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勇者に幼馴染を奪われた少年の無双剣神譚    作者: コウリン
第一章 2人の日常から別離へ
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第一章 5話  分かたれた2人

 三日目の朝が来て、昼が過ぎ、陽が沈んだ頃になってようやくバーン一行は動き出す。


「あ~あ、よく寝たよく寝た。さ~て、んじゃ伯爵様のお願い叶えにいきますか」


 そして三人は馬の腹を蹴り、東の城門から犯罪者の拠点まで駆けていく。


「確かあのクソ野郎が言ってたのは街道を道なりに走って双子の大ケヤーの木の所を北にずっと進むんだっけな?」


「確かその筈です」


「じゃあアイシャ適当なところでいつもの奴を頼む」


「分かりました。バーン様」


 暫く馬を走らせたところでアイシャは眼を閉じ、『鷹の眼』を発動させる。

 するとすぐにアイシャが顔をしかめた。


「お待ちくださいバーン様」


 3人が一斉に馬を止める。


「どうしたアイシャ? 」


「この先に目印の大ケヤーの木がありますが、その近くに人らしきものの反応が2つあります。どうやら街道そばの茂みに隠れている様子」


「ってことは俺らみたいな討伐軍に対する見張りってことか」


「恐らくそうかと」


「んじゃもう少し近づいたら馬を降りてサクっとやっちまおう」


 暫く馬を走らせてからバーンたちは馬を降りた。


「んじゃどうすっかね。俺が突っ込んで倒しちまってもいいが」


「私が行きましょう。久しぶりに私の魔法剣で!」


 サラが腰に差した剣に手を掛ける。


「そうだな、サラとアイシャで二人を頼む。俺はサポートに回るぞ」


 しゃがんでいたアイシャがスクっと立って弓を構え、矢をつがえる。

 サラも静かに見張りの二人へと近づき、剣を抜く。


「行くわよ……『風の剣(ウインドソード)』」


 サラの魔法、付与魔法のひとつ『魔法剣(マジックソード)

 剣に各属性の魔法をまとわせることにより、切れ味を上げたり様々な効果をもたらす魔法である。


 そしてサラは一定まで近づいたところで、風のように一気に駆け出した。

 

 アイシャもそれに合わせるように弓を引き絞り、矢を放つ。


 矢がすさまじい勢いで見張りの片方のこめかみを貫くと同時に、サラは残ったもう一人にすぐさま

斬りかかり、剣にまとわせた風によって見張りの身体はバラバラになった。


 気づかれることなく見張り2人を倒したところで、近くの木に馬を繋ぐとそこからは徒歩で犯罪者の拠点へと向かうことにした。


森の奥へかなり歩いたところで、アイシャに再び『鷹の眼』を使用させて、上空から確認すると篝火の見える拠点を発見した。


「ありました。ここから歩いて数分程ですね」


「見える敵は何人だ? 」


「剣や斧、弓を持った男が5人ほど、入り口は北の方で、広場には檻があり小屋も2つ見えます。ですが、捕まっているはずの冒険者や村人なども見当たりません。すでに別の所へ連れ去られたか……もしかするとどちらかの小屋に地下室があるのかもしれません」


「分かった、ありがとうアイシャ。こういう場合は時間をかけずに地上を制圧するのが一番だ。俺が雷魔法で柵に穴を開けて一気にやるぞ」


「分かりました」


 サラとアイシャが頷く。


 そしてアイシャをその場に残し、バーンとサラが一番近くの柵までこっそり近づく。


「『雷の矢』」


 バーンの属性魔法の一つ、雷魔法で柵が派手に壊れると同時に、サラが剣に炎をまとわせつつ中に駆け込んだ。

 いきなりの光景に驚いた男達の動きが止まっているうちに、サラとバーンが瞬く間に切り捨てていく。


 サラに斬られた男の傷口から炎が現れ、悲鳴を上げる間もなく灰となっていく。

 バーンも別の男に一気に近づき、慌てて斧を振り上げた男の懐へ滑り込むと横一閃で剣を振りぬいて胴体を真っ二つにしていた。


「よし、これで全員か」


「はい、そのようです」


 残りの1人はアイシャが弓で倒し、他に敵がいないことを確認してから、三人は東西の小屋を調べることにした。

 西の小屋を確認した後、次に東の小屋を見ると地面に引き上げ式の扉があり、開けてみると地下へ降りる階段になっており、用心しながら下へと降りて行く。


「こっこれは……」


 地下の倉庫はむせ返るようなひどい臭いが充満しており、手前には鎖でつながれた男性や子供が一様に下を向いて泣いている。

 その奥の広場では男どもが酒を飲みながら女を抱いており、一段高い椅子の置かれた場所では頭目であろう不細工な男が長い金髪の女を抱きあげながら汚い笑い声をあげているのが見えた。


「ひどい……」


「この世の地獄とはこういうのを言うのでしょうか……」


 サラとアイシャが手で口元を抑えながら心情を口にする。


「俺としても女を無理やりってのは性に合わん。さっさと皆殺しにするぞ」


「はい! 」


 アイシャが弓を構え、サラも剣に炎をまとわせる。

 その内に酒を飲んでいた男の1人がこちらに気付き、他の男たちに声を掛けつつ剣を取ろうとするが、酒のせいで足元がおぼつかない。

 頭目の男もこちらに気付いたようで女を投げ捨て、裸で剣を取ってこちらに身構える。


「貴様らは誰だ! 上の奴らはどうしたんだ!? 」


「悪いが上の奴は全員死んでもらった。心配するな、お前らも全員同じところに送ってやるよ! 」


 相手は40人ほどだったが、皆酒に酔っているうえにろくに衣服も着けていない。全力を出すまでもなく三人に殺されていき、あっという間に残ったのは不細工な頭目ただ1人となった。


「たっ助けてくれ……! 金ならある!全部やるから助けてくれ……! 」


 頭目がみっともなく跪いて命乞いをする。


「悪いな、お前らを討伐せよとのお達しだからな」


「たっ助け……! 」


 だが、頭目はそれ以上の言葉を言うことなく、バーンに首を斬り飛ばされた。


 バーンは、ふと頭目に投げ捨てられた女を見てみる。

 気を失っていて裸で全身傷だらけだが、長い金髪で目鼻立ちも良く、一目でかなりの美人だという事が分かった。



 人さらいの拠点壊滅から時間が経ち、後続として来た領主の兵に後始末を任せると、バーン達は一足先に領主の館へと戻っていた。


 戻ってくる際にバーンは、さきほどの金髪の女を一緒に連れて戻ってきていた。

 下心が見え見えだったようでサラとアイシャはやや不満げである。


「バーン様? わざわざこの子だけを連れてくる必要性はなかったと思いますが? 」


「まさかこの子の傷が治ったら一緒に魔王討伐に連れて行こうなんてことは考えていませんわよね?」


「ははは……まさか! ただ、こんな可愛い子をあのまま置いておいたら可哀そうだと思ってね!」


 バーンの愛想笑いに2人はため息をつくが、王都でも貴族のご令嬢に粉をかけていたのを知っているためか、もはや怒る気にもなれないようだ。


 とりあえずは自分たちのベッドに寝かせることにしたが、バーンはさっきから気になっていたこの女性を鑑定魔法で調べることにした。


 目の前に現れる表示にはティアナという名前と、自分たちを超える魔力量と二つの魔法適性の表示。

 火属性魔法に回復魔法。


「おお……こいつはあのクソ野郎が言ってた女か……それに俺でも見たことのない二つ魔法持ち(マルチキャスト)かよ……こりゃ大当たりだぜ」


 思わぬ逸材の発見に、未だ意識を取り戻していないティアナを見ながらほくそ笑むバーン。

 そして、またもその頭の中で邪な考えが浮かんできているようだ。


「へへっ……あのクソ野郎にとっておきの絶望をくれてやれるうえに、新しい女がまた増えるぜ……笑いが止まらねえ」



ティアナside


 夜が明け朝の陽ざしがベッドに入ると、その眩しさに私は思わず目を覚ました。

 暖かい光と、明らかに自分を包む冷たい地面とは感触の違う違和感に、私は半身を起こして辺りを見渡す。


「ここは……? 」


 今まで私は地下倉庫で男達に……ウッ――。

 思い出したくない記憶で思わず両手で自分の身体を抱きしめる。

 身体もガクガクと震えだす。


 でも……私がいるのは今まで見たこともないような豪華なベッド。

 衣服もあの男達に剥ぎ取られていたはずなのに、身体を見てみたら真っ白な上下の下着とネグリジェが着せられている。

 ボロボロにされていた金髪も櫛ですかれたようで本来の美しさを取り戻している。


「私は死んじゃったの……? ここは天国?」


 環境の激変に頭を悩ませていると、突然後ろで扉の開く音がした。

 振り返ると、同じ輝くような金髪で蒼い眼をした美青年が現れる。


「やあ、やっと目覚めたようだね?」


 透き通るような声で私に近づきながら語りかけてくる。


「あなたは?」


「紹介が遅れたね。僕はバーン。最高神バーゼル様より勇者の信託を受け、魔王討伐へ向かう者さ」


「勇者?」


「そう、僕たちは魔王討伐のための仲間を集めている最中でね。ちょうどこのフォスターに寄った際に依頼を受け、犯罪者どもの拠点を叩き、君を助け出したのさ」


 リューシュが……リューシュが助けを呼んでくれたのね!


 よかった……本当によかった……。


 思わず涙があふれてくる。


「有難うございます勇者様。リューシュという冒険者からの依頼をお聞きいただきありがとうございます。私は冒険者でティアナと申します」


 私はバーン様に対して頭を下げる。しかしバーン様は首を振ってそれを否定した。


「いや、僕はリューシュという者からは依頼を受けていないよ? 僕はここの領主であるフォスター伯爵からの依頼で君達を助け出しただけさ」


 え? 依頼を受けていない?

 でも私が囮になったことを知っているのはリューシュだけ……依頼を出すならリューシュやバッシュさんたちギルドのはず……え?どういうことなの……?


 予想外の答えに私の頭は混乱してしまう。


 バーン様が混乱している私に、矢継ぎ早に話しかけてくる。


「ギルドからの情報提供はあったみたいだよ? ただギルドでは特に動くことはなく伯爵様に丸投げだったそうだ。それで伯爵様が困っていた所に僕がやってきたというわけ」


「ひどい話だよねー? 君が捕まっていたというのにギルドもそのリューシュとかいう冒険者も何にも動かなかったなんてね? 」


「領主様は大事な領民を助けるために必死で手を回していたみたいだよ? 君が捕まっていた拠点も伯爵様の兵と共同で制圧したからね! 」


「僕が犯罪者どもを全員倒した時には、だれも助けに来た冒険者達はいなかったしね」


「そんな……リューシュは……バッシュさんはきっと……」


 え……? 


 思考が働かず、上手く考えられない。


「だって君が助かるまでには3日も掛かったんだよ? 冒険者達であったならすぐに助け出しただろうさ」


「でも冒険者たちは助けに来ず、領主様の兵と僕が助けに来た」


「つまりはそういうことだよ。君は見捨てられたんだ。自分の命可愛さのあまり・・・・ね?」


 嘘……? 

 嘘よね……? 

 そんなはず……?


 私はもう何が何やら分からない……。

 でも、そこへ畳みかけるように勇者様が信じられないことを言い始めた。


「ティアナちゃん、今はしばらく休んだ方がいいかもしれない。けれど1つ聞いてほしい」


「え?」


「僕には勇者となった際に鑑定魔法を授かったんだ。そしてここに連れてきた際、どうしても君のことが気になってそれで見させてもらった。君は二つ魔法持ち(マルチキャスト)なんだね?」


「はい……ですが火属性魔法の『火の矢(ファイアーアロー)』『火の壁(ファイアーウォール)』を覚えているくらいです」


「ふむ……他にも君には僕たちを超えるほどの魔力量もあった。恐らく、今はまだまだでも実力をつければかなりの魔法使いになれると思う。それこそ賢者と呼ばれるくらいにね」


「え……私が……賢者に? 」


 賢者とは魔法を極め、人々から崇められる人のことを言う。

 その昔、賢者と呼ばれた者達は、戦場において1人で戦局を覆したとも、遺跡に眠っていた遥か昔の強力な魔王の眷属を打ち倒したともいわれている。


「そうだ。僕たちとの旅で実力をつけて賢者となり、一緒に魔王を討伐してくれないか?」


「そんな……急に……」


「君には力がある! それこそこんな辺鄙な街でくすぶっているような人じゃないよ! さあ、僕と一緒に旅立とう! 魔王を倒して皆から崇められる賢者になろうよ!」


「……」


「それとも……君はここに残るのかい? 君を見捨てた人たちと一緒にずっとここで暮らし続けるのかい?」


 勇者様の言葉に私の心が揺らめく。

 賢者になれるかもしれない……。


 でも……リューシュ達と離れ離れに……。


 それに……本当に……みんな……私を見捨てたの?

 

「しばらく……考えさせてください」


 ようやく声を絞り出して答える。


「うん、今は無理せず考えてくれればいいさ。でも僕達はすぐに旅立たないといけないからね」


「は……はい……」


 そう言って勇者様は部屋の扉を閉めて出て行った。

 しばらく呆然としていたが、やがて疲れを覚えて再びベッドで眠りにつくことにした。


 もう……何もわからない……眠ろう。今は眠ろう……。


 眼を閉じると瞼の裏にリューシュ顔が見えたような気がしたが……すぐに消えていった


 


 しばらく眠った私は、ベッドの上で考えていた。

 勇者様からの勇者パーティーへの参加依頼という思わぬ提案。

 私が賢者になれるかもしれないほどの実力を秘めているという可能性

 そして……リューシュやバッシュが私を見捨てたという信じられない話。


 それが本当かどうかを確かめたくても、外に出ることは伯爵のメイド達に止められてしまい、面会は許されていると勇者様に聞いたはずなのに、私の所へ来る街の人達は誰もいない。

 私を世話してくれたサラさんとアイシャさんに聞いても、私達は昨日はここにいたのでよくわからないとのことだった。


「私はもうここにいてはいけないのだろうか……」


 色々疑問は沸いても私にはそれを解決する術がない。

 このまま分からないなら……勇者様についていった方がいいのかな……。


「リューシュ……」


 窓の外は……私の心とは裏腹に明るく輝いていた。



 昼過ぎになって勇者様がまた私の所へやって来た。


「やあ、もう立てるのかい?」


 ベッドから降りてバーンを迎えた私は深々とお辞儀をする。


「有難うございます勇者様。もう大丈夫です」


「それは良かった。君が元気になってくれて僕もうれしいよ」


 勇者様のさわやかな笑顔に対して、私は決意したことを話す。


「勇者様、お願いがあります」


「なんだい?」


「私を……勇者様の一行に加えてください!」


「いいのかい? ここを出て長くつらい旅になると思うけど」


「はい!勇者様は私が賢者になれるほどの才能があると仰ってくださいました。私は強くなりたいのです。もうあんな目に遭うような弱い人間には戻りたくありません」


「この街にもう未練がないとは言い切れません……ですが私は先に進みたい! こんな街では終わりたくないのです!」


 勇者様はニッコリと笑って私の両手を握りしめた。


「分かった。君の意思を尊重しよう。では夜になったら伯爵に挨拶をして、出発は明日の朝にしようか」


「ちょっと急ぐ形になるけど、道中で君にも実力をつけてもらわなくちゃならない。でも心配することはない、隣のノイシュ王国のフッケにある神様の鍛錬場に行けばすぐに力をつけられるよ」


「よろしくお願いします……勇者様」


 私はもう一度深々とお辞儀をした。


「では君の装備などは伯爵様に用意させよう。僕は用事があるからいったん離れるよ。また夜にね」


 勇者様はそう言って部屋を出ていった。


 私はベッドに座って自分に言い聞かせるように呟く。


 もう……私は決意したんだ……。


 やがて日も沈み始め、伯爵の館は一層賑やかになる。

 街の冒険者である私が勇者一行に加わることで、盛大に祝賀会が開かれることになったのだ。

 私は瞳の色と同じような真っ赤なドレスに身を包み、顔や髪に化粧や宝石の散りばめられた飾りをつけ、急場でサラさんとアイシャさんに仕込まれた貴族式の礼儀作法で、ぎこちないながらも伯爵に挨拶をする。


「私が今回勇者様のご一行に加わることになりましたティアナと申します。以後お見知りおきを」


「そうか、お主がティアナか。お主のような美しい女性がこの街にいたことにも驚きだが、勇者一行に加わるという栄誉にも預かり、領主であるわしも鼻が高いぞ」


「有難うございます」


 伯爵の賛辞に、教わった通りドレスの裾をつまみ上げながら頭を下げる。


「では皆の者! これから魔王討伐へと向かう一行のために盛大に祝おうではないか!」


 伯爵が叫ぶと周りの人達から一層拍手が沸き起こり、私達を祝福する。


 その後は立食式のパーティーとなり勇者様やサラさん、アイシャさんそして私の元へ招待された貴族や町の有力者が群がる。しかしその中にバッシュさんなどは見当たらなかった。


 やっぱり……私のことを見捨てたから気まずくて来れないの?


 考えたくなくても、どうしてもそんな考えが頭に浮かんでしまう。


「あれ……勇者様……?」


 しばらく時間がたったころ、ふと気づくと勇者様の姿は見えなくなっていた……。



リューシュside


「なんで……ここに……?」


 勇者を殴った罪で牢屋に入れられていた僕は、突然外に出されると衛兵さんにそのまま領主様の屋敷へと連れてこられた。


「くそっ! こんな所にいる暇なんてないんだ! 早くティアナを助けに行かないと……」


 僕は屋敷の正門に背を向け、急いでギルドへ戻ろうとした時、二度と聞きたくもなかった声が聞こえてきた。


「おい、どこ行くんだ? クソ野郎」


 振り返るとそこには……ニヤケ面の勇者が立っていた。


「……なんだよ?」


 精一杯勇者を睨みつけるが、向こうはまったく気にしていないようだ。


「せっかく俺が招待してやったってのに、帰るなんてつれねえなあ」


「お前なんかに付き合っている暇なんてない! 僕はティアナを……」


「会わせてやろうか? ティアナちゃんに」


 一瞬、何のことか僕には理解できなかった。


 会わせる……? 

 ティアナに……?


 勇者は何も言わず、僕に背を向けるとこっちに来るよう手招きしてくる。


 しばらく足が動かなかった。


 僕をあざ笑おうと騙しているのか、それとも……本当にティアナを助けているのか……。


 僕は意を決して勇者の後を追う。


 勇者は屋敷の裏へ回り、広い庭へと出る。


 そこで指差したのは……大広間の見える大きなガラス窓。

 そしてその窓の向こうには、綺麗に着飾ってたくさんの人に囲まれるティアナの姿があった―-。


「―-! ティ――がっ!」


「はい終了。お前はここでおさらばだよ」


 僕がティアナへ駆け出そうとした瞬間、勇者に首を掴まれてしまい、動きを止められてしまった。


「お前を牢屋にぶち込んだ後、気が変わってなあ……犯罪者どもの拠点を叩き潰しに行ってやったらボロボロだったティアナちゃんがいたんでな、せっかくだから助けてあげたのよ」


「がっ! ぐっ!」


 勇者に罵声を浴びせようとするが、首を絞められておりかすれた息しか出ない。


「そんでちょっと優しくしてやったら俺にイチコロでな。あなたの為なら何でもしますって言ってくれたぜ?」 」


 なんとか首を掴んでいる手を引き剥がそうとするが、全く外れず目の前が暗くなってくる。


「んで、それなら俺と一緒に魔王討伐のたびに来てくれないかって言ったらあっさり頷いてくれたよ。お前らみたいな弱い奴と一緒に居たくないってな」


 くそっ! くそっ! く……そ……。


「まぁそういうわけだ。お前の代わりにあの子を可愛がってやるよ。助けられなかったお前みたいな弱っちい野郎よりも勇者として選ばれた俺の女になった方がよっぽどいい生活ができるぜ」


 ティ……ア……ナ……。


「あばよ。お前の顔なんてもう見たくねえ。さっさとどっかに行っちまえよ」


 僕の首を絞め続ける勇者の顔は……醜く歪んでいた。



 その後の記憶はあまり残っていない。

 ただ、どうにかギルドの所へ戻り、バッシュさんに抱きしめられ心配されたのは覚えている。

 バッシュさんには涙ながらに事情を説明すると怒り狂い、泣きわめき、強く俺を抱きしめ続けてくれた。


 そして僕はバッシュさんに休むよう言われ、ギルドを離れたけれど……いつの間にか東の城門前へと来ていた。

 もうすぐ城門が閉まる時間、衛兵さんたちが2人がかりで滑車を回してゆっくり門を閉めていく。

 大きな音しながら閉まり続ける城門を見て、僕は思わず駆けだした。


 もう少しで閉まるというところで僕はその門の下に転がりながら滑り込み、外へと出た。

 城門の上では衛兵が僕を見て何か叫んでいる。


 僕は駆けだした。既に陽は落ちて惑わしの森は真っ暗。


 もうどうなってもいいや……死んでもいいや……


 僕は夢中で森の中へ入り、そして皆の前から姿を消した。



 翌朝、バーン一行は伯爵から譲られた真新しい衣服や防具などに身を包み、馬に跨って街の人々に祝福されながら街の中心の通りを練り歩く。

 これから向かうは隣国のノイシュ王国の都市フッケ。

 ティアナも魔法使いが良く着るフード付きの真っ赤なローブを着て、新品の鉄の剣を腰に差し、白馬に乗っていた。

 その様子をギルドの窓からバッシュ達が覗く。


 中には冒険者たちが沈んだ表情でテーブルに座っている。


 冒険者達の前には酒の注がれた小さなグラスが置かれており、バッシュも手に同じようなグラスを持っている。


「皆、この日を、あいつらの事を忘れるな。たとえ10年・20年経っても俺たちがあいつのことを覚えててやるんだ。そしてあの勇者がやった事を。絶対忘れるんじゃないぞ!」


 皆一斉に頷く、そしてグラスを持ちあげた。


「「「「「若き冒険者達に捧げん! 」」」」


 バッシュや冒険者たちは一気に酒を飲みほした。この日の出来事を忘れぬように・・・・



これにて第一章は終了。

勇者によって離れ離れとなった2人が再び出会う日は来るのか!?


作品を閲覧いただきありがとうございます。

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