第一章 1話 変わらない日常
「あばよ。お前の顔なんてもう見たくねえ。さっさとどっかに行っちまえよ」
僕を見下すような声で……勇者が告げた。
そして締め上げている僕の首を掴んだまま、勇者は軽々と投げ飛ばす。
受け身を取ることも出来ず、何度も転がって正門の外へと弾き出された。
目の前で正門が閉まっていく。
その向こうでは、勇者が僕を見ながらせせら笑っていた。
「ああああぁぁ……」
涙が止まらない。
どうしてこうなったんだろう……。
ついこの間まではティアナと2人で楽しく過ごしていただけなのに……。。。
どこで道を間違えたんだろう……。
どうすれば……よかったのかな……。
遡ること4日前――
「ティアナー。そっちにもキュリア草はあった? 」
「なんとか二本あったわ……。でもこの辺りにはもう残ってなさそう」
惑わしの森と呼ばれる深い森の中、そこで薬草の一種であるキュリオ草を採取しているのは銅級冒険者の僕、リューシュと、同じ銅級の相棒で幼馴染のティアナ。
僕たちは物心ついた時からずっと一緒。
今でもこうやって二人で冒険者として頑張っているんだ。
僕は短い黒髪に黒い眼で身体つきは冒険者家業のおかげかけっこうガッシリしていると思う。
顔は……ティアナはかっこいいよとは言ってくれている。
ゴホン。
幼馴染のティアナの方は、サラサラとした艶やかな長い金髪で燃えるような緋色の眼。
顔立ちも良く、10人男性がいれば10人とも美人だと間違いなく答えるような女性で、僕なんかが幼馴染と言っちゃうのも気が引けちゃうくらい。
▽
僕はようやく見つけたキュリア草を根っこから丁寧に掘り出す。
キュリア草は葉に効能があるけど、根っこを傷つけちゃうと一気にしなびてダメになるから気を付けないとだめなんだよね……
よし! 上手く出来た!
「一応これで依頼分は確保かな」
「そうね、結構森の奥まで来てしまったし、これ以上長居するのは危ないから早めに帰りましょう」
ティアナも立ち上がってうーんと両手と背を伸ばす。
「キュリア草の状態は良かったから、これ全部で銀貨三枚くらいかな? 」
「あら? バッシュさんにおねがいすればもうちょっと積んでもらえるんじゃない?」
「バッシュさんはティアナには甘いからなあ……」
「ふふふ、私に甘いんじゃなくてリューシュに厳しいだけよ?」
ティアナのからかいに、僕はブスっとした顔になる。
「さあ、帰りましょう」
こうして僕たちは住まいのあるフォスターへの道を急ぐ……。
帰り道の道中、僕は前を歩くティアナを見ながら昔を思い返していた。
僕らが七歳の頃、忘れられない出来事があった。
村の周辺にファングウルフが住み着いたらしく、遠くの街の冒険者ギルドへ討伐依頼を出し、はるばる冒険者4人のパーティーが村にやってきた。
人間を襲うモンスターである、ファングウルフ相手では普通の大人じゃまず勝てる相手じゃない。でも冒険者達は颯爽と森に入っていった。そして数時間後には体中に返り血を浴びた冒険者が、何頭ものファングウルフの死体を抱えて森から帰ってきた。
その風景は僕たちの目に今も焼き付いてる。
その頃から僕たちにおぼろげながら将来の目標が生まれた。
――冒険者になろう!
そんな懐かしい過去を思い返していたら、あっという間にフォスターに到着。
僕たちはその足で街の中央にある冒険者ギルドへと向かった。
門をくぐればギルドまでは近い。
少し歩けばあっという間に到着だ。
そしてギルドに着いて目の前の扉を開けると、中には大人たちの騒がしい声が響いていた。
ギルドは酒場も一緒になっているんだけど、まだ閉門時間になったばかりなのにすでに飲んだくれてる人達だらけ。
「よし、着いた着いた。さっさと換金して宿に帰ろう」
「そうね。長いこと歩いてたからもう足もくたくたよ。さっさとお風呂に入って体を綺麗にしたいわね」
ギルド受付には豊かなあごひげを蓄え、体つきもガッチリしたおじさ――バッシュさんが座ってて、僕らを見ると手を振って彼らを呼び寄せる。
「おうお前ら! 無事に帰ってきたな! 」
「そんな大げさな……薬草採取で帰らぬ人になったらさすがに恥ずかしいですよ……」
「バカ野郎! 油断大敵というだろうが! 昔は薬草採取の途中でオーガに襲われて死んだ奴だっているんだ! 何事も注意を怠っちゃなんねえんだよ! 」
バッシュさんは力説しながら机をバンバン叩く。
いつもあんなんだと、いつか机が壊れると思うんだけどな……。
「それはそうですけど……」
「ふふっバッシュさん、いつもありがとうございます」
「おう! ティアナちゃん! ちゃんとリューシュの事見張っててやれよ! 」
「お気遣いなく。ちゃあんとリューシュの事は見ていますから」
ティアナが僕を見てクスっと笑う。
「なんだよ……二人して俺を子供みたいに……」
「実際お前らはまだまだ子供だろうが! 」
「「「そうだそうだ! 大人が子供を見守るのは当然だ! 」」」
いつの間にか酒場の酔っ払った大人達もバッシュの説教に同調して大声で叫ぶ。
フォスターは街とは名ばかりのほぼ村みたいなもので、王都からも離れてるから、新人はもっと規模の大きい王都やその周辺の街のギルドで登録してしまう。
フォスターに所属している冒険者はざっと十人くらいだし、仕事の内容も農家の手伝いや薬草採集、あってもファングウルフなどの討伐くらいで冒険者とは名ばかりの街の便利屋みたいなものだ。
二週間も歩けば大体の人に顔を覚えてもらうような街で、久しぶりの新人冒険者のティアナと僕はまるで自分達の子供みたいに扱いだ。
「さて、お前らへの依頼はキュリア草二十株の採取だったな? 」
「はい、しっかり採取してきました。確認をお願いします」
「どれどれ……」
バッシュさんは渡した布袋を受け取ると、中のキュリア草を手に取ってをまじまじと確認し始めた。
「……よし! 根っこもちゃんと持ってきてるし葉に傷もない! 完璧だな!」
「「ありがとうございます!」」
僕とティアナは一緒になってお辞儀をする。
「ほれ、二十株で銀貨三枚だな。と言いたいところだが……」
バッシュさんがニヤリとした。
「え?」
「ティアナちゃんが頑張った点に免じて銀貨一枚プラスだ!」
「ええー! ……僕も頑張ったんですが……?」
「お前は頑張って当然だ! もっと欲しかったらもっと頑張って薬草採ってこい!」
「ひどい……差別だ……」
隣のティアナを見ると俺と目を合わせて右目をウインクさせてくる。
くう! 美人はお得で羨ましいなあ!
そんなこんなで無事換金を終えた僕らはギルドと提携している宿、森の賢者亭へと戻った。
「明日はどうするの?」
「しばらく薬草採取ばっかりだったし、久しぶりに依頼は受けずに休みにしようか」
「そうね。装備の手入れもしたいし明日は仕立て屋などを回りましょう」
「そうだね。それじゃまた明日ねティアナ」
「おやすみなさい。リューシュ」
僕らの変わらない1日がまた終わる……
▽
翌日は森の賢者亭の一階にある食堂で二人そろって朝食をとる。
店主自ら焼いた白パンと猪の肉を煮込んだオニオンスープが今日の献立。
森の賢者亭の食事は美味しさもそうだが量もなかなかで食べ盛りの僕らにとってはありがたい食事だ。
「やっぱりここの食事は最高ね!」
ちぎったパンを頬張りながらティアナは嬉しそうに微笑む。
「さて、今日の予定の確認だけど、ティアナが行くのは仕立て屋のルイズさんと食料品店のアンナさんのとこかな? 」
「そうね。あなたの革鎧もほつれとかがあるし、一緒に持っていって見てもらうわ。その後は次の依頼に向けて保存食を買いこんでくるけど……あなたはいつものところ?」
「うん。バリーさんとこでまた剣の稽古! まだまだ弱いからね」
「私としては結構強くなってきたと思うけれどね」
「ははっ、ありがとう。でもティアナがもっと安心できるように強くなりたいんだ」
「ふふっありがとう」
さて、食事も終わったし、僕はティアナと話した通りバリーさんのとこに行かないとな!
▽
確かフォスター北側にある練兵場のベンチにバリーさんがいるはず……
あっいたいた!
僕を見かけるとバリーさんは白い歯を見せながら大きく手を振ってくれた。
「バリーさん遅くなりました。今日もお願いします」
「おう、リューシュ!今日もビシバシしごいてやるから覚悟しろよ! 」
「はい! よろしくお願いします! 」
「はっはっは! んじゃさっそく始めるぞ」
バリーさんは10年ほど前、王都の方で冒険者をしていたが、左腕を失い、右足も歩くときに支障が出るほどの大怪我をしてしまい、引退したそうだ。
僕はまず、バリーさんと同じように木剣を持って素振りを始める。
何事も基礎を怠るな。
フォスターに来て剣の稽古をつけてもらうため、初めてバリーさんに会った時に言われた言葉だ。
その言葉をいつも心に留めつつ無心で振り続けてる。
しばらく素振りを続けたところでバリーさんは木剣を下ろして僕を見た。
「よーし、素振りはそこら辺にして打ち合ってみるか」
「はい! お願いします!」
お互い向き合ったところで木剣を構え、僕が上段から打ち下した木剣をバリーさんは右手で持った剣で受け止める。
両手で木剣に力を籠めても、バリーさんの木剣を押し返せない。
まるで岩に向かって木剣を押しているみたいだ……
「はっはっは! まだまだお前みたいな若造には負ける気はせんぞ」
「ぐううっ……」
これではだめだと一旦後ろに下がって距離を取り、すぐに踏み込んで左からの横一閃で胴を狙うが、バリーさんは意図を読んで後ろに下がり、逆に打ち下ろしで僕の右肩に木剣を鋭く振り下した。
「そら! 一本だ」
「くそう……」
その後も色々な角度からの打ち込みでなんとか一本取ろうと努力はしてみたものの、その都度バリーさんにうまくさばかれてしまい、結局昼までかかった稽古でも一本も取れずじまいであった。
「ようし、今日はここまでだな」
「はぁ……はぁ……今日は……ありがとうございました……」
もうだめだ……全然動けない
目に汗がはいってしみるよ……
「最初のころと比べるとほんと上達したなあ」
「でもまだバリーさんから一本も取れていません……」
「そりゃ俺がお前から取られるようなことがあったら悔しさのあまり夜も眠れなくなるわい」
「くそおおお! いつか絶対取ってますからね!」
「はっはっは! 期待しないで待っておくぞ」
バリーさんと別れた後は、一旦森の賢者亭に戻ろうと思って歩き出したんだけど、ふと向こうを見たらティアナが歩いてくるのが見えた。
「ティアナ、どうしたの? 」
僕が近寄って話しかけると、ティアナも立ち止まって両手に下げた布袋を僕に見せた。
「ジョシュさんの所に革鎧は預けたし、買い出しも終わったからちょっとリューシュの様子でも見に行こうかと思って」
「ちょうど稽古も終わったところだよ」
「あら残念。リューシュがやられているところが見たかったのに」
「ひどいなあ、僕だって強くなったんだよ?」
ティアナが全然信じてないって顔してる……。
「じゃあバリーさんから一本は取れたの?」
「ぐっ……」
ティアナの急所を狙う攻撃! 僕は痛恨の一撃をもらってしまった!
「はいはい、じゃあ今度はもっとバリーさんに鍛えてもらいましょうね」
ぐぬぬ……反論できないのが辛い……。
森の賢者亭に戻った後は女将さんに桶を借り、井戸で水を汲んで身体を拭いた。
「うへえ……痛いなと思ってたらそこら中に痣が出来てるよ」
汗と砂で汚れた体を拭きながら僕は自室に一つだけある机の引き出しをじっと見つめる。
中には今までの依頼で稼いできた銀貨や銅貨が入ってて、ティアナとそれぞれ半分ずつ管理してる。
「あとどれくらい頑張れば目標の金貨五枚になるのかな……」
僕らの目的は冒険者になることだった。それはフォスターへ来てギルドに登録したことで果たされたわけだけど……。
じゃあ次の目標は?
って考えてたら自然と頭に浮かんで出てきていた。
冒険者になってお金を貯めて、畑を買って農業を始める。
そして……ティアナに僕の想いを伝える!
僕にとっては、歌や物語で語られるような偉業を成し遂げた冒険者とかなんて柄じゃないし、分相応な夢の方でいい。
「ティアナに僕と畑を持って一緒に農業しないか? って言ったらどう思うかな」
まだティアナにはそのことは伝えていない。
向こうは冒険者の生活を心から楽しんでいるようだし、それを遮るようなことを言ったら嫌われるんじゃないかと不安になる。
「……ティアナは僕のことをどう思ってるんだろう」
そもそもティアナと僕が釣り合っているのかという考えも、ずっと頭の中から離れることがない。
そこら辺にいるような普通な僕と、皆から美人ともてはやされているティアナ。
何気ない髪をかき上げる仕草や笑顔もいつも見慣れているはずの僕ですら時々はっとなるくらいだ。
僕がティアナへ好きだという事を伝えても断られるのではという不安が常に頭をよぎる。
――私、王都に行くわ、ここにいてもつまらない。さようなら――
ティアナはそんなこと……言わない……よな……?
「はぁ……」
またいつもの考えが僕の頭を支配し始める。
「こんな考えはやめとこう。僕もティアナも今が楽しいんだ。いつかその時が来たら聞けるさ」
と気持ちを切り替えて、夕食までの時間を暫くベッドで横になることにした。
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