第二章 16話 疾風のヴォイド
連合国へは三月ほどで到着した。
食料は集落の長だったベイルさん達から有難く頂いていたため、道中での買い足しもあまりせずに済んだのが幸いしたようだ。
前回と同じルートを歩き、1週間ほどで集落跡地に辿り着くことが出来た。
以前来た時から半年近くたっているため、家屋の中は埃が溜まっており、壁には草が絡まっていたりしたが、短い間住むには問題はなさそうだ。
「よーし、手頃な家に荷物を隠してさっさと出発するぞ」
「はい! 師匠! 」
残っていた家屋でも丈夫そうなのを選んで中に荷物を置き、僕たちは修行を開始した。
ハインリヒ州を点々とする中、僕達の思惑通り様々なモンスターが行く手を阻む。
以前戦った鎧兜を付けたオーガ。
ファングウルフの身体を大きくして、二本足になった灰色の毛のモンスター。――狼人間と言うべきか?
骨の馬に乗った全身鎧の骸骨騎士……
短剣を構え、気付けば背後から襲い掛かる暗殺者の亡霊
巨大な炎や嵐を巻き起こす死者の魔法使い
さすがにボルスほど強くはなかったが、初めて見るモンスターだらけで思う存分僕の力を試すことが出来た。
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集落跡地を拠点にすでに二月経ち、今日も師匠と2人で狼人間数体の首を飛ばしたところで、遠くから人の争う声が聞こえた。
「師匠? なにか声が聞こえませんか? 」
「うむ。もしかすると人間の部隊が魔王の軍勢と争うておるのかもしれんな」
このまま見過ごすの後味が悪い。
僕と師匠は声のする方へ向かっていった。
▽
「ぐっはっはっは! 弱い! 弱い! 弱い! 人間とはこんなにも弱いものか! 」
我の爪を振るう度、人間の命が1つ2つ消えていく。
その度に人間の魂が魔王様への魔力に変わっていく。
ああ……人間を殺せば殺すほど、魔王様への忠誠を示せるとは……
なんと気持ちの良い事であろうか! なんと甘美なことであろうか!
見よ! 人間の絶望のさまを! 我を恐れ、絶望しておる!
良いぞ! 良いぞ! 良いぞ! さあ! 絶望せよ! その絶望が魔王様の力となるのだ!
ムミョウ達が戦ったのよりもさらに巨大で、漆黒の毛をした狼人間が連合国の部隊を蹂躙している。
人間達も応戦はするものの漆黒の狼人間になすすべなく、爪で薙ぎ払われ、牙で食い散らかされ腕や足、臓物をまき散らしながら命の火を消していく。
周囲でも狼人間と兵士が戦っているが旗色が悪く、狼人間に押し倒された兵士は首を噛みつかれ断末魔の悲鳴を上げながら絶命した。
敗色濃厚な状況でも、部隊の指揮官と思われる豪華な鎧を着た人間は、踏み止まるよう指示するがすでに部隊は敗走の気配を見せている。
▽
「……ひどいですね」
「なっとらんのう。まるで大人と子供のケンカじゃわい」
僕は目の前にある惨状に目を背けそうになる。
「ムミョウよ、目を背けるな。弱い人間とはああいうものじゃ」
「……はい」
一息つくと、僕は腰の剣をじっと見つめた。
「師匠……行ってきても……いいですか? 」
「よかろう。さっさと斬り捨ててこい! 」
「はい! 」
僕は力強く答えると戦場と言う名の虐殺の場へと駆け出して行った。
▽
「たっ助けてくれ! 」
泥だらけの兵士が腰を抜かしていた。目の前には狼人間が舌なめずりをして近づいてくる。
狼人間が大きく口を開ける。
もう……ダメだ……
兵士が自分の命が終わることを察し諦めようとした瞬間、突然目の前の狼人間の首が飛んで行った。
何が起こったのかと思って見れば、赤い服を着た少年が、血の滴り落ちる剣を持って、首を飛ばされた狼人間の後ろにいた。
「あっあんたは……」
「あなた方の手助けをします。僕はあの黒色の毛の狼人間を相手しますので、あなた方は他の狼人間を! 」
そう言って少年は颯爽とあの巨大な狼人間の方へ走っていった。
「なんだ……もしかしてあの少年は神様の使いなのか……」
助けられた兵士はしばらく呆然としていたが、ここが戦場であることを思い出し、少年の事を伝えるため、指揮官の元へ急いで走っていった……
▽
僕は兵士を投げ飛ばしている巨大な狼人間の前に飛び出ると、即座に左足を狙って斬りかかる。
狼人間は身体を捻ってギリギリで躱すがそのまま地面を転がってしまう。
「貴様! 何者だ! 」
狼人間が吼える。
「ムミョウという……お前を殺す者だ」
僕は剣を構えなおす
「戯言を! 貴様もここの兵士と同じく、魔王様の復活の糧としてくれる! 」
「この疾風のヴォイド。魔王四天王の1人として貴様を殺す! 」
魔王四天王? もしかしてボルスの仲間か。
これはちょうどいい、四天王の2人目とここでやり合えるなんて僕は運がいい。
「魔王四天王? ボルスもそんなこと言ってたな」
「なんだと……? まっまさか貴様がボルスを倒したのか!? 」
「そうだよ。いやーあいつは弱かったなあ……僕に1発も当てられずに両足を斬られて、最後は泣きながら首を飛ばされたよ? 」
「まさかあんたはボルスより弱いなんてことはないよね? 」
相手の気を乱すようにわざと煽る。
師匠は相手の気が乱れればそれだけ攻撃も雑になるから楽なもんじゃと教えてくれた。
「我が同胞を侮辱するのは許さん! 貴様は肉片も残さず殺してくれる! 」
ヴォイドの毛が逆立ち、怒り狂っているのがよく分かる。
おかげでヴォイドの気の流れが手に取るようだ。
「死ねぇぇぇぇぇ! 」
ヴォイドが右手を振りかぶって僕を八つ裂きにしようと襲い掛かる
――右手での斬り下ろし――1秒―2秒
――左足の蹴り上げ――1秒―2秒
さすがにボルスよりは攻撃は速く、白い線が見えてから2秒ほどで攻撃が飛んでくる。
だが、意識を集中させた僕には誤差のようなもので苦もなく回避できた。
その合間に剣を振るうが、ヴォイドも身体を捻って躱す。
ヴォイドの左回し蹴りを回避し、その足を狙って剣で斬り上げる。
後ろに回転しながらムミョウの斬り上げを回避し、すぐさま地面を這うように左手の爪を振るう。
爪を右にズレながら躱し胴体めがけて剣を振り下ろす。
攻守の入れ替わりの速さはもう普通の人間の目では追いきれない。
いつの間にか戦場の兵士も狼人間も足を止めその光景に見入ってしまう。
▽
ムミョウが助けた兵士からの報告を受けた指揮官は迷っていた。
狼人間を一撃で倒したその少年ならばあの巨大な狼人間を倒せるかもしれない……
だが、そのような希望にすがって部隊が全滅してしまっては元も子もない。
突撃か撤退か……
二択を迫られた指揮官はやむなく指示を出す。
撤退せよ!
退却のラッパが鳴らされると兵士たちが一斉に逃げ出す。
狼人間達は四天王ほどの知性はないため、指揮官であるヴォイドの指示を待たざるを得ず、その場に立ち続けるしかなかった。
▽
なんだこの人間は……我の一撃が全く入らぬ! まるで我の攻めをすべて読んでいるかのようだ!
ヴォイドは恐怖し始めていた。
こんな人間見たことが無い……
勇者は魔王様からまだ鍛錬場にいると聞かされている。
ではこの人間はいったい何なのだ!
全力で爪や蹴りを振っても服すらかすらない。
焦りが焦りを呼び、攻撃も大振りになる。
右手で爪を振り上げた瞬間、ムミョウの身体が消え、その刹那、右足の太ももに激痛が走る。
ムミョウが攻撃を回避しつつ剣を振り抜いて太ももを切り裂いていた。
「があぁぁぁ! 」
ヴォイドは痛みで片膝をつく。
「ボルスよりは強かったよ。ボルスよりはね……」
言葉とは裏腹にムミョウは圧倒的な状況でも気を緩めず、ヴォイドに向き直して正眼に構える。
「許さぬ……貴様だけは許さぬ……! 」
せめて一撃だけでも! ヴォイドは渾身の力を振り絞ってムミョウに食らいつく。
だが、ムミョウの姿がまた消えた瞬間、ヴォイドの意識は唐突に途絶えた。
ムミョウはヴォイドの噛みつきに合わせて右にズレると、剣を両手で斬り上げてヴォイドの首を跳ね飛ばしたのだ。
ムミョウが剣についた血を振り払うと同時に。飛ばされていたヴォイドの首が地面に落ちた。
▽
――はぁ!
大きく息を吐き、周囲を見渡す。
兵士たちはすでにいなくなっている。どうやら僕らを置いて撤退したようだ。
近くに立っていた狼人間達は僕を見ると怯えた様子を見せ逃げようとする。
逃がすもんか。1匹でも倒しておかないと兵士さん達が殺されるからね。
既に逃げ出した狼人間達の首がどんどん飛んでいく。
師匠が草でも刈るように首を斬り飛ばしていた。
やっぱり師匠はすごいなあ……
そうして、僕と師匠は逃げる狼人間達を出来る限り倒し、気付けば周囲には僕たち以外の動くものは見えなくなった。
「このくらいかのう、ムミョウよ得るものはあったか? 」
「はい、師匠に教わった『相手の気を乱す』これを実践しましたがかなり効果的でした」
「うむ、それでよい。さて、そろそろわしらもトゥルク達の元へ帰らねばならぬ時期じゃな。集落へ戻って荷物をまとめるとしようか」
「はい! 師匠! 」
こうして2年目の修行も無事終わった。
集落跡地を出発し、三月後にはフッケへと到着したムミョウとトガはまたもベイルやトゥルク達の盛大な宴にそれぞれ参加させられ、トガが二日酔いで寝込んでしまうのであった……
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ハインリヒ州の廃城
「そんな馬鹿な! ボルスに続いてヴォイドもだと……!? 」
「一体何が起きているのだ……! 」
「我が力のほとんどを分け与えた四天王のうち2体が敗れ去るとは……」
「もはやこれ以上は四天王を失うわけにいかぬ……」
「かくなる上はドランに我が居城の守備を任せ、デッドマンに人間の魂を集めさせるしかない……」
「口惜しや神々よ……必ずやお前たちの魂も食らってみせるぞ……! 」
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