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プロローグ

 女の子はとにかく褒めるのよ。


 可愛いね、綺麗だね、素敵だね、ドレスがよく似合っている……そうやって褒めてあげなさい。いい? マティアス。必ずよ?



 マティアスがまだ十歳くらいの頃、一つ年上の姉は何度もそう言い聞かせた。マティアスはその頃からけっこうな無愛想で、年齢の近い子どもたちが集められても、そのなかに将来の王妃候補となる令嬢がいても、にこりとも笑わなかったのだ。

 それを見かねた姉のレオノーラがマティアスに助言したのだ。女の子は褒めなさい。褒められて嫌な顔する女の子はいないわよ、と。

 そもそもどうしてなんとも思っていない相手を褒めなくてはならないのか、子どものマティアスにはわからなかった。社交辞令という言葉をまだよくわかっていない頃だった。

 一歳しか変わらないのに大人ぶる姉から言われたことを素直に実行するのも腹が立った。普段は破天荒でおてんばなくせに、こういうときばかり姉の顔をする。面倒事はたいていこちらに押しつけてくるくせに。


 結果的にマティアスの態度は変わらず、子どものうちに婚約者を決めてしまおうかという周りの大人たちの計画はガラガラと脆く崩れていったのである。




 すっかりレオノーラのアドバイスを忘れ去ったマティアスが、もう一度その言葉を思い出したのはそれから七年後。

「こんな髪の色、もういや。もっときれいな色だったらよかったのに」

 薔薇の咲く庭園で、ぐずぐずと泣く女の子を見つけたときのことだった。

 マティアスはこれまでも散々令嬢を避けてきたので、女の子の励まし方なんて知らない。だがこの子を放っておくのはさすがに良心が痛むのでとりあえず声をかけることにした。


「君の髪は、やさしいミルクティー色をしている」


 そう言うと女の子はぱちぱちと目を瞬かせ、やがて笑顔になった。そのときにふと、思い出したのだ。

 女の子はとにかく褒めること。

 心にもない褒め言葉なんてこれからも言うつもりはないけれど、でも思ったことを口にして喜ばれるとうれしいものなんだな、と。

 マティアスはそのとき初めて知ったのだ。



 そのときの女の子は今もこうしてそばにいるし、マティアスの婚約者となり、遠くない未来に妻になる予定だ。今ならあの姉のアドバイスも悪くなかったと言ってやってもいい、というくらいの気持ちはある。

「……へ、陛下? わたくしの顔に何かついてますか?」

 頬を赤く染めてエミーリアが問いかけてくる。マティアスがじっと見つめていたのでエミーリアは視線が気になったのだろう。

「いいや? 今日も可愛いなと思っていただけだ」

「かっ……」

 マティアスが素直にそう言えば、ボンッと爆発するようにエミーリアの顔がますます赤くなる。この可愛い婚約者は未だにちょっと、甘ったるいマティアスに慣れていない。

「エミーリア」

「は、はい!?」

「今は二人きりなんだが」

「そ、そうですね」

 近頃は結婚式の準備でお互いに忙しく、週に一度という頻度は保たれていないものの、隙を見てはこうしてお茶を飲む時間を確保している。そんなときはたいてい二人きりだ。優秀な騎士が気を利かせてくれるので。

「……名前で呼んでくれないのか?」

 ねだるようにそう聞けば、エミーリアは困ったように眉を下げて両手で赤い頬を隠してしまう。

「な、名前で呼ぶと陛下が……」

 ごにょごにょ、とエミーリアが口籠もる。その令嬢らしからぬ反応に、マティアスはくすくすと笑った。完璧な令嬢と呼ばれる彼女のこんな姿を見ることができるのは世界中探してもマティアスだけではないだろうか。


 窓の外ではそろそろ最後かと思われる雪が降っている。可愛い婚約者にはもう少しこの甘い空気に慣れてもらわないとなと思いながら、マティアスはチョコレートをひとつ口の中へ放り込んだ。チョコレートが口の中で溶けていく。


 雪が溶け、冬が終わり、春がやってきたら。

 エミーリアはマティアスの妻になる。


 ……もう何度、早く春になれと願っただろうか。



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