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17:姉妹のもつれた糸

 ――反省はしている。

 配慮に欠けていたなとは思っている。

 でも、後悔はしていないし発言を撤回するつもりはない。


(何度聞かれたって、わたくしはきっと同じ回答をするわ)

 だってあの答え以外にはありえない。エミーリアは未来の王妃として間違った答えを出すわけにはいかないのだ。


「……私と一緒にいるのに考えごとかしら?」

 美しい声が少し不満げな響きをもってエミーリアに問いかけてくる。あ、と思ったときには遅い。

 レオノーラの紫紺の瞳がじとりとエミーリアを見つめていた。今はレオノーラとヴィオレット宮の庭を散策しているところだったのだ。

 まだ少し肌寒さはあるものの、春の花がちらほらと咲き始めている。冬が終わったんだなと感じられる陽気だ。


「も、申し訳ございません……」

「ま、かまわないけど。そんなに考え込むようなこと?」

 レオノーラの機嫌を損ねてしまえば本来は国際問題にもなりかねないのだが、上の空だったエミーリアに対してレオノーラは意外と寛大だ。

「その……」

 レオノーラはすっかりエミーリアに対して気安くなった。それこそもう一人の姉のようだ。マティアスと良好な関係であると初日に示せたのが良かったらしい。

 だから思わずエミーリアは本音をぽろりと零した。


「……姉を、傷つけてしまったようで。でもわたくしは、考えを変えるつもりはないんです」

 ふぅん、とレオノーラは興味なさげな声を出しながらもエミーリアの顔をじぃっと見つめた。

「もともと仲が悪いってわけじゃなさそうね。喧嘩にでもなったの?」

「そういうわけでもなくて……その、例え話なんですが、姉が陛下に婚約者であるわたくしと国民すべての命、どちらかしか選べなかったらどちらをとるかという話をしまして」

「あら、それは私も気になるわ」

 レオノーラの目がきらりと光る。しかし残念ながらレオノーラが気になる答えというのはわからないままだ。


「陛下が答える前に『そんなことになったら陛下が決断する前にわたくしは命を絶ちます』と言ったんです」

 だから陛下のお気持ちはわかりません、とエミーリアは謝罪の意味も込めて告げる。レオノーラはぱちぱちと驚いたように瞬きをした。

「あなた、なかなか好戦的よね」

「そ、そうでしょうか……そんなつもりはないんですけれど」

「その発言で傷つけてしまったということ?」

「そう……だと思います。でもわたくし、撤回はしません」

「そうね。王妃としては正しい答えだわ」

 私だってそうするもの。レオノーラははっきりとエミーリアの答えを肯定する。

 少しだけほっとした。同じ王妃という立場のレオノーラに認めてもらえて、間違っていなかったと再確認できる。

(でもわたくしは、お姉様を傷つけたかったわけじゃないのよ)


「……姉は、おそらくわたくしを心配してくれているんだと思います」

 春からがらりと環境が変わるエミーリアのことを、おそらく家族のなかで誰よりも気にかけてくれている。

「姉にとっては、わたくしはいつまでも小さな末っ子のエミーリアなのかもしれません」

 そんなに頼りなく見えるだろうか、とときどき不安になる。エミーリアは頑張ってきたことでマティアスの婚約者となったから、もしかしてまだまだ足りないのだろうかと。


「それはそうでしょうね。しかたないわ、あなたは永遠に妹だし、姉はずっと姉だもの。気にかけてしまうんでしょ」

「レオノーラ様もですか?」

「そうよ。まぁマティアスにとってはいい迷惑みたいだけど」

「そ、そんなことは……」

 あるかもしれない。だがそれは素直に言葉にするわけにもいかず、エミーリアは苦笑いで誤魔化した。


「良ければ連れて来るといいわ。あなたのお姉様を」

 明日の天気は晴れらしいわよ、というくらいの雰囲気でレオノーラはあっさりとそう言った。

「……え? えっと……姉をですか?」

「そうよ。こういうのは第三者がいたほうがいいの」

 どうやらレオノーラは仲裁に入ってくれるらしい。いや、喧嘩をしたわけではないから仲裁というのも語弊があるが。

(……きっかけがないと、お姉様と話す時間がないのは事実だわ)

 そのきっかけにレオノーラを使っていいということなのだろう。


「早ければ早いほどいいわ! 明日温室でお茶にしましょう。新しい薔薇とやらができたんでしょう?」

「えっあの、薔薇についてはそうですけど、あ、明日ですか!?」

 いくらなんでも急すぎるのでは!?エミーリアはまだしも、コリンナにも予定というものがるはずだ。

 しかしレオノーラは「そうよ明日よ」という顔をしていて、変更は認めないらしい。

(……陛下がレオノーラ様を苦手としているの、こういうところだと思うわ……)





 慌ててエミーリアがグレーデン侯爵家へ使いを出したおかげが、翌日、コリンナは無事にお茶会に参加できることとなった。

「急にごめんなさいお姉様……」

「今日は大きな予定はなかったもの。ちょうど旦那も城に来る用事があったらしいし」

 顔を合わせたら気まずくなるかと思ったが、レオノーラの無茶ぶりのおかげでそうでもない。


(もしかしてそこまで計算されていたのかしら……?)

 ひとまずコリンナと一緒に温室へと向かう。レオノーラは先に向かっているらしい。


「エミーリア様、リンハルト公爵夫人より招待客についての問い合わせがございました」

「お手紙かしら? 午後にお返事をするわ。急ぎなら陛下に確認していただいて」

 道中、テレーゼや他の女官が失礼しますと一言断りつつもエミーリアに確認をとる。結婚式の準備のため城にいることも増えたので女官や文官には顔見知りができた。


「……すっかり王妃様みたいね」

「えっ……そ、そうですか?」

 そんなエミーリアを見ていたコリンナがそう呟く。特に意識していたわけではなかったので、エミーリアはちょっと恥ずかしくなってきた。

(や、やるべきことをやっていただけなんだけど、他の人から見たらそんなふうに見えてるなんて……!)


「私は誰かのために頑張ろうとは思えないんだけど、エミーリアは違うのよね。だからきっと、王妃にむいているんでしょう」

 ため息混じりにコリンナがそう言ったので、エミーリアは「はい?」と首を傾げた。

「他人とかどうでもいいもの、私は」

 姉妹なのに似てないわよねとコリンナは笑う。

「でも……」

(お姉様はいつもわたくしにはやさしかったわ)


 コリンナはエミーリアのことを大事にしてくれた。もちろん他人ではなくて家族だけど、どうでもいいなんて思われたことは一度もなかったと思う。

「わたくしがたくさんの人のために頑張るのは、きっとお姉様に大切にされてきたからです」

 誰かにやさしくされることを知っている。誰かに愛されることを知っている。だからエミーリアは、それを他の人に知ってほしいと思う。


「お姉様のおかげです」


 にこにことエミーリアがそう告げると、コリンナは頬をほんのりと赤くして「もう」ど唇を尖らせた。

「そんなふうに言われたら、やめなさいとは言えなくなっちゃうわ」

 エミーリアが望んでやっていることを止めるつもりはないくせに、コリンナはわざとそう言うのだ。


 絡んでいた糸が解れていくみたいだった。姉妹は顔を見合せて小さく笑うと、またゆっくりと並んで歩き始めた。



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