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第四話 『ケツイ?』

 翌朝、目を開けると、見慣れた天井があった。俺の部屋だ。俺は知らないうちに孤児院の自分の部屋に戻っていた。アルセーニーが運んだのだろうか。


 ラーピンは殺されていた。道端に転がっていた遺体を、生き残った街の人が孤児院に届けてくれた。背中がぱっくりと割れて赤く染まっていた。亡骸から目を背けていたかった。


 俺は真っ赤に腫れた目をうっすらと開けながら、訓練所へ向かう。


 昨日の火事の火がまだ少し残る街を訓練所に向かって歩く。ぽつり、ぽつりとゆっくり歩を進めていた。すると、あちこちから喜びに満ちた声が聞こえてくる。


「コズーヴァ大公国バンザーイ! ディミトロフ様バンザーイ!」

「公国軍は勝った! また勝った!」


 驚いたことに、街は敵軍を撃退した歓喜に満ちていた。俺以外はみんな喜んでるのか。強烈な疎外感と孤独感が身に染みた。俺は早足で歩いた。俺が、もっと強ければ、剣がもっと上手ければ、魔法が使えたならば、守れた。ナーシャというかけがえのない存在。


 下唇を噛み締めながら、俺は、血痕が点々とする無機質な石畳の通りを歩いた。

 

 訓練所につくと、公国軍の勝利を祝うパーティが質素ながらも盛大に行われていた。訓練開始までの少しの間、皆大いに盛り上がっていた。片手にジュースの入ったグラスを持ったラーナが声をかけてきた。


「どうしたんだ、エド? 公国軍が勝利を収めた喜ばしい日にそんな浮かない顔して」


 俺は無言のまま彼の横を通り過ぎた。


「なあ――どうした、エド? そういえば、ナーシャはどこだ?」


 俺は何も知らない彼らをよそ目に一言も話さず一人草原の方へ歩いていった。


「誰も俺の気持ちなんか分からない。分かるわけないんだ。クソ」


 俺は一人ひとりに与えられた部屋に入り、荷物を乱暴に置くと、ベッドに座りずっと昨日の自分を恨んだ。俺しか守れないナーシャを、俺が守れなかった。これから俺はどうやって生きていけばいいんだ。ナーシャがいない世界で、どうやって。


 すると、コンコンコン、と、木のドアを軽く叩く音がした。どうぞ、とぶっきらぼうに言うと、内開きのドアが軋みながら開き、レナータが現れた。


「ナーシャさんのこと、聞きました。とても辛いと思います……私にできることならなんでも言ってください」


 少しの沈黙。張り詰めた空気を切り裂くように、俺は乱暴に口を開く。


「話だ。話を聞いてくれ。聞くだけでいい」

「喜んで」


 彼女は小さく微笑むと、俺の隣に腰掛けた。俺も年頃の男だ。少しドキッとした。


「お話って、なんですか?」

「あ、ああ、そうだったな」


 俺は一つ息をつき、ゆっくりと話し始めた。


「知っての通り俺とナーシャはきょうだいだ。二人とも孤児院で育ったから、血が繋がっているかなんて知らない。俺たちは仲が良かったというより、心を許しあっていた。唯一無二の存在だったんだよ。ああ、そうだった。過去の話だ。ナーシャは、昨日の夜襲で連れ去られた」


 レナータは顔色を変えなかった。座ったまま、静かに微笑んでいた。俺は話を続ける。


「俺は抵抗して、追いかけた。でもアルセーニーに止められた。追いつけなかった。目の前で、目の前で姉を、連れ去られたんだ」


 話しながら、俺は涙が溢れ出てきた。止まらない涙を拭うように、レナータは俺の頬を撫でる。


「辛かったね……辛かった……ね……」


 レナータは急に俺を抱きしめた。


「レ、レナータ……? 何やってるんだ?」

「泣いている人は抱きしめてあげなさいって、おばあちゃんが言ってたんです」

「レナー……タ……」


 俺は涙が止まらなかった。情けない。こんな姿をナーシャに見られたらどう思われるだろうか。情けない。こんな俺ではいけない。俺は決心した。俺は強くなる。ナーシャを連れ去った敵を倒す。そしてナーシャを生きたまま連れ戻すんだ。


「ナーシャを……連れ戻す……俺は……強くなる……絶対だ……」

「エドならできますよ、絶対、絶対ですよ」

「ああ、絶対だ」


 もう涙は止まっていた。


 俺は部屋を出て、真っ直ぐにアルセーニーの部屋へ向かった。コンコンコン、と木のドアを叩く。誰だ、という声が聞こえた。


「エドです。少し話があってきました」

「入れ」


 重い木のドアを開けると、ソファに腰掛けたアルセーニーがいた。


「何の用だ」


 アルセーニーは冷たく言い放つ。


「昨日あなたは俺を止めた。俺がナーシャを追うのを止めた。魔法を使ってまでだ。なぜですか。理由を聞かせてください」


 思っていたことを直球で聞く。軽い言い訳をするんだろうと思った。本題はそちらではない。だが、アルセーニーは重々しく下を向いた。


「理由が聞きたいか? どうしても、理由が聞きたいか?」

「はい、もちろんです」

「……ついに言う時が来たか。では、覚悟しろ」


 覚悟、だと。すると、アルセーニーは立ち上がり、俺の方に近づいてきた。俺は身構えたが、教官は攻撃してこなかった。俺は肩透かしを食らったようにガクッと膝を折る。


「なに、そんな覚悟ではない。ただ聞く覚悟だ。さあ言うぞ、いいな」

「はい、その覚悟はできています」

「お前は……」


 珍しく声が震えている。アルセーニーはすっと息を吸う。


「お前は、剣聖だ」

「けん……せい……?」


 思ってもいない答えにこれまた肩透かしを食らう。耳を疑った。前世でそんなふうに言われていた記憶がある。俺は前世に戻らされたのか? だがアルセーニーは真面目だった。


「ああ、剣聖だ。剣聖のお前があの状況で敵に立ち向かっていったら、ナーシャごと吹き飛んでいただろう。だから私はお前を止めた」

「じゃああのときお前まで死なせたくないって叫んでいたのは……」

「お前を止めるための口実だ。剣聖があのような雑魚どもに負けるわけがないだろう」


 俺の頭は混乱している。剣聖? ナーシャごと吹き飛ぶ? じゃあナーシャは連れ去られるしかなかったのか?


 アルセーニーは話を続ける。


「剣聖のお前は木の棒で二人相手でも負けなかっただろう。あれは運じゃない。お前が強すぎるんだ」

「俺が、強すぎる?」

「ああ、そうだ。あの構えや振り方は私が師匠から聞いた剣聖の特徴にそっくりだった。間違いない。お前は剣聖だ」


 もう訳が分からない。俺は両膝をついて倒れこんだ。アルセーニーは俺の肩をぽんと叩く。


「じきに大公様がお見えになる」


 そういうと彼は部屋を出ていった。


 その日の訓練は全くダメだった。剣を振り上げるとアルセーニーがこちらを見るので集中できないし、魔法で木剣を持ち上げる訓練では、魔法が全くうてずイライラして、手で持ち上げて勝手に素振りを始めてしまった。訓練中ずっと頭がぽわんとしていた俺は、訓練が終わると同時に一目散に部屋に駆け込んだ。着替えもせずに布団に潜った。


「俺が剣聖だなんてありえない。剣聖ならナーシャを救えたはずだ。大公様? 大公がなんで俺を見に来るんだ。意味が分からない。しかもなんだよ、剣聖って。俺はただ前世の記憶を辿って剣を振っただけじゃないか」


 俺は意味の無い愚痴を枕にぶつける。


 すると、部屋のドアを叩く音がした。誰だろうか。アルセーニーならまずい、さっきの独り言、聞かれていないよな……


 俺は恐る恐る、どうぞ、と言った。ドアが開くと、運悪く、アルセーニーが、鎧を身につけた知らない兵士と共に立っていた。


「大公様がお見えになった。挨拶するぞ」


 アルセーニーがねっとりと言う。俺は顔をムッとさせる。


「エドアルト様、こちらへお越しください」


 兵士が丁寧に言った。ちぇっ、何がエドアルト様だ。俺を好き勝手言いやがって。俺はしぶしぶ靴を履き、アルセーニーと鎧の兵士の後について行った。


 急に先導する二人が立ち止まった。どうやらここに大公がいるらしい。兵士は三回大きくドアを叩くと、


「エドアルト様をお連れしました!」


 といい、素早くドアを開けた。


「どうぞ、お通りください」


 そう促された俺は、広い応接室のような所へ通された。赤い絨毯に大きな革張りのソファ。それに明るめの壁紙は、いかにもお偉い様用といった部屋だ。その革張りのソファに、見覚えのある顔があった。


「ディミトロフ・イヴァノーヴィチ……」

「そうだ、私がコズーヴァ大公、ディミトロフ・イヴァノーヴィチだ。エドアルト君、私は君とは初めましてだ。君は広場で見たはずだな」


 俺はそのオーラと低く響くような声に圧倒され、硬直してしまった。間近で見るとさらに大きく感じる。


「まあ突っ立っていないで座りたまえ。君と話がしたかった」


 俺ははっと気が付き、大公の反対側にある革のソファに浅く腰掛けた。俺は初めて入ったこの部屋を舐めまわすように見る。


「ははは。この部屋は大公専用だから一生に一度入れるか入れないかだ。じっくり見ておくといい」


 そういうとディミトロフは、前のテーブルに置かれていた茶をずずっと吸った。気がつけば、大公の近くには護衛の兵士が一人もいない。よほど信頼されているのか、はたまた舐められているのか。


「さて、本題だが、アルセーニーから話は聞いているだろうな」

「俺が剣聖ということですか」


 俺は呆れたように返す。


「よく分かっているな。それについてなんだが、君は詳しく知らないだろうから私から説明するよ」


 ディミトロフは、懐から本を一冊取り出した。分厚く、ソファと同じような革張りの本だ。


「まずこれを見てほしい。この本は英雄伝だ」

「英雄伝……」


 思わず息を飲む。まさか英雄伝にお目にかかれるとは。俺はまじまじと見つめる。二度と見れないかもしれない。目に焼き付けおこう。


「落ち着け、落ち着け。英雄伝などいつでも見せてやる。大切なのは記されていることだ。ここを見てくれ」


 ディミトロフは英雄伝のある頁を開け、指さした。そこには、


『剣聖は百年に一度現れる。両手で剣を持ち、盾を使わない。その強さは一騎当千、いや、万は相手にできるであろう』


 と記されていた。百年に一度の逸材……


「ちょうど先代の剣聖・ローベルト・ラーピンがこの間亡くなった。剣士の誇りを捨てて敵に背中を向けて君を守ったのだよ」

「はあっ? じいちゃんが剣聖?」


 また頭が混乱する。じいちゃんは剣聖だったのか? 俺を守ったのはアルセーニーじゃなくてじいちゃんだったのか? それにじいちゃんは百歳だったということなのか? 情報量が多すぎる。もう頭がはち切れそうだ。


「知らなかったのか? 彼は生涯独り身でな、軍を除隊した後は孤児院を開いて身寄りのない子供の世話をしていたんだ」

「じゃあなぜ俺は剣聖に……?」

「知らん。君とラーピンに血の繋がりはないだろうから、ちょっとした気の迷いだろう」


 はははっ、と、ディミトロフは笑った。笑い事ではない。どうやら俺は特に何も無く剣聖に選ばれたということらしい。なんの取り柄もない、ただの17歳の男がだ。お天道様というのは適当だなあ。なんでよりによって俺なんだ。ナーシャもいたじゃないか。


 ディミトロフは話すのが早い。


「それでだ。剣聖には必ずする仕事が――」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! ただ俺は両手で剣を振り上げただけだ! それでいきなり剣聖ってのはおかしくないか? それに、俺はまだそんなに剣はうまくない!」


 俺は勝手に話が進んでいくことを阻止する。これで剣聖は真っ先に戦いに行ってくださいなどと言われてはたまらない。だが、俺が言っていることがおかしいのか、ディミトロフは不思議そうな顔をした。


「君は狂っているのか? 右手で魔法をうち、左手で剣を持つことくらいは赤ん坊でも知っているぞ。ラーピンもちゃんと教えていたと言っていた」

「え、え?」


 俺は気の抜けた声を出してしまった。ラーピンはそんなこと言ってなかったよな……? 赤っ恥をかいた。俺は常識外れだったのか……


 俺は自分でも分かるくらいに顔を真っ赤にし、ディミトロフに話の続きを尋ねた。


「剣聖には仕事があると言ったな? 君には剣の開発に力を貸してもらう」

「剣の開発、ですか」

「そうだ。この国は隣国と比べ発展しているとはいえ、まだ剣の質が悪い。君が振りやすいと考えた剣を鍛冶師に打たせるんだ」


 危ない仕事じゃなくてよかった。剣をつくるのなら楽しそうだ。俺はまだ顔を赤くしたままその場の勢いで承諾した。


「分かり……ました……」

「君は話が早いな。じゃあ早速、英雄伝に誓ってくれ」


 誓い、か。俺はこほんと咳払いをし、英雄伝に手を当てる。


「私、エドアルト・ローベルトヴィチ・ラーピンは、剣聖としてこの国に命の限りを尽くすことを、ここに誓います」


 ふっ、と、安堵の息を吐く。


「言質とったよ?」


 お前が言うな。気持ち悪い。


「じゃあ私はこれで。末永く頼むよ、剣聖・エドアルト様」

「はい、よろしくお願いします」


 似合わないウインクをしながら、ディミトロフは部屋を出ていった。誓ってしまった。俺はこの瞬間から剣聖になったんだ。うわあああ、今になって手が震える。俺はこの剣と魔法の世界で、最強になったんだ。


 だがここで、一つ疑問が浮かぶ。


 俺は、魔法は使えないのか?

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