3話 外国怖すぎる
「そう、アオイっていうのね」
彼女は私から名前を聞くと笑った笑顔を崩すことなく走り続ける。楽しくて堪らないという風に、嬉しくて仕方がないという風に。
私はそんな彼女を見て並走し、もう追ってこない敵達を確認しながら彼女が指し示した方向へと向かう。
やがて目的の場に辿り着いたのか彼女は走るのをやめ、大きな息を吐きながら私の手をまた握って掴んでくる。
周りを見れば、そこは広く眩いほどの光量を放つ広場のような場所だった。夕刻だというのに世は光を失わず、まるで抵抗するかの如くあちらこちらが光っている。
闊歩する外国人達も、それらを不思議にも思わず歩いており、それぞれが手に持つ光る四角い箱で何かをしている様子さえある。
「こっちこっち、こっち来て。ここは駅だから、この場所から電車に乗って別の場所に移動するの」
私はただ黙ってついていく。もはやここでは私が何を言おうが非常識となるのだろう。そんな漠然とした確信を持ってしまった。
彼女は手際よく光る建造物へと入り、足早に様々な手順をこなしていく。私にとってはそれらが何を意味するのか全く分からなかったが、彼女は呆気に取られる私を見てまた盛大に笑い出すのだ。
そしていよいよ彼女の行動は終わりを告げ、「ここで待ってれば電車が来るよ」と言い私の隣へと立つ。
私はただただ全ての事が意味がわからなく、全ての事に疲れていた。それは先程あの敵達から逃げ延び、一人を撃退した時以上の徒労感だと言える。
そんな異様な感覚に耐えながら、私は待ち続ける。その“でんしゃ”というものを。
「あ、来たよ!」
彼女の元気な声が響く。
来た、というのは“でんしゃ”が来たと言うことだろうか。乗り物だと彼女はいうので、もしかしたら馬鹿でかい馬でも来るのかもしれない。ここの待ち場所では結構な人々が立っている、その人数全てを乗せる馬なのだからきっと妖怪じみた馬なのだろうな……。
もう何が来ても驚かない。そう私が心の整理をしている時、それはやって来た。
「ッ!?」
私は思わず刀に手をかけ抜刀の構えをとった。すると隣に立っていたカルナ殿が驚いて「これは敵じゃないからね!?」と言うので、間一髪のところで私が刀を抜くことはなかったが、私は悩むことになる。
とんでもない速さでやってきたこれに乗るのか?
……死しそう。
あんな速さの乗り物に乗れば私は速さについていけず死ぬのではないか。これは自殺するための乗り物なのか?
カルナ殿に相談してみても彼女はまた笑い続けるだけで明確な返答はしてくれない。死なないということだけは教えてくれたので、どうやら私はこれから自殺はしなくてすみそうだった。
……なので私は、一つのことを思うに至る。
――外国人、いや外国、怖いな。怖すぎる。
***
「それで? これからどこに向かうんだ?」
“でんしゃ”に乗り、死ぬことはなかった私は彼女へと尋ねる。結果的に一緒に逃げるという形になってしまったが、そもそも私は彼女に同伴してよいのかという疑問が浮かんでいた。そんな私の問いに、彼女は元気に答えてくれる。
「あたしは今からとある屋敷に向かうんだ。というか私は前の仕事が終わったら、そこに行きたかったわけだし」
彼女には目的としている場所があるという。どうやら前々から行くことを予定していた場所らしかった。
「一つ聞くが、私はついて行っていいのか?」
「全然いいよ! むしろついてきてくれるなんてありがと〜。あなた面白いし、それに強いから頼りになるよ」
彼女は変わらない笑顔でそう言ってくる。私としてはパンを譲ってもらったお礼として、彼女がそこにつくまでの護衛でも出来ればと考えている。日の本に帰ることも優先とするべきことだが、助けて貰った借りを返さなければ侍として情けない。彼女を無事に目的地まで送り届けたら、彼女と別れ日の本に帰ろう、そう思っていた。
だが、
「そう言えば、あなたのその格好ってコスプレなの? それにしてはさっきの剣技とか凄かったけど」
「は? こす、ぷれ?」
「うん。だってその格好って着物でしょ? それにその刀、それって“何百年も前”に武士達が持ってたものじゃない」
彼女の言葉を聞いて、そう言えば時代そのものが違うということを思い出し、私は頭を抱えた。
「……なんかあたし、変な事言っちゃった?」
「いや、そうではなくてだな」
そうだった私は場所移動をしただけではなく、何故か時代移動までしてる事を忘れていた。これでは日の本に帰ったとしても私の帰る家が無い。
不覚だった……。
……どうすれば元の日の本に戻れるか分からないが、今はとりあえず彼女に恩を返すため護衛という名目を取るしかないか、と私は腹を括る。
「その今から向かう屋敷というのは、遠いのか?」
「少し遠いよ。まあすぐ着くと思うけど」
気軽な笑顔で、彼女は言った。故に私は信じた。少し遠いと言っていたが、まあすぐに着くのだろうと……。
***
【2069年 アメリカ:とある荒野】
乾いた風が頬を撫でる。果てしなく続く一本道の端を、私達はただ歩く。
いや、私達、というのは少し間違っているかもしれない。事実私は確かに歩いているが、照りつける太陽の光と終わりが見えない道の長さに今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
しかし私の遥か先を楽しそうに悠々と歩き続ける彼女には、疲れているなどという様子は一切見つけられない。
「カルナ殿……! 目的地はまだなのか……!?」
「あと少しだよ、頑張れアオイ〜!」
あと少し。それは、もう何度聞いた言葉だろうか。数えるのも億劫になるほど尋ね、返ってきた答えであるその言葉は、私の足に直に響く。
――外国、いくらなんでも広すぎないか?
己の老いてきた年齢を呪い、外国の広さを呪う。空腹で死にそうだった以前ほどではないが、今にも私は倒れてしまいそうだった。
何故目の前のカルナ殿はあんなに元気に飛び跳ねながら歩けるのか分からない、これが歳の差というものなのか……? それとも旅をしてきた経験の差なのか……?
そんな風に、私が考えている時だった。
「あ! アオイ見て見て、こんな場所に喫茶店あるよ!」
彼女が大きな声を上げて走り出したのだ。私も落としていた顔を上げ見てみれば、果てしないと思っていた荒野の道の端に一件の小さな建物があった。建物の看板には外国語でなにか書かれているため分からないが、彼女曰くここは“きっさてん”と言う建物だという。
ここが目的の場所なのかとも思ったが、カルナ殿の様子を見るに少し違うらしかった。
何はともあれ“きっさてん”というどういう建物がなのかは分からないが、少しだけ休憩をさせてもらおう。今はたとえどんな場所であろうとも少し休憩がしたかった。
彼女はその“きっさてん”という場所に近づき、窓の部分から中を見ているが、どうやら中は暗がっていてよく見えないようだ。
「何も見えないな〜、もしかして人いない?」
彼女は辺りを見渡し、最終的には扉前に立って鍵がかかっているかどうかを探る。ガチャッ、と軋みながら扉は開き、カルナ殿は満面の笑みを浮かべ私を手招きする。
「ほらほら、入ろ!」
彼女は扉をゆっくりと開ける。私はその後ろをついていこうとしたわけだが――
「――ッ! 危ない!!」
突然感じた、剥き出しになった悪意の気配。それを察した瞬間、私は彼女を後ろから押さえるようにしゃがませる。
刹那、私達の頭上を重量を持った何かが通り過ぎ、数秒後背後で凄まじい音を立てて落ちた。
「え!? なになに!?」
彼女は突然の出来事に何が分かっていない様子だったが、後ろに落ちた木製の椅子だったものを見ると、顔を青ざめ再び視線を前方へと移す。
私も視線を前へと動かすと、建物内は薄暗く何があるのかはよく分からなかったが、私達の前に誰か人が立っているのは理解出来た。
「What!!」
低い男性の声が響く。野太いその声を主は何も答えない私達を見ると、大きな舌打ちをして再び椅子を投げてくる。
「――――!!」
私は刀を鞘ごと抜き取って一瞬で立ち上がり、その反動で刀を下段の構えから真上へと大きく振りかぶる。
椅子はその刀とぶつかった衝撃で私達の天井にぶち当たり飛散する。
「ッ!?」
椅子を投げてきた男は私の行動に仰天し、後ろへと数歩下がった。その隙を見逃さまいと私は駆け出し、刀を鞘から抜いて大きく跳躍した後に男の真上へと躍り出る。
そして、刀を空中で逆刃に持ち替え男の首元へと横へ、一閃する。
渾身の力を入れたその攻撃により男は真横へと吹き飛んでいき、私は先程まで男がいた場所へと着地することになった。
「アオイ!」
背後からカルナ殿の声が響くと、彼女は私を心配そうに見てくる。彼女が無事であったことに安心感を覚えつつも、私は油断しないままに吹き飛んでいった男へと視線を動かす。
「Dude!?」
すると、店の奥からまた数名の男が叫びながら出てきた。彼らは吹き飛び壁にぶち当たった男を心配そうに覗き込んでおり、男が気絶していることを知ると私達を見てきて怒鳴り声を上げてくる。
しかし私は彼らが何を言っているのかさっぱり分からず、ただ首を傾げるだけになってしまう。彼らはそんな私に嫌気がさしたのか、男を数人で何とか持ち上げ肩で支えながら近づいてくる。
そして、叫び怒鳴りながら私達の横を通り過ぎていく。彼らが何も出来なくなる距離まで遠のいたのを見て、私は大きくため息を吐いて肩を落とした。
「あれはなんだったんだ……」
「なんだったんだろうねえ、突然襲ってくるなんて怖いな〜」
隣のカルナ殿も、あまりに突然のことに驚きながら荒野を数人で進んでいく男達の後ろ姿を眺めていた。
私は刀を鞘にしまい辺りを見渡す。外国風の店内と言えるこの場所は、埃は積もっているが本来ならば整頓されていたのだろう。しかし今は椅子の残骸があちこちにあり、とても店といえる様式ではなかった。
「これ、あたし達が来る前から荒らされてたっぽいね。あの男達のせいかな?」
椅子の残骸を踏まないように彼女は身軽に店の奥へと進んでいく。私もゆっくりとだが奥へと進み、彼女について行くことにする。
すると、彼女から大きな呼び声が聞こえてきた。
「ア、アオイアオイ! 人! 人が倒れてる!!」
「人?」
私が奥へと進んでいけば、カルナ殿は手をこっちこっちと動かしながら床へと視線を落としている。私もその床へと瞳を動かせば、そこには――
「……人だ」
20代後半ほどの金髪青年が、顔中に痣を作って倒れていたのだった。