第二章 19話 不死者との死闘 下
――時々意識が遠くなって目がかすむ。
火傷や切り傷の痛みで手に力が入らない、気を抜けば剣を取り落としそうだ。
岩石を叩きつけられたせいで身体の中が傷ついているのだろうか……絶えず口から流れるこぼれる血を左手で拭う。
「ボロボロではないか。 さあ、早くその命の火を消し、我が魔王様の糧となる栄誉に授かるがよい!」
骸骨野郎がケタケタ笑いやがる。
くそ! 好き勝手言いやがって……
けれど、現状あいつに対抗する術がない。
鍛えた剣も、攻撃が通じない相手にはどうしようもない。
必死で相手の魔法を躱し続けても、少しずつ疲れは溜まっていくし、後ろで戦っている師匠も本調子じゃなさそうで、いつもの剣の冴えがない。
このままじゃ僕も師匠も……
考えたくない未来が頭をよぎり、必死で悪夢を振り払う。
だけど……こいつを倒すにはどうすればいいんだ。
骸骨野郎の魔法を必死で躱しながら考えるが、それを打開する術は浮かばない……
何か……何か……
そんな時、ふと今までの師匠との修行の風景が走馬灯のように頭に流れ始める。
……気の発し方は教えたが、お主の才は発するより感じる方であったか……
……突きは良かったが、まだまだじゃのう……
……それはのう、起こりが見え見えじゃったからじゃ……
厳しくとも……辛くとも……楽しかった修行。
初めて自分のやりたかった事を知っったんだ。
――あのすべては無駄だったのか?
――いや
違うだろ?
無駄なんかじゃない……僕は師匠のおかげで強くなれた。それは決して無駄なんかじゃない。
師匠が、僕の才能を褒めてくれた。僕には……それしか……ないんだ!
その時、僕は
動きを止め。
眼を閉じ。
息を整え。
ゆっくりと剣を正眼に構える。
――意識を集中させる。
――暗闇の中で、途切れた白線が何本も僕に向かってくる。
――まだだ、まだもっと……もっと深く。
▽
くそう! こんな時に……こんな時に胸の痛みが!
心臓や肺を引きちぎらんばかりに胸を掴む。
周りには、わしを食いちぎらんと死体どもが近寄ってくるが、触れる事すらさせずに首を跳ね飛ばす。
こんなスケルトンや死体どもなんぞ、いつもなら全員あっという間に首を跳ね飛ばしておるところなのに!
心臓が早鐘のように鳴り響く。
息を吸っても全く楽になる気配がない。
さすがにこんな所ではトゥルクの薬を飲むわけにもいかぬしな……
わしが苦しそうなのを見て、今度はスケルトンどもが一斉に斬りかかってきた。
何とか攻撃を躱したり剣を受けはしたが、足運びや力が上手く入らず、たたらを踏んだり剣で押されるなどわしらしくもない。
思い通りにならない身体に歯痒さしか感じぬわい……
ふとムミョウを見ればわしの方を心配そうな顔で見ておる。
ムミョウめ、自分もボロボロなのにわしの方をちらちらと気にしおって……
阿呆! わしの事を気にする暇があったらそっちをなんとか――ぐっ!
断続的に続く、胸を貫くような痛みで珠のような汗が流れる。
浅い息を何度もして、どうにか僅かながら痛みが和らぐ。
……ここは、やはり一旦下がるべきか……?
相手はこちらの攻撃が通じない。
どうにかして後ろに下がったであろう連合国のものどもと合流すべきであろう。
剣や弓が効かなくとも、魔法ならば通じるはずじゃ。
ここで無理をしなくとも良かろう。
いつになく弱気な考えではあったが、現状の手詰まりなら仕方なかろうと思い、ムミョウの方を見る。
……あやつめ!
何をしておる!
なぜ足を止めておるのじゃ!
ムミョウ! 動け! 足を動かせ! 死ぬな! 逃げるんじゃ! ムミョウ!
わしは必死でムミョウに叫んだ。
▽
「ほほう? ようやく生を諦めたか? 殊勝なやつよ。 痛みも感じずに死ぬがよい!」
デッドマンが左手を掲げ炎の渦を出し、ムミョウに向けて放つ。
ムミョウなどひとたまりもないような灼熱の炎がムミョウに迫る。
――何も聞こえない。
――何も感じない。
――ただ黒と白の世界。
激しく波打つ白い線が僕めがけて駆けてくる。
その線の始まりに、空に浮かぶ大きく光る星のような点が見えた気がした。
――僕は駆けだした。
なぜかは分からない。
ただ、感じたのだ。
あれこそが倒すべきものだと。
あれこそがあいつの全てだと。
駆けだした先に巨大な炎の渦が迫る。
――関係ない!
足を止めることなく突っ込む瞬間、僕は剣を前に突き出した。
炎の渦が剣で切り裂かれていく。
だが、それでも熱さまでは斬り裂けない。
身体中が焼けこげ、ひどい臭いがする。服ももうボロボロで体を為していない。
それでも……それでも僕は立ち止まらない。
暗闇で見えたあの光に向かって突進し続ける。
自分の魔法を斬り裂かれた骸骨野郎が驚いてやがる。いい気味だ!
そして剣が届くところまで走り抜けた僕は一気に飛んだ。
「そこだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
渾身の力を込めて、見えた光の場所に寸分違わず剣を突き刺した。
手ごたえはあった。
剣が骸骨野郎の心臓部分に突き刺さる。
「がぁぁぁぁぁぁ! そんなぁ! 馬鹿なぁぁぁぁぁぁ! 」
予想もしていなかった自分の死に悲鳴を上げつつ骸骨野郎は炎に飲まれながら消えていった。
空中にいたあいつに剣を突き刺したもんだから、骸骨野郎が消えたら支えを失った僕はそのまま地面に落下した。
さすがにボロボロの身体じゃ受け身は取れない。背中をしたたかに打ち付けてしまった。
「ぐっ! 痛ってぇ……」
もう何の力も出ない。
立つことすら叶わない。
「阿呆め……心配させおって」
僕に近づいてきたのは師匠だった。
「他のモンスターは……どうなりましたか?」
僕の問いかけに、師匠はホッと息を吐くとニッコリ笑った。
「安心せい。あのデッドマンとかいう親玉が消えたら皆ぷっつり動かなくなったわい」
「それは良かった……」
僕も師匠に習ってニッコリ笑うことにした。
なぜだかお互いそのまま大笑いしあうことになったけどね。
その後、トゥルクさんの軟膏で応急処置をし、さあ帰ろうかという時に師匠がとんでもない事を言ってきた。
「ほれ、疲れたじゃろう。わしがおぶってやろう」
師匠がかがんで僕に背中に乗るよう促してくる。
「いやいやいやいや! 恥ずかしいですって!」
手を振って拒否しようとするが、師匠が僕を睨んできた。
「今回はお前のおかげで勝てたのだぞ? それにそんなボロボロで帰るに帰れんだろう」
何度も背中に乗るよう促してくるので、僕はやむなく背中に乗ることにした。あー恥ずかしい!
絶対他の人に見られたくない!
師匠の背中に乗ったまま僕らはこの場所を離れる。
小さい頃に父におぶってもらった以来で、なんだかとっても暖かかった。
「ムミョウよ」
「はい」
「強くなったな」
「まだまだですよ。僕より師匠の方が強いですって……」
僕が謙遜するが、師匠は首を振って否定する。
「いやいや、お前はわしより強くなった。安心せい、わしが保証してやる」
嘘偽りもない、真っすぐな言葉に僕は思わず胸が詰まる。
「……まだまだ、精進し続けます」
「ふふ、それでよい。それでよいのじゃ。立ち止まるなよ、ムミョウ」
その後、野宿を繰り返して集落跡地まで戻り、そこで暫く療養した後、僕たちはゴブリンの村へ帰ることにした。
行きと同じく、師匠の体調を窺いつつの旅路であったため、村に到着したのはすでに雪が降り始めた頃になってしまったがどうにか無事に帰ることが出来た。
そして、また雪も解けて春になったらまた修行に行こう。
今度は四天王最後の1人だ!
僕はそう思っていた。
だが、僕たちは出発することはなかった。
雪が深々と降る朝、いつものように型をしようと出た僕の目の前で……
――師匠が大量の血を吐いて倒れた……
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