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Dr.Letter  作者: 黒駒あいぜん
序章【3人の出会い】
5/12

5話 きっと楽しいよ


「ああなるほど。あなたは【Melancholy(憂鬱な)-Joke(戯言)】に参加するために、ここまで来てたんだね」


 カルナ殿がしゃがみ込んだ青年に向かって言葉を投げかける。青年は頭を抱えたまま、今にも泣きそうな顔をして床を見ていた。


 めらんこりーじょーく、というのは先程カルナ殿が私に説明してくれたこれから向かう屋敷で行われる大会名のことだったはずだ。つまり彼はその大会に出場する予定なのだろうか。


「その本とやらがないと大会には出場出来ないのか?」


「そウナんです……あの本が、大会ニ出場すルための券ミタいなものナンでス。多分ですケド、きっとアイツラに……」


「あいつら?」


「あれじゃない? あのあたし達に突然椅子投げてきた男と、その仲間達」


 彼女の言葉を聞いて私は納得した。だとするならばあの男達がここにいた理由も、何故彼がここまで傷を負っているのかも説明がつく。

 おそらくあの数人の男達は、彼から大会に出場するために必要な券である本を奪うために、彼にこの場所で暴行を働いたのだろう。彼は抵抗しただろうが数人の男性相手、しかも彼自身全く喧嘩など不得手なのは目に見えているので、その圧倒的な暴力の前には敵わなかったはずだ。


 なんとも不幸な青年だな……。


 そう同情する他ない。

 彼が持っていたという本は“券”だというのだから、多分だが数名の人間達にしか配られていなかったものなのだろう。そうして配られなかった人間達は無理やりにでも手に入れる方法を模索し、最終的には暴力で奪い取るという強行手段を用いた。


「君は一人だったのか? 何故用心棒なりなんなりを付けなかった。その本が誰かに奪い取られるという可能性は考えていなかったのか?」


 故に私は感じた疑問を彼に質問してみることにした。

 彼自身、己が喧嘩などが苦手であることは承知しているはずだ。なのに何故彼は不用心に、一人でこんなだだっ広い荒野を歩いて屋敷に向かおうとしたのか気になった。


「え、エット、お恥ずかシイ話なのデすが……」


 青年は抱えていた頭を上げ、私達を見ながら話し始めた。


「今絶賛家出中デシテ……護衛を雇うお金モ、引いては日々ノ食事代デスら危うクテ……」


「あぁ、なるほどな……」


「はは、あなた少し前のアオイみたいだったんだね〜」


 青年の細々とした嘆きを聞いたはいいが、カルナ殿の的確すぎる物言いに私まで何も言えなくなってしまう。

 そんな彼女の言葉に、青年は小さく首を傾げながら私を見てきて、その後何かに取り憑かれたように私をじっと見つめてきた。私は彼のなんとも言えない視線に気づき、何なのだと眉を寄せる。

 すると彼は一瞬何かを言おうと口を動かしたのだが、すぐに口を結ぶように閉じてしまう。そしてその行動を数回繰り返す。


 彼のそれらの行動が、私には訳が分からなかった。


「……君はさっきから何が言いたい。言いたいことがあるのならば、ハッキリと言ったらどうだ」


 だから私は彼に進言する。言いたいことがあるのなら言ってみろと。少しの嫌な予感は感じるが、私にとっては彼が言おうとしている内容の方が気になっていた。


「うんうん。大丈夫大丈夫。アオイはこんな怖い顔してるけど、人の話はちゃんと聞いてくれる良いおじさんだよ!」


「おじ、え、カ、ルナ殿……?」


「ん?」


 カルナ殿からも青年に向かって進言が入るのだが、なんだろう、聞き捨てならない単語があった気がした。彼女は純真そのものの瞳で私を見つめ返してくる。なんだろう、何故か今はその瞳がとても痛い。主に心が。


「カルナ殿、私は、おじ、さんか……?」


「え、アオイって年齢30代後半くらいでしょ? あたしと10歳以上離れてるし、あたしからしたら完璧()()()()だよ〜」


「……そうか」


「どうしたのアオイ、なんでそんな引きつった笑顔してるの」


 私に高すぎる攻撃力を放った本人であるカルナ殿は背伸びをして頬を優しく押してくる。私としては今までの人生でしたこともないような穏やかな表情のつもりだが、彼女にとっては引きつっているらしい。


 いやはや歳は取りたくないものだな。ははは。


「だ、大丈夫デスよ侍さン! 僕かラシたら侍サン全然オジサンではないでス!」


「ありがとう青年、その言葉だけが救いだ……。って違う……違う! 私は青年から話を聞きたいだけなんだ! おじさんかおじさんじゃない問題は今はいい!」


 私は未だに私の頬を押し続けるカルナ殿の肩を痛くない程度の強さで叩き、驚くカルナ殿の身体の向きを青年へと向ける。

 青年も驚いている様子だが、私達の様子に困惑しながらも私の「早く話してくれ」という瞳にこもった感情を読み取ってくれたのだろうか、最初は声小さく話し始めてくれた。


「そ、その、ボ、僕がさっきカラ言いタかったコトハ、侍さんニ対してナンデス」


「私に?」


 彼のその言葉に、私は少し驚いてしまう。てっきり彼が先程から言いたかったのは、少し前の私同様食べ物を恵んで欲しいなど、カルナ殿に対してかと思っていた。


「その、トテモ、言いづらい……頼み事なのデスが……」


 彼は顔の前で両手を合わせたり、自分の頬を軽く叩いたり、強く握りこぶしを作ったりしながら、しどろもどろに言葉を紡ぐ。


 そして、決心したのか大きく目を見開きながら私のことを勢いよく顔を動かし見ながら――



「――侍サン! 僕と一緒ニ、【Melancholy-Joke】に出場シてくれまセンカ!?」


「……え?」




 ***




 いや、待ってくれ。本当に待ってくれ。分からない。意味が分からない。彼は、何を言っているんだ……?


「君が……私と?」


「は、ハイ! そうです!!」


 ……待ってくれ。物事の整理の前にまず感情の整理がしたい。

 彼の言葉を聞いて、まず私は驚いた。それはまあ当たり前かもしれない。突然意味不明のことを彼から発表されたんだ。驚くのは仕方ない。

 次に私が感じたのは、小さな疑心だった。目の前の青年に対する、とても小さな疑念の心。

 何故出会ってまもない相手に、『一緒に大会に出場してくれ』などと言えるのか?

 私達視点ではない。彼から見た私達は、そんなに信用出来る相手なのか、という事に疑問を持った。


「……すまない」


 故に、私から出た答えは()()だった。


「すまないが、その提案は断る。何故見ず知らずの、今日初めて会った青年の頼み事を聞かねばならない。それに、その大会はカルナ殿によれば勝ち抜き戦とやらなのだろう。何故私が君のために戦わなければならないんだ。私はカルナ殿がその大会が開かれるという屋敷に行くまで、彼女に助けられたお礼として護衛をしているだけだ。彼女を送り届け、大会が無事に終わった後は、私は日の本に帰る方法を探さなければならない」


 つらつらと、一度口を開いてしまえば私の口から流れ出る言葉の奔流は止まらなかった。

 だから、だろうか。止まることなく言葉を放ち続けた私のことを見て、青年は見るからに落ち込み出し、カルナ殿までが目を見開いて驚いていた。


「そ、ソウ、でスヨね……ごめんナサイ。突然こんな意味ノ分からナイことを」


 彼はものすごく落ち込んだ様子のまま、私に頭を下げてくる。見やれば今すぐにでも泣き出しそうな程に顔を歪めていた。


 ……なんだ。何故そんな顔をする。これでは私が彼を虐めているようではないか。

 少しの罪悪感が湧き出てくる。だが、私の言ったことは正しいはずだ。突然見ず知らずの、少し話した程度の他人の願いを無償で叶えることなど、私には出来ない。


 彼は私に頭を下げた後、数秒後に頭を上げて申し訳なさそうな顔をして、落ち込んでいる。私も断った手前、何か元気が出るような言葉なども思いつかず、この場に静寂が訪れた。


「……はあ、なんか二人とも暗いよ〜? ほらほら、この事に関してあたしが何かを言えた義理じゃないけど、二人が暗いのは嫌だな〜!」


 「ほら、元気出して!」と、カルナ殿は私達二人の間に立って思い切り満開の笑顔の花を咲かせる。

 不思議なものだった。彼女のその笑顔は、暗い表情を隠しきれていなかった私達の表情さえも明るいものにさせてくれる。

 青年は泣きそうだった顔を苦笑いのような表情に変え、私は普段よりも寄せていた眉間の皺を少し緩ませることが出来た。


「あなたも断られたのは残念だったね。でも確か大会って、二人一組っていうのが参加条件だったよね? あなた相方いないの? まあいないからアオイに頼んだのだろうけど」


「は、はい。お恥ズカしナがら、出場券である本は当選したのデスが、相方サンが見ツからなくテ……なノで、屋敷についたらスカウトしようかなと思ってイマした」


「うわあ、とんでもないくらいの行き当たりばったり作戦だね」


「あはは……」


 苦笑いに恥ずかしさを足した表情を浮かべる青年。聞く限りでは確かにとんでもないくらいの行き当たりばったりな作戦だった。無計画と言っても過言ではないだろう。


「……そんなに、その大会に出場したかったのか?」


 私は問う。彼が先程からの言動、不可思議な行動の数々の根本を担う欲求の正体について。おそらく彼は、何としてでもこれから向かう屋敷で行われる大会とやらに出場したいのだろう。

 だからこそ初めて会ったばかりの私達、引いては私に共に出場するように頼み込んできたのだろうと察しがつき始めていた。


「……はい」


 彼は言う。不器用に下手くそな笑顔を浮かべ、何かを、私達以外のものを見ているような視線を投げかけてくる。

 彼の事情は何一つ分からないが、私の答えは変わらない。私の今の最優先事項はカルナ殿をこの先にある屋敷に送り届け無事に帰すことだが、その先を言えば、日の本に帰ることこそ私の目的なのだ。


「とりあえず、あなたはこれからどうするの?」


 カルナ殿が青年に向かって問いを投げかける。彼は少し考える素振りを見せた後、また決心したような表情になり私達を再度見てくる。


「僕ハ、変わらず屋敷ニ向かイマす。そこでアイツラから本ヲ取り返シテ、一緒に出場してクレル方を探します。諦められまセン、から」


「そっか……。なら、一緒に行こうよ!」


 カルナ殿はその場で一回転をして、元気な声で一つの提案をする。その提案は、私と青年に疑問の声を上げさせるものだったが、彼女は笑顔で続ける。


「だって頼み事は断ったけど、別に一緒に行かないとまでは言ってないでしょ? だったら、人数が多い方が旅は楽しいよ!」


 そう言って、彼女は私と青年の手を片手ずつ掴んでくる。そして私達の手を、優しく繋ぎ合わせるのだ。


「カルナ殿、これは……?」


「握手だよ! やっぱり仲直りの印は握手だよね!」


 青年と私は数秒ほど、彼女の行動に驚かされるばかりだったが、私達は互いに自然と握手に力を込めるようになる。青年は先程の不器用な笑顔ではない、心の底から笑っているような表情になり、私を見てくる。

 私も、何故だか感じていた驚きや疑念の気持ちは小さくなっており、彼の握手を返すことになる。


 カルナ殿も、そんな私達を見て笑顔になった。


「あ、そうだった。あなたの名前聞いてなかったね」


「ア、そういエバ言ってませンデしたネ」


 再び申し訳なさそうな表情に戻った彼は、私達に向けて改めて自己紹介をしてくれた。


「僕ノ名前はヨアン・ブルーウェインです。小説家……志望の者デす。ヨロしくお願イしマス」


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