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第二章 11話 人とモンスターの違い

 場所が変わっても、習慣は変わらない。

 まだ外も暗い頃から、僕と師匠は宿の前でいつものように形と木刀で素振り。

 さすがにまだ人は歩いておらず、静かな石畳の道路で黙々と鍛錬を行う。


「……二千! ……ふぅ……師匠、素振りは終わりました」


「よーし、ムミョウ。今度は立ち合いじゃ」


「はい!」


「剣筋の確認のために動きはゆっくりとな、剣先と身体の動きはしっかり見ておくんじゃぞ」


 形と素振りが終わった頃には、もうすでに陽が完全に上っていた。

 そして次は立ち合い。


 すでに何十回もこなしてきた、僕達二人の息が合った攻防。


 ゆっくりと――けれど鋭く――。

 指先一本にまで神経を張り詰めていく。


 その頃になるとポツポツと人が道路を行き交い始め、中には足を止めて立ち合いを興味深そうに眺める人もいた。


 けれど、僕たちはその視線を気にすることなく続ける。

 そして……鍛錬を一通り終えたところでふと辺りを見回すと……。


「あれ……いつの間に……」


 僕たちの周りには大勢の人達による囲みが出来ていた。


「あんたらすげえな! 仕事行く途中だったけどつい見入っちまったぜ!」


「名のある剣士かい? あんな綺麗な剣舞は見たことなかったよ」


「ぜひうちの店の前でもやってくれんか!?」


 大勢の人々が賞賛や勧誘で僕たちに迫ってくる中、その場を静かに離れるガラの悪い男たち数人が目に入った。


「師匠……」


 ちらりと横に目をやると、師匠も同じ方向を見ていた。

 どうやら男たちのことには気づいていたみたいだ。


 それからどうにか人の塊から抜け出した僕たちは、急いで宿屋に戻り、汗を布で拭いて着替えを済ませる。

 その後、道路にまだ人がいないかどうか宿屋の前を部屋からこっそり覗き、誰もいないことを確認すると早足で東の城門へと向かった。


「そんなに珍しかったんですかねえ?」


「まぁ、朝っぱらからやってりゃ嫌でも目に付くわな」


 そんなことを言い合いながら城門へと着いた僕たちは、昨日フッケに入った際にもらった入場許可証を門の衛兵に渡し、外へと出た。


 目指すはブロッケン連合国。


 しばらくは街道を進むことにして並んで歩きだす。


 そしてフッケの城門が見えなくなり、周囲に誰もいないことを気にしながら、僕は顔を動かさず小声で師匠に話しかける。


「師匠、およそ10人ほどかと」


「昨日の冒険者ギルドにいたやつか……」


「恐らくは……でなければ僕たちを狙う理由なんてありませんしね」


 気づかれぬよう少しだけ後ろを覗くと、さきほどの立ち合いの場所から離れた男達などが、数人に分かれやや後ろを離れないようについてきている。


 かすかに木の葉の擦れる音が街道の外の森から聞こえるので、自分たちを囲もうと半円状に広がっているようだ。


 はぁ……昨日は大人しく別室に行けばよかったのかな?

 まぁ僕達の足なら走れば逃げ切れるし、森の中に逃げ込めばそう大勢では追いかけられないだろう。


「師匠、さっさと逃げま…」


「ムミョウよ」


 今まで聞いたことのないような声で師匠が言葉を遮る。

 顔を見れば眉間にしわが寄り、険しい表情をしていた。


「はい」


「逃げることは許さぬ。全員斬って捨てよ」


 反論など許さぬ、低く冷たい威圧するような声。


「え?」


「二度は言わぬぞ。全員斬って捨てよ」


「しかし師匠、わざわざ殺すまでの連中では……」


「くどい。言ったはずじゃ、全員殺せ」


 それ以上師匠は言葉を発しない。


 全員殺せって……僕が……人間を?

 師匠はいったい……なぜ?


 突然告げられた人殺しの指示に思わず手が震える。

 今まで倒してきたのはどこにでもいるファングウルフや吸血コウモリ程度。

 人など傷つけたこともなく、生まれて初めて人を殴ったのはあの勇者くらいだ。


 どうすればいいか分からずそのまま歩き続けていたその時、突然足が宙に浮いて視線が空に変わる。

 そしてほぼ同時に背中と頭に痛みを感じた。


「うぐっ!」


 痛みに耐えながら上半身を起こすと、既に師匠の姿はない。


「師匠――!?」


 足にも痛みを感じ、師匠に足を掛けられて転ばされたと気付いたが、時すでに遅く周囲を剣を構えニヤけた顔の男たちに僕を取り囲まれていた。


「可愛そうになあ! おじいちゃんに囮にされちまうなんてよぉ!」


「金持ってるのはじじいの方じゃないのか?」


「いや、じじいは荷物を持ってないだろ? こいつの背負ってる袋の中に決まってるぜ」


「まぁいいさ、持ってないならさっさとこいつぶっ殺してさっきのじじいを追いかけようぜ?」


 男達は僕を完全に舐め切っている。

 確かにさっきまでの僕なら、さっさと全員の頭に一撃当てて昏倒させていたかもしれない。


 けれど……今の僕の頭の中では師匠の言葉が繰り返し流れ続ける。


 ――逃げることは許さぬ――

 ――全員斬って捨てよ――

 ――全員殺せ――

 ――殺せ! 殺せ! 殺せ!―-


 どうにか剣を抜いて男達に応戦しようとするが、いつもの調子とは程遠く、身体は震え足もおぼつかない。


 それを見た男たちの一人が、剣を振り上げて襲い掛かってきた。

 ひどくゆっくりに見える動き、頭を狙っていると気を感じずとも分かるその動作にすら、手も、足も、頭も動かない。


 剣が頭に到達する寸前、どうにか身体を捻って躱すものの、無理な姿勢であったため、たたらを踏んでしまい、男達の囲みの側まで近づいてしまう。


 その瞬間、背中に衝撃が走る。

 近づいてしまった囲みの男から蹴りを入れられ、もう一度輪の中心へと押し出された。

 剣を持った男が今度は横払いでムミョウの胴体を狙う。

 これもどうにか胸を反らして躱すが、重心が後ろへ行き、尻もちをつく。


 もはや……波に弄ばれる小舟のようであった。

 剣をギリギリで躱しても、囲みに近づけば蹴られて中心に戻され、また剣で狙われる。

 男達の笑い声が心を苛んでいく。


 勇者に殴られ、蹴られ、そして館でティアナを奪われたあの時。

 あの日々から……結局何も変わっていないと絶望が心を埋め尽くしていく……。

 

 もういいや……結局僕は何もできなかった。

 こんな僕なんてさっさと死んだ方がいい。


 何度目かの蹴りで中心に戻された僕は、うつ伏せに倒れそのまま立ち上がる気力も湧かなくなった。


「なんだよぉ、もう終わりかよ」 


「結構よけやがるから楽しめると思ったのによぉ」


「もういいや、さっさと殺して金貨持っていこうぜ」


「あばよ。もうお前の顔なんて見たくねえから、さっさと死んじまえ」


 目の前の男が吐き捨てる。


 ……―-!


 その瞬間、館で勇者に言われた言葉と重なる。

 僕の中の何かが切れた気がした……。


「おぉぉお前がぁあぁぁあぁぁぁ!!!」


 素早く起き上がって剣を前に突き出し、目の前の男へぶつかっていく。

 男の動きは止まり、剣が地面に落ちる。

 首筋に生暖かい液体がかかり、目の前の剣からは血しぶきが溢れ僕の顔を真っ赤に染め上げていく。


「て……めぇ……」


 男は口から血を流して倒れこんだ。


 囲んでいた他の男たちはそれを見て一瞬驚いたものの、すぐに剣を抜き始める。


「てめぇ! よくもやりやがったな! ぶっ殺す!」


 男達が口々に罵る。

 その中の一人が剣を振り上げて斬りかかってきたけれど、一足飛びに男の胴体へ潜り込んで真一文字に胴体を真っ二つにする。


 僕のグチャグチャな心とは裏腹に、身体は鍛えられた動きを忠実に再現していた。


「―-フッ――フッ――……」


 その光景に誰もが委縮し、その場から逃げようと一歩また一歩と下がっていく。

 不意に最後尾にいた男の首が飛んだ。


「逃がすと思ったか?」


 師匠がフッと姿を現し、刀に血が付かないほどの鋭い振りで他の男達の首を飛ばしていく。

 残った男達も、僕と剣を交えることも出来ずに殺されていった……。



 生きている人間が僕たち二人だけになった時、辺り一面の血の海の光景に思わず剣を取り落とす。

 それだけでなく、服から髪に至るまで全身血まみれであることにも気づき、僕はその場で膝を落として両手で頭を抱え込んだ。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!!」


 そんな僕を見て、師匠は近づいて膝を曲げ、血で自分の着流しが濡れるのも構わずに抱きしめてきた。


「すまんのう。わしもやりすぎたと思っている……だがのう、剣を志し、剣に生きる者ならいずれはこういう道をたどらねばならん。お主は素直で優しい、それは美点じゃ。だがな……その美点はまさに命の危機に瀕した際には足かせとなる」


「うっ……うっ……」


「今お前が殺した男達と、これから戦いに行くモンスターどもは何が違う? どちらも人を襲い、人を食い物にし、人の幸せを奪う。こ奴らを生かしたところでまた同じことをするじゃろう。お主やお主の幼馴染のような者を生み出すのじゃ」


「うっ……」


「お主の剣は誰かを殺すのではなく、誰かを守る為に使ってほしい。わしの勝手な願いじゃ。殺しには慣れるな。いつまでもこの日の事を覚えておくがよい」


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――……」


 静かに語りかけてくる師匠の眼は穏やかだ。

 それを黙って聞いていた僕は、やがて感情を抑えられなくなり、堰を切ったように大声で泣き始めた。

 まるで生まれたての赤子のようだった……。



 暫く泣きに泣いた後、僕は近くにあった湧き水で血の付いた剣や服を洗い、替えの服に着替えた。


「師匠あの男達はどうしますか……?」


「放っておけばウルフが食ってくれるじゃろう……まぁその前にこの道を通った誰かがフッケに通報するかもしれんがな」


「もう街道を歩くのは無理そうですね」


「そうじゃな。予定通り森を突っ切るか」


 お互い静かに頷いた。


「師匠」


「なんじゃ?」


「取り乱して……すみませんでした」


「そんなことか、気にするでない」


「僕は……この日を忘れません。自分で初めて人の命を殺めた日の事を」


「そうじゃな……お前の剣が人殺しではなく人を守ることに使われるよう、わしはこれからもお前を鍛えていく」


「よろしくお願いします!」


 僕は心に誓った。

 自分の剣は決して人を殺すためじゃない。

 誰かを守る為に使うのだと……。


作品を閲覧いただきありがとうございます。

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