第三章 30話 初心に帰る
朝の木漏れ陽の中の街道をゆっくりと僕は進む。
昨日ジョナさんから聞いた街一番のパーティーは、明日には依頼から戻って来るそうだし、今日はベイルさん達の所で泊らせてもらおうと思ってる。
……師匠の死を皆に伝えなくちゃならないのは辛い。
去年の修行ではここに立ち寄れなかったから、皆が師匠と最期に会えたのはもう一昨年になる。
あの時はまだ師匠も元気だったし、集落の人も師匠が死んだなんて夢に思ってないはずだ。
特にレイやミュールは剣を教えてほしいと強く希望していただけに、それが叶わなくなったのは辛いだろうな……
皆にまた会える喜びと師匠の死を伝えなければならない辛さ。
複雑な心で僕は集落へ向かう。
集落が見えてきた。
僕は気持ちを落ち着けるように、一旦足を止め深呼吸する。
そしてもう一度大きく足を開いて前に進みだす。
集落の前まで来ると以前よりも柵や門が高く頑丈で立派になっているのが分かった。
中では牛や山羊などの家畜の声も聞こえ、外から見える家の数も以前より明らかに増えている。
以前と変わらない……いや以前よりももっと豊かになった集落を見て僕は一安心した。
門に近づいて扉を叩くと、柵の上から見知った男の人の顔が現れ、集落に向けて叫ぶ。
「皆! ムミョウさんが来てくれたぞー」
そしてその男の人は顔が見えなくなり、扉の方で鍵を開ける音が聞こえ、勢いよく扉が開かれた。
「ようこそいらっしゃいました! ムミョウさん」
男の人が笑顔で僕を歓迎してくれる。
ふと向こうを見ればベイルさん達が走ってくる。
「いらっしゃい! ムミョウさん」
「去年は来てくれなくて寂しかったですよ!」
と息を切らせながらベイルさん達が口々に喜んでくれた、けれどその中の1人が
「ムミョウさん、トガさんはどうされたのです? 一緒ではないのですか?」
と僕に尋ねてくる。
伝え……なくちゃな……
僕は決心した。
「師匠は、去年……病で亡くなりました。 今日は皆さんにそれを伝えたくて……」
僕が噛みしめるように話すと、一斉に沈黙が辺りを覆う。
「そう……ですか……出来れば最後にもう一度お会いしたかったです……」
ベイルさんが残念そうに呟いた。
他の人達も沈痛な面持ちで下を向いている。
「ムミョウさんは……この後どうされるのです? また北へ? それとも村に戻られるのですか?」
「いえ、僕はもう北へは行きません。所用があってしばらくフッケの方に住むことになりました」
重苦しい空気を変えようとしたベイルさんの問いに僕が応えると、驚いた表情になったが、
「そうなのですか、それでしたら私達の所に来ていただければ……」
と優しく僕を誘ってくれた。
でも僕はベイルさん達に甘えたくないと決めていたし、
「いえ、僕はフッケで家を見つけて住もうと思ってるんです。申し訳ないですが、ベイルさん達のご厄介になるのはいけません」
と丁重にお断りした。
その後、今日はベイルさんの家に泊めさせてもらうことになり、代わりに薪割りや畑仕事などを手伝って1日を緩やかに過ごしていくことになった。
昼過ぎになり、畑仕事がひと段落したので休憩して水を飲んでいると、僕に近づいてくる2人の男女が見えた。
レイとミュールだ。
2人とも目に涙を浮かべて僕の前までやって来た。
「ムミョウお兄ちゃん……本当にトガさん死んじゃったの……?」
レイが鼻をすすりながら聞いてくる。
隣ではミュールが指で涙を拭いながら僕を見つめていた。
「ああ……本当だよ」
僕は頷いた。
「トガさんに……私に剣を教えてってお願いしたのに……」
ミュールがこらえきれず涙を流してしまう。
2人はそのまま大泣きして僕の胸に抱きついてきたので、僕は両方の頭を長い間撫で続けた。
夜になり、家畜の世話などを僕と一緒にしてくれたレイとミュールが、それぞれの家に戻ることになったので僕は2人に尋ねてみた。
「僕が以前教えた型はちゃんと続けているかい?」
2人は大きく頷いた。
「うん! 最初は全然出来なかったけど、今はもう10回は出来るようになったよ!」
「私もなんとか10回……」
元気いっぱいのレイと辛そうな表情のミュール。
対照的な顔の2人に思わず笑ってしまった。
「じゃあ明日の朝は型と素振りを一緒にしようか」
僕の提案に2人は嬉しそうに何度も頷く。
その後は2人と別れ、ベイルさんの家で食事をごちそうになった後、僕は早めにベッドに潜り込んで眠ることにした。
明日はちょっと早めに起きないとだめかなあ……
そう考えながら眼を閉じると、すぐに意識は深く落ちていった。
▽
日の出前に僕が広場に出ると、既に2人がそわそわしながら僕を待っていた。
「遅いですよ! ムミョウさん!」
僕の削った木刀を振り回しながらレイがはしゃいでいる。
「レイ! ちょっとは落ち着きなさいよ」
ミュールがレイを窘めるが、その顔はレイと同じで待ちきれないといった表情だ。
「2人とも早いなあ……じゃあ早速型と素振りを始めようか」
僕は2人の後ろに立ち、それぞれの動きを見るように自分も型を始めた……
なんだろう……今日の朝のはすごく新鮮な気持ちになった。
他人の型を見るなんて師匠以来だったし、流れるような動作の師匠ではなく、どこかぎこちない2人は稽古を始めたばかりの自分を思い出させてくれた。
――あ~ちょっと腰が引けてる。背筋に芯を通すように!――
――足を上げない! 基本はすり足じゃ!――
――ほれ! 剣筋がブレておる! まっすぐ線を描くようにじゃ!――
――剣を振った後はしっかり止める! 勢いに流されるな!――
師匠に言われたことが頭の中に浮かんでくる。
思わず僕も、自分の型の稽古を忘れて2人に口を出し始めた。
「もうちょっと腕の力を抜いて……そうそう、力だけで無理やり回そうとしない。 腰とか身体全体を使うことを意識して……」
しっかり2人を指導していたら、もう太陽もすっかり昇っていた。
「お疲れ様、2人とも」
疲れ果てて座り込んでいる2人に僕が声を掛けると2人はニッコリ笑い返してきた。
「やっぱり誰かに教えてもらうのって大事なのね……」
「僕とミュールだけじゃ教えてもらったのを必死で真似するだけで精一杯でした……」
僕達と最後に会ってから2年間、この子達も頑張ってたんだな……
「分かった。 2年間会えなかった代わりと言っては何だけど、これからは時々ここにきて稽古しに来てあげるよ」
という僕の言葉を聞くや否や、2人は疲れも忘れて飛びあがって喜んでくれた。
そして僕は2人と別れ、持ってきた荷物をまとめると皆に挨拶をして街へ戻る街道を歩き始めた。
師匠も最初の僕を見ていたときはこんな感じだったのかなあ……?
人へ教えるというものは慣れてはいないけれど、その分自分も何かを得られたような気分で足取りは軽い。
初めの頃、知らなかったこと、出来なかったことをどんどん吸収して覚えていくのがたまらなく嬉しかった気持ちを思い出し、僕は今日一日も頑張るぞと心を新たに誓うのだった。
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