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Dr.Letter  作者: 黒駒あいぜん
序章【3人の出会い】
4/12

4話 可哀想な


 丸く、大きな眼鏡をかけた青年だった。しかしその眼鏡は今彼の顔に正位置から少しズレてかけられており、小さな亀裂が入ってしまっている。

 カルナ殿が駆け寄って声をかけ続けているがその青年が起きる様子はなく、顔中の痣から見てこの場所で酷い暴行を受けたことは明らかだった。


「うーん起きないなあ。息はしてるから死んでるわけじゃないと思うんだけど……」


「とりあえず怪我の手当をしよう。カルナ殿、君は何か手当できる物を持っていないか?」


「確かあったと思う!」


 彼女は私の言葉に頷き、背負っていた鞄から何やら大量に荷物を出し入れを繰り返し始める。そして最終的に“ばんそうこう”というものと繃帯(ほうたい)を取り出して、彼女は青年の傷へとそれらを貼ったり巻いたりを繰り返した。


「医療用ドローンはさすがにここら辺には飛んでないよね……AI救急車を呼ぶにも都市と離れすぎたしなあ」


 そんな中彼女はたまに呟くように言葉を紡いでいたが、私には何の事なのかさっぱり分からなかったので質問するのはやめておいた。

 カルナ殿は手当――私から見ると貼ったり巻いたりをしていただけだが――が終わると青年を安静な格好で寝かせ、少しの亀裂が入った眼鏡を彼へとかけ直している。


 私は改めて青年を見る。カルナ殿が手当をしてくれたおかげで痛々しかった傷などは見えなくなったが、私は彼にほんの少しの違和感を覚えていた。

 違和感の正体は少し考えればすぐに分かった。なんというか……彼は、()()()()()()男だったのだ。


 まず彼を一目見ての印象は不健康そう、というものである。病気かと疑うほどの白い肌、肉付きのない身体、細すぎる手足。まるで数歩走っただけで息が上がってしまうのではと想像できるくらいには華奢だった。

 しかしその不健康さに似合わない美しい黄金色の髪が、私から見ればとても不釣り合いだった。

 それに、着ている衣服はお家の良さを醸し出していると言っていいほどに繊細で綺麗なものだ。今はこの場所に長居していたのか埃などで汚れてしまっているが、洗濯などして整えれば見栄えの良いものにはなるだろう。


 それが、私が彼に感じた違和感。それは不健康さ・不釣り合いさと言ったものだったが、それ以外にもあるような気がしてならなかった。


 何故彼の見た目にそれほどの()()()()()()を覚えたのかは分からないが、私は彼を観察し続けていた。最初は彼が目を覚ますまでの暇つぶしとして見ていたが、いつしか凝視するまでに至っている。


 ……何故だ。どうして私はこれほどまでに彼の事が気に食わない。


 そんな風に、私が考えていた時だ。



「なんかあなたと正反対だね、彼」



 私のすぐ隣で膝を抱えながらしゃがみこんでいたカルナ殿が声を発した。


「……今、なんと?」


「ん? いや、なんかこの青年の事見てて思ったんだ。あなたと見た目が正反対だなあ、って」


 彼女は目の前で寝転がって気絶している青年の頬を優しく押しながら、笑顔で言う。


「こう言っちゃ悪いんだけど、あなたって結構貧乏だったでしょ。その今着てる和服、すごい長い間使ってたんだな〜って思えるくらいに年季入ってるし。それにあなたは落ち着きある黒髪で、彼は派手な金髪。でも彼の身体はヒョロヒョロで、あなたは鍛えてる。何もかも真逆だなって、思ったわけだよ」


 真逆。彼女から言葉を受け取り、一番心に残った言葉がそれだった。


 そうか……だから、という訳では無いが、何となく私がこの青年の事が気に食わなかった理由が少し分かった気がする。


 彼は、あまりに()()ではない。


 身体は細く、鍛えていないのだろうということが一目で分かる。良い家の出であることも分かり、裕福な暮らしをしてきたのだろう。それと外国人だから仕方のないことかもしれないが、派手な金髪も相まって、私は彼に軽薄さを感じてしまっている。


 ……私が、一番嫌う人となりだった。


 これに関しては、私の両親からも咎められた悪癖だ。

 明治という新時代に入ったのだから、武士としての矜持や価値観などというものはもう古い。男子だからこうしろ、男子はこうあるべきだというのは、もはや古い考えであることは知っている。新時代からは女子も男子のように表舞台へと出て働ける。そして男子はもう、無理に男子たるべきとしなくても良いのだと、私は知っている。



 知っている。だが、理解は出来ない。

 両親の咎めも。新時代という風潮も。私には理解など出来なかった。



「……アオイ? どうしたの、顔怖いよ?」


 ハッとして、意識が現実に呼び戻される。ふと隣を見ると、カルナ殿が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。私は咄嗟に、いつも通りの表情に戻ろうとした。


「いや……すまないなんでもない」


 彼女は小さく首を傾げつつ、数度瞬きをした後私を凝視する。私はその視線が少し居心地が悪く感じてしまい、無理やり話題を変えるように言葉を出した。


「……そう言えばなんだがカルナ殿」


「ほえ? どうしたの?」


「君がこれから向かうという“とある屋敷”という場所について、詳しく聞いていなかったなと思ってな」


 私の問いに、彼女は両手を胸の前で叩き、「説明してなかったね!」というような顔をして私へとその場所についての説明を始めてくれた。



「あたし達が今から行くところは、今や世界中にその名を轟かせている超有名小説家、【アイザック・ミラー】が主催の大会が開催される彼の屋敷だよ。大会名は【Melancholy(憂鬱な)-Joke(戯言)】。そこで、近年開発されたVRゲーム【現実世界描写改変型システム:シェイクスピア】を使用する巨大バトルトーナメント、所謂勝ち抜き戦が開催されるって情報が入ったから、あたしは行くことにしたわけなのさ」



「君は、何を言っているんだ?」


 怒涛のように凄まじい量の情報が右耳から左耳へと流れていく。唯一返せた言葉といえば、彼女の説明が私にとって意味不明だったことを告白するものでしかなかった。

 あいざっくみらー? めらんこりーじょーく? しぇいくすぴあ?

 全てが全て初耳なもので脳内がこんがらがってしまう。脳が働きすぎて焼ききれてしまいそうな程だった。


 そんな私の阿呆顔を見たからだろうか、カルナ殿は大爆笑に近い笑いの花を咲かせた。


「あっはははは! アオイは本当に何も知らないんだねえ! いつの時代の人なのさ〜!」


「……明治だが」


「……え?」


 一瞬で止まる彼女の笑い。彼女は小さく驚きの声を上げて私を凝視し始めた。


「……そう言えばその和服って実際コスプレなの? あの時答え聞けてなかったよね」


「これは私の普段着だ。というか私のいた日の本では和服が基本だったぞ」


「その刀も本物だし、え、実際あなたは本当にタイムスリップしてきたの?」


「たいむすりっぷというものは分からないが、今のこの時代が私のいた時代ではない事は確かだ」


「ほ、ほえぇ〜〜〜……」


 彼女は先程から見せていた驚きの表情のまま、私の全身を上から下まで顔を動かし観察する。ジロジロ見られるのは緊張しかなかったのだが、彼女に今の私の状況を知ってもらうためには仕方ないことかと思い我慢した。


 そうしてカルナ殿は私を改めて観察し終わったのか、私の近くまで寄ってきて、思い切り背伸びをしたかと思うと、


「……よしよし」


 私の頭を突然撫でてきた。


「……!?」


 私はあまりに突然のことに身を硬直させてしまう。何が起こったのか整理するために彼女を見れば、カルナ殿は目を細めて小さく頷きながら私のことを撫で続けていた。


「ど、どうした、カルナ殿……?」


「突然知らない時代にタイムスリップしてきて驚いたよねえ。そりゃあ餓死寸前にまでなるよねえ世界情景変わりすぎてるもんね。よく今まで頑張ったね、凄いよアオイ〜」


 なでなで、なでなでなで。

 そんな擬音が聞こえてくる気がした。硬直していた私だが、数秒後のふとした瞬間に我に返って、今の状況があまりにも恥ずかしいことに気づいた。


「な、い、いや、も、もういいカルナ殿! もう撫でないでくれッ……!」


 素早く、だが力を入れないように努力しながら彼女の手を払い除ける。

 まさか頭を突然撫でられるとは思っていなかった……。女子に頭を撫でられるなど母上が生きていた頃のだけだったために、油断していた。


 彼女は私が手を払い除けるのを見て残念そうな表情を見せた後、何故だかゆっくりと私へとまた近づこうとしていた。


「ど、どうしたカルナ殿。また撫でるのか? さ、さすがに撫でるのはもうやめてくれ、恥ずかしさで死にそうだ」


「嫌ならもう撫でないよ、でも、それがダメならギュッとしてあげる!」


「は?」


「抱きついてあげるよー!」


 そうして彼女は叫びながら私へと突進してくる。私はその彼女の突撃攻撃をなんとか避けることが出来た。しかし彼女が諦める様子はなく、またゆっくりと私へと近づいてきている。


「意味がわからないぞカルナ殿! 何故撫でるのをやめると次に抱きつくという選択肢になるんだ! もっと私にも分かる行動を取ってくれえええうわっ!!」


「意味ならあるよ! なんかアオイがものすごく可哀想だからよしよししてあげたいんだよお!」


 突撃、避ける、突撃、避ける。

 それらの行動を何回も繰り返し私達は互いに攻防戦を続ける。この狭い建物の中で、私達はあちらこちらを移動しながら接戦をしていた。


 そんな時だった。


「あ、アのぉ……」


 掠れたような、小さな男性の声が聞こえてきた。私とカルナ殿は声が聞こえると同時に動きを止め、その声がした方向を見る。

 そこには、あの傷だからけだった青年が上半身を起こした状態で目を覚ましていた。


「ああ〜! 起きたんだねえ!」


「ふぅ……」


 カルナ殿は即座にその青年の元まで近づいていき、彼のすぐ隣に着地する。私は終わった攻防戦に安堵しつつも、息を整えて彼に近づいていく。


「目を覚ましたか」


「あ、あノエっと、貴方達ガ僕の、コノ怪我の手当を……?」


「そうだよお! 酷い怪我だったから手当しといた。痛くない? 大丈夫?」


 カルナ殿が声をかけると青年はあからさまに顔を明るくさせ、彼女の両手を勢いよく取ってお礼の言葉を放ち始めた。


「あ、アリガトウございまス! 本当に、手当ヲしてくだサリありがとうゴザイマス!!」


「わわ! 全然いいよ、あなたが無事でよかったよぉ」


 青年は少し片言な日本語を操りながら私達へと何度も頭を下げてくる。私自身、彼が元気そうなことに安心しつつも、とりあえずこの場所で何があったのか聞くことにした。


「君はここで誰かに襲われたのか? 何故それ程までに傷だらけなんだ」


「こ、コレは……。あッ! そうダ!」


 私が彼に質問すると、彼は何かを思い出したかのように座っていた状態から飛び起きて辺りを見渡し始める。

 まるで何かを必死に探しているように。辺りに椅子の残骸以外何も無いことが分かったからか、彼は凄まじい形相で私達のことを再度見る。


「す、すみまセン! ほ、僕の“本”を知りマセんか!?」


「……本?」


「いや、知らないよ?」


 本。確かに彼はそう言った。私とカルナ殿は互いに顔を見合わせ、次に彼を見て知らないことを説明する。すると彼は見る限りに落ち込み、しゃがみ込んで頭を抱えだしてしまう。


「ドウシヨウ……あれが、アレがないト……」


 小さく何かを呟くように“あれがないと”と言う青年は、尋常ではない焦燥感を纏っているように見えた。カルナ殿はそんな青年を見かねてなのか、彼に近づき同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。


「あなたは何かの本を探してるの? 何の本を探してるの?」


「……あ、あれは、アノ本ハ――」


 彼は言う。


「――僕が、【Melancholy-Joke】に参加スるたメに、必要な本ナンでス」


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