10話 戦いの始まり
突然の事だった。先程まで真っ暗だった視界が、突然として眩い光に照らされたのだ。
なんだ? 頭に付けたはずの箱を無理やり盗られたのか? しかし無理やり盗られたのだとしても、私が座っているこの青い部屋はこれ程までに眩しい光を放っていただろうか?
突然の光に対して疑問ばかりを浮かべていると、やがて光に目が慣れてきたのか、目の前の光景を目視出来るようになった。
「……は?」
その、目の前に現れた光景に、私は目を疑うことになる。
日ノ本だった。
目の前に現れたのは、懐かしき日ノ本の整然と建ち並ぶ家々と、太い道。その道のど真ん中に私は一人立っていた。
おかしい。先程まで私はあの青い部屋の椅子に座っていたはずだ。それが何故今私は日ノ本に立っている?
もしかして突然私が外国の街に立っていたように、またもや突然日ノ本に戻されたのか?
それにしては街の様子がおかしい。広い道には私一人しか立っておらず、他の人間は全く見当たらない。
本当に意味が分からない。
そして、もう二つほど分からないことがある。
一つ目として、今の私は先程没収された刀を、何故か二本とも腰に下げていたのだ。いつの間に。そう思う他なかったが、刀はさも当たり前のように私の腰にある。
二つ目がとしては、妙に身体が気だるかった。己の身体を少し動かす度に、まるでこの身体が己のものではないかのような重量感を覚えてしまう。
本当に、意味が分からない。
そうして、私が辺りを確認し始めた時だった。
『アオイー!』
「なっ!?」
またもや突然、次は光ではなく声だが、カルナ殿の声がどこからともなく聞こえてきたのだ。
『アオイ〜聞こえてる?』
「……聞こえているが、カルナ殿? 君もここにいるのか? どこにいるんだ」
重い身体を何とか捻らせたりしながら私は後ろを振り向いたり頭を動かしたりして周りを見る。だが、どこにも彼女の姿を見つけることは出来なかった。
しかし彼女は依然変わりなくどこからともなく聞こえてきて、私の脳内は混乱が原因の嵐が起きている。
『あたしは今そこにはいなくて、この声は君にしか聞こえてないよ。まあなんて言うんだろう、テレパシー……じゃあ伝わらないよね。うーんとね、脳内会話ってやつかな!』
「脳内会話……」
奇っ怪な妖術だな……外国人は本当に怪しげな術ばかり使ってくる。
『妖術じゃないんだけど、まあいいや。とりあえずアオイ、気をつけてね。今は周りに誰もいなくても、いつどこから襲ってくるか分からないよ』
「そう言えば、私は戦わなくてはならなかったな。しかしそもそも何故私は今日ノ本にいるんだ、これも妖術か」
『ここはVRの世界だよ。仮想現実、嘘の世界。でも限りなく現実に近い造りをしてるから、傷とかは痛いしあまり傷とかが深ければ死ぬよ。ああでも大丈夫。その世界で死んでも現実では死んでないから』
「……ややこしいものだな」
私は彼女の説明を聞いて、少し落胆する。
そうか、ここは本当の日ノ本ではないのか……。
帰れた訳では無いということに、少し落ち込んでしまう。そう簡単に帰れる訳が無いと、嘘の世界で現実を突きつけられてしまったわけだ。
『……アオイ、大丈夫?』
「大丈夫だ。君が心配することではない、本当に大丈夫だ」
私の言葉に彼女は黙り込む。……気づかれていそうなものだが、今の言葉は私のただの見栄だった。希望を見せられた上でそれを否定されるのは、慣れているつもりだったがやはり精神的にキツいものだった。
だが、今はそんな悠長なことを考えている暇はない。彼女が言った通り、いつどこから襲われるかも分からないのだ。
敵は分かっている。おそらく先にこの世界に来ているはずであろう、あの大柄の男。
身体の気だるさは未だに感じているが、私は視線をあちらこちらに移動させ敵の気配を探る。今は近くにはいないようだが、油断は出来ない。
そう考えていた、瞬間だった。
「――――――――ッ!?」
どこからともなく強烈な殺気が私に放たれたのだ。急いで刀に手をかけ身構えるも、気だるさ故にいつもより構えが遅くなってしまう。
その隙を、相手は見逃さなかった。
私の脳が確認するよりも早く、黒い影が私の足元に躍り出る。そして、何かを私に顔めがけて向けたかと思うと――
『急いで身を捻らせ、避ける』
――身を捻らされた私のすぐ横で、耳をつんざく発砲音が鳴り響いた。
「ッ!?」
鼓膜が激しく揺れる感覚を直に感じながら、私は地面に転がる。すぐに立ち上がり刀を抜いて構えると、先程まで私が立っていた場所には、一人の人間が立っていた。
「ああクソ! 当たらなかったじゃねえか!!」
それは、あの男。あの大柄の男。
彼は両手に小型の銃を持ち、表情を歪めながら私を睨んできた。
「てめえ、避けんじゃねえよ!」
「…………」
私はしばしの間唖然としてしまう。彼は今話している。それはいいのだが……彼は日ノ本の言葉が話せたのか?
彼が今話している言語は、私にも理解出来るものとなっている。
彼は何も返さない私を見て、さらに不機嫌に顔を歪めると、二丁の銃を向けてきて――
『走って避けて!!』
――躊躇なくそれを私へと発砲してくる。その攻撃を私が何とか避けると、彼は舌打ちをしながらその銃を乱射してくるのだった。
私は走りながら急いで建ち並ぶ家々の間に転がり込む。するとあの男から二度目の舌打ちが聞こえてくるが、どうやら追いかけてはこないようだった。
「はっ、はっ、はっ……」
呼吸が荒くなる。息が苦しい。肺が痛い。
まさか続けてあれだけ乱暴に銃を撃ってくるものだとは思っていなかった。あれだけの高速な連射が可能になっているとは、思っていたなかった。今だけは外国の高い技術力を呪う他ない。
『……アオイ、大丈夫だった?』
「大、丈夫だが、カルナ殿……先程のあれは何だ?」
だが今は男が持っていた銃に関してよりも、彼女の言葉について、私は問いただしを行いたかった。
『うーん、説明よりも先にごめんね。これに関して何も説明してなかったの。実際にやってみるのが早いかなと思ってたんだけど、まさかあんなに早く敵と遭遇するとは思ってなくて……』
彼女は心の底から落ち込んでいる声で私に謝罪をしてくる。突然の謝りに私は少し驚いてしまうが、これに関しては深く考えていなかった私にも責任があることだった。
「いや、いいんだ。私こそ、意味の分からないことだらけで何かを理解しようとする質問をほとんど忘れていた。聞かなかった私も悪い。だから、君が謝らなくてもいい」
『……ごめん』
「だから、今教えてくれ。あの現象は、一体なんだったんだ?」
私は息を整えつつ、辺りを警戒しながら彼女に質問する。そんな私の問いに、カルナ殿は一拍置いて答えてくれた。
『――あれは、簡単に言えば【描写】、私がアオイにしてほしい行動を言葉で伝えて、それによってアオイの身体は自然と動き出したんだよ』
……描写?
『そう、描写。小説とかを書くときに行う事柄。それを、この世界では他人の行動決定権限として使えるの』
「それは……」
『アオイ、今身体にすごい負荷がかかってるでしょ? それはあたしが描写をしてないから、いつもより身体に制限がかかってるの。その状態で戦うのは至難の技。でもあたしが描写を言えば、身体は現実世界より数倍も軽くなって戦えるはずだよ』
……私は彼女の言っている言葉を、なんとなく理解した。
あの時、あの男に足元に詰め寄られ顔に銃を向けられた時、私の身体が勝手に動いた。凄まじい速さで発射された銃の弾を、危うげがあったとはいえ避けれたのは彼女の“言葉”のおかげだったのだ。
そして、二度目に銃を向けられ避けていた時も、私は彼女の言葉によって自然と走らされていた。後方から銃の着地音を何度も耳にしながら、私は銃の撃つ速さに反応出来ていた。
「……本当に、分からないな」
人の身体さえ操ることが出来る“しすてむ”、“しぇいくすぴあ”とやらの技術。
それに、私はほんの少しの恐怖を感じた。
「だが、その技術に襲われたのも事実だが、助けられたのも、また事実だからな……」
その理屈さえ分かってしまえば、なぜあの時あの男が凄まじい速さで私の足元に躍り出ることが出来たのかも納得がいく。
おそらく彼も、その描写という力の恩恵を受けたのだ。故に人間では到底ありえない速さで私に近づくことが出来た。
そしてまた、私もその描写に助けられた。
「どちらも条件は同じということか」
あちらも私も、同じ描写という力の上に立っている。
ならば、私は最大限の警戒をしつつも、この身をカルナ殿に預けることになるということだ。
そうか、だから彼女はあの時……。
――あたし、精一杯頑張るけど本職は“推敲家”ってことだけを、言い訳にさせてね。
彼女は、本職ではないのに、私に力を貸してくれていることになる。
「カルナ殿」
『どうしたの? アオイ』
彼女の発した言葉から、今彼女が少しの不安を感じていることが分かった。不安なのだろう。本職の小説家ではない自分が、描写という他人を操る力を行使してよいのか、という。
「……先程はありがとう、助かった」
故に伝えようと思ったのだ。先程の命拾いは、彼女のおかけで助かったのだと知って欲しかった。
『……へへ! でしょ〜!』
カルナ殿から元気な声が聞こえてくる。いつもの、本当に心の底から元気ということを主張してくるような、声。私はそんな彼女の声が好きだった。
「頑張ろう、ヨアン殿の本を取り返すために」
『そうだね! 頑張ろう!』
私達は互いに互いを勇気づける。私も彼女の言葉で元気になった。それは、本当にありがたい事だった。
「…………」
小さく震えていた、刀を握る手に力を込める。大丈夫、大丈夫だ。私はまだ戦える。
そうやって、私は自分自身を鼓舞する。
そんな時だった。
真上から殺気を感じたのだ。
『アオイ』
私は、力を込めた刀を――
『斬って!!』
発砲音がした瞬間、目にも止まらぬ速さで真上に向けて弧を描くように斬撃する。
「何ッ!?」
屋根の上に立っていた男は驚愕する。私は落ちてくる銃の弾だったのを視界に入れながら、改めて刀を構え直す。
ここからが、私達の戦いの始まりだった。




