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ヴァンパイア・ハンター

作者: 城田ろくみ

あの部屋は暗かった。光は崩壊かけの天井の隙間から差し込む物のみ。三日月のあまり明るくない光がその隙間から入り込む、でもそれはささやかな物。部屋の隅で丸くなるしかできない少女にとっては、部屋で一番明るい光は、反対側にいる男の目から輝く、赤い閃光のみ。


少女の同じ側には、一人の少年が男に向かって立っている。その手は一つの剣を強く握り、切っ先を男に向けている。失いかけの意識でも、少年の黒い瞳が怒りと真剣さで満たされていると、少女には分かる。


「お前はもう、どこにも逃げられない、俺がお前をここで倒す!」と、少年が叫ぶ。


少女は、悲しみの視線を少年に向けていた。残りの力を集めても、無駄だ。指一本も動かせない。どうあがいても、少女はあの少年を止められない。唇も動かずに、「逃げて!」なんて叫ぶ力はない。今の少女に出来ることは、心の内に「死なないで」と祈るだけ。


「お前のような餓鬼に何ができるって言うんだ?お前など私に勝てるわけがない」


男は笑んだ。少年は、歯を食いしばる。


次の一秒はとても長く感じられる。少年は汗だくになり、体中の乾いた血を拭っている。男はまだ笑んでいる。少女は、残りの力を全部意識を維持する事に使う。この戦いを最後まで見届けるために。


冷たい空気と静寂が部屋を満たす。何秒も経ったけど、少年も男も動かない。少年は出来る限りの空気を吸い込んで、そして少しずつ吐き出す。肺の空気が薄くなったら、もう一度空気を吸うから剣を構え、そして叫ぶ。


「死ね、ヴァンパイア!」


次に起こったことは早かった。少年は五十メトル離れた男に向かって走り出す。男の口角はもっと上がり、そしてやっと自分の剣を鞘から抜く。次の瞬間、キーンという甲高い音が聞こえた。少年と男の剣は、ぶつかり合った。


少年は後ろに飛び、それから横に走り、男の左側を襲う。でも、男はまた剣で攻撃を阻み、またキーンと聞こえた。少年は剣を下に動かして、すぐ上に引いて、男を二つに切るという狙いだ。だが、剣が男にあたる前に、男は後ろに飛び、二人の間に十メトルの距離を与えた。


今度は、少年が笑む番だ。その事に気づいた男はまた後ろに十メトル飛んだ。が、立った場所が爆発して、男をもっと後ろに飛ばした。次の瞬間に、落ちた場所にまた爆発が起きて、男を前に飛ばす。そして男は、少年から四メトル離れたところに落ちた。


男の背中には酷い火傷だった。ヴァンパイアである男は胃の上に横たわりながら火傷を直すために再生能力を発生した。それでも少年は、男に近づく。


「止めだ!」


叫びながら、少年は剣を男の背中に目掛けて刺す。剣は、男の胸を抜けたまで刺されている。男は、もう一度笑んだ。


少年は気づかなかった。男がまだ剣を握っていることに。一瞬で、男の右手は早く動き、剣を少年に刺す。少年は胃の左下部分を刺されていて、剣を握っていた手の力がなくなり、剣を手放すことになった。男は、左手を使って、背中に刺さっている剣を抜くから、ゆっくりと立ち上がる。


男の背中にある火傷は、もう感知している。刺された傷も少しずつ再生されている。少年は、驚きで目を見開く。震えた唇で、少年は小さい声で言った。「ありえない」と。


「ははは」と、男は笑いながら、膝に落ちた少年の近くに少年の剣を投げた。


「残念だったな、餓鬼。お前の目を見て、お前の狙いが私の心臓だと分かる。なら、よけきれなくても、心臓に当たらないように少し体をずれればいいのだ」


「そんな馬鹿な!お前は爆発で麻痺しているはずだ!」


「は、私を誰だと思っている?普通のヴァンパイアなら確かに麻痺しているだろうけど、忘れるな餓鬼。私は王族級ヴァンパイア、吸血鬼王のゲルーバ・スミスだ。あんな小賢しい真似は効かないさ」


「吸血鬼王…ゲルーバ・スミス…くそ!」


少年は、わずか残っていた力で悔しがる。それを見た男は無言で近くの壁に向かって殴る。壁は崩壊して、新たな出口を作る。三日月の明かりは男に差している。男は唇を動かして何かを言ったから部屋を出た。だが、少年は男が何を言ったのかは分からなかった。少年も、少女も、その時はすでに意識を失っているからだ。


***


旭日あさひ高校は名高い私立高校である。ほぼすべての生徒は、貴族の血筋か金持ちの家の子供たちだ。それに、吸血鬼復活時代から、旭日高校は一流の守りを提示している。だから、国の偉い人達は子供を旭日高校に通わせる。


あの日から七年が経って、当時高校生だった少女、御崎みさき愛美まなみは母校でもある旭日高校に英語教師として働いている。三年目の務めである今年から、愛美は1年B組の副担任として任されていたんだ。だが残念なことに、この1年B組には問題児がいる。


霧島きりしまゆう。それが1年B組の問題児の名前だ。霧島家は全員がヴァンパイア・ハンターだからハンター家と呼ばれている。それで、霧島家の子供たちは普通、樋沢ひさわハンター育成高校に通っているはず。


だから、みんなは疑問に思っている。なんで悠は樋沢じゃなく旭日に通うのかを。だが、悠自身は近づくなオーラを醸し出して、話しかけられても無視するのでクラスメートたちには嫌われている。それに、悠は授業のほとんどを寝過ごしているから、1年B組の担任を含むほとんどの先生たちにも嫌われている。


それでも、愛美だけは悠を諦めたくない。他が悠を無視しても、愛美だけがいまだに悠を説得しようと頑張っている。それでも悠はずっと愛美を無視しているけど。


あの日、愛美は1年B組で英語を教える時間だ。いつも通りに、悠は教室で寝ている。愛美は悠を起こそうとしているけど、悠は全然起きない。授業を遅らせるわけにはいかないから、数分経って悠が起きなくても、愛美は諦めるしかない。


そして、授業の途中に、警報が鳴った。


『警告します。旭日高校の全生徒及び教師とスタッフの方々。ヴァンパイアが一匹旭日高校に向かっているため、全生徒及び教師とスタッフの方々は避難所に向かうべきとお伝えします。繰り返します、…』


その警告を聞いた生徒たちはパニックに落ちた。若い者の血が好きなヴァンパイアにとって、学校という場所は格好の的だ。だが旭日高校にとっては、四十年ぶりの攻撃だ。


「みんな、落ち着いて!騒がせずに並んで!みんなで一緒に避難所に向かうよ!」


愛美の言われた通りに、1年B組の生徒たちはおとなしく列に並んでいる。みんなが揃ったと思われる時、愛美がリードして避難所に向かっている。避難所に到着したら、1年B組の担任である中本なかもと先生と合流する。それで、生徒の数を数えている中本先生はある事に気づいた。


「あれ?霧島悠がいない?」


その事を聞いた愛美は、嫌な予感がする。


「まさかあいつ、まだ教室で寝ていて、警報も聞こえずに…」と心配そうに委員長の少女が言った。愛美も、同じことを心配している。


「中本先生、私、教室に戻って確かめてきます!」


「待って、御崎先生!危険です!ヴァンパイアはもう、校舎内に入っているかもしれないですよ!」


「ならなおさら、私が戻らなければなりません!霧島君が危ないです!」


そう言った愛美は、中本先生と生徒たちが止めても無視し、教室に向かうべく走り出した。


教室のいる廊下に付いたら、その廊下はとても静かで、愛美の嫌な予感をいっそ強くさせる。だから、1年B組の教室の中に、デスクに静かに寝ている男子生徒を見た時、愛美はとても安堵した。


「霧島君、起きて。お願い、起きて。今危険なの、速くいかなきゃ。本当にお願い、起きて、霧島君」


愛美は、悠の体を揺さぶりながら起こそうとしている。その様子がいつもより必死だからなのか、悠はすぐに起きる。


「よかった、やっと起きたね、霧島君。さ、行こう」


愛美は悠の手を引こうとしたが、悠は全然動かない。愛美のか弱い力でそんな悠を弾くことはできない。


「御崎先生、なんかあったんですか?みんなは?」


今起きたばかりでも、何かよからぬものが起きているという事はさすがに悠でも察する事は出来る。


「ヴァンパイアがこの学校に向かっているの、さっき警報が鳴ってね。でも霧島君は寝てたから聞こえなかったかもしれない。みんなはもう、避難所にいるよ。だから私たちも早く避難所に向かわなければ」


それでも悠は動かない。


「残念だけど先生、もう遅いみたいだよ」


愛美がそれに反応する前に、誰かが教室に入った足音が聞こえた。


「カッカッカ。お前、タダモノじゃねえな。オレの気配を感じれるなんて、やるじゃねえか」


入ってきたのは陶器のような白い肌をした大男だ。タキシードにカウボーイの帽子と言う変な恰好をしているけど、一番目を引くのはその赤く輝く瞳である。


「ヴァ、ヴァンパイア…」


愛美は怯えで震えている。それでも、先生として、生徒である悠を守ろうとして、さりげなく背中に隠す。このことに気づいた悠は、口角を上げる。


「なんだ、人間?ほう、お前、うまそうな血してるな」


それを聞いた愛美の怯えは増したが、愛美は一つの決意をした。


「分かりました。私の血は差し出します。その代わり、この子を逃がしてあげてください」


「このオレに取引をしようなんて、いい度胸じゃねえか、人間よ。だが気に入ったぜ。よいだろう、その餓鬼は逃がしてやる。だから、お前からこっち来いや」


その男は、下卑た笑みを浮かべた。愛美は、気持ち悪く思いながらも、悠と繋いだ手を離し、ヴァンパイアの男に近づく。でも、一歩を踏み出したら、悠の声によって遮られた。


「テキーラ・ランデール」


「なっ!」


明らかに驚いた様子の男に愛美は呆然とし、動かない。


「お前、何者だ!なぜオレの名前を!」


「やっぱりな。先生、もう大丈夫ですからこっちに戻って」


「霧島君?君、何を…?」


「そういえば俺、初日にちゃんとした自己紹介してなかったっけな。ちょうどいいや、先生にも、あちらの吸血鬼さんにも自己紹介するよ」


そう言った悠は、胸ポケットから漆黒の鋼のプレートを取り出す。そのプレートには、ハンター協会の模様が刻まれている。このプレートの意味、愛美もヴァンパイアの男も、分かっているはず。


「俺は、ハンター協会東京支部所属、S級ハンターの霧島悠だ。伯爵級ヴァンパイア、テキーラ・ランデール。お前がこの学校を狙っているを事前に調べ、被害を防ぐためにこの三か月この学校に待機していたのだ」


「んな馬鹿な!オレはこの学校を狙い始めたのは一週間前だぞ!」


「S級のハンターなら予言のタリスマンを使えるってお前も知っているんだろう」


「それでもありえないだろ!三か月先の予言なんて聞いた事ねえ。そもそも、お前のような餓鬼がS級ハンターなわけねえだろ!」


「そうですよ、霧島君!ハンターの年齢制限は十八歳のはず。霧島君はまだ、十五歳だよね?」


「あれ、先生って誰の味方?ま、いいけど。俺は、実践の成果を持っているから特別に認められている。それにその実践の成果がちょっと特殊で一気にS級になったってわけ。これで納得?」


「納得できるわけねえだろ!お前なんかオレが一瞬で殺してやる!」


「お前、面白い事を言うんだな。でも、やるなら外に出てからにしてくんない?俺、手加減する自身ないからさ、ここでやったら教室を壊すことになっちゃうんだ。そんで修理の弁償は俺の財布から出さなきゃいけないから嫌だ。お前を倒す報酬では足りないからな」


「テメエ、もう勝ったような口ぶりだな、生意気な!が、オレも外にいるほうが得意だ!良いだろう、外に出よう!テメエのその自信、とことん折ってやる!」


そう言った男は、窓から見えたフィールドに降りた。


「え、ここ四階…」


それを見た愛美は不思議にしているけど、悠は普通。


「あれはヴァンパイアですよ、先生。あれくらいなんてことない。ま、俺たちは普通に階段から降りましょ」


「え、私も行くの?」


「はい、見届けをしてもらいたいので」


「見届け?」


「あとで分かるですよ」


それから二人や、ゆっくりとは言えない歩幅で、フィールドに向かっている。以外とおとなしく待っているヴァンパイアの大男テキーラは、両手にナックルを装備している。


「お待たせ。さ、やろう」


そう言う悠は、手にタリスマンを持っていて、武器の類のものは何も持っていない。


「テメエ、舐めてんのか?テメエの武器は?」


「お前ごときの相手じゃ必要ない」


「テメエ!」


怒りが増したテキーラは、拳を握り、悠を殴ろうとする。でも、その拳が悠に届く前に、テキーラは雷に打たれてた。悠はいつの間にか雷のタリスマンを飛ばしたようだ。テキーラは悲鳴を上げたが、雷が消えた時に、火傷一つすら残っていなかった。


「は、これくらいの雷ならかゆいだけだ!」


「そう見たいだな」


でも、悠の狙いはただテキーラの油断を誘うだけだった。そして狙い通り、テキーラは油断したようだ。テキーラは勝ち誇った笑みを浮かべ、悠を挑発した。


「は、この程度ならオレが殺すまでもねえな。ほら、かかって来い。その顔が絶望で満たされたら、止めを刺してあげてやる!」


テキーラは自分から攻撃しないと宣言した。悠にとって、それは都合がいい。


悠は、タリスマンを七枚テキーラの方に飛ばした。その数から何か察したテキーラは、逃げようとしたが、遅かった。七枚のタリスマンはテキーラを囲い込み、テキーラを目掛けて雷を放った。永遠とも感じられたが、実際雷の攻撃は一分だけだった。


テキーラは、地面に伏せた。自分の内臓のほとんどが焼かれているのを感じる。そして致命的のは、心臓まで焼かれていたことだ。再生能力だけじゃもう自分は助けられないと悟った。ならどうすれば助かるとなると、人間の血を吸う事だ。そう考えると、自然とテキーラの視線は愛美に向けている。だがその視線は、すぐに悠に阻まれる。思ったより近くにいる悠を見たテキーラは、自分の最後を悟った。


「さよならだ、テキーラ・ランデール伯爵」


そう言う悠は、手に持っていた最後のタリスマンをテキーラの体に落とす。次の瞬間、テキーラの体は燃え出す、そしてすぐ灰になっていなくなった。


「すごい」


あっという間に終わった戦いを見て、愛美はただ呆然としているだけだ。


「これくらい、どうってことないですよ、御崎先生。ま、これで俺のここでの仕事は終わったので先生にもさよならです」


「え?どういう事?」


「さっきも言ったでしょ?俺はあのテキーラっていうヴァンパイアを待ち伏せするためだけにこの学校に入学したんです。だから、もうあれを抹殺した今、俺がこの学校にいる必要はなくなる。明日からは樋沢に転校するつもりです」


「え、そんな。でも、みんなとはまだ仲良くなれてないのに」


「最初から転校するつもりから仲良くする必要はないと思ったんで。実はテキーラも誰にも知られないで殺して、誰にも何も言わないで学校をつもりだったんですが、御崎先生を見て気が変わった。この学校を去る前に、御崎先生には一つだけ、言いたかったことがあるから」


「え、私に?」


「そうです。入学してから色々助けてくれてありがとう。それと…無事でいて、良かったよ、おねーちゃん」


最後の方に悠の雰囲気が変わった事、愛美は感じた。そしてその台詞の意味を、悟った。


「まさか、君が、七年前の…?」


でも、その質問に、悠は答えない。悠はただ笑って、そして手を振りながら踵を返した。まだ信じられない気持ちでいる愛美は、悠を追わない。


「ちょっと待って、霧島君」


でも悠は振り返らなかった。それどころか、携帯を取り出し、どこかに電話をかけた。


「もしもし、父さん?いや、ハンター協会会長。予定通りテキーラ・ランデールを抹殺したよ。それとついでに旭日高校にある守りの結界も強めておいたよ」


「そうか、お疲れ。なら、お前は早く戻って来い。そろそろお前の胃にある結界も強めないといけない時期だからな」


「ああ、今すぐ帰るよ。吸血鬼王を殺す方法をまだ見つかっていない今、俺だって彼奴に見つけられたくないから」


それだけで、電話は終了。


そして、このことを千里眼の能力で見ていたゲルーバ・スミスは、あの日言った事と同じ台詞を呟いた。


「さあ、早く私を殺せるようになって。私は、君に殺されることをずっと楽しみにしているから」


もちろん、悠はこの呟きを知る由もない。

読んで下さってありがとうございました。


色々分かりにくいかもしれませんが、いずれ続きをかけるといいな…


おまけキャラ紹介


霧島きりしまゆう

主人公。前半は八歳の少年、後半は十五歳の高校生。ハンターとしては天才、S級。


御崎みさき愛美まなみ

普通の人間。前半は十八歳の少女、後半は二十五歳の英語教師、そして悠の副担任。


ゲルーバ・スミス

吸血鬼王。一番OPな奴だと思っていいです。


中本なかもと先生

悠の担任。


テキーラ・ランデール

伯爵級の大男ヴァンパイア。三十歳以下の女性の血が大好き。


悠のお父さん(名前考え中)

悠のお父さんでハンター協会会長。実は悠より弱いけど経験の方が多いから悠ままだお父さんに勝てない。

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