんなに頑張っても運動部に入ってる子には勝てないんだから、そんなに無理しなくてもいいのに」

「でも……自分くらいは、超えていきたいじゃん?」

「…………なるほど」

やっぱり高原たかはらさんのタイムは、どう考えても大した評価をもらえる褒められたものではない。

周りにとってみれば、高原たかはらさんがどれだけ必死に走ろうと、それは徒労にも捉えられる。

でも、それでも……。

「……じゃあ、私たちも前よりは少しは頑張ってみようかな」

「うん、応援してるっ」

この時、感化された私は、ほんの少しだけやる気を出してみることにした。ちなみにタイムの結果は、自己最速ではあったものの高原たかはらさんには及ばなかった。


午後の授業は、体育のせいで眠気と悪戦苦闘してあまり頭に入ってこなかった。

そのまま重たい思考が改善されることもなく放課後になり、しばらく席から立ち上がれずにいた。だめだ……このままじゃ無意識に瞼を閉じてしまいそうだ。

「…………」

黒田くろださん……?」

なんだかやたら遠くから声がしているような感覚があった。それにしてはよく聞こえるなとも思った。

「…………ん?」

それに、なんだか人影に覆われている気がして、軽く目を開けると、そこには私の顔を覗きこもうとする高原たかはらさんがいた。

「なんだかすごくうとうとしてるけど大丈夫?」

高原たかはらさんは心配そうに眉を下げた表情で私を見ていた。

「あぁ……大丈夫だよ」

「もしかして今日の体育で頑張りすぎて疲れちゃった?」

「まぁ、そんなとこかな」

「ふふ、そうだよねっ。私もどっと体が重いの……」

「だねぇ……やっぱほどほどにしないとな」

私は情けない自分を鼻で笑う。

「でも、私はこういう疲れはいいなって思う。なんだか部活も頑張れそうだし」

一方で、高原たかはらさんはそのおかげでモチベーションが上がっているようだった。

「本当に? 無理しないでよ」

「うん、大丈夫だよっ。黒田くろださんこそ、無理しないでゆっくりしてから帰るんだよ」

「うん。ありがと」

「じゃあね」

「うん。じゃあね」

ぐでーっと腑抜けた私に、手をひらひらと振って遠ざかっていく高原たかはらさんは、なんだかきらきらしていた。

「若いって……眩しいなぁ」

同い年のくせにボケたことを不意に口にした。

それから数分後にはようやく私も教室を出た。


彼女の元へ急がなければと、少し早足になる。

その道中、美術室を通りかかり、私はその扉に目を向けながらふとその中の様子を思い浮かべながら通り過ぎる。

自然と想像できたのは、あの子ーー高原たかはらさんがあの奥でキャンパスと向き合っている姿だった。すごく真剣で、その分楽しそうなあの子の顔が、簡単に頭の中で描かれる。

「ここから……だったもんな」

そんな高原たかはらさんとの出会いはまさにあの美術室の中で、部活見学のときに初めて顔を合わせたのだ。

お互い中学のころも絵を描いていて、その延長線上でここに足を向けたのが邂逅へ導いたのだ。

そして結局、私は挫折して諦めて、高原たかはらさんはその道を信じて歩き続けた。

「…………」

今、思えばそれはお互い必然的な選択だったのかもしれない。

今日の体育がそれを物語っていたんだ。

私は無駄だとしか考えないせいで、全力で走ることは諦めていた。

でも高原さんは違っていて……。

それでも高原たかはらさんはその克己心の強さが常に自分を向上させているんだ。


だから、私はまた今朝見た夢を思い出す。

成長した私が絵を描いて笑っている夢のような、そんな夢を。

「ありえるわけないのに……」

もう、ないはずの現実には、なにもない私が、なにかを求めようにもなにも考えずに、ただ廊下を歩いていた。

こんな私が幸せになるにはどうすればいいのか。

いや、幸せになるのは容易なんだろう……。

ただ、彼女がそれを幸せと言ってくれるのかが、私の足取りを二度、重くさせた。

こんにちは雨水雄です。

最近はどうもじめじめとしていて心境もしがらみに囚われているような気がします……。まぁ今の現状も合わさって色々と落ち着きません。

でも自分を磨くのはいつだって自分自身で選んだ判断であったり、そこに対する真摯な行動力なんでしょう……誰かからの影響を受けるのも自分の心の持ちような訳ですよ。

だから雨水は寂しさも切なさもバネにするしかなく、それこそこれまでや、この物語や、この先がたとえ間接的であれ、あなたと結びつけてくれるというのなら、雨水はやる気効果100%UPに友情トレーニング補正の効いた執筆が可能です!やっちゃります!

さてさて……閑話休題ということで。今週もここまで読んでくださりありがとうございます。

では来週もよければここで。

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