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25:突然の客人

 フェルザー城にリーグル伯爵の来訪が告げられ、やって来た父親の姿にデリアはわかりやすいくらいに困惑の表情を浮かべていた。

「え……ど、どうして……」

 なぜ伯爵がやって来たのかわからない、という顔をしていた。

「親が娘を心配するのは当然のことだろう」

 リーグル伯爵はいつも気難しそうな顔をしている人だ。話しかけにくい雰囲気は父であるシュタルク公爵にも通じるところがあるな、とエミーリアは常々思っている。

 にこりと微笑むことはあまりないし、冗談を言うこともない。親しみやすさとは縁遠い人だ。

「嵐のせいでハインツェルから先に進めずにいたんですもの、伯爵も心配なさるのは当たり前だわ」

 父親であるリーグル伯爵との会話が続かない様子のデリアに、エミーリアが助け舟を出す。とはいえ、エミーリアもまだちょっとデリアと話すのは気まずいのだが。

「リーグル伯爵も、遠いところありがとうございます」

「……いつも娘がお世話になっております。あなたがいてくださって、娘も心強かったでしょう」


(……ああ、やっぱり)


 エミーリアに挨拶するリーグル伯爵の表情にわずかな変化がある。

 マティアスとの婚約が決まってからというもの、エミーリアはたくさんの貴族と顔を合わせている。だからこそ、それらの表情の変化には以前よりもずっと敏感になった。

 未来の王妃に取り入ろうとする者、内心ではエミーリアを相応しくないと嘲笑う者、とりあえず顔見知りにだけはなっておこうとする者、そういった人々は雰囲気と表情でわかる。

 リーグル伯爵は、そのどれにも当てはまらないのだ。

(野心がない、というわけでもないのよね。でもわたくしのことを利用するつもりはまったくない)

 娘が特に親しくしている友人が、国王の婚約者なのだ。これはかなり有益な繋がりになるはずなのにも関わらず、リーグル伯爵はそのカードを使おうとはしない。

「陛下は今どちらにいらっしゃるのでしょうか。……王太后様は?」

 フェルザー城にマティアスが滞在していることは当然リーグル伯爵も知っている。対面したのがエミーリアとデリアだけだったので不思議に思ったのだろう。

「陛下は朝早くから災害現場の確認に。王太后様は……お加減が優れず、あまり部屋からはお出になられませんので」

(……わたくしも未だにご挨拶できていないし)

 王太后ナターリエはこのフェルザー城にいるはずなのに、まるでいない人間のような気がしてくる。幻でも相手にしているかのようだ。

「そうですか」

「陛下はそろそろ戻られる頃です。先ほど騎士様に伝令をお願いいたしましたので、既に伯爵がいらしたことはご存知かと」

「それは、ありがとうございます」

 マティアスが戻ってくるということはヘンリックも城に戻るということだ。エミーリアとしては、ヘンリックも一緒にどうにか落ち着いて話がしたいところである。




 しかし戻ってきたマティアスは、驚くべき人物を連れてきた。

「オリヴァー様……!?」

 デリアが驚いて声をあげる。その名前に伯爵が反応した。

「ゼクレス伯爵家の……ハインツェルにいらしていたのか」

「リーグル伯爵がいらっしゃるとお聞きして、ご挨拶に参りました。オリヴァー・ゼクレスです」

 オリヴァーは爽やかな笑みを浮かべてリーグル伯爵に挨拶をしている。

(え、こ、これはもしかして婚約がさらりと決まってしまう流れじゃ……!?)

 それともマティアスも考えがあってオリヴァーを連れてきたのだろうか。いやしかし、国王であるマティアスは個人的な理由で貴族の婚姻に口出すことはないだろう。

(たまたまオリヴァー様がリーグル伯爵がいらっしゃると知って、そこに陛下がいらっしゃって、だからフェルザー城に一緒に来た……ってそんな偶然あるの!?)

 これでは落ち着いて話ができるかどうかわからない。むしろこのままではエミーリアが避けたい流れになってしまう。

(あら? でもヘンリック様は……)

 マティアスと一緒ではないのだろうか。その姿が見当たらない、とエミーリアが周囲を見回したところで、ヘンリックのふわふわとしたくせっ毛を見つける。


「客人はそれだけじゃないみたいですよ……」


 ヘンリックがそう言いながら連れてきたのは一人の女性だ。呆れたような困惑しているような顔のヘンリックに、形だけでも取り押さえられているのはおそらくどさくさに紛れてフェルザー城に入ろうとしたからだろうか。

「は、離してください!」

「パウラ!?」

 今度はオリヴァーが驚いて声をあげる。

(ま、待って!? これはもしかして修羅場というやつじゃないの!?)

 さすがのエミーリアも修羅場に居合わせたときの対処方法なんて知るはずがない。自分がその修羅場の中心人物の一員であるなら意見しようものがあるが、今は完全に脇役である。

 いたたまれなさを増長される、妙な沈黙が部屋に落ちる。

「……彼女は?」

 その沈黙を破ったのはリーグル伯爵だった。

 伯爵にしてみれば、娘と娘の婚約者候補の間に突然謎の女性が現れたのだから困惑するだろう。

「彼女は……」

「お願いします、婚約をなかったことにはしないでください!」

 オリヴァーが口を開きかけたところで、パウラがそれに割って入る。

「……え?」


(……なかったことにしないでください?)


 なかったことにしてください、ではなくて?とエミーリアは首を傾げた。

「パウラ!」

 オリヴァーが慌ててパウラを黙らせようとするが、パウラはお構いなしに続けた。なんだかその様子だけで力関係がわかってしまう。

「オリヴァーは誠実でやさしい人です! 真面目だしとても浮気なんてできそうにもないし、まして愛人を囲うなんて器用なことはできません! 私はもう今後関わったりしませんから、どうか……!」

 パウラの必死さはその声で十分に伝わってきた。そして、それ以上にパウラがどれだけオリヴァーを愛しているのかもわかってしまう。

「パウラ、頼むから黙って……」

 オリヴァーが止めに入るが、パウラはキッとオリヴァーを睨みつける。しかしその目にはわずかに涙が滲んでいて、その決意の下でどれだけ葛藤したかも伝わってきた。

「だってあなたは婚約を断るつもりで一人でここに来たんでしょう!? ずっとずっと辛気臭い顔で悩んで!」

「悩んださ! 悩んだけど断るつもりなんて……!」

 断れるはずなんてない、とオリヴァーが表情を曇らせる。その表情が何よりもこの婚約に乗り気ではなかったのだと伝えてきた。真面目で誠実、そして嘘のつけない人なのだろう。


「……なんで俺たちは痴話喧嘩を見せられてるんですかね?」


 オリヴァーとパウラのやり取りに、声をあげたのはヘンリックだった。

「ヘンリック」

 マティアスが黙っていろと制するものの、ヘンリックは呆れ半分怒り半分という顔でその声を無視した。

「おたくらが自分らの悲劇に酔うのは勝手だけど、こっちはどうすりゃいいわけ? 目の前に婚約しようって話をつけていた子とその親がいるのがもしかして見えてない?」

 その指摘にオリヴァーもパウラも青ざめた。

 ハッとしてデリアとリーグル伯爵を見る。しかしデリアたちはまったく顔色を変えていなかった。その様子はまさに親子だと思うほど似ている。


「――ヘンリック・アドラー」


 冷えた声が部屋に響いた。

 頑なな表情のデリアが、その紫色の瞳でヘンリックを睨みつける。

「あなたには関係のないことでしょう」

 氷のように冷たい、そう聞こえるように意識している声で、デリアは告げる。

 あなたには関係ない、黙っていろ、と。

 助けてくれなくていい、手を差し伸べなくていい、放っておいてくれ、と。

「残念ながらまったくの無関係でもないんですよね。求婚の許可をもらおうと散々連絡しても冷たくあしらわれてきた身としては」

 肩をすくめるヘンリックに、デリアは目を見開いた。エミーリアは驚いて思わず声をあげそうになったが、慌てて自分の手で口を塞ぐ。

(そ、そうだったの……?)

 驚かなかったのはマティアスと、そしてリーグル伯爵だけだ。

「どんなに陛下の覚えめでたい騎士であろうと、爵位のない男に娘を嫁がせるつもりはない」

「あはは、戦争もない平和なアイゼンシュタットで騎士が爵位を賜るなんて無理難題ですよ」

 騎士が手っ取り早く功績をあげるのは戦いの場だ。しかしこのアイゼンシュタット王国では先王の頃から大きな戦は起きていない。国境で小競り合い程度のものはあるが、それでは爵位を得るほどの功績にはならない。

 ヘンリックが貴族になるための道は、きっと近衛騎士になるよりも簡単ではないのだ。実力だけではどうにもならないことが多すぎる。



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