第一章 4話 勇者の算段
バーンside
「あ~あ、王都を離れていちいち田舎まで行かなきゃいけないのかよ……」
心底面倒くさいと思いながらバーンは空に向かって顔を上げる。
「仕方ありませんよバーン様。私たちが魔王を討伐するためには資金や仲間は必要です。いろんなところを回って地道に行きましょう」
金髪の女性サラがバーンを窘めた。
「フォスター伯爵領は小さいですが、ハイゼル王国でも屈指の小麦の生産地です。得られる資金や食料も豊かでしょうし、寄っておいても損はないでしょう? 」
茶髪の女性アイシャも続けてサラの援護射撃をする。
「しゃーねえなあ! 向こうに可愛い女の子でもいたらいいんだけ……」
「バーン様?」
バーンは軽くジョークのつもりだったが、サラが顔を引きつらせるので慌てて言葉を引っ込めた。
「じょ冗談だよ冗談! やっぱサラとアイシャが最高だよ!一番だよ! 」
二人の目は笑っていなかった。
バーンは神様の信託を受けた勇者である。
勇者とはこの世界に魔王が出現した際、ローレン教の最高神バーゼルの信託によって選ばれる者だ。
先日までバイゼル王国の王都ロイエンで活動していた黄金級冒険者だっだが、魔王復活および勇者誕生の信託を受けたローレン教主国によって、勇者としての認定を受けてから再びバイゼル王国に戻ってきたところである。
サラとアイシャはローレン教主国でそれぞれ親衛隊であったが、バーゼルからもらった鑑定魔法で才能を見出し、勇者パーティーの一員兼、自分の女として魔王討伐に加えたのである。
「まぁ、フォスター伯爵様はケチで有名だが金は持ってるからな。せいぜい豪勢に歓迎してもらって資金もふんだくれるだけふんだくるさ」
「バーン様、そんな下品な言葉は使わずにもうちょっと穏やかな言葉遣いに……」
アイシャが不満げな顔で注意する。
「んなこと言ったってなあ……」
「いやいや! バーン様はそういうお言葉の方が強さがにじみ出て素晴らしいですよ! 」
サラはバーンにぞっこんなためか、バーンの口調はあまり気にしてないようだ。
アイシャもため息をつくが、それ以上小言を言うことはなかった。
「フォスターまではあとどれくらいだ? 」
バーンがアイシャに尋ねる。
「少々お待ちください」
アイシャは眼を閉じて魔法の準備を始める。
今ア使おうとしてるは、身体魔法の一種である『鷹の眼』。
空からの視点により自分たちの位置や街や集落、さらには夜間でも隠れている敵の位置などが見えるようになるという魔法である。
「見えました。ここからですとあと2時間ほどでの到着かと」
「じゃあさ、退屈になってきたからよ。ちょっとここらで休憩しないか? 」
「「え? 」」
バーンからの突然の提案に、サラとアイシャは一瞬ハッとしたがすぐにその意味を理解したようで顔を赤らめた。
「だってよー、昨日は晩餐会とかなんやらで全然出来なかったからもう溜まってて仕方ねえんだ。どうせ予定では夕方に到着ってことになってるんだし、別にいいだろ? 」
「そうですね……バーン様が言うなら……」
「しかし……」
サラは乗り気なようだが、アイシャは真面目に先を急ごうと考えてるようだ。
「いいじゃんいいじゃん! なぁ2人とも。お前らだって本当はしたくてたまらねえんだろ?」
サラとアイシャはしばらく考えてたが、顔を赤らめもじもじ身体を動かすと、馬から降りて街道の端へと俺の後をついて馬を曳いていく。
「しっしょうがないですね……勇者様をお慰めするのも役目でありますし……」
そうして3人は適当な木に馬を繋ぎ、森へと入っていく。
そのすぐ後には森の中から艶やかな嬌声が流れ始めるのであった。
リューシュside
うう……外が騒がしいな……。
僕はまた、いつの間にかベッドで眠っていた。
バッシュさんが運んでくれたのかな……?
けれどなにやら外の騒がしい。
自分の額に手を当てる。
熱は下がった感じだけど、まだだるさが抜け切れていない。
相変わらず体中は痛むけど、ティアナのことを思えばそれくらいは痛みのうちじゃない。
「早く助けに行かないと……」
体中汗でべっとりしているが布で拭いてる時間などない。
急いでベッドから飛び起きると服と皮鎧を着て僕ははギルドへと向かうために階段を駆け下りて賢者亭の外へと走り出す。
街の人はいまからお祭りでもするみたいに騒がしい。
いったい今から何があるんだろ?
不思議に思いながらギルドに入ると、中ではバッシュさんが酒場のテーブルを拭いていた。
僕の姿を見るとすぐに駆け寄ってくる。
「リューシュ! お前もう大丈夫なのか!」
「うん、まだだるいけどなんとか」
「喜べリューシュ! ティアナを助けられるかもしれん!」
バッシュさんからの思いがけない言葉に僕は思わず言葉を失う。
「え?」
「神様の思し召しだ! 勇者がな! 勇者がこの街にやってくるんだ! おそらくもうすぐ!それにこのギルドにもやってくるはずだ! 」
「ほっ本当なの?」
信じられない……まさか神様が僕たちのために勇者様を遣わしてくれたのかな……!?
まるで夢のようで思わずバッシュさんの腕をつかんでしまう。
「本当だとも! 今日の朝一番に衛兵が来て知らせてくれた! 領主様も昼過ぎにやってきて館で勇者をお迎えする準備をしているんだとよ!」
バッシュさんは涙ながらに僕に抱き着く。
僕も思わず涙を流してしまった。
ティアナが……ティアナが助かる……。
僕はバッシュさんから離れると、ティアナの顔を思い浮かべ、ぐっと拳を握りしめる。
「まず勇者様はギルドに寄って、魔王討伐の一行に加われるような力を持った奴を探すそうだ。その時にお前や俺から事情を説明すればきっと助けてくれるはず! それにここに来るのには旅の資金を得る目的もあるそうだから、ギルドとしても出せるだけ金は出すつもりだ!」
「バッシュさん! 僕のお金も使って! 少しでもある方がいいだろ?」
名案だと思い、僕は急いでギルドを出て森の賢者亭へ戻ろうとしたが……。
「ちょっと待てリューシュ!」
バッシュさんが慌てたように僕を止めた。
「何!?」
「相手は勇者様だ。くれぐれも粗相のないようにな……! 」
「分かってるよ! 」
ティアナ……もう大丈夫だよ!勇者が!勇者が来てくれたんだ!これで君を助けられる!
心の中で嬉しさがこみあげてくる。
また熱がぶり返したような気はするが、自然と足は速くなっていった。
バーンside
それから数時間後、陽も沈み始めた頃ようやく西の城門にバーン一行が現れた。
城門やその周囲には一行を歓迎する街の人々が溢れかえり、歓声を上げている。
バーンやサラ、アイシャはそれらに手を上げて笑顔で応える。
城門を抜けたところにはフォスター伯爵と代官のラミアンが立っており、バーンを出迎える。
「ようこそいらっしゃいました勇者バーン様」
伯爵と代官が恭しく礼をする。
「うむ、今日はよろしく頼む」
バーンも敬語で声を掛けて伯爵の前に立つ。
「では勇者様、どうなさいますか?」
「私達として魔王討伐のために優秀な仲間は1人でも多く必要だ。先にギルドに行きたいところだ」
「ではこちらへどうぞ」
伯爵がバーンを案内しようとしたところ……。
「私達は先に館の方に行っていてもよろしいでしょうか? 」
アイシャがバーンに尋ねてきたので、バーンは立ち止まってしばらく考え込んだ。
「ああ、構わんさ。仲間を探すのは俺だけでいい」
サラとアイシャは館に先に向かってもらうことにし、ラミアンが二人を連れて離れていく。
バーンは伯爵の先導で冒険者ギルドまで案内されることとなり、しばらく歩いてギルドへと到着してすぐさま中へと入る。
だが、入るなりバーンは小さくつぶやいた
「まぁそりゃこんな小さな街に俺らについてこれるような強い奴なんかいないわな……」
バーンは鑑定魔法で集められた冒険者たちを見るも、魔法の適性を持つ者はおらず、どれもバーンはおろかサラやアイシャよりも弱そうに見えた。
「もういい、屋敷へ行こう」
白けたバーンはギルドから出ようとしたが、その時、後ろから少年の声で呼び止められた。
「お待ちください勇者様」
振り返ると、少年……リューシュが中身の詰まって重そうな布袋を両手に抱えて走り寄って来ていた。
「お願いがあります! 現在東の惑わしの森の奥に山賊か人さらいが拠点を作っており、恐らく周辺の村人が何人も捕らえられております。私の相棒の冒険者であるティアナも捕まってしまいましたが、私たちの戦力では犯罪者達を倒すことが出来ません」
リューシュが重そうな布袋を俺に差し出す。
「これはギルドからの報奨金と私が必死で集めたお金と合わせたものです! 何とぞ勇者様のお力をお貸しください! どうかお願いしたします! 犯罪者達の場所は、東の城門から道なりに進んで双子の大ケヤーの木を北にずっと進んだところです! 」
バッシュも前に出てきてリューシュと一緒に深々と頭を下げてくる。
広げられた布袋の中身をバーンが見ると、金貨が十枚ほどであとは銀貨や銅貨。
リューシュとバッシュの顔を見れば、依頼を受けてくれると信じて疑わない顔。
その時、バーンの脳裏にとある考えが浮かぶ。
「嫌だね」
「え……? 」
予想していなかった言葉で、リューシュは呆然とした顔になる。
「何で勇者である俺がそんなはした金でめんどくさいことをしなきゃいけないんだ? 俺の目標は魔王討伐であって犯罪者どもの拠点潰しじゃねえ。そんなもん伯爵様に頼めばいいだろ?」
言い切った所でバーンは伯爵の方をチラっと見た。
向こうはリューシュの方を睨みつけており、バーンの言葉に文句を言うことなく、逆に慌てて頭を下げてくる。
「申し訳ありませぬ。我らとしても早急に対処いたします。では勇者様、今日は我が屋敷でごゆるりとおくつろぎください」
「そうか、では頼んだ」
バーンは悪びれる様子もなく踵を返す。
「お願いいたします勇者様! どうか! どうか私たちを!ティアナを御救い下さい!」
「うるせぇ! 」
しつこく足元に縋り付いてくるリューシュを蹴飛ばすと、リューシュはギルドのテーブルにぶつかって床を激しく転がった。
「ちっ嫌な気分になったな。さっさと屋敷に行こうぜ」
汚いものを払うように、バーンが靴やズボンを手で払っていると、リューシュがこっちを睨みつけているのが見えた。
「……けんな……」
「あ?」
「ふざけんな! 何が勇者だ! お前なんか勇者じゃない! うわああああああ!」
リューシュが起き上がり、バーンへと駆け出して思いっきり右頬を殴りつける。
だが、所詮は子供。
バーンに大したダメージはなかった。
「てめぇ……よくもこのおれを殴りやがったな!!」
逆にバーンがリューシュの顔面を全力で殴りつける。
リューシュは酒場のカウンターにぶつかって倒れたが、バーンの怒りはまだ収まっていない。
何度も何度も執拗に蹴りつけていく。
「俺の顔に傷つけやがって! このクソ野郎が!」
バーンが怒りに身を任せていると、バッシュがリューシュをかばうように割り込む。
「勇者様おやめください! もうこれ以上は!」
バーンはその姿に興ざめし、ようやく足を下ろした。
「ちっ! おい冒険者ども! 今の事を他の奴に言ったら承知しねえからな!」
そう言うと今度は伯爵の方を向く。
「伯爵さんよ? この勇者様を殴った奴はどうすべきなんだ?」
伯爵はその光景にしばしぼう然としていたが、バーンの言葉にハッと我に返った。
「はっ! 暴行の罪という事で牢に入れておきます!」
気を失っているリューシュは、伯爵に命令された衛兵に抱えられてギルドから連れ出されていく。
バーンはその様子を眺めながら、何かを思いついたように邪な笑みを浮かべていた。
▽
その後勇者バーンはサラとアイシャとともにフォスター伯爵の館にて豪華な食事による歓待を受けた。
「ほう、いい匂いだ」
バーンはグラスを揺らして匂いを嗅いだ後、ワインを一気に空け、かねてから考えていた事を伯爵に告げる。
「フォスター伯爵様、何かお悩みですか?」
「は? いやいや、何も悩みなど……」
「領内にいる犯罪者どもの拠点についてですかな?」
「うっ……」
図星だったようで、バーンは内心ほくそ笑みつつ、口では丁寧な口調で心配している振りをする。
「私としても犯罪者が野放しになっている現状には心を痛めます。大事な領民も捕まっているという事ですし、その者達を大事に思う伯爵様でしたらきっと助けたいとお思いでしょう。 ですが私の見た感じ、伯爵様はそこまで兵をお連れになってはいないようだ」
「ううっ……」
伯爵の額から汗が流れる。
「どうでしょう? ここは勇者である私が伯爵様の兵に代わって拠点を潰しに行くというのは? 」
明らかに金が目当ての申し出に、ハンカチで汗を拭きながらも伯爵はバーンに笑顔を見せる。
「そっそれは有難いことです。しかし勇者様にそこまでしていただくわけには……」
「いえいえ、私も勇者です。困っている方々を救うのは使命のうちですから……ですが魔王討伐にはお金がかかるもの。拠点を潰したあかつきにはどうか伯爵様からのご支援も頂きたいものです」
一連の伯爵と勇者のやり取りを見て、食堂の隅で立っていた代官のラミアンは心底バーンを軽蔑していた。
「はあ……まさか勇者がこんな奴だったとは……すまなかった……バッシュ殿……」
ラミアンも館でのバッシュとのやり取りは必ずしも本意ではなかった。
ギルドや冒険者のおかげで主要な生産品の小麦が安全に収穫できているのは事実。
出来ることならバッシュや冒険者を助けてやりたいと思っていたし、そう思うからこそ勇者が来るとわかった際、すぐにバッシュに報せたのである。
だが結果は期待していたものを大きく裏切ってしまった。
「勇者に選ばれるのに必要なのは実力のみか……魔王を討伐できたとしても、このバーンとか言う男は庶民や貴族をただの石ころと金づるにしか思わんのだろうなあ……」
ラミアンは周囲に聞こえぬよう、小さくつぶやいた。
一方、伯爵はバーンからの申し出に対して答えに窮していたものの、頭の中で金勘定をした結果、勇者に任せた方がまだマシであろうという結果に辿り着く。
自分の兵に犠牲が出ないならばそれに越したことはない。
勇者が討伐に成功すればその支援を行ったという事を大々的に宣伝すればいい。
よしんば討伐に失敗しても、その後我々の兵で攻め寄せれば、犯罪者も無傷では済まないだろうし楽に勝てるはず……と。
伯爵がひきつった笑いで答える。
「分かりました勇者様、もしよろしければどうかあなたのお力をお貸しください。それでご支援のほどですが金貨100枚……」
「200枚! やはり私達も命を懸ける以上はそれくらい頂かないと」
「――!」
大陸での金貨一枚は銀貨百枚に相当する。
金貨二百枚枚もあれば、王都の一等地に豪華な屋敷を立てることが出来るほど高額だ。
思わぬ額に伯爵も焦るが、背に腹は代えられぬと決心し嫌々ながら頷く。
「勇者様、討伐出来ましたら金貨200枚間違いなくお支払いいたします。討伐を確認次第お支払いするという事でよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
「それでは勇者様、犯罪者どもを討伐するのは今夜ですか?」
「いや、今日はさすがに疲れたので休ませてもらいたい。そうだな、討伐は明日の夜にでもしようか」
「分かりました。では手の者にお部屋に案内させましょう。おい! 勇者様一行をそれぞれのお部屋にご案内しろ」
メイドや執事達が扉を開け部屋へ案内しようとすると勇者がそれを手で制してサラとアイシャを呼び寄せる。
「いやいや、さすがに三部屋も占有するのは申し訳ない。我々には一つ大部屋をお貸しいただくだけで結構ですよ」
色狂いがと伯爵は心の中で毒づくが笑顔は崩さない。
「分かりました。王族も使う最も大きいお部屋にご案内させましょう」
「そうか、ではよろしく頼む」
そうしてバーンたちは食堂から出ようとするが、突如足を止める。
「ああ、そうそう」
「何でしょうか勇者様」
「ギルドでの件、伯爵様ならどうすべきか分かりますよね? 」
「……分かりました。こちらで対処いたします」
最期の念押しをして勇者は食堂を後にした。伯爵は椅子に座るとこめかみを指で押さえてため息をつく。
これからどれだけの金が自分の金庫から飛んでいくのかと気が気でない伯爵であった。
ティアナside
リューシュ……なぜ助けに来てくれないの?
私を見捨てたの?
もう私の事なんてどうでもいいの?
ねえ……私を助けに来てよ……リューシュ……早く助けに来て……
いつかきっと……きっとリューシュ達が助けに来ると思って、私は何人もの男に囲まれ弄ばれても必死に耐えてきた。
地下倉庫の奥では、私の大事なものを奪った男が別の女性を抱き、その様子をニヤケながら見ている。
もうすでに何人の男に蹂躙されたのか数えたくもない。
まるで永遠に続くような責め苦に次第に私の心はすり減っていく。
あとどれくらいこれが続くんだろう……。
私は一生このままなのかな……。
もう……ダメなのかな……私……。
リューシュの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
もう何度目かもわからない涙が、眼からこぼれて頬をつたって流れていく……。
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