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暴力が酷い幼馴染と絶縁したら、毎日が修羅場になった件  作者: コウテイ
幼馴染はとなりの席の女の子に嫉妬する
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05. 笑う悪魔

 公園のトイレで血を洗い流し、絆創膏(ばんそうこう)などで簡単に止血した。

 改めて鏡で顔を見ると、あちこち腫れ上がって酷い有様だ。

 12ラウンドを戦い抜いたが、判定で大差の負けを喫したボクサーのようだ。

 おまけに時間が経つにつれ腫れが悪化しているような気がする。

 

 ここでぼんやりしても仕方ないので学校へと向かう。

 校門の前にたどり着くと、朝の挨拶活動をしていた教師たちに見つかり、保健室へと連行された。


 保険医から顔を綺麗に消毒され、軟膏を塗られると、大分痛みも落ち着いてきた。

 小一時間休んで、二時限目の授業に間に合うように教室へと向かった。

 

 

 想像通り、クラス全員の視線が集まる。まるで珍獣にでもなった気分だ。

 教室の前列右側には唯華がいた。能面の様な表情からはなんの感情も読み取れない。

 

 自席の隣には関彩香の姿があった。どうやら本日から学校に通い始めたらしい。心なしか表情は暗い。

 いつも彼女の周りには人だかりが出来ていて、クラスの友達たちと楽しそうに談笑しているはずだった。あんな事件があったからか、彼女は一人ポツンと席でうなだれていた。

 彼女が負った心の傷は、俺の顔の傷なんかよりもずっと深いはず。少しでも彼女を励まそうと、俺は道化を演じてみることにした。


「おはよう。関さん」

「お、はよう。……一体どうしたの? その顔」

「派手に転んだんだ。ロックスターくらいド派手に」

「……ぷっ。なにそれ」

「よっしゃ受けた」

「その例え別に面白くないけどね」

「嘘? 半日かけて考えた渾身のネタなのに」

「絶対今思いついたでしょ。でもまぁつまらなくはないよ。やや受けって感じ」

「関さんが笑いに対して厳しいタイプのJKだとは思わなかったよ。バラエティ番組の観覧者くらいなんでも笑ってくれると思ってた」

「そこまで笑いの沸点低くないよ。もう! 私をなんだと思ってたの」


 顔中絆創膏(ばんそうこう)とガーゼだらけの俺と、クラス中が噂をしている援交女が楽しそうに語り合う姿は異様な光景に見えたのだろう。

 好奇や軽蔑の念を含んだ視線を、あちこちから感じる。

 このクラスで彼女の味方をしてやれるのは俺だけだ。

 犯人であるあの女を除いて、唯一真相を知る者として関さんを守らなければならない。俺にはその義務があるはずだ。

 ――迷っていたが、隠すわけにもいかない。俺はある決意を固めた。



 放課後、関さんを喫茶店に誘った。やはり事件の被害者である彼女にだけは事の真相を伝えるべきだと判断した。

 誘い文句は悩んだ末、べたに「一緒にお茶でも飲まないか」と言ってみた。

「街で言われたらドン引きして断るセリフだね」と辛辣な返しとは裏腹に、関さんはお茶を共にしてくれるとの事だった。


 関さんの自宅近くの最寄り駅まで行き、彼女が紹介してくれたカフェへと入る。どこにでもあるフランチャイズ店で、店内は6割ほど座席が埋まっていた。客はそれぞれ会話に夢中だった。静か過ぎるよりはかえって都合がいいかもしれない。あまり聞かれたくない話だ。雑音が合ったほうが紛れていい。

 俺はブレンドを頼み、彼女はカフェラテを注文して席に着いた。一口すすって早速話を切り出す。 



「急に呼び出してごめんね。関さんには話しておきたい事があって」

「愛の告白?」

「こんなタイミングで告白するような奴はまともじゃないから断った方がいいよ」

「確かにね。それじゃこんなタイミングで呼び出した白井くんは私になんの用?」

「君に謝りたかったんだ。その、グループRINEの件」

「まさか白井くんがあの画像を投稿した犯人なの?」

「そんなわけないだろ。もちろん違うよ。ただ、誰が投稿したかは知っているんだ」

「……誰? あ、ちょっと待って! ……やっぱり知りたくないような気がしてきた」

「気持ちは分かる。出来れば俺も犯人の名は言いたくない。だけど関さんには知る権利があると思う。これだけの実害を被ったのだから」

「……そうだね。少しだけ待って。深呼吸して落ち着いてから聞かせて」


 関さんは両手を大きく上に伸ばし、上体を伸ばすとたっぷり空気を吸い込んだ。

 彼女は優しい子だ。本来憎むべき相手の名を聞くことに覚悟など必要ない。ただその相手が自分の知り合いや仲の良い友達であった場合、彼女の心には大きな傷が残るだろう。きっと彼女は恨みを買ったり、裏切られたり、悪意を他人から向けられる覚えはないのだろう。

 

 そうだ。これは傍迷惑な逆恨みなんだ。関さんが気を揉む理由なんて何一つないのだ。

 だから、安心して聞いてくれ。君を貶めようとした犯人は……



「あれ? 白井君と関さんじゃない。こんな場所で会うなんて偶然ね」


 そこには、なぜか満面の笑みを浮かべて立っている唯華がいた。

 俺は悪い夢でも見ているのだろうか。殴られた時から続く不定期な頭痛が走った。

 関さんは、少し呆けた顔をしたが、また直ぐにいつもの人懐こい顔に戻って、唯華に向き直った。

 

「わー。芝浜さんだよね。クラスの外で会うの初めてかな? 芝浜さんの家ってこっち方面だっけ?」

「いいえ。近くの図書館にある参考書を借りにきたの。……私、お二人の邪魔かしら?」

「そんな事ないよ! 白井くん。芝浜さんも一緒に座っていいかな」

「…………」

「白井くん?」

「ハッ。あ、いや、今は関さんと大事な話があるからせっかくだけどまた今度にしてもらおうよ」

「え~? 白井くん。それは冷たいよ。それはないって」

「……っ」

「ねっ? ほら、芝浜さん。座ってよ」

「ありがとう関さん。お楽しみのところごめんなさいね……白井君」


 そう言ってこちらを睨み据える唯華の目は、変質的な犯罪者めいた三白眼だった。


(くそ。なんでこんな場所に唯華がいるんだ? 自宅とは正反対じゃないか。そもそもあいつが図書館なんて利用してるところ見たことがない。金持ちで教育熱心なあいつの家では必要な本はいくらでも買ってもらえたはずだ。てことはやっぱり……尾行してきたってのか)


 昏い表情で俺と関さんの後をつけてくる唯華の姿を想像して、薄ら寒いものを感じる。


「今まで芝浜さんとはあまり話した事なかったよね」

「そうね。私って結構人見知りで。おまけに背が大きいから初対面の人には怖がられてしまうのよね」

「そんな事ないと思うよ。スタイル良くてすごく綺麗だし」

「ありがとう。でも自分では関さんのように小柄で可愛らしい女の子になりたいって思ってるんだけどね」

「え~。私なんてただの胴長短足の日本人だよー。芝浜さんって欧米人みたいだよね。顔小さくて手足長いし。男の子だけじゃなくて女の子からも憧れの的なんだよ」

「ふふ。そんな褒められたのは初めてよ。なんだか照れちゃうわね。私、ずっと関さんとはお話してみたいと思っていたのよ」

「本当~? 私もクラスの前の席の方の人とは話した事なかったから、ずっと話したいって思ってたよ」

「嬉しいわ。これを気に親睦を深めましょう」

「こちらこそ。よろしくね」


 女子特有の褒め合いが、ここまで白々しく感じたのは初めてだ。寒気すら感じる。

 昔からの友達のように楽しそうに話す二人。


 だが長年の付き合いで俺にだけは分かる。

 今、唯華が関さんに向けている目は、生ゴミや車に轢かれた鳩の死体を見ている時と全く同じ目をしている事を。


 唯華は骨の突き出た右手を包帯で隠していた。

 関さんの冗談に悪魔のように大口で笑った時、包帯から血が滲み、赤い染みを作った。

 唯華はそれを誰からも気付かれない内にそっと、左手で覆い隠した。


 俺はその仕草を見てなぜか、身体の底から沸き上がってくるような恐怖を感じた――。

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