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「磨爪師」~爪紅~  作者: 大和撫子
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第七帖 翳り

 その日、鳳仙花は少し落ち込み気味だった。紅が清少納言の右手を、鳳仙花が左手を、爪を紅に染める予定であった。それも、鳳仙花が仕込んだ紅の染液を使用して。しかし、塩とミョウバンの量が少なかったせいで、液は腐ってしまっていたのだ。そこで、紅が常備している通常の液を使用して施したのだった。


 今宵は文壇の女房達はほとんどが│歌合うたあわせに参加する為、清少納言を始め他数人しか残っていない。紅もまた、歌合先で爪のお手入れを希望している女房がいるとかで同行している。定子は帝の元へ行っている。


「そんなに落ち込まなくてもいいじゃないの。綺麗に塗れてるんだし、ね」


 清少納言は元気づけるように話しかける。


「はい。でも……すごく自信を持って仕込んだものだったから、お花や葉っぱに悪いことしちゃったな、て。私が摘み取らなかったら、鳳仙花はもっと咲き誇れたし、もし私が成功させていたら、天性の紅の美しい色彩を人に見られる事で昇華されたでしょうし」


 鳳仙花はあくまで真顔で応じる。


「そう。なるほどね。でも心配しなくても、捨てられたあの液も、しっかりと土に返ってるわよ。だから気にしなくて大丈夫」


 鳳仙花はあぁ、そうかと気付いた様子でほんの少し笑顔を見せる。


「元気出して。大事なのは失敗から学ぶことなんだから。その試行錯誤の結果が、成功の元よ。そっちの方が大切だったりするしね。私なんか、ここに来たばかりの頃は恥ずかしくて隠れたままだったんだから」


 清少納言はややお道化たように言う。


「えっ?! 隠れてた……ですか? 清少納言さんが?」


 鳳仙花は目を丸くして驚いた。文壇の誰もが知っている話なのであろう。女房たちはクスクス笑っている。勿論悪意のある│たぐいのものではなく、懐かしさを込めた朗らかな笑みだ。


 清少納言は苦笑しながら当時のことを振り返る。


「私が入内した時は二十八歳の時だから、当時定子様は十七歳。何をするにも恥ずかしくてね。泣きそうになるもんだから、昼間はとてもじゃないけれど出仕出来なくてね。夜になってからこっそりと参上して、定子様のお傍の│衝立ついたての後ろに座っていたの。でもね、定子様はそんな私に『そんなところに隠れてないで出ていらっしゃい』とおっしゃって下さったの。その上わざわざ絵を差し出してくださって。でもね、緊張して体が強張った私はそれを受け取れなかったの。体がカチカチでね」


 当時の定子の様子を思い出したのだろう。清少納言の瞳が恍惚としている。


「清少納言さんが……全く想像つきません」


「でもね、定子様はそんな私に『この絵はこうよ。どんな場面かしら?』と優しく話しかけてくださったのね」


「定子様、素敵。本当に器が大きくていらっしゃる」


 鳳仙花も目を輝かせた。実際、定子は文壇の女房たち一人ひとりの才能を最大に発揮できるようきめ細やかに、かつ大胆にその采配をふるっていた。


「でしょ。本当に素敵な方……」

「わかります」


 二人はしばし、定子に思いを馳せる。


 鳳仙花はふと、当たり前の疑問に思い当たる。今まで謎に感じなかったのが不思議なくらいだ。


「そういえば、清少納言さんは│歌合うたあわせには参加なさらないのですか?」


 素直に疑問を口にした。


「そうねぇ。どうしても主催者に義理立てして、とか。必要に迫られない限り、参加しないわねぇ」


 清少納言は苦笑する。


「どうしてですか? 確かお父上はあの有名な……」

「有名な歌人、│清原元輔きよはらもとすけでしょ。だからこそ、なのよ。あなたなら、その気持ちが分かるんじゃないかしら?」

「あ!……」


 鳳仙花はハッとした。優秀なる母の後を継ぐべく、日々努力してはいるが……いざ母親が居なくなって完全に一人でやってのける自信は全くない。まして、母親の術をこよなく愛してた顧客には猶更巨大な負担に感じる。清少納言はそんな彼女に頷いてみせた。


「ね。物凄い重圧でしょ?」


 鳳仙花は大きく頷いた。


「父が有名な歌人だから、その娘も優秀に違いない。そう思われるのがとても嫌なの。だってそれほど上手くないんだもの、私の和歌。下手な和歌を詠んだら、父に申し訳ないから、表立って詠まないようにしているの」


 清少納言は寂しそうに言った。


「清少納言さんの和歌が下手だなんてこれっぽっちも思いませんけれど、お気持ちはよく分かります」


 鳳仙花はしみじみと同意を示した。これほど知識も教養も豊富で、一条天皇、そして定子やあの伊周を始め、文壇の皆から一目置かれている清少納言。どんな人にも劣等感はあるのだなと鳳仙花は感じ、真に偉い人ほど腰が低い、そう言われている理由が心底理解出来た気がした。


 994年、明日は五月の節句(※①)を迎える日だ。黄昏時、菖蒲や│よもぎを綺麗な等間隔に切って束ねた物を運ぶ庶民の男達が都の道を行く。青草のすがすがしい香りが道いっぱいに広がる。

 

 今日はどこの家も、明日の準備で玄関先は蓬や菖蒲の束で溢れているだろう。鳳仙花は澄んだ香りを胸いっぱいに吸い込みながら、牛車内の窓から外を眺めていた。明日、鳳仙花の邸で五月の節句の準備をする為、彼女は帰路に向かっていた。紅は宮中の文壇内で女房達と準備の手伝いをするので、今日も詰所に泊まり込みだった。


 鳳仙花はワクワクしていた。保子の補助があるとは言え、自邸の女主人の代理人として明日は取り仕切るのだ。初めての体験でとても誇らしく感じていた。


 五月の五日の端午の節句は、貴族も庶民も皆が蓬や菖蒲を衣装や家の軒先に挿すのだ。このすがすがしく澄み切った香りが、邪気を祓うと信じられていたのである。


よって五月五日の朝、今日の都は爽やかな香りに満ち溢れるのだ。そしてどこの自宅も青々とした蓬や菖蒲で彩られ、目にも鮮やかな緑色に癒されるのである。


 五月五日未明。藍色の空に白い月と星屑が柔らかく煌めく頃、鳳仙花は保子を始めとした侍従達と、張り切って軒先に蓬や菖蒲を飾っていた。時折遠目から見ては、美的感覚や配置の感覚などを確認しては指示を出す。……と言ってもお願いしてやって貰う感じではあるが。謙虚さが大事であると母親や保子からずっとしつけられて来ていたし、鳳仙花自身もそれは肝に銘じていた。


「いい香り……」


 清々しい香りを胸いっぱいに吸い込み、無事に軒先に飾れた事を満足気に眺める。侍従たちも一段落ついてホッとしている様子だ。


「これで今年の五月も無事に過ごせますね」

 

 保子の言葉に、鳳仙花も侍従たちも大きく頷いた。この時代、五月は不吉な月と信じられており、この端午の節句の行事は非常に大切な浄化と邪気、魔除けとして重視されていた。


「皆さん有難う。では、今度は自身の衣装や小物に挿したりして少しの間楽しみましょう」


 鳳仙花は皆に言った。その言の葉を聞くと皆一斉に青草を取りに行く。そして自分の衣装に、また小物に挿して自由に楽しみ始めた。中には互いの衣装に挿しあったりする者もいる。鳳仙花は保子と挿しあって楽しんでいた。


 これが済むと、次は│薬玉くすだま作成に入る。これもまた重要なものだった。


 │薬玉くすだまとは、まず│丁子ちょうじや│麝香じゃこうなどを錦の袋に入れる。そして│よもぎや菖蒲を結びつけ、色とりどりの飾り糸を長く垂らしたものである。これを部屋の中や室内の柱に掛けたり、首飾りなどにしてお洒落や見た目、そして香りを楽しむのである。


 去年の九月九日、重陽の節句より此度の五月五日までの八カ月の間は、重陽の菊の花を入れた│茱萸袋ぐみぶくろが掛けられている。この茱萸袋を薬玉に変えるのである。茱萸袋がおよそ八カ月持つのに対して、薬玉は重陽の節句までは持たない。美しい飾り糸を解いて、何かを結ぶのに使用するからである。


「菖蒲や蓬を結びつけるのがまた、各自の腕の見せ所なのよね」


 鳳仙花は嬉々として蓬や菖蒲と戯れている。保子も、他の女房達も皆楽しそうだ。


「飾り糸の色の組み合わせもまた、腕の見せ所ですわね」


 保子はこたえた。


「単色でも、二色でも。好みや性質なんかも反映されるね」


 と鳳仙花は言う。しばし、一同は薬玉作りに没頭するのだった。清々しく爽やかな香りに包み込まれ、集中しやすい環境に自然となるので、作業が捗りやすいのであろう。


 菖蒲は、その長い根が「長寿」を連想させる事から、根も使用された。組紐で根を飾り、│たもとに結んだり、それを競ったり。手紙に根を挟んだり、また手紙に結んだり。色々工夫して使われていた。


 薬玉を作り終わり、茱萸袋と変えた後は紫陽花や撫子の切り花を邸内のあちたちらに飾る。これもまた、行事ごとの一環だ。鳳仙花は保子を始め侍従たちと生けて回った。鳳仙花は時々遠目で確認しては、位置や花の配置の感覚をさり気無く指摘した。


 その後は、予め料理担当の侍従たちが蒸したもち米を皆でワイワイとつき、餅のように丸めて菖蒲や│ちがやなどの葉に包み、五色の糸で飾った。端午の節句にこれを食べれば、体の内側から邪気を祓うと信じられていた。


「この食感が大好き!」


 鳳仙花は大満足でそれを食した。皆で一仕事終えた後、揃って食べるのもまた楽しい。宮仕えの女房、また宮家を始めとした一流貴族たちは、身分の差がハッキリとしており、まず侍従たちと共に行事ごとを楽しんだり、食事を共にする事はまずない。こう言った気楽な部分も、ごく一般的な貴族に生まれて良かった、と鳳仙花は思うのであった。


 こうして、端午の節句は無事に、そして明るく楽しく幕を閉じる。


「母様も今頃、青草の新鮮な香りに包まれて磨爪術の道具のお手入れをなさってる時かしら? それとも、定子様のお爪のお手入れをされてるかしら?」


 手鏡を右手に持ち、保子に髪を梳かれながら声を弾ませる鳳仙花。


「そうですねぇ。その両方ではないでしょうか」


 保子は鳳仙花の髪が豊かに伸びて来た事を喜びながらこたえた。


 その頃、一人の男が侍従たちに紅の居所を探らせていた。


 それは昼下がり。仕事が一段落ついた紅は、そろそろ自邸に帰ろうとしていた時だった。


「紅さん、お会いしたい、という男性がお見えになってるみたいだけど……」


 来客の応対をした赤染衛門が、やや戸惑いながら話しかけてくる。


「え? 来客?」

「えぇ。│頭中将とうのちゅうじょう様とおっしゃられて……」

「さぁ、どなたかしら」


 紅は全く思いつかないらしい。


「……それで、│雅俊まさとしと伝えてくれと」

「あっ……」


 紅は漸く誰が訪ねてきたのか理解出来た。


「どうします?」

「……応対しましょう」


 紅は何かを決心するようにこたえた。そして来客の待つ応接室へと向かう。やや厳しい顔つきで。そのまま付き添いを申し出た赤染衛門を丁重に断って。


 男は応接室の中でひっそりと佇んでいた。


「失礼致します」


 と一声かけて御簾を開ける。


「突然すまない。久しいな」


 男はすぐに声をかけた。細身で背が高く、端正な顔立ちの男である。


「ええ、本当にお久しぶりでございます。とっくにこの世を去ったか、または私如きのことなどお忘れになっているかと思ってましたよ。│橘雅俊たちばなのまさとし様、また随分とご出世なされたのですね」


 開口一番、強烈な皮肉を浴びせる紅。男が苦笑した。


「そう怒らないでくれ、いや、怒って当然だが。私も色々あったのだよ。我が妻よ」


 彼はなだめるように答えた。


「それで、一体どういう風の吹きまわしかしら? 今更逢いにいらっしゃるなんて」


 紅は厳しい眼差しで淡々と問う。


「だから、悪かった、て。ある程度出世して、落ち着いたら迎えに行こうと。それで……」

「でしたら、ある日突然なしのつぶてになる前に一言説明するのが筋では?」


 容赦なく遮る紅にたじたじの様子の雅俊。


「まぁまぁ、出世も必ずしも上手く行くとも限らないだろう?」

「で、御用件は?」


 取り付く島もない様子の紅に、諦めたように苦笑する。


「……その、鳳仙花は、元気か? ずっと、逢いたかった」


 紅は娘の名を聞いた途端、キッと睨みつける。


「ええ、元気にすくすく育っております。御心配なく。御用件がそれだけならこれで失礼します」


 と踵を返す。だが、


「ま、待ってくれ。逢わせてくれとは言わない。帰るのなら、送っていく。車の中で話そう」


 彼は紅の右の袂を掴むと、必死に語り掛けた。


「鳳仙花の将来の為にも、悪い話ではない。話しを聞いてくれ!」


 紅には、夫が何を言い出すのか予測がついていた。だが、このまま返しては大事になりそうだ。飽きれたように溜息をつくと、渋々首を縦に振った。


 ゆっくりと進む牛車。向かい合って座る紅と雅俊。気まずい沈黙が車内を包み込む。


 簾は二重にピタリと締められ、出衣いだしぎぬ(※②)が外にゆらゆらと華やかに揺れる。外側から見たら女車(※③)に見えるように細工がされている。こうする事で、政敵に盗み聞きや、早さを煽られたり、車をぶつけられる危険性を避けたりするのだ。


 雅俊は妻の様子を窺い、話し出すきっかけをはかっていた。だが紅はにこりともせず、無表情で雅俊を見つめている。


「……お話とは何です?」


 先に切り出したのは紅だった。このまま話が進まなければ、必然的に自邸に泊める事にならざるを得ない。鳳仙花には逢わせくなかった。


「あ、あぁ。……鳳仙花はお前に似て、綺麗になってきたろうなぁ」

「能書きは良いです。ご用件は?」


 嬉しそうに娘に想いを馳せている夫に、怒りが込み上げる。だが、表面上は冷淡を装っていた。何年も音沙汰無しでいきなり悪びれる様子もなく現れた夫が許せなかった。紅自身は離婚したのだと解釈していた為余計に腹が立った。


 やはり取り付く島もない妻。苦笑しか出ない。


「分かったよ。鳳仙花を入内させないか、と提案にきた。聞けば、お忍びとは言えあの定子様の文壇に出入りしているらしいじゃないか! あの子なら、知性も教養も十分身につけているし。あと数年も立てば匂い立つように美しくなる」


 雅俊は熱っぽく語り続ける。紅は益々冷静に、冷たく夫を見つめた。


「お言葉を返すようですが……。一条天皇は定子様ただお一人を深く愛してらっしゃいます。お父上の道隆様が後ろ盾となり、伊周様、隆家様と末も安泰。入内などさせても朽ち果てていくだけかと。現に、今の御門の御后は定子様お一人ではありませんか」


 淡々と語る。だが、彼は驚きもせず切り返した。


「まぁ、恐らくそう言うだろうと思ったよ。お前の言い分は尤もだ」


 そしてそしてやや前のめりに身を乗り出し、声をひそめて会話を続けた。


「だけど、これは噂だが……道隆様のお体の具合が優れないらしい。多くお酒をお召になる故、致し方なかろうという事だ」

「そんな! 嘘ですっ!」

「まぁ、最後まで聞けって。私は別に、謀反を企てようとか、そのような不届き者ではない。冷静に行く末を見つめての話をしに来たのだ」


 思いがけない内容に、動揺を隠せない紅。だが、あくまで彼は冷静だった。紅は取り乱した自分を恥じつつ、力なく頷いた。彼は頷き返すと、先を続けた。


「……そうなると、後を継がれるのは伊周様が自然な筋と思われるが、生憎、こう言ってはなんだが漢文や詩、和歌などに長け、見目麗しい御方で浮名を流すのは、まぁ良い。ただ、政治的な力、統率力はというと、難色を示す者が殆どだ。更に言えば、あの野心家の道長が、道隆様が弱る頃を虎視眈々と狙い、頃合いを見計らってご自身の愛娘を中宮に立てるつもりらしい」


「それって、まさか……」

「そう、定子様と道長様の娘、お二人の中宮だ」


 衝撃だった、信じたくない。だが……。紅は考え込む。しばらく見守る彼。やがて彼は厳かに言った。


「……だからな、正直、今のままではお前も、そして鳳仙花も行く末が危ういのだ」


 紅はにわかにキッと夫を見据えると


「あなた、まさか鳳仙花を利用してご自身が出世しようとなさってるのではないでしょうね? 今までずっと長年放置しておいて、今更自分の為に娘を利用しようだなんて!」


 と激しい怒りをぶつけた。彼はたじたじになって後ろに下がりながら、慌てて宥める。


「いや、待て、落ち着いてくれ。そりゃ確かに、鳳仙花が御門の寵愛を受けて……あわよくば私も、なんて野心夢見ないって言ったら嘘になるさ。けど、噂を耳にしてその真相を確かめた時、お前と鳳仙花の行く末が心配になった、てのが一番伝えたかったことだ。別に入内させなくても、何かしら策を練ってその時が来る前に身軽に動けるようにしておいた方がいい。考えておいてくれ」


「お帰りなさい、お母様」


 無邪気に自分の帰りを喜ぶ鳳仙花を見て、先程夫から聞かされた話を思い浮かべる。何年も音沙汰無しで、今になってやって来る。鳳仙花を利用して自分も出世しようという野心しか感じない。あまりにも虫が良すぎる。それは許せなかった。だが、彼の危惧している事はよく理解出来た。


 各貴族女性の磨爪術をしていると、自然と定子率いる文壇以外の情報も入って来る。それは周りの侍従たちの噂話だったり、施術している女性から直接聞いたりと、その経路は様々であったが。噂話は大抵は根も葉もない事だったり、針小棒大にして伝わったりが多いが、中には確かな情報も含まれていた。

 その中に、道長の野望、更には道隆の体調不良、そして伊周自身の│まつりごとの器についての噂は、│まことの事であろうと推測された。


 入内……どの貴族もこぞって愛娘を、蝶よ花よと大切に育て、幼い頃より知識と教養を徹底的に身に着けさせる。そして一族の生き残りをかけて入内させるのだ。目指すは帝の寵愛を受け、引き立てれられる事。凄まじい女の戦いに打ち勝つ精神的な強さが求められる。表向きは華やかで上品な世界に見えるが、その実情は帝を寵愛をかけて足を引っ張り合い、陥れようと策略したり、極秘で陰陽師に呪術を依頼したりと凄まじい競争の世界なのだ。しかも、仮に帝の寵愛を受けたにしても、飽きられてしまう可能性も否めない。


 どう考えても娘には不向きであるし、紅自身も本音は入内には反対だった。しかし……。


「ねぇ、鳳仙花。これはもしも、もしもの物語のお話よ」


 としっかり前置きをして切り出す。


「ん? うん」


 不思議そうに首を傾げる愛娘。何だかんだとまだあどけない。


「もしね、定子様の他に御門が中宮を立てる、となったら……鳳仙花は名乗りをあげたい?」


 慎重に言葉を選びながら。


「あははっ、御門が定子様以外に愛情を注げるとは思えないから、仮に中宮になってもしんどいだけかなー。政治的傀儡にしかなれないって話……」

「こらこら、声が高い!」


 紅は慌てて娘の唇に右手人差し指を当てた。そして我が娘の正直な、そして斬新な感想にホッと安堵した気持ちと同時に、頼もしくも感じたのだった。



(※① 節…元日<後には一月七日>、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日五節句の事。貴族と庶民の風習が融合し、年中行事となったもの)

(※② 車内に竹を渡し、飾り用の袖を掛け、外から見えるようにする衣)

(※③ 車内は女性のみ、と周りに分かる牛車)

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