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Dr.Letter  作者: 黒駒あいぜん
序章【3人の出会い】
8/12

8話 嫌いであり続けろ


「こちらの部屋で少々お待ちください。すぐに専属の医師がやって参りますので」


 先導していた女性に案内され、私達は屋敷内の一室へと通されることになった。

 部屋の前まで来ると、女性は一言だけ言葉を発し、変わらぬ無表情のままにお辞儀をしてどこかへと歩いていってしまった。


「わあ〜! こんな豪華な部屋に通されるとは思ってなかったよお!」


 カルナ殿は通された部屋のあまりの豪華絢爛さに驚きつつも、嬉しそうに飛び跳ねながら部屋の奥へと入っていった。

 私も流石に足の疲れとヨアン殿を抱え続けた腕の疲れがあるために早々に部屋の奥に入る。


 そこの部屋は、部屋前から察しられたようになんとまあ豪華な部屋だった。

 これが西洋風の旅館なのか……。そう思う他に納得する手段がない。

 大きな寝台、大きな棚、大きな物置机。全てが全て大きく、装飾や飾りの施された家具達だった。


 カルナ殿曰く、“べっど”、“くろーぜっと”、“てーぶる”という彼らは、私の目に焼き付くほどの存在感を放ちながらそこに鎮座している。

 まるでここにいるはずの私達よりも、その家具達の方が主役であると訴えるように。


 私は寝台にヨアン殿を下ろしながら、私は先程から気になっていた不可思議なものに近づく。


「カルナ殿、これは……一体なんなのだ?」


「ほえ? なになに? ……ああ、それはテレビのスイッチだよ」


 先程から空中に浮かんでいる、複数個の丸い物体。それは以前あの私が突然立っていた街中で、外国人達が空中に向かって指を撫でるように動かしていたあの妖術にも似たものと酷似していた。


 カルナ殿はそれを“すいっち”と言い、私の近くで浮遊し続けるその丸い物体に向けて指を向けると、何かを優しく撫でるように指を動かす。


 すると、先程までただの物を置くためだと思っていた机の真上に、突如として四角く何かが現れた。


「ッ!?」


「これも別に敵じゃないよ〜。これは空中ディスプレイのテレビで、映像とかを流してくれる電子媒体だよ」


 でぃすぷれい……てれび……。またもや訳の分からない単語を彼女は私に話してくる。カルナ殿はそのでぃすぷれいとやらをあちらこちらに移動させたりして遊んでいる。

 私は歩いてきた疲れや、そもそもこの国に突然やって来てから一度もきちんと休んだことがなかったことによる疲れを思い出し、ヨアン殿のすぐ隣の寝台へと腰を下ろす。


 やっと一息をつくことが出来た。本当にここまで来るまで怒涛の連続だったからな……。


 部屋のあちらこちらに移動し、色んなものに興味を惹かれていて少しも疲れを見せないカルナ殿は置いておいて、私は隣で寝転がっているヨアン殿を見る。


 屋敷前であえなく倒れてしまったとはいえ、鍛えておらず運動不足でありながらここまで荒野と草原の道のりを、私達の助けを借りず歩いてきた根性は褒め讃えたい。

 倒れた瞬間は何故人の手を借りなかったのか疑問に思っていたが、彼としても、もしかしたら譲れない矜恃があったのかもしれない。と、今なら思うことが出来る。


 ……矜恃、矜恃か。


 身体が休み出したからか、疲れとは裏腹に私の脳は動き始めた。


 浮かんできたのは、矜恃という言葉。

 私の、命よりも大事なもの。武士としての、侍としての心構え、そして弁え。

 幼い頃より父上から厳しく躾られたもの。男ならば、矜恃を持て。他の何よりも譲れない強さを持て、と。

 私はその教えを全うしてきた。心に刻んでも来た。それを、何よりも大切にしてきたはずだ。



 ――「侍なんてもう古い、古いんだよ」



 脳裏に忌々しい言葉が過ぎる。思い出すだけでも不快感が募ってくる。


 何が、何が古いだ。男としての矜恃も忘れ、一日中遊び歩いていそうな軽薄な格好、そして立ち振る舞いをしておいて、私に対して古いなどという言う資格があるのか?


 本当に忌々しい。あそこで手首を切れなかったのが残念でならない。痛みで叩き起し、言葉を訂正させ、二度とあんな言葉が吐けないように痛めつけてやりたかった。

 忌々しいと言えば、ヨアン殿から本を奪ったあの男達もだ。あの場で殺せなかったことが今でも悔しい。手足を斬り、喉を斬り、心の臓に刀を突き立ててやりたかった。


 ……殺したかった。


 そんな思考で脳内が埋め尽くされてしまう。だがもう過ぎてしまったことだ。ヨアン殿を安静にした今、彼が医者に診られ、再び元気な姿に戻れば、私達は別館の方に移されるのだろう。

 彼はあの男達から本を奪い返そうとするはずだ。この貧相な身体で、男達に立ち向かうつもりだろう。その姿勢は尊敬に値するものだ。


 だが、助けることは出来ない。私は確かにあの男達を忌々しく思い、彼は本を取り返したいと思っている。

 それでも尚、私達の思惑が合致することは、決してありえない。ありえるはずがない。


 何故なら、彼は、とても――



「――アオイ?」



 いつの間にか両手で目の部分を覆って腰をうずくまるように丸めていた私の目の前で、声がした。


 カルナ殿がいた。しゃがみ込んで、私を見上げるように顔を上に向けている。


「ねえアオイ、酷い顔だよ? どうしたの? 何か辛いことでも考えてた?」


 優しい声だった。まるで、母上を思い出すような優しい声。


「……なんでもない。すまない」


「なんで謝るのさ。あなたが謝る必要なんかないよ」


 彼女は小さく笑う。その表情に、内心安心しながらも、私は彼女から目を逸らす。今の顔を、彼女に見られたくなかったからだ。酷い顔と、彼女は言っていた。

 こんな……醜い男の顔など、彼女にずっと見てほしくない。


 顔を逸らすと、映り込んできたのはヨアン殿の顔だった。青白い顔をしながら、彼は寝台で気絶している。


 ……やはりありえない。私は、彼を助けることは出来ない。出来るはずがない。出来たらおかしい。


「……やはり、無理だ」


 そんな思考をずっと頭でしていたからだろうか。私は小さく、呟いてしまった。

 すると彼女は当たり前のように私の言葉に「ん?」と返事をし、私の顔を覗き込むように見てくる。


「無理だ。私は彼を助けることは出来ない。助けたら、きっと私は後悔する。後悔はしたくない。嫌だ。嫌に、決まってる」


 突然私が言葉を口から溢れ出すと、彼女は小さく驚きつつも、「さっき助けないことは決めたんじゃなかったの?」と、問いかけてきた。


「ずっと……ずっと考えていた。彼から助けてくれと言われた時からずっと、私は迷っていた。口では助けないと断言しておきながら、ずっと迷っていたんだ。どうすれば、私は後悔をしないで済むのか、と」


 そう、私は迷い続けていた。後悔のない選択肢を探し続けて、結局この部屋までついてきてしまった。本来ならばさっさと彼を置いてカルナ殿と別館へと迎えたはずなのに、彼を抱え続けたことで彼女を巻き込みこの部屋まで来てしまった。


 ()()()だ。


 後悔のしない選択肢とは、果たしてどっちなのだ。

 ヨアン殿を助けるのが後悔しないのか?

 ヨアン殿を助けないのが後悔しないのか?


 ……分からない。未来のことなど私には分からない。どちらを選べば私は後悔をしないんだ。


「教えてくれカルナ殿」


 故に私は、彼女に助けを求めた。


「どうすれば、私は後悔しないんだ?」


 彼女は黙る。笑顔ではない、かといって無表情ではない、曖昧な中間の表情。むしろ唖然としていると言って良いほどに、瞬きをしない。

 彼女はそんな顔で私を見ながら、しかし次の瞬間に、



「無理だよ」



 目を細めて柔らかく、笑った。


「後悔のない選択肢なんかないよ。人間、どんな選択肢を選ぼうが後悔はついてくる。後悔のしない選択肢を選べなんて、そんな都合の良いものは、この世には無いよ」


 あまりに残酷に、冷酷に、淡々に。

 しかし優しく。

 彼女は笑顔で私の希望を潰してきた。


「ねえアオイ。後悔って、そもそもなんだと思う」


 次に彼女がしてきた行動は、片手を私の頭の上に乗せ、左右に動かすこと。

 撫でてきたのだ。彼女は、私の希望を潰した後で。


「私はね、こう思うんだ。後悔は、終わりある道行きの中で、何かを選びとることが出来る勇気のことだって」


 私を撫でながら、彼女は言う。


「人生の中で、人間は必ず選択をするでしょ。で、その選択を後々必ず後悔するの。必ずね。後悔しないことなんてない。問題は、その度合いだよ。大きいのか、小さいのか。受け入れられないものなのか、受け入れられるものなのか」


 私を撫で続けながら、彼女は言う。


「後悔を受け入れられるのか、それが今後の人生を左右する大きな分岐点。後悔に後悔をしないこと。それが、きっと今後の人生の大きな歩み方の違いになるから」


 私を撫で続けながら、彼女は笑顔で言う。


「アオイ。あなたは、後悔が好き?」


「……………………嫌いだ」


「あははっ、私もだよ」


 私を撫で続けながら、彼女は優しい笑顔で言う。


「それでいいんだよ。後悔なんて嫌いであるべきだ。でも、嫌いだからこそ、受け入れるべきなんだよ。嫌いだからこそ、裏側には好きがある。()()の反対は()()()だけど、()()の反対は確かに()()なんだから」


 「だから」と、


「後悔を嫌いでいてあげて、アオイ。どうか、一生好きになることがないように」


 彼女は言う。


 私は、彼女の言葉達を聞いて――


「――カルナ殿」


 首を傾げる彼女に、次は私が言う。


「頼みが、あるんだ」


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