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2:不測の事態

 その日、エミーリアは王城の一室でひたすらに資料とにらめっこをしていた。


(エヴラール王国からは王太子夫妻が、ヴェランデル王国からは特使の方。フォルジェ王国は陛下のお姉様であるレオノーラ様と国王陛下がいらっしゃる……)

 並んでいるのは結婚式の招待客に関する資料だ。国内の貴族については既に頭に入っているので、国賓となる人々についてもう一度確かめていた。

 エミーリアはまだマティアスの婚約者であって、王妃ではない。しかし結婚式ではマティアスと共に国賓を迎える側になるため、こうして王城の一室を借りてあれこれと知識を詰め込んでいるのだ。

(国賓の方々のお名前も覚えたし、国に関しての予備知識もどうにか。……他にも調べておいた方がいいことはあるかしら?)

 アイゼンシュタット王国から出たことのないエミーリアは、諸外国について伝聞でしか知らない。いくら知識を詰め込んでも不安は拭いきれなかった。

(わたくしの失態ひとつで国同士の問題になりかねないんだもの……)

「気が抜けないわね……」

 ふぅ、とエミーリアは小さくため息を吐き出した。きっと不安はどうしたって残るし、緊張もする。かといって手を抜けば不安は増すだけだ。

 コンコン、というノックの音にエミーリアは顔を上げた。

「はい」

 エミーリアが返事をしたあとに現れたのはテレーゼだ。ハインツェル訪問以降、こうしてエミーリアが王城に来ているときは彼女が身の回りのことをしてくれている。

「失礼いたします。エミーリア様、陛下がお呼びです」

「陛下が?」

 珍しい、とエミーリアは目を丸くする。

 結婚式の準備のためにエミーリアが王城にやってくることは多いが、マティアスも多忙な身のゆえそのたびに顔を合わせるということはなかった。以前のようにエミーリアがくるたびにマティアスのもとへ知らせがいっているわけでもない。お互い、やるべきことはきちんとまっとうしなければというのが真面目な二人の共通の認識である。

 つまりマティアスがわざわざエミーリアを呼んでいる、ということは、何かしらエミーリアに伝えなければならないことがあるということだろう。それも、直接言わなければならないような。

(……何か問題でも起きたのかしら?)

 エミーリアは不安げに眉を寄せ、そっと立ち上がる。

 息を吐き、呼吸を整えるとすっと前を見た。王城で不安げな顔を晒すわけにはいかない。エミーリアは未来の王妃として振る舞わなければならないのだ。


「陛下の執務室へ向かいます」

「かしこまりました」


 背筋を伸ばし、しゃんと立って宣言する。エミーリアのあとにはテレーゼと護衛の騎士が何も言わずについてくるのだが、このことにも少しずつ慣れなければならない。





 マティアスの執務室には、当然のことながらマティアスがいて、ヘンリックがいる。そしてそこには一人予想外の人物がいた。

「お久しぶりね」

「リンハルト公爵夫人……お久しぶりでございます」

 にっこりと微笑むうつくしい女性は、マティアスの叔母であり元王女でもある、ベアトリクス・リンハルト公爵夫人だ。

(公爵夫人がいらっしゃったからわたくしを呼んだ……わけではないわよね?)

 マティアスはベアトリクスを苦手としているものの、こんなことでエミーリアを呼びつけるような非常識な人ではない。

 どういうことだろうか、とエミーリアがマティアスを見ると、彼は眉間に皺を寄せ重々しくため息を吐き出している。

「……困ったことになった」

 マティアスが疲れ切った顔で口を開く。

「困ったこと、ですか?」

 エミーリアは首を傾げて問い返す。マティアスにしては随分まわりくどい言い方だ。


「……ノーラが……フォルジェ王国王妃が既にこちらに向けて出立していると連絡を受けた」

「え……」


 マティアスの発言にエミーリアは硬直した。その言葉を理解するのに数秒かかった。その隣でベアトリクスは広げた扇の下で「あらあら」と目を丸くしている。

(ノーラ……レオノーラ様が、既に出立された……?)

 どういうことだろう。

 結婚式まではまだ日数がある。 遠方の国ならともかく、隣国であるフォルジェならばまだ出立するような時期ではない。

「そ、それはええと、道中フォルジェ国内の視察などをされるのでしょうか?」

「いいや。王妃一行のみがまっすぐアイゼンシュタットに向かっている」

 マティアスの沈痛な表情とその言葉にエミーリアは思わず「どうして!?」と叫びたくなる。

(ええとフォルジェ王国は隣国だもの、既に出立されているのならあと一週間程度で到着してしまうのでは……!?)

 アイゼンシュタットまでの道のりを考慮したとしても、早すぎる出立だ。

「予定よりだいぶ早いご到着ですよね……?」

「半月は早い。あのノーラのことだ、久々の祖国だからとフォルジェ王や周りを言いくるめたんだろう」

(言いくるめる前にこちらに相談していただきたいのですけど!?)

 王妃一行ということはフォルジェ王は予定通りにやってくるということだろう。王妃だけが先にやってくるなんて話、聞いたことがない。

「向こうではきちんと大人しくしていたようだけど」

 ベアトリクスがのんびりとそんなことを呟いている。

 マティアスは非常識な人ではないが、マティアスの姉であるレオノーラはなかなか非常識な人らしい。

「警備に関しては今から調整する。滞在場所はもともとノーラの使っていたビオレット宮を準備しているから問題はない。それより……」

「半月も他国の王妃を放置するわけにはいきませんね……」

「……それだ」

 たとえマティアスの姉であったとしても、今はフォルジェ王国の王妃である。当然国賓として扱わねばならない。

 血縁とはいえ、当初の予定では他の国と同様の扱いをする予定だった。違いがあるとすればマティアスとエミーリアと個人的に顔を合わせる時間を作ろうかどうかと確認していたという程度だ。

「……ナターリエ様に早めに王都に来ていただきますか?」

 ハインツェルにいる王太后であるナターリエも、結婚式に合わせて王都にしばらく滞在する予定になっている。母娘であるわけだし、二人もゆっくり話す時間が欲しいだろう。

 ハインツェルなら早馬を飛ばせば連絡はすぐできる。レオノーラの到着にも十分間に合うはずだ。

「それもひとつの手段として打診はするが、もともとあの人は外交は出来ない。母娘として時間を潰すことはできるだろうが」

 病弱ということにして絵を描くことに熱中していたナターリエは国賓への接待などほぼ経験がない。いくら相手が娘だからとはいえ、半月もの間、国賓の相手をするというのは無理だろう。


「あら。だから私を呼んだんでしょう?」


 ふふ、と扇の下でベアトリクスが笑う。

 もとよりナターリエの代わりをつとめてきたのはこのベアトリクスだ。

「……その通りです」

 マティアスが素直に頷くと、ベアトリクスは満足気に笑った。

「素直でよろしい。まぁ良いでしょう。私も久々にレオノーラとゆっくり話がしたいところだもの」

 話はまとまりそうな様子に、エミーリアはほっと息を吐き出す。不測の事態ではあるがどうにかなりそうだ。



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