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第二章 8話 小さき亜人 

 朝になって荷物をまとめると、僕と師匠は冷たい風の吹き荒れる森の中を進む。

 食料は鍛錬がてらに狩った鹿やファングウルフの干し肉が大量にあるので問題はない。

 昔は鹿やウルフなんてティアナと2人でないと狩るのも大変だったけど、今じゃもう血抜きや皮剥ぎも1人でお手の物。


 そういえばウルフの肉での思い出になるけど、型が十巡はこなせるようになった頃、師匠がいきなり


「よーし! んじゃそろそろ獣でも狩ろうか!」


 そんなことを突然言い出すなり無理やり連れ出されると、ファングウルフの群れの真ん前に放り込まれたときはさすがに焦ったなあ……。


「大丈夫! 大丈夫! 危なくなったらちゃんと助け船は出してやるからの」


 そう言われたけれど、あれ絶対助ける気なかっただろうなあ……後ろで地面に寝転がって見てただけだし。

 

ただ、いざウルフの群れに立たされた僕であったけれど……。


「なんだ、こんなのに苦戦してたのか……僕」

 

 以前の時と比べて、その弱さに割と拍子抜けしてしまった。


 実際ウルフは周りを囲んで激しく唸るだけで、剣を正眼に構えた僕になかなか攻撃してこない。

 その内の1頭が焦れたように左から飛び掛かってきたが、僕は素早くウルフの方へ向き、右半身を引いてウルフの噛みつきを避けながら剣を振り上げ、真っすぐウルフの首めがけて振り下ろす。


 腕や足には力は入っていないのに、まるで紙を切る様な手ごたえで難なく首を飛ばした。

 それを見た他のウルフ達は後ずさりし始め、一匹二匹とクモの子散らすように逃げて行った。


 鹿の肉だとこんな事もあったなあ。

 師匠がいつものように薪集めについてきた時、


「ムミョウよ、剣術の辿り着く極地の一つを見せてやろう」


 なんてかっこいいこと言いだして僕を誘うので、何だろうとついていったら、少し先に大きな雄の鹿がいた。


 師匠はまるで気にすることなく鹿に近づいていく。

 あれじゃあ逃げちゃうんじゃ……と思って見ていても鹿が逃げる気配は全くない。

 そのうち鹿の右横に立った師匠がゆっくりとその首に手を回し、左手でナイフを逆手に持って一気に首を掻っ切ってしまった。


 もちろん鹿は逃げる間もなくその場に倒れた。

 師匠は自信満々の顔だった。


「どうじゃ! すごいじゃろ!? 」


 と両手を挙げて飛び跳ねていたが、僕は狐に包まれたような顔でその光景を見ていた。


「どうやったんですか!? 師匠!? 」


 と後で聞いたのだけれど、師匠はニッコリ笑うだけ。


「いずれ教えるから楽しみに待ってなさい」


 なんて秘密めいて言うだけであった。


 けれど……。


「お主も身に着けてきておることじゃ。分からずともな」


 思わせぶりなことを言うので、ずっと頭の片隅で引っかかっているんだよなあ。


 僕は、黙々と前を歩く師匠の背中を見ながら今までの出来事を思い出す。


 出会って初めての冬がもうすぐ来るため、身を切る様な寒風が吹いたりするが、まるで生まれた時からずっと一緒にいてくれたような温かさを背中から感じ、僕の心は暖かく足取りは軽い。


 それからさらに歩いたところで、目の前にしっかりとした作りの木の柵が見えてきた。

 僕の背丈ちょい下くらいの高さなので柵中の家屋が見える訳なのだが、明らかに屋根が低すぎる気がする。


 集落に近づくにつれて子供の声や鉄を叩く音が聞こえる。

 正門と思われる場所まで来るとトガは柵の中へ声をかけた。


「おーい! トゥルク! トゥルクはいるかー? わしだ。トガじゃ!」


 すると正門のかんぬきを外す音が聞こえ、木の扉が外側へと開けられる。


「ヨク来タナ、我ガ友ヨ 余リニ遅イノデ心配シタゾ? 」


「すまん、すまん! ちと予定外のことがあってな」


 そして正門から出てきたのは、師匠よりも小さく、肌が緑色で白く薄い頭髪、口からは犬歯少し飛び出ており、人間と同じような白い麻の服を着た人物であった。


「わあ……森の小人(ゴブリン)だ……初めて見ました」


 トゥルクと呼ばれたゴブリンはその声で後ろにいた。の方を見る。


「ソノ者ハ?」


「ムミョウって言うんじゃが、こいつが森で彷徨っていたのを見つけてな……縁あってわしの弟子になったんじゃ。ここへ来るのが遅れたのも、森でこいつに剣を仕込んでたもんでな」


「ソウカ、トガノ弟子ナラバ歓迎スル。サア入レ、チョウド昼ノ食事ヲ家族デ摂ロウト思ッテイタトコロダ」


 ややイントネーションは独特ではあるものの、柔和な顔を見せてトゥルクはトガ達を集落の中へと招き入れる。


 南側の正門をくぐると、集落には人の家の半分くらいの高さや広さの家屋が何軒も左右に立ち並び、その中心の通りではトゥルクさんよりもさらに小さい、ゴブリンの子供たちが笑顔で追いかけっこをしている。

 僕たちの姿を認めた何人かは足を止めて近寄ってくる。


「トガオジイチャン久シブリ! マタ遊ンデネ!」


 みんないい笑顔で手を振ってくれていた。


 僕と師匠は子供たちに手を振り返しながらトゥルクさんの後をついて通りの奥へと向かっていく。

 奥には他の家とは違い、人間でも十分入れる大きな家があった。


 トゥルクさんが通りに面した玄関を開けると、中に、ちょっと太めだがにこやかな顔と豊かな白い頭髪、緑色の服の下から少し盛り上がった胸の一目で女性と分かるゴブリンがいた。


「トガサンイラッシャイ。今年ノ冬モユックリシテイッテ下サイネ」


「ああ、トゥーラ、また君の鹿肉シチューを食べに来たよ」


 師匠とトゥーラさんと呼ばれた女性は笑顔であいさつを交わす。

 室内のテーブルには白パンと木の器に盛られた野菜スープが3人分置いてある。


「トゥーテヲ呼ンデコヨウ。アイツモトガニ会ウノガ楽シミデ仕方ナカッタヨウダカラナ」


 そう言ってトゥルクさんはまた外へ出て行く。

 僕たちは、トゥーラさんに食事が置かれていたテーブルとは別のテーブルに座るよう促される。

 

そっちのテーブルは大きさが全然違っており、恐らく人間用のものだろう。

 椅子もゴブリンの人たちが使うものよりも倍近く高さが違う。


 僕たちはテーブルに向かい合って座り、改めて家の中を確認してみる。


 壁は綺麗に板が打ち付けられていてすきま風は吹いてこない。

 屋根も高く等間隔で板が貼られており、パッと見ただけでもかなりの技術で作られたことが分かる。


 窓には、干してから粉末状にして飲むと食欲不振や下痢に効くというローアン草がヒモで結ばれて吊り下げられている。

 その他にも奥には白い石で出来た乳鉢や乳房、乾燥した薬草を入れているであろう布袋や珍しいガラス製の瓶などが並べられており、どうやらここでトゥルクさんは薬師をしているのかもしれない。


 その内にトゥルクさんがトゥーテと呼ばれるトゥルクそっくりの女の子のゴブリンを伴って戻ってきた。


「オ帰リナサイ! トガオジイチャン!」


「お~! トーラか! 大きくなったのう!」


 走り寄って来るトゥーテちゃんを抱き上げて過剰なほど頬っぺたスリスリをする師匠。


 よく分からないけど、師匠って子供好きなのかなあ……?


 僕はその光景を見ながら苦笑していた。


 暫くすると、台所からトゥーラさんは自分たちと同じ食事2人分を用意してくれて、僕たちのテーブルの前に準備を始めた。


 その後はおもいおもいにテーブルをはさんで食事を摂り、思い出話に花を咲かせる。


「シカシ、ヨウヤクトガニ弟子カ……」


「こやつはかなり筋がいいのでな、型も秋から冬になるまでに既に10巡は楽にこなせるようになったぞ」


「ソレハ良カッタ。私モトガニ剣ヲ習ッテイルガ、ヤハリトガノヨウニハ上手ク振ルエヌナ」


「その代わりゴブリン達は皆弓の名手じゃろ? 正直言って暗闇でも的確に眉間を射抜いてくるお主たちとやり合いたくはないわい」


 僕が昔聞いたところによると、ゴブリン族は別名森の小人と呼ばれ、名称では弱そうな印象を受けるが実態は別である。

 真っ暗な夜でも森を迅速に駆け回り、見えないくらい遠く離れた距離からでも的確に急所を撃ちぬく弓の精度。

 知能も高く人間とも交流があり、この大陸が戦乱の時代にはいかに多くのゴブリンを味方につけているかで勝利が決まったほどであり、平和な時代となった今でもゴブリン族の強さは世界に知れ渡っている。

 ゴブリン族が住んでいる森の近くの人々は、子供を叱る際、


『悪い事をしたらゴブリンに追いかけられるぞ』


 なんて言っているそうだ。


 また義侠心などにも溢れ、恩を受けた者に対してはたとえ自分の命と引き換えてでもその恩を返すほどであり、森で倒れた冒険者や旅人を助けて街へ送り返した例は枚挙にいとまがない。


 そんな勇ましい話のあるゴブリン族とは思いもつかぬほど、笑いと楽しさに満ちたトゥルクさんの家で、あっという間に時間は過ぎていく。


 食器も下げられ、出された水を飲んでいた僕達だったけれど、師匠がやおら立ち上がり、


「さーてムミョウよ。お主が以前、ワシが鹿に逃げられずに近づいて狩った時、どうやったか聞いてきたことがあったな?」


「はい……?」


「それについて教えよう。外までついてくるがいい」


 そう言って師匠が外に出ていくので、僕も急いでついていく。

 すると師匠は通りの広いところで腰に刀を差したまま直立する。


「ムミョウよ。お主は剣を抜いてわしに構えてみせよ」


「はい!」


 僕は言われた通り、剣を抜いて正眼に構える。

 けれど、師匠は変わらず両手を下げたまま動く気配はない。


 だがその瞬間、師匠は瞬きする間もなく刀を抜き、僕の右の首筋めがけ横一閃に斬りかかってくる。

 全身の毛が逆立ち、一気に冷や汗がふき出したが、僕は必死で腕を引き、剣を上げてその一閃を受けようとする、けれど……剣に師匠の刀が届くことはなかった。


 荒い息のまま、師匠を見ても、最初と同じ両手を下げ直立不動のまま、刀を抜くどころか柄に手を掛けてすらいない。

 師匠はいつものごとく自慢気な顔を見せてくる。


 確かに師匠の剣が僕の右首筋を狙った……はず……? 

 でも師匠は立ったまま……?

 いったい何が起きたんだ……?


「ふっふっふ。驚いたか? 」


「師匠……? いったい何をしたのです? 」


「今のはな……『気』を飛ばしたのじゃ」


「気……ですか?」


「うむ、いわゆる殺気というやつじゃ。わしがお主に対し、刀を抜いて右首筋から首を斬り飛ばすという意識……つまり気を飛ばした。お主はそれを受け、あたかも本当に首を斬り飛ばされるという錯覚を起こした。故にお主はわしの剣を防ごうと必死に剣を上げたじゃろ?」


「はい……」


「これはわしの師匠イットウの言葉でな。『最高の剣士とは刀を使わずに勝つ者』とな」


「刀を……使わずに……?」


「一応『無刀の極致』というらしい」


 僕は息を呑んだ。


 師匠は凄い……。

 ようやく稽古も型も師匠に追いついたと思ったのに、まだまだ遥か彼方だった。

 微動だにせず、相手に対して首を斬るという明確かつ具体的な気を飛ばす。

 それだけで大多数の人間は、自分のように剣を防ごうとして隙を見せ、胴体に真っ二つされるだろう。


「だがなあ、これ意外と弱点があるのよ」


「え?」


「まず首を飛ばすやら胴体真っ二つやら方法を明確にして気を飛ばしてもな、それを意識できない鈍感な奴らには効かんのよ」


 なるほど……逆に言えば心得のある人に対するほど、立ち合いで気を飛ばせば効果があるという事か。


「お主をファングウルフの中に入れた時、わしの周りにはウルフどもは近づいてこなかったじゃろ? あれは周りに『近づいたらぶっ殺す』と気を飛ばしておいたからなんじゃ」


「そうだったのか……」


「逆に気を発さず、自分を周囲と同じような自然の一部とすることで、鹿を狩った時のように逃げられることなく仕留めることもできるんじゃよ」


 気を発することもできれば、消すこともできるのか……。


 さっきから感心しっぱなしだった僕に、師匠が近づいてくる


「お主も気を飛ばせる片鱗は見せておる。ウルフと対峙した時、なかなか飛び掛かってこなかったじゃろ? あれはお主が意識せずに周囲に気を飛ばしていたからじゃ。」


 師匠が僕の腕をポンポンと腕を叩く。


「よいか、人と人との立ち合いとは如何にして絶妙な間合いを取り、相手を崩すか。これに尽きる。ただ剣の技のみならず、こういった気を飛ばしたり消したりすることで相手の動揺を誘えばおのずと自ら隙をさらしてくれるじゃろう……お主の土台は既にしっかり固まった。次はその先を教えてやろう」


「はっはい! よろしくお願いします!」


 今後の鍛錬を想い気持ちを新たにしたが、ふと足の周りに何かまとわりついた感触があり下を見るとゴブリンの子供たちが既に何人も集まってきていた。


「トガオジイチャン! 弟子ノオ兄チャン遊ボウヨ!」


 子供たちが何人も僕たちの裾に縋り付く。

 いつの間にかトゥーテちゃんも師匠にくっついていた。


「師匠……どうしましょ?」


「決まっとるじゃろ? 今日の稽古はもう終わりにして子供達と遊びまくるぞ!」


「はい! 師匠!」


 その日は日が暮れるまでたっぷり子供たちと遊び、泥だらけになってトゥルクさんたちに呆れられるのであった。


かっこいいゴブリン・・・・アリだとおもいます!


作品を閲覧いただきありがとうございます。

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