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暴力が酷い幼馴染と絶縁したら、毎日が修羅場になった件  作者: コウテイ
幼馴染はとなりの席の女の子に嫉妬する
8/11

08. 再起

 それからの数日は、心に穴が空いたかのようだった。

 今までのように唯華と登下校をし、彼女の荷物持ちをし、暴言を吐かれても受け止め、暴力を振るわれてもただただ耐える、無常の日々。

 彼女の機嫌を損ねないように気遣いながら、俺はひっそりと息を潜めて生きていく事にした。

 

 だが、この虚しさはなんだろう。

 これまでどんなに辛い事があっても、ここまで空虚な気分になりはしなかった。

 恐らくこの支配から解放されても、また連れ戻されてしまう「逃げ場のない現実」を知ってしまった事が理由かもしれない。


 なにより辛かった事は関さんとの繋がりは最小限にするよう厳命された事だ。

 朝の楽しかった会話も、RINEでの取り留めもないやり取りも、今では制限されてしまっている。



「白井くん最近元気ないね? 一体どうしたの」

「いや、なんでもないんだ」

「本当に? 困ったことがあったら私に話してね。相談に乗るから」

「大丈夫。本当なんでもないから」

「……そう」


 あの下着は、脅迫材料として唯華の手元にあった。

 彼女のさじ加減一つで、その下着は俺が盗んだ事にされてしまうだろう。

 俺にはもう、どうする事も出来なかった。


 いいさ。別にかまわない。

 結局今までと変わらない。

 俺には奴隷がお似合いだ。


 淀んだ魂が奈落へと腐り、堕ちていく。

 ダウナーな気分の俺とは裏腹に、唯華の機嫌は良くなるばかりだった。

 もしかしたらこいつは、俺を苦しめるとなんらかの報酬をもらえるのかもしれない。

 地獄にはきっとこんな役割を担った小鬼が沢山いるのだろう。




 自宅で重苦しい気分を抱え、何をやっても楽しめずにいると、玄関からチャイムが鳴った。この日は俺以外、家には誰もいなかった。

 死んだ魚のような目でドアスコープを覗くと、関彩香が立っていた。

 予想外の来客に、慌てふためく。

 

 彼女との接触は最小限にするよう命じられている。

 もし関さんと自宅で話し合ってる光景を唯華に知られたら大変な事になるだろう。


 一瞬、居留守を使おうかと考えた。

 しかし、わざわざ自宅まで訪ねてきてくれた彼女の思惑も知りたかった。

 俺は意を決して玄関扉を開ける。


 そこにはいつもの弾けるような笑顔の関彩香が立っていた。

 彼女の笑顔を見るとホッとする。心を和ませる成分でも含まれているのかもしれない。

 背後では、太陽が沈み、夕闇空のヴァイオレットの色層が目についた。

 

「ごめんね。こんな時間に突然お邪魔して」

「あ、いや大丈夫だよ」

「実は白井くんに話があるの。よかったらどこかでお話ししない?」

「そ、れじゃあ……入って。俺の部屋で話そう」

「え、あ、お邪魔します」



 関さんを中に入れると、玄関ドアを手早く閉めた。

 まるで監視を恐れる諜報員の行動だ。

 見つかったらアウトという点では、自身を諜報員に例えるのはあながち間違ってはいなかった。


「今日は親御さんはいないの?」

「親父は終電まで帰ってこないし、母さんは町内会の旅行に行ってるよ」

「そ、それじゃあお家には誰もいないんだ……」

「そ、そうだね」


 冷静に考えると女の子を自分の家に入れるのは初めての経験だ。

 唯華の視線を恐れるあまり、無理やり彼女を家に上げてしまった。

 別に家じゃなくても、どこかの喫茶店で話しても良かったのだ。もっとも、前みたいに偶然を装った唯華と遭遇する怖さもある。

 そう考えると家の中の方がまだ安全かもしれない。


「ごめんね。急に押しかけて。部屋のお掃除とか大丈夫?」

「あ! そうだね。ちょっとだけ待っててくれる?」


 関さんには部屋の外で待ってもらって、大急ぎで掃除をする。

 汚部屋というほど物がある部屋じゃない。

 見られると不味いものだけを隠し、部屋全体を再確認すると、関さんを中に招き入れた。


「お邪魔しまーす。わぁ男の子の部屋に入るの初めてかも」

「どうぞ。汚い部屋だけど。そのクッションに座ってて。ちょっとお茶入れてくるよ」

「あ、お構いなくね!」

「いいからいいから。ちょっとだけ待っててよ」


 お茶とお菓子を持って部屋に戻ると、早速彼女の突然の訪問の理由を尋ねた。



「それで、話ってなにかな?」

「うん。白井くん……。もしかして私の事嫌いだったりする?」

「えっ!? 一体どうして?」

「だって教室で話しかけても素っ気ないし、RINEでも今までみたいにちゃんとお返事してくれないし……。何か白井くんを怒らせる事して嫌われちゃったのかなぁって思って」

「そ、そんなわけないじゃないか! 俺が関さんの事嫌いなわけないだろ」

「白井くん……」

「あっ、ごめん。声が大きかったね」


 彼女の口から発せられた予想だにしないその言葉に、思わず大声で否定してしまった。

 俺が関さんの事を嫌いになるわけないだろう。

 いつも彼女の明るさや優しさに救われてきたんだ。 


 だがよくよく考えてみると、唯華に「接触禁止令」を出されて以降、俺の関さんへの態度は冷たく愛想の悪いものに感じたのかもしれない。

 本当はもっとずっと彼女と関わりたいのに、今の俺にはそれが出来ない。もどかしくて、やりきれない。

 真綿で首をじわじわと締め上げられてるかのようだ。


「……ここ最近の白井くん、何だか見ていてすごく辛そう」

「……そう、かな」

「なにか悪い事にでも巻き込まれているの? 私で良かったら相談に乗るよ」

「なんでも、ないんだ。本当。ただ、ここのところちょっと体調悪くてさ。ほら、女子にも周期的に訪れる月の物ってあるだろ? 男子にも太陽の物ってのがあってさ」

「……ちなみにどんな症状なの」

「金玉が太陽のように腫れ上がるのさ」

「ぷっ。もうやめてよ! 人が真面目に話しているのに」

「あはは。ごめんごめん」


 顔を真っ赤にして俺をポカポカと叩く関さん。

 ああ。やっぱり楽しいなぁ。この子と話すのは。

 この子は……、関さんだけは俺の味方でいて欲しい。


 だからこそ、彼女とは距離を置くしかないんだ。

 唯華の逆鱗に触れたら、こんな関係なんてあっという間に雲散霧消してしまうんだから。



「俺の事はいいからさ。関さんの話聞かせてよ。最近何か面白い事あった?」

「面白い事はないけれど、嬉しい事はあったよ」

「へえ。どんな事?」

「友達が増えた事だよ。一人はもちろん白井くんで、もう一人は芝浜さん」

「……そうなんだ」

「白井くんと芝浜さんって仲いいよね。いつも一緒に帰ってるしさ」

「はは……」

「芝浜さんから聞いたけど幼馴染なんでしょ? いつも病気がちな自分に変わって荷物持ってくれたり、無口な自分に変わって楽しいお話で笑わせてくれるって褒めてたよ」


 あの悪魔、こんな見え透いた嘘ついてやがったのか。

 何が病気がちだよ。病欠した事なんて一日も無い健康優良児だろうが。

 何が無口だよ。お前が一方的に喋って、俺は相槌を打つのが専門じゃないか。


「芝浜さんってお嬢様なんだよね。『芝浜フーズ』って言ったらうちの県を代表する企業だし。だから皆芝浜さんに近づくのを遠慮してるから、私が話しかけてくれた事すごく嬉しいって言ってくれたよ」

「……へえ」

「もっと色んな人と仲良くなりたいって。今度私の友達と一緒にカラオケ行こうって話になったんだよ。……あの事件があってから、今は私、少しハブられ気味だからさ、もう少し時間経てばきっと皆も分かってくれると思うし。あっ! もちろんあの援交の画像は私じゃないからね! あんなのコラージュだからね! クソコラ! クソコラ! ぷっ。クソコラって何かプロレスラーの悪口みたいだね。おい! てめえ、くそこら! みたいな」

「……その例え面白いね」

「ふふ。でしょう? やっぱり私笑いのセンスに満ちあふれているみたい。いやぁ自分の才能が怖いなー。なんてね。それでさ、白井くん。どうして芝浜さんの話をされるとそんなに苦しそうな顔するの?」

「っ!!」



 一瞬、完全な沈黙が訪れた。

 時計の針も、衣擦れ音も、何一つしない無音の世界が、俺の部屋に形成された。


 窓の外を走る配達のトラックの走行音が、部屋に響いた時、俺はそらしていた視線を彼女に移した。

 俺を見つめる関さんの瞳は、曇り一つなく、なぎのように穏やかで澄んだ水面を連想させた。



「……言葉にしなければ伝わらない事ってあるんだよね」

「えっ?」

「白井くんがどんな状況に置かれていて、どんな制限があるのかは分からないよ。それでも私には話して欲しいな。今思ってること。考えてること。楽しかったこと。辛いこと。もし話してもらえたらきっと白井くんの役に立てると思うな」

「関さん……」

「無理にとは言わないよ。いや、やっぱり無理にでも話してもらおうかなぁ。げへへ。……なんてね。あーあ。私がこんなに他人にグイグイ迫る女だったなんて知らなかったな。男の子にお手紙渡したのだって初めてだし。今思えばあれがすべてのはじまりできっかけだったのかもね」

「……確かにあの手紙がすべてのきっかけかもしれない」

「私たちが仲良くなれたのも、あの手紙からだよね。ごめんね。ラブレターと勘違いさせちゃったよね」

「……どうして関さんは俺に、あの手紙を出してくれたんだ?」

「それはね、単純に白井くんと仲良くなりたかったのと、――君がいつも寂しそうな顔しているからだよ。あー、この人はなにか毎日辛い目に遭っているんだなぁって思ってさ。仲良くなれればこの人の心の負担を少しでも軽くして上げられるかもしれないって、そう思ったの」


 彼女のまっすぐで優しい言葉が胸に響いた。

 その瞬間――。

 俺はすべてを打ち明ける覚悟を決めた。


「……関さん。俺が今から言う言葉、信じてくれるかな」

「もちろんだよ!」

「関さんみたいに、まっすぐ自分の人生を生きてきた子には、嘘みたいで信じられないと感じるかもしれない。けれど俺がこれからする話はすべて本当の事なんだ。聞いてくれるかな」

「ちゃんと聞くよ。だから安心して」

「ありがとう。長い話になるけど、すべて話すね。始まりは……」


 この日、俺は他人に初めて唯華と俺の関係を話した。

 それは俺の秘密であり、恥部であった。

 他人からすれば狂気と恐怖に支配されたいびつ過ぎる主従関係だと感じただろう。

 自分で話していても、この世にこんな二人組(やつら)がいるなんて、まるで正気の沙汰とは思えない。そう思えてくる。

 


 時折相槌を打ちながら、関さんはきちんと話を聞き入れてくれた。

 すべてを話し終えた俺に、彼女は一言「辛かったね」と労いの言葉をかけてくれた。

 その一言で心がフッと楽になるのを感じた。


「それで白井くんは今後、芝浜さんとの関係を続けていきたいの?」

「いや。もう二度とごめんだ。君に話してつくづく実感したよ。やっぱりこんな関係間違ってるって。俺も覚悟を決めた。あいつと戦う。今度こそあいつの支配から自由を勝ち取ってみせる」

「でも一体どうするの?」

「考えがある。俺一人では難しい作戦なんだ。関さん。俺に力を貸してくれないか」

「うん!」


 彼女の優しさに勇気づけられ、俺はもう一度あの怪物と対峙する事にした。

 今度こそ必ず、芝浜唯華という悪魔に敗北を味わわせてやる。

 俺は静かに心の中の闘志に火を着けた。

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