11. 完全勝利
今回で『幼馴染はとなりの席の女の子に嫉妬する』は完結となります。
ここまでお付き合い下さいました皆様ありがとうございました!
「ヒヒ。ヒヒヒヒヒヒヒヒ! ヒハッ! アハハハハハハハハハハハッ!! あー! もうバレちまったなら仕方ねえ! おい雌豚」
「……雌豚ってわたしのこと?」
「てめえ以外他に誰がいるんだよっ!! ……関彩香。南志見高校3年F組出席番号9番。放送部所属。平成1○年6月8日生まれ。住所X県Z市南志見町389-46-1。155センチ48キロ。南志見市役所勤務の関高志の長女。家族は他に母と妹。エトセトラ、エトセトラ。お前のことは何でも知ってるぞ。徹底的に調べさせたからな」
「私に近付いてきたのは友達になりたいからじゃなくて、すべては私を陥れるためだったんだね」
「プププ! 今頃気付いたのかよ? バーカ!! そのとおりだよ。目的がなけりゃ誰がてめえみてえな下等階級の低俗な庶民なんかと付き合うかよ」
そう突き放すと唯華は、ゲラゲラと下卑た嗤い声を上げた。
「……そう。どうして私にこんな酷い事したの? 私芝浜さんとはこれまでなにも接点がなかったよね」
「接点がないだぁ? どの口がほざきやがる! てめえがすべての元凶だ! 事の発端は人のものを横取りしてきた卑しいてめえが悪いんじゃねえか」
「人のものって白井くんのこと? 薄々気付いていたけど、やっぱり芝浜さんって――白井くんのこと大好きなんだね」
「ば、馬鹿野郎がっ!! そ、そんなわけねえじゃねえか」
「可愛そう。好きって気持ちをこんな暴力でしか表現出来ないんだね」
その言葉を受け、唯華は急所を攻められた軍師の様に青ざめる。
「お、お前ごとき三下に……私の何が分かるっ!」
「分からないよ。私は誰かを好きになっても、傷つけたり、苦しめたり、相手が困るようなことは絶対したくないもの。芝浜さん。あなた間違ってるよ」
「てめえ……。そこまでこの私を怒らせてただで済むと思うなよ。公務員のてめえの親父の首なんて簡単に吹き飛ばせるんだぞ? 私の一言でてめえの母親も妹も簡単に傷物に出来るんだからな?」
「……芝浜さん。…………すごく残念だよ」
「?」
「みんな聞いた? 証人になってくれるよね」
関さんが大きな声を張り上げると、右手のポケットからスマホを取り出した。
スマホは通話中になっており、その相手は――「3-F」のクラス全員だった。
――グループRINEには「グループ通話」という機能がある。
友達なら自由に参加出来、参加した人数分画面が分割して表示される。
俺と関さんが前日に必死で呼びかけ、現在この「グループ通話」にはクラスメートの大半が参加していた。
関さんは右手にスマホを掲げ、唯華に向けた。
画面はビデオ通話になっていて、クラスメート二十人以上の顔が現れる。
「ひ、ひっ!」
突然の悪夢に、焦りを通り越してパニック状態に陥る唯華。
マナーモードを解除するとクラスメートが一斉に喋り出す声が聞こえた。
動揺する唯華に皆、口々に批難を始めた。
「うわぁ。芝浜さん憧れてたのにガッカリだよ」
「犯罪予告キターーー!」
「芝浜くそやべえ奴じゃん。誰か通報しろよ」
「つうか関が可愛そうだわ。援交疑っていた女子は全員謝りにいけよ。犯人はあのバケモンなんだからよ」
「ちょっと彩香大丈夫? ごめんね。友達疑うなんて私たち最低だよ……」
「やっぱ上級国民は汚ねえわ。庶民は泣き寝入り。やっぱ辛えわ」
「下着泥棒の犯人予想レース大外れじゃねえか。犯人は数学の温井だと思ってたのによ。こんなもん的中出来た奴いねえだろ」
「あのー。白井が死にそうに見えるが救急車呼んだほうがいいのこれ?」
「ちょっと……これマジなの? 事態が飲み込めないんだけど。ありえないんだけど」
「皆慌て過ぎ! うるさいって! 静かにー! 静かにー!」
「簡単な話だな。芝浜が白井を日常的に虐待して、関にまで危害を加えようとしてただけ。痴情のもつれってやつか」
「み、み、みんな。これは違うの……、そう! 演技! 私たち演劇の練習してたのよ!」
唯華は慌てふためいて反論するも、一部始終を見ていたクラスメートの目は誤魔化せなかった。
「いや無理があるでしょそれ」
「迫真の演技過ぎてワロタ」
「ふざけんな! 卑怯者! なんなのあの女! 最低!」
「言い訳がアホ過ぎて笑けてくるわ。唯華様はアホの子なの?」
「どう考えても実話。アニメじゃない」
「芝浜が演劇なんてやってんの初めて聞いたわ! 劇団バイオレンスの公演楽しみにしてます」
「いいからちゃんと関に謝れや。白井はどうでもいい」
「やっぱ上級国民はずるいわ。適当な言い逃れで責任逃れ。貧民はやっぱ辛えわ」
「彩香に謝ってよ! 私も謝る。ごめんね。あんな偽物の画像信じちゃって……」
「皆落ち着いて! 叫ばないで! 静かにー! 静かにー!」
「あわわわわっ」
火消しに挑むも火に油。炎上は一向に収まらず。
唯華は無様に両手をわなわなと震えさせ、がに股で地団駄を踏み始めた。
圧倒的な個人の権力も集団の前では為す術もない。
そう。俺と関さんが採った作戦は「クラス全員に唯華の本性を知らしめる」ものだった。
俺と関さんだけで立ち向かったら最悪の場合、あいつの権力に握り潰されてしまうだろう。
しかし、戦う相手がクラス全員ならどうだ?
さすがの芝浜家でも、二十以上の学生の人生を抹消させるほどの力は無い。
俺たち弱者が(魔)王を倒すためには、団結し、数の利を活かすしかないと考えたわけだ。
それが上手く奏功した。
作戦が成功したのも、クラスに友達がほとんどいない俺とは違って、男女問わず絶大な信頼を集めていた関さんの人徳に寄るものが大きい。
みんな結局関さんの事を信じていたのだ。
もらってばかりの優しさを、この機会に恩返ししてくれたのだ。
あの時、勇気を出して彼女に相談してよかった。
人を信じる大切さを教えてくれた。
本当に俺は、関さんに出会えて良かった。
俺はズタボロになった身体を奮い立たせ、懸命に立ち上がった。
慌てて関さんが駆け寄る。
ふらふらの俺の身体を抱きとめ、肩を貸して支えてくれた。
身体と身体が密着する。
「ひゃっ、やめろ! てめえ! なに密着してやがる! 卓人から離れろっ!」
ゾンビのように腕を伸ばして近付いてきた唯華に、関さんはスマホを向ける。
聖なる光を浴びた亡者のようにうめき声を上げ、目を背ける。反応が完全にアンデッドのそれだ。
画面からはグループ通話が続いており、皆、ボロクソにお嬢様を攻め立ててる。
ただでさえ傷つきやすく打たれ弱い性格だ。
これだけの人数に一斉にバッシングを受けたらメンタルが持たないだろう。
攻撃力100。防御力0。パラメーター極振りの女なのだ。
やめてあげて。その魔物とっくにライフ0よ!
二十人分の暴言マシンガン一斉掃射を一身に受けて、立ったままで白目をむき、ふらふらの唯華。
とどめはやはり、俺たち二人の手で刺すべきだよな。
愛憎をこじらせた悲しきモンスターよ。
今、貴様の息の根を止めてやる。
「唯華」
「ふぇ?」
「ざまあみろ。俺たちの勝ちだ」
そう言って俺は、肩を担いでくれていた関さんを、思い切り引き寄せ、頬と頬を擦り寄せた。
「キョエエエエエエエーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
狂った怪鳥の叫びのような、示現流の猿叫のような奇声が辺りに轟いた。
奇声獣はあまりの多くの情報を受け、脳の処理が追いついていないようだった。
全身が小刻みに震え、瞳孔が収束した。
皮を破って内側から何かクリーチャーめいたものが生み出されそうな雰囲気だった。
俺たちを襲いに走り寄ってくるかと思いきや、くるりと背を向け、走り去っていった。
途中、前足と後ろ足が絡まり合ってズッコケた。
「ぷげっ!」
思い切りすっ転んで、顔面から地面にダイブした。
こちらを振り向くと、コントのように鼻血がたらりと滴り落ちた。
なぜか今の転倒で冷静になったのか、50メートル程離れた場所からこちらに向かって、捨て台詞を叫んだ。
「きょ、今日のところはこの辺で勘弁してあげるわ! 次は許さないから覚悟なさい!」
「おい」
「ん?」
「まだグループ通話中だぞ」
「ひ、ひぃー! いや……、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
怪物は心に大きなトラウマを負ったらしい。
もう二度とグループRINEは出来ないだろうな。
ついでに「謎の転校生」の正体も後でばらしておこう。
しばらく村八分な状態が続くだろうがいい薬だ。
今回の事はすべてあいつの自業自得なんだから。
俺の肩を担いでいた関さんが、そっと静かにベンチへと下ろしてくれた。
「もう! 無茶しすぎだよ」
「痛てて。でも作戦は上手くいっただろ?」
「演技が下手過ぎてバレないかハラハラしてたよ」
「唯華の口から「援交画像を偽造したのは私です」と「下着を盗んだのも私です」って事を自白させる必要があったんだよ。会話が不自然になってもしょうがないじゃないか」
「まあおかげでグループ通話を聞いていた皆が芝浜さんの犯行を信じてくれたんだよね。……お疲れ様。白井くん。私の疑いを晴らしてくれてありがとう」
「ああ。こちらこそ、ありがとう。こんな俺に協力してくれて。作戦が成功したのもすべて君のおかげだよ」
「ふふふ。白井くん」
「なに?」
「最後の「ざまあみろ」ってセリフ。格好良かったよ」
あの時、寄せ合った頬の温もりを思い出して、思わず俺は赤面してしまった。
土曜の昼下がりの公園には誰もいない――。
そこにいるのは――。
どんな辛い宿命も、歪な呪縛さえも、吹き飛ばしてくれるような素敵な笑顔を持った少女と、一世一代の反抗戦に勝利した、ちっぽけな男がいるだけだった――。
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