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6:初対面

 エミーリアから届く手紙には、いつもやさしく穏やかな文字でマティアスの手紙の返信や近況などが綴られている。

 少し前ならば近況程度は直接会う時に話していたのだが、近頃は一週間に一度、ゆっくりとお茶をする時間をとることも難しい。顔を合わせるだけなら何度かあっても、少し会話をしただけでそれぞれ執務などに戻らなければならなくなる。

 素直に白状するなら、足りない。まったく、全然、ちっとも、エミーリアとの時間が足りていない。それでもマティアスが大人しく我慢していたのはそれがエミーリアと結婚するために必要なことだったからだ。


『緊張はしていますが、レオノーラ様とお会いできるのは楽しみです』


 エミーリアからの手紙にはそう書かれていた。

 ――そう、今日はエミーリアがレオノーラと会うことになっている。マティアスは会う暇がないというのに。

 レオノーラは本来の予定よりも半月近く早くアイゼンシュタット王国へとやったきた。それが三日ほど前のことである。

 もちろん無茶ぶりをしてきたとはいえ実姉がやってきたのだ、マティアスもきちんと彼女を出迎えた。頭の中で『仮にも隣国の王妃だ』と魔法の呪文を何度も繰り返して怒りを鎮めることに必死だったが。

 レオノーラはというと、一昨日はここまでの道中の疲れをゆっくり癒し、昨日は叔母のベアトリクスと会ってすっかり楽しそうに過ごし、そして今日である。

「……なんで俺は会う暇がないのにノーラがエミーリアに会えるんだ?」

「はいはい。あと半月もすれば毎日一緒にいられますから」

 姉への憎しみ半分苛立ち半分で呟けば、ヘンリックが呆れたように宥めてくる。そのセリフももう何十回も聞いた気がする。つまり何十回も同じようなことをマティアスが言っているということになるのだが、そうでもしないと腹が立ってしかたなかった。

 ため息を吐き出しながらマティアスはエミーリアからの手紙にもう一度目を落とす。

『マティアス様もお忙しいでしょうが、きちんとお食事はとってくださいね。甘いものだけですませてはダメですよ』

 最後はそう書かれていた。

 思わずくすりと笑ってしまう。この頃の手紙はいつもそういう文で締めくくられていた。食事を抜かないように、きちんと睡眠はとるように、まるでマティアスがそれらを忘れて執務に没頭することを知っているかのように。

 ……もうすっかり自分の妻みたいだな、と思ったのはマティアスだけの秘密だった。

 ふぅ、と天井を仰ぎため息を吐き出す。

 この書類の山をひとつ片付ければ、エミーリアに会う時間を少しは捻出できるかもしれない。そう思いながらマティアスはペンを握り直した。



 レオノーラ・フォルジェはそれはそれはうつくしい女性だった。

 緩やかに波打つ艶やかな金の髪と、タンザナイトのように輝く紫紺の瞳。白い肌はしみも皺もなく、まるで少女の頃のような清らかさがあるのに豊満な身体は魅惑的な女性そのもので。


(……愛と美の女神様ってこんな見た目なのかもしれないわ)


 思わず見惚れてしまいそうになるが、エミーリアはにっこりと微笑みゆっくりと丁寧に礼をする。背筋はまっすぐに、片足を引いて膝を曲げるだけの動作は一見簡単なのに、優雅に見せるにはかなりの練習が必要なのだ。

 同席しているベアトリクスから紹介はされた。そしてこの場は一応、国としては非公式の場である。つまりレオノーラはフォルジェ王妃としてではなくただのマティアスの姉として、エミーリアと会うことを望んだのだ。


「エミーリア・シュタルクと申します。お会い出来て光栄です」

「レオノーラよ。……マティアスとはけっこう年が離れているのね」


 気が強そうな、それでいて華のある艶やかな声だった。しかしその声には少し棘がある。

 見定めたいと思っている――エミーリアはベアトリクスが以前に言っていた言葉を思い出した。まさに見定めようという声と目だと思う。

 しかしそれは想定内だ。どれだけ棘があろうと冷たかろうと、怯えることはない。

「陛下とは十歳ほど離れております。わたくしは今年で十八歳となりますので」

 ふぅん、という相槌をしながらレオノーラは上から下までじぃっとエミーリアを見た。今日のドレスは自分の瞳の色に合わせたグリーンのドレスだ。早春を意識してドレープの下の生地は小花柄になっている。

(陛下をイメージしたドレスを初対面で着るのはちょっと主張しすぎだし、背伸びして大人っぽいドレスを着ても不格好になるだけだわ)

 結婚後ならば人妻として王妃として相応しい装いがあるが、今はまだ十代の少女である。今だからこそ着ることのできる可愛らしいドレスの中で一番エミーリアに似合うものだ。

 姉のコリンナや、それこそ目の前のレオノーラのように圧倒的な美貌をもつわけではないエミーリアは、色っぽいドレスは似合わない。やわらかい色合いの可愛らしいドレスが一番似合う。

「若いけどしっかりしている子よ」

 ベアトリクスが紅茶を飲みながらもフォローを入れてくれる。これはやんわりとベアトリクスはエミーリアを認めている、という意思表示になるのだろうか。

「ありがとうございます。公爵夫人がいつもお力添えしてくださるからこそですわ」

 ベアトリクスの言葉を素直に受け取るものの、自分だけの力ではないことをしっかりと付け加えておく。エミーリアとベアトリクスのやりとりをじっと見つめて、レオノーラは何も言わなかった。


(もっとおしゃべりがお好きな方かと思っていたのだけど、違うのかしら?)


 それとも今日はベアトリクスとエミーリアのやりとりを見て観察したいのだろうか? ……非公式とはいえ、向こうから呼んでおいてこの扱いもなかなか問題があるとは思うが、エミーリアは顔に出さずに席についた。

 もしかしたら人見知りなのかもしれないなんてやさしい予想をしつつ、この場にベアトリクスが居ることに感謝する。いきなり初対面で二人きりだったら会話が持たなかっただろう。



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