第二章 18話 不死者との死闘:上
今までは三月ほどで着いたブロッケン連合国への道も、道中何度か師匠が体調不良を訴えたため、春を過ぎて夏の兆しが見える頃、ようやく拠点にしている集落跡地へとたどり着いた。
「やっと着きましたね……師匠」
荷物を下ろしながら師匠の方を見るとかなり疲れているようで、埃をかぶったベッドに座り込みながら、トゥルクさんからもらったと言う茶色のドロリとした液体を一匙舐めていた。
「こいつはいつ飲んでも苦いのう」
師匠が苦い顔で舌を出している。
体力回復に効果があるそうで、僕も一口欲しいと言ってはみたが、子供にはまだ早いと言われてしまった。
僕だって疲れるんだし一口くらいくれたっていいのに……
とりあえず荷物を隠すと僕と師匠は早速ある程度の食料をもって出発することにした。
「今回はどの辺りに行きましょう?」
「ふうむ……去年は北の方で四天王とやらに会ったのなら、また北の方へ行けばよいのではないか?」
僕が尋ねると、師匠が北を指さす。
なるほど、迷ったら経験に従えってのはよくあることだ。
僕は頷いて北に進路を取ることにした……のだが――
「……どこにもいない! 」
イライラが募ってつい口調が荒くなってしまう。
いかんいかん……こういうのは僕の悪い癖だ……
師匠は……特に気にしていないようで、鋭い視線で周囲を観察していた。。
「まぁ確かに……ここに来ればぞろぞろモンスターがお出ましじゃと思ったんだがなあ……」
師匠が真剣な表情のまま呟く。
今年は何かおかしい……
集落跡地から北へ進み、ヴォイドと遭遇した場所から周囲を回っても、全くモンスターに遭遇しないのだ。
オークや狼人間どころか、遭遇したのは鹿くらい。
時折遠くで連合国の兵士が行進しているのを見かけたりするので、魔王が倒されたわけではなさそうだけど……
「もしかすると……人間が存外魔王の軍勢を押し込んでおるのやもしれんぞ?」
「なぜでしょう?」
師匠の推察に僕は首をかしげた。
去年連合国が散々ヴォイドにやられていたのに、魔王が押し込まれているのは想像できない……
「考えてもみい、わしらで四天王のうち2人も倒しておるのじゃぞ? 魔王からしてみればあれだけ強い手駒が2人も死んだんじゃ。 残りの四天王2人をそのままにしておくとも思えん」
「まだ魔王は復活出来てなさそうじゃからの、自分の守りに2人を回しているというのが正解じゃろうて」
ああ、そうか……僕としては修行として来てただけだから、魔王復活の事なんてすっかり忘れてた。
となると敵はもう魔王の城付近まで下がっていると見た方がいいかな。
「では、師匠。 僕らも魔王の城までもっと近づきますか?」
「そうじゃの。ここらでのんびり野宿し続けるために来たわけではないしな。 あまり時間もないしとっとと城まで行くぞい」
そうと決まれば進路変更!
いざ! 魔王の城!
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魔王の城近くの東側に広がる平原では、多くの連合軍兵士の死体が転がっていた。
だがその先にはさっきまで死体だったものが……手足が千切れ焼けこげたまま起き上がり、また新たな仲間を増やそうと近くの兵士へと襲い掛かる。
「くっ来るなあ! ぐあぁぁぁぁっ!」
今まで共に戦っていた仲間が……死してなお他の仲間に群がり、肉を食いちぎっていく様は恐怖そのものであった。
「くっくっく……ボルスに続いてヴォイドまでやられたときはまさかと思ったが……この程度ならどうということはない。」
ローレン教の大司教が着る白い制服に身を包み、浮遊している骸骨――アンデッドキングは歯をカタカタ鳴らして笑う。
彼の周囲には骸骨騎士やスケルトン、そして連合軍兵士のなれの果てであるグールが数多くおり、これ以上魔王の城へは近づけさせないという強い意志を感じさせた。
「魔王様の復活のため……人間どもよ! 我らにその魂を捧げよ!」
そのアンデッドキングの軍勢に向け一矢報いようと、連合軍の弓兵部隊が一斉に弓を構え、号令とともに軍勢に向けて矢を放つ。
綺麗な放物線を描いた矢はグールやスケルトンに突き刺さり、何体かはその仮初の生命が消えた。
だが当のアンデッドキングの身体を矢はすり抜けてしまい、まるで痛痒を感じていないようだ。
「私に矢など効かぬ……」
アンデッドキングが左手を掲げると、その手のひらに巨大な渦を巻いた炎の塊が出現する。
左手を弓兵部隊へと向けると炎の塊は猛烈な速度で向かい、周辺を炎が飲み込んでいった。
炎が消えるとそこには大きな穴が空き、弓兵部隊は灰すら残らず消し飛んでいた。
「はっはっは! 人間どもよ! 魔王様を! そしてこの不死のデッドマンを恐れ絶望せよ!」
すでに連合軍の部隊は撤退し、辺りには死者しかいない。
デッドマンは魔王の復活を確信していた。
そこへ2つの影が一気にデッドマンへ迫る。
煌めく2つの白刃がデッドマンの首と胴体を真っ二つにせんと襲い掛かるが、手ごたえはなく空を切るだけであった。
「ふうむ……亡霊型のアンデッドか……わしらの攻撃は通じんぞ……」
「でも、このままにしておくわけにもいきません。何とかできないか試してみます」
攻撃に失敗したムミョウとトガがデッドマンから一旦距離を取る。
「貴様らは何者だ!」
攻撃されるまで一切気配を感じなかった2人にデッドマンは恐怖を感じた。
明らかに他の人間とは違う異質な2人であったが、武器等を見ると魔法などを使う人間ではないと推察されたため、いくらか恐怖は和らいだ。
「くくく……最初は驚いたが、どうやらお主たちは魔法は使えなさそうだな……我に剣や弓は効かぬ! このままなぶり殺してくれるわ!」
「この魔王四天王の1人! 不死のデッドマン! お前たちの魂を魔王様に捧げてやろうぞ!」
デッドマンの口が大きく開き、威嚇するように叫び声をあげる。
トガとムミョウはその威容に剣を構えなおした。
▽
くそ、僕の剣が全く通じない!
渾身の力を込めて胴体を切り裂いたはずなのに、まるで手ごたえが無く空を切ったことに焦ってしまう。
意識を集中させて気を感じようとするけど、白線は見えても今までのヴォイドやボルスみたいに直接攻撃してくるわけじゃないから、線が途切れがちでどうしても回避が遅れてしまう。
それに炎だけじゃなくて嵐や氷の矢、岩石も飛ばしてきて回避にも一苦労だよ……おかげで腕や足に火傷や切り傷、真っ赤な痣もあちこちに出来てる。
どうすれば……どうすればあいつを倒せる……?
師匠には、周りにいた骸骨騎士や兵士さん達の動く死体を相手してもらうようにお願いしたけど、やっぱりあまり体調が良くないみたいで動きに精彩がない。
このままだと僕だけじゃなく師匠も危ない……
焦りが心を支配し、師匠の方に気を取られていたら、いつの間にか目の前に氷の矢が無数に飛んできていることに僕は全く気付いていなかった。
「ぐっ!」
鋭い氷の矢が僕の身体を切り裂く。
一瞬の冷たさの後、激痛が体を襲う。
僕は受け身も取れず、地面を何度も転がり続けてしまった。
「はっはっは! どうした! 最初の勢いはどこへ行ったのだ?」
デッドマンが歯をカタカタ鳴らして笑う。
くそったれ! こんなやつ僕の剣で斬ることが出来れば……
力が通じない相手に出会い、今までにないほど死の恐怖が僕を覆いつつあった……
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