そのⅢ
それを美点と捉えるか汚点だと目を逸らすかは、その音を奏でる生き方が教えてくれている。
毎週日曜日に投稿していきます。よろしくお願いします。
帰り道、私と彼女を見下ろす夜空はいくつかの光をちらつかせていた。
どれがどの光で、どこにあるものなのかなんて、ふと目を離せば簡単に忘れてしまうほど儚い星ばかりがぽつぽつと……。
「透華、今日も星が見えるわ」
果たして、これが見えていると言っていいのか、私は反応に困る。
確かに見えていないことはない。だから見えている。
でも、見えるというのはもっとこう……ピカピカしているものをイメージしてしまうのだが、それは傲慢な想像力なんだろうか……やはり反応が少し鈍る。
だが、最近は毎日このやりとりをしているせいか、口癖のような返事だけが溢れる。
「そうだね。いい天気だったもんね」
寒い季節はどうやら晴れる日が多いみたいで、そのせいなのか、私は冬になると不意に青色が思い浮かぶ。特にほかにはなにもない、まっさらな青色が。
そして、そんななんでもないような言葉のボールを真剣にキャッチしてくれる彼女は、またしっかりとボールを握る。
「なら、雨の日は空を見てもつまらないのね……」
「でも、また晴れた時は虹が見えるじゃん」
「それは素敵ね! 本当、すごいわね……」
「なにが?」
そこまですごいことは言ったつもりはない。
虹が見えること? 虹が七色であること? なぜそんなにも綺麗なのかということ?
でも、彼女の答えはどれも違っていて。
「なにも悪いことがないということよ」
「はぁ……」
「あら、よく分からないという顔をしているわね?」
「まぁ……ちょっと分かんないかも」
「雨が嫌ということも、嫌でなくなるということよ。雨が降ってくれるからこそ、虹が見えるもの」
「ふむふむ……なるほど」
つまり、雨にだって魅力はあるということか。
雨は面倒くさい。服は濡れるし、傘はささないといけないし、そんなこんな不便がいくつかまとわりついてくるから。
でも、そんな嫌なことを乗り越えるからこそ、美しいものが手に入ると……どこぞのスポーツマンとような感性で彼女はそう口にしたんだろうか。
「だから、この世の中は幸せなものでたくさん詰まっているのよ」
「そう思える愛歌は幸せものだよ」
本来、それは希望的観測に過ぎないものなんだよ。
誰もがそんなものを夢物語や眉唾物と鼻で笑ってこの現実では認めてくれないものなんだよ……。
生きるのは難しくて、ただ勉強して人と交わるだけのために学校に行くだけなのに、それだけでたくさんの摩擦やストレスがあって、でもそこから逃げちゃいけない世間体がまた自分を苦しめるんだよ。
「そうかしら?」
「そうなんだよ」
「ありがとう。なら、透華も一緒に幸せになりましょ」
「はい?」
「だから、透華がわたしを幸せものだと言ってくれるなら、あなたもわたしと一緒に幸せになりましょうと言っているの」
「あ、いやいや……言葉の意味は分かるんだけど、ちょっとその意味が分からないというか……」
「あら?」
当然、彼女はなんのことやら理解していないように小さく首を傾げる。
困ったなぁ……なんて言えばいいのか。
これ、聞き方を間違えれば求婚に近いのでは? いや、間違えなくても今の私はそう受け取ってしまっているわけで……。
「困ったなぁ……」
「なにか困っているのかしら?」
「まぁ……まぁ、愛歌がそれでいいならいっか」
「透華がなにに悩んでいるのかわたしには分からないけれど、一緒にいてくれるのならわたしはそれだけでいいわ」
「もう、そういうことをすぐ言うから……」
「あら……嫌かしら」
「別に嫌じゃないけど……」
むしろ嬉しいというか、そんなこと本心から言ってもらえるなんて初めてかもしれないし……だからそんなしょぼんと悲しまないでほしいんだけど……。
だけど、突然そういうこと言うから、こっちとしても心拍数が上がって思考回路がぐにゃぐにゃしてしまっているのだ。
「もう、歯切れの悪い透華ね……」
「あ、いや違うくて……全然いいの。愛歌と一緒にいて、愛歌と幸せになるのは私も嬉しいんだけど、でも……私でいいのか、なんて思っちゃったりしてさ」
「そんなことで悩むことがあるのかしら? わたしは透華がいいと言っているのに、その確認は必要なのかしら?」
「まぁ……確かに」
ない。なにも断る理由にならない。
愛歌は思ったことをそのままフィルターにも通さず言葉にしているだけ。そのまま本音を届けてくれているだけ。
それなら、私も堂々と向き合わなきゃいけなかった。
「愛歌」
「なにかしら?」
「どうすれば、幸せになれるか私にはまだ分からないけど、これからもよろしく」
「ええ、改めてよろしく。あと、わたしは一緒にいてくれるだけでいいわ。他の誰でもなくて、透華がいてくれればそれでいい。他のことは……ごめんなさい。わたしにも分からないわ」
なんか恋人になったみたいで恥ずかしいな……。
ただ、やっぱりこういう話をできるのが愛歌でよかったと。いや、こういう話をできる愛歌だからこそ、こうして出会えてよかったのだと、今一度実感した。
特別にことはなにもなくて、普通に一緒にいてくれるだけでいい。そんな簡単なことが愛歌とならできる。
周りを見れば、手を繋いだりキスをしたり、体を重ねたり……そんな愛情表現を求めてしまうのが人としての性であり美徳だと言いくるめられてしまうところなんだろう。
でも、そんなことをしなくても、心が通じ合う証明があるのなら、私はそれこそ本物だと言いたい。
「透華、なにか嬉しそうね」
「え、そうかな?」
そんなにやけてたりしたかな?
「なんだか、そんな色が見えただけよ」
「なにそれ……」
「分からないわ。でもそう見えてしまったものの」
「なら、そういうことにしておこう」
「ええ、それがいいわ。あ、透華見てちょうだい!」
彼女は急に足を止めて、空を指さす。
私たちが今いるこの場所、いつも訪れる緑地公園のすべり台の上。
特に高いわけでもないし、人気が全くないわけでもない、変哲もない場所。
でも、よく空が見えるから。
「あれ、あの一つだけよく光っているわね」
「え、どれ……あぁ、あれね」
そして彼女が指差すそこには、確かに一つだけ、周りとは少し違ってピカッとしている星があった。
少し目を離しただけじゃ、見失わないようなくらい明るい星だった。
そしてそれを、いっぱいに広げた瞳で見つめる彼女の横顔は……。
もし雑踏の中に放り込まれたとしても、見つけ出す自信しかないほど、輝かしく、私の両目には映った。
どうも毎度こんにちは雨水雄です。
最近早朝に起きるともう空は明けていて、夕方頃の空はまだ眩しく忙しないという暖色が似合う季節がとぼとぼと歩み寄ってきているような気がしますね。雨水的には今の時期は霞がかった青色という印象を受けます。ちょっと明度は濃いめかな……今年は時間を強く感じます。
だからかなぁ……このあとがきを書く時間もまた熟考を費やしているような。伝えたいことをぱっと残したい気持ちが再考を唆るんです。
でもかといって言いたいこと、ぶつけたいことは、あるからこそ自分はこんな風に小説を書いている身なので、今まで通りの全てでいいのかな、と。
さて、本日もここまで読んでくださりありがとうございました。
では来週もよければここで。