12話 嘘だらけの男
次に目を開け感じたのは、またもや光が瞳に入ってくる眩しさだった。しかし、つい先程“げーむ”内で感じたような激しい光ではなく、青い光。カルナ殿と一旦別れた、私が箱を椅子に座り箱を頭に付けたあの部屋の光だった。
「お〜いアオイ〜! だ、大丈夫……?」
「……………………カ、ルナ殿」
ぼんやりと歪んでいた視界が鮮明になり始めた後、私の目の前にはカルナ殿が私が頭に付けていた箱を両手で持って、私の顔を伺っていた。
私としては、なんだかとても頭がぼんやりとしてしまっている。まるで夢の中で微睡んでいるような不可思議な感覚を覚えている私は、目の前にカルナ殿がいると分かっていても、曖昧な視線を彼女に送っていた。
「…………何故だかとても頭が痛い。カルナ殿、ここは本当に現実なのか……?」
「現実だよ。アオイこれがVRへのフルダイブ初めてだもんね、そりゃあ頭の中混乱するか」
彼女は「ほら」と言いながら私の片腕を持ち己の肩に乗せ、持っていた箱を私が座っていた椅子へと置く。
その後は足取りがおぼつかない私を何とか立ち上がられてくれたのだが、どうしても女性が男を支えるのにも限界があり、私とカルナ殿は体勢を少し崩してしまう。
「はわあ!?」
彼女の小さな悲鳴が耳元で聞こえ、私は次にやってくるだろう衝撃に備えた。だが、いつまで経ってもどこかにぶつかるなどという衝撃はやってこず、私は重たい顔を上げて周りを見てみる。
すると、
「……君は、もう大丈夫なのか? ヨアン殿」
私のもう片方の腕を、ヨアン殿が重そうにしながらも支えてくれていたのだ。
「まダチょッとフラフラしますけど、侍サンよりハ大丈夫でスよ」
そう言って彼は苦笑いを浮かべる。顔色的にはまだ少し悪いが、カルナ殿からすると今の私の方が顔色は真っ青になっているらしい。
それもそのはずで、私は今彼女らに腕を支えてもらっているにも関わらず歩くのがとても辛かった。
足は以前荒野や草原をを歩いてきたよりも重くのしかかり、視界は満足に平衡を保てないでいる。
少しまずいな、と私自身感じてき始めているぐらいだ。
「……あ」
そんなことを考えている時、だった。私の腕を持ってくれているカルナ殿から呆気らんとした声が聞こえてきた。
私とヨアン殿はその声に反応するように、彼女が今見ている前方へと視線を移す。
「ッ……」
「…………」
ヨアン殿からは喉を鳴らすような、緊張した声が聞こえ、私は押し黙る形となる。
理由としては、とても簡単だ。
「…………」
私達の目の前に、あの大柄の男と後ろに複数人の男達が立っていて、まるで親の仇を見るような目で私達を見ているからだ。
「ああ〜〜……。とりあえず約束は果たした事だし、彼らに“本”返して貰えるかどうか聞いてみる」
「無駄だろう。あの雰囲気から見るに、返すなんて言葉を彼らが覚えているかさえも確証はない」
本当にまずいと思った。今この状況は、私は足取りがおぼつかなく満足に戦うことが出来ないでいる。しかし彼らを見るに、大柄の男が私ほどふらついているようには見えない。
彼らは数秒私達を見ると、まるで滝の勢いの如く何かを大声で喚き散らしてくる。私は彼らが何を言っているのかは分からないが、カルナ殿とヨアン殿の表情を見る限り罵倒されているのは分かりきっている。
やはり外道は外道。約束など、初めから守るつもりなどなかったのだろうと容易に察しがつく。
私は我慢ならずに、ヨアン殿とカルナ殿の腕を離してもらい、彼らに飛びかかってでも本を奪い返そうかと考えた。しかし――
「――Don't be silly……」
私が彼らに飛びかかる前に、声を出した人物がいた。
「Don't be silly!!」
彼は、私を支えながら大声を張り上げる。彼からは今まで聞いたこともないような大きな声で、彼は――ヨアン殿は叫んだ。
「If you're a man, keep your promise!!」
ヨアン殿の叫びに、先程まで私達に罵倒を向けていただろう男達は驚いた目を向けてきており、周りにいた今まで椅子に座って“げーむ”をしていただろう人間達まで私達に視線を向けてきている。
目の前の男達はヨアン殿叫びに一瞬硬直し、その顔を真っ赤に染めた後、今にも飛びかからんばかりに拳に力を込めていた。
そしてその力を、今度は私達目掛けて放ってきた、
その時だった。
ビー!! ビー!! と、突然鼓膜が破れそうな程の爆音がこの部屋全体に響き渡る。今まで青かった部屋は赤く染まり出し、響く爆音は鳴り止むことなく耳に刺激を与え続けてくる。
『いやあ、良いものを見せてもらった』
だが、次に聞こえてきた低く明瞭とした男性の声は、響き渡る爆音に掻き消されることなく私達に届いた。
「誰だ……?」
「え、え? どこから声聞こえてるの?」
私とカルナ殿は共にこの状況が分かっておらず、困惑とした声を出す。男達も何が起こったのか理解出来ていない様子で、あちらこちらを見ては私達同様困惑に似た声を出していた。
今この場所で、困惑していない者といえば、それはヨアン殿だった。
彼はただこの部屋に並んでいる椅子達を呆然と眺めながら、下唇を噛み締めている。
『突然驚かせてごめんね。ボクの名前は“アイザック・ミラー”、この屋敷の主だよ』
声は丁寧にも挨拶の言葉を出してくる。
彼が少し前にカルナ殿から聞いたこの屋敷の主のあいざっく・みらーという人物か……。
『キミ達の立ち振る舞いやゲーム、全て本当に面白かったよ。特にそこの侍クンの立ち回りと来たら、そりゃもう拍手をあげたいくらいさ』
声の主は私達の困惑をよそに軽快に話し続ける。私は、そんな彼に少しの不気味さを覚えていた。彼は今、その身で感じている興奮を少しでも他者にも聞いて欲しいという子どものような純真さを声からも醸し出している。
しかしそれが、私にはぎこちなくて仕方がない。まるでわざとそのような純真さといった感情を相手に植え付けるような、演技にも似た不気味さがあったからだ。
『ただ、ボクはキミに拍手をあげることが出来ないんだ、ごめんね。だから拍手をあげれない代わりに、とあることをしてあげよう』
彼が陽気にそう話した後、私達の目の前の男達が何やらざわめき出した。何事かとそちらを見やれば、彼らは周りを見渡して何かを必死に探すような素振りを見せている。
『約束は、ちゃんと守らないとね』
「わっ!?」
すると突然、隣のカルナ殿から驚いたような声が聞こえてきた。彼女は自身の肩に乗せている私の腕を落とさないように体勢を保ちながら、両腕で何かを持っている。
「ほ、本だ! これ本だよ!!」
彼女は私とヨアン殿に何かを見せてくる。それは彼女の言う通りとても大きな本であり、ヨアン殿はその本を見て「あ……!」と声を漏らした。
カルナ殿とヨアン殿の声に反応した男達は、彼女が本を持っているのを見ると血相を変えて、彼女に突撃しようとしてくる。
『おっと』
同時に、彼の声が響いたと思った瞬間だった。
男達が前触れなく、突然倒れ始めたのだ。私達三人は意味がわからないという風に顔を合わせ、倒れ伏した男達を見る。
『これでもう大丈夫だね』
しかし彼といえば、悠々とした調子で話し続けている。
……やはり、少しの不気味さを感じてしまうその声に、私は一つの質問をしてみることにした。
「……本を取り返してくれたことは感謝する、アイザック殿。だが、全て見ていたというのならば彼らが本来“本”を持たぬものであると知っていたのではないか? 何故今更になってこうして出てきたんだ」
それは、敵愾心にも似た威嚇。不気味さを隠しきれていない彼への、私の小さな反抗だった。
『侍クン、いや蒼クンと呼んだ方がいいかな? そうだね……何故、ボクは早くキミ達を助けなかったのか? そんなの決まってるよ』
彼は楽しくて堪らないというふうに。正しくは堪らないという風を装って、私達に言葉を放つ。
『面白いからさ』
「……そうか」
『おや? 満足いく答えじゃなかった? そうだったらごめんね。ただ、ボクは本当にそう感じてキミ達を見ていたんだよ。嘘をついたらいけないからね、これが本心さ』
彼からの返答を聞き、私は目を伏せる。
ああ、やはり、この男は不気味だ。彼の言葉、全てが嘘に聞こえてしまう。
いや、実際嘘なのだろう。彼の言葉は感じたその印象が嘘そのものなのだと、私は思った。
『ははっ、それにしても……ヨアンクン』
彼に呼ばれただからだろうか、ヨアン殿の顔が何故か激しく歪む。その表情はまるで、とても辛そうな出来事に出会ってしまったかのような悲痛なものだった。
『“ふざけるな、男なら約束ぐらい守れ”って、いやぁ言うねえ、カッコイイねえ。流石だよ』
次に彼はヨアン殿を褒めたたえ始める。わざとらしく、仰々しく、彼はおそらくヨアン殿が先程言った外国語を私に説明するように言ってくる。
そうか、彼はあの時……。
『はあ。よ〜しじゃあ僕は一旦帰るね。面白いものを見せてくれて本当にありがとう』
一通りヨアン殿を褒めたたえた後、声の彼は眠たそうな声を隠そうともせずに私達にそう告げてくる。
『バイバイ、またね』
そうして、彼の声は早々に消え、この部屋も赤く染まった色から青色へとまた変化していく。
倒れた男達は外からやってきた“めいど”達により回収され、私達も外の廊下へと出て、前に通された部屋へと向かって歩いていた。
「…………」
その間は、誰も何も発さない。正しくはカルナ殿はものすごく何かを話したそうな顔をしていたが、私達が何も話さないために不貞腐れた顔をして黙っていた。
「……スミ、ませン」
そんな沈黙を、ヨアン殿が破る。その瞬間カルナ殿はようやく話せる! とばかりに笑顔になり、何故か私を見てきた。
「……どうした」
私の返事に、ヨアン殿は何かを言おうとしたが、また何かを言う前に口を閉じてしまう。それが、また何度か繰り返される。
「言いたいことがあるならら、ハッキリと言ったらどうだ」
前にも似たようなことを話したなと、私は思う。それはヨアン殿も感じたようで、彼は「はハ……」と苦笑いを浮かべて、次に真っ直ぐと私を見てきた。
「侍サン。こノ度は本当似ニ、あリガとウございマシた。“本”を取リ返しテクださり、本当ニありがトウござイマス」
彼は立ち止まり、私に頭を下げ感謝を伝えてくる。それが、どうにも気恥ずかしかった私は、ため息を吐いて廊下を止まらずに歩き続ける。
「こノお礼は、必ズ返しマス。僕ガコの大会で何としテでも優勝シマすので、出来ル限りノコトをサセてくだサイ。本当ニ、侍さンニなんてお礼ヲ言ッたらイイノか……」
「蒼だ」
「……え?」
ため息を一つ吐いて、私は振り返った。するとヨアン殿は突然のことに驚いたかのように、首を傾げつつ私を見てくる。
「蒼だ。名乗っていなかったなと思ってな」
「は、はい。アオイさん……」
「それに」
彼は再度、首を傾げながら私を見る。
「……戦う時、人のことは名前で呼ぶものだろう」
まあそれ以外の時も名前がいいがな」と付け足し、私はまた歩き出す。今日は本当に疲れた、あの“べっど”とやらに勢いよく顔をうずくめたい気分だ。
私の言葉を聞き、後ろからは息を大きく吸う音がして、更にその数秒後、「あ、ありがとうございます!!」と叫びにも近い大声をヨアン殿は出し、駆け足で私の後ろについて歩いてくる。
今まで私の隣を歩いていたカルナ殿は、そんなヨアン殿の様子を見たのか、顔を綻ばせて私の前方を歩きながら身体を私達に向けてくる。
「転ぶぞ」
「いいよ! へへ〜!」
彼女は笑う。何がおかしいのか、ずっと笑顔の花を咲かせて笑い続ける。
そんな彼女を見ていたからか、ヨアン殿も後ろで笑い出した。彼がよくする苦笑いではなく、心の底から笑っているような、そんな笑い。
だからだろうか。そんな彼らを見ていたために。
「あ! 笑った!」
彼女が言う。
恥ずかしくもあったが、こうして、私も笑った。