02. 反逆の意志
翌日、俺はいつもの様に唯華の無駄に重い荷物を運びながら登校していた。
専属の運転手がいるのに、なぜかこいつは歩いて登下校する事に拘る。
本人に聞いたら「美容のために決まっているでしょ! ゴミカスポンチ!」との事。
こいつが車で送り迎えしてもらえるんだったらどんなに楽だろうと考えなかった日はない。
学校に到着し、下駄箱を開けると、なぜか上履きの上に封筒が乗っていた。
薄いピンクの可愛らしいデザインで、ぷっくりと膨らんだシールで封がされていた。
(マジ!? これってもしや……ラブレターってやつ? 差出人は女の子っぽいし)
俺はキョロキョロと周囲を見渡し、封筒を素早く鞄に詰め込んだ。
「何モタついてんの? グズは何やってもとろとろしてるもんなのねえ」
「うわっ! な、なんでもないよ! 早く教室に向かってくれ」
「? 先行ってるわよ豚カスアブラ」
突然背後から唯華の呼び声が聞こえ、心臓が止まりかける。こんなものあいつに見られたら地獄の責め苦の様な弄られ方をするに決まっている。
俺はトイレに向かうと、個室に鍵をかけ早速封筒の中身を確認した。
中にはパステルイエローの便箋があり、愛らしい丸文字で、こう記載されていた。
「はじめまして。じゃないかな? 白井くん。となりの席の関彩香です。昨日はお話できて楽しかったよ! 白井くんってすっごく話しやすいんだね。ちょっとビックリ。今まであまりお話する機会なかったからね。よかったら今後も仲良くしてもらえると嬉しいです! わたしのRINEのID載せておくのでよかったら友達登録してください。 関彩香」
「なんだ。ラブレターかと思ったけど違うのか。でもまあ友達になりましょうだなんて嬉しい誘いだな。早速RINE追加しておこう」
スマホを取り出し、IDを検索すると関さんのはじける笑顔がアイコンの画面が現れた。
友達に追加し、簡単なメッセージを送った。
「お手紙読んだよ。ありがとう。こちらこそよろしくね」
送信し、トイレを出て教室に向かう。
教室の扉を開けると同時に、ポケットのスマホが震えだした。
RINEの画面には関さんからの返信が届いていた。
「読んでくれたんだ! 嬉しいです。今後ともよろしくね」
自分の席がある窓際後列に移動すると、となりの関さんと目が合った。
彼女はにっこり微笑んで「おはよう」と声をかけてくれた。
すこし緊張しながら「おはよう」と返事を返す。こんなやり取りはなんとなく新鮮だ。
関彩香は明るく元気で、誰にでも優しく接する事が出来る心根の優しい子だった。
明るい髪色に短いボブヘアがとても似合っている。笑うとえくぼが出て、瞳は三日月状になる。
よく笑い、よくしゃべる一緒にいてエネルギーをもらえる女の子だった。
「白井くんっていつも音楽は何聞いてるの?」
「y○utubeでおすすめされたものとか適当に聞いてるよ。最近だと「king moo」とか」
「わー私もよく聞いてるよ。MV毎日見てる!」
「どれもセンスあっていいよね。どの曲がお気に入り?」
「私は〇〇が好きだなぁ……」
関さんとの会話を楽しんでいると、ふと猛烈に視線を感じた。
禍々しいというか、悪寒を感じる様な嫌な視線だ。
前方を見ると、最前列の自席に座る唯華が鬼のような目でこちらを睨んでいた。
(なぜ睨む!? 俺がなにかお前を不快にさせるような事をしたか?)
突然、会話を止めて青ざめる俺を見て、関さんが心配そうに声をかけてくれる。
「どうしたの? 白井くん。急に汗が吹き出てきたけど」
「あ、いや。なんでもないんだ。汗っかきでさ俺。あはは……」
引き続き、関さんとの会話を楽しんだ。
彼女は会話術に長けており、話題が豊富だった。聞き上手で上手くこちらの話を引き出してくれるから口下手の俺でも楽しく話せた。
こんなに異性と話したのは初めてかもしれない。なぜか同性以外の相手と話しているところを見られると、あの幼馴染は苛立たしい顔を見せた。無論、下校時にはいつも以上に理不尽な理由で暴力をふるわれた。
今回もあの怒り様だと、下校時に激しい暴行を受けるのは必定だ。
だが構うもんか。
俺だって男子高校生だ。女の子とたくさん話したい。
ましてや、自分に少なからず興味関心を示してくれている相手だ。
妖怪のように首だけをこちらに向けた唯華の視線を感じながら、俺は関さんとのコミュニケーションを愉しんだ――。
「手紙の相手はあの女だったのね」
「なっ!? ……なんのことだ」
放課後、いつもどおり二人で下校していると、唯華が突然口を開いた。
「隠さなくてもいいわよ。あんたが食堂で昼食に行ってる間に手紙は読んだから。関彩香だっけ? まったくあの芋女。一体こんなゴミヘドロのどこがいいのかしらね」
「お前、……あの手紙読んだのかよ」
「あんな誰にでも媚びを売るような尻軽女に鼻の下伸ばしてるんじゃあんたもまだまだガキね。性欲旺盛のサル男子高校生はこれだから嫌だわ」
「俺の事は馬鹿にしていいけど、関さんの悪口は言うなよ」
「……はぁ?」
一瞬にして空気が張り詰める。思わずうなじに冷や汗が流れた。
唯華が本気で怒った時に発する緊張感は、肉食獣が獲物に狙いを定めた時のようで、殺伐として生きた心地がしなかった。
「あんた誰に向かって口聞いてるのか分かってる?」
「いや、あの……悪かった。本当。……だけど、やっぱり友達を悪く言うのだけは止めてくれないか? それは人として不味いというか」
突如、風切り音が耳を掠めた。
彼女のローファーが目の前にあった。
右足でハイキックを繰り出し、俺の顔面の前で寸止めしているようだ。
「次は当てるわよ。あんたならこれが冗談じゃないことくらい分かるわよね?」
「分かってる。……すまなかった」
「まるで反省してないじゃない。あんた自分が悪いだなんて微塵も思ってないでしょ?」
「…………」
「ふん」
高々と上げた右足を下ろし、何事もなかったかの様にスタスタと前を歩きだした。
今思えば、この日を境に俺と唯華の関係性は変わっていったと思う。
なぜなら、黙って隷属するだけだった俺の中に、反逆の意志が芽生え始めていたのだから――。
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