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第三章 50話 僕の歩いてきた道

 僕はただただ暗闇を歩き続ける。

 なぜこんなところにいるんだろう……?


 洞窟で傭兵達を倒した後、傷を負った僕は意識を失った。

 そして気づいたら、この何も見えない暗闇の中に1人たたずんでいた。


 今は出口を探してひたすら歩き続けているけど、その風景が変わる気配は全くない。

 でも……不思議と怖くは感じない。


 それからも僕はずっと歩き続けた。

 いつ終わるとも知れない長い時間。

 だが、不意にその時は終わり、視線の向こうに明るい光が見えてきた。


 僕は思わず駆け出すと、そこには小さな川が流れている。

 軽く飛べば簡単に渡れるくらいの幅。


 その向こうでは……大柄な男の人と、僕よりやや年上の男の人が、目の覚めるような剣戟の応酬をしながらも顔は笑顔であった。


 楽しそうだなあ……


 向こうに行きたいと思い、僕は川を飛び越えようとしたその時、若い男性に声を掛けられた。


「なんじゃい? ムミョウ……? お主、もうこんな所に来てしまったのか?」


 え……?

 僕を……知っている?


「師匠……」


 でも、誰かは分からないはずなのに、なぜか僕の口からは、懐かしいあの人だと確信しているように話しかけていた。


「ハッハッハ! 久しぶりじゃなあ! ムミョウ!」


 僕の見ていた師匠の時よりもだいぶ若々しく、髪も色が濃くて無精ひげなども生えていない。

 若い頃はこんな姿だったのかぁ……

 しげしげと眺めていると、師匠は怒ったような顔を見せる。


「おいムミョウ! わしの姿がそんなに珍しいのか! 」


「そりゃまぁ……師匠がそんなに若い姿になってたら驚きますよ……」


「がっはっは! どうじゃ? 色男じゃろう?」


「姿は変わってても性格は変わらないんですね……」


 懐かしいやり取りに思わず笑いがこみあげてくる。


「おい、トガよ……あれがお前の弟子か?」


 突然隣にいた大柄な男の人が師匠に話しかける。


「そうですよ。 あれがワシ自慢の弟子のムミョウです」


 男の人がこちらを見る。 

 僕と同じ黒い髪だけど……さらりと首まで伸ばしており、顔つきは引き締まってる。

 師匠とはまた違った威圧感で……額の部分には黒く短い角が生えていた。


「ふむ……まだ若いがいい面構えをしておる。 トガよ、よく鍛えたみたいだな」


「そうでしょう? ()()()()お師匠にみっちり鍛えられましたからね……」


「はっはっは! じゃああの者にもっと自慢できるよう鍛えてやろう……次はもっと厳しくしてやるからありがたく思え」


「げげ……勘弁してください……お師匠……」


 大きく笑う男の人と嫌な顔をする師匠。

 僕がじっと2人を見ていると、師匠が思い出したような顔で僕を見た。


「そうじゃった、そうじゃった…… 紹介しよう。 この方がワシのお師匠イットウ様じゃ。」


 師匠の紹介にイットウと呼ばれた男の人が軽く頭を下げる。

 僕も慌てて頭を下げた。


「ふふ、トガよ。 お世辞抜きでよい弟子を見つけたものだな。 お前の見る目は間違っていなかったという事だ」


「ありがとうございます。 お師匠」


 師匠はイットウ様に頭を下げると、もう一度僕の方へ向き直る。


「ムミョウよ。 お主はもうその年で答えを見つけられたようだが……まだまだ剣の道は長い、そしてお主が今後やらなければならぬ事もある。 鍛錬は続けるのじゃぞ?」


 師匠の言葉に僕は泣きそうになるけど……ぐっとこらえた。


「でも師匠……僕も……まだまだ師匠に教わりたいことがたくさんあります。 まだ……師匠と一緒に居たいです……」


 そう言って川を越えようとする。

 さっきよりも川の幅は広くなっていて、少し中に入って渡らないと駄目そうだ。


「ムミョウよ……それは……ならん」


 師匠が辛そうな顔をしながら、川を渡ろうとする僕を押しとどめた。


「確かにお主にはまだまだ教えたいことがあった。 もう少し一緒に居たかった……だがな……わしらのような上の立場の者では教えられぬこと、自分自身でしか学べないこと、下の者からも学べることもたくさんあるのじゃ。 お前はまだ若い。 今いる街だけでなく、大陸を……そして世界を巡ってさらに鍛錬を積むとよい」


「師匠……」


 師匠がふっと表情を崩す。


「なぁに、いずれお前もこちらへ来ることになるんじゃ。 ワシの教えたいことはその時にでも遅くはないじゃろう?」


 イットウ様も僕を見て笑顔になる。


「ムミョウとやら……まずはお前の為すべきことを為し、その後にまだ強くなりたいと思うなら……私の故郷のヤパンに行くといい。 あそこにはここの鍛錬場などよりも面白い龍の巣という所があってな。 私もそこで鍛錬を重ねたものだ……そして、お前が今後進むべき道もそこにいる者が教えてくれるはずだ」


 師匠が僕の後ろを指さす。


「ほれ、ムミョウよ。 お前を呼んどる声が聞こえて来ておるぞ? さっさと行ってやらんか」


 僕も後ろを振り向くと、彼方から僕の名前を呼ぶ声が聞こえ始めた。

 とても……とても懐かしくて……ずっと聞きたかった声だ。


「師匠……イットウ様……ありがとうございました。 またここに来ることになったら……御二人から剣を教えて頂きたいと思います。」


 僕の深々としたお辞儀に2人は目を細める。


「おおう! いつでも待っておるぞ。 だがムミョウよ……いずれ近いうちにまた会えるかもしれんぞ?」


「その間はこの弟子をしっかり鍛えておくからな。 安心せいムミョウとやら」


 すでに川は大河の様に広くなっていて、もう2人の姿は遠くに小さく見える程度。

 それでも声はまるで側にいるかのように聞こえるし、どういう顔をしているのか手に取るようにわかる。


 僕は振り返った。

 もう後ろは見ない。

 僕を呼ぶ声のする方に僕は駆け出す。


 その先にも明るい光が見え……僕はその光の中に飛び込んだ。




 うっすらと目を開けると……見慣れた自分の部屋の天井が見えた。

 身体は……シャツとズボンを着せられ、ベッドに寝かされていてシーツが掛けられている。


 ふと右手を動かそうとしたら、何かに押さえつけられていて握ると柔らかい感触。

 頭を起こして手の方をみると、椅子に座って上半身をベッドに預け眠っている女性。


 静かに寝息を立て、ずっと僕の手を握り続けている。

 窓から入る陽の光を浴びて、輝く金髪が呼吸とともに揺れていた。


 フッケでは遠くから見るだけだった顔。

 あの時はそれで十分だと思った。

 でも……やっぱりこうやって間近で見たかった、懐かしい顔。


 僕の手が動いたからか、彼女が目を覚ました。

 視線が重なる。

 彼女は今にも泣き出しそうだ……


 僕は彼女が泣いてしまう前に、先に言いたいこと告げた。


「やっと会えたね……久しぶり……ティアナ……」


 その言葉を聞くと同時に、ティアナは僕に抱きついて泣き出してしまった。

 そしてその泣き声につられて『獅子の咆哮』の人達やレイ、ミュールも続々入って来る。

 皆、僕の回復を盛大に喜んでくれた。


 師匠とイットウ様の言っていた、今後僕がしなきゃならないこと、進むべき道……

 今はまだ分からないけど……今このときだけはそれを忘れてティアナと会えた喜びを噛み締めたいと思った。

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