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15:ヘンリック・アドラーの独白

 そんなにいらいらしているほど体力が有り余っているなら城下の様子を確認してこい、とヘンリックがマティアスに命じられたのは、ちょうどオリヴァーがフェルザー城を出ようとしていた時のことである。


 別に? いらいらなんてしてないし? と思いながらヘンリックは仮執務室を出てきた。気分転換をしたくなっていたところだったし、ちょうどいい。ただそれだけだ。それ以上に理由はない。いらいらしてないし、何かを気にしているわけでもない。


 追い出されたヘンリックは頭の中でぽつぽつと言い訳めいたことを考えながら廊下を進む。すると、見慣れない人物を見つけて思わず「は?」と声を零した。広い廊下に、その声は予想以上に響く。

 その見慣れない人物の心当たりはひとつしかなかったのだ。ましてその青年が明らかに貴族と分かる服装でいたのならなおさら。

 ヘンリックが声を出したことで見慣れぬ青年――オリヴァーとばっちり目が合ってしまったから最悪だった。

「その騎士服……もしかして、陛下の近衛騎士の方でいらっしゃいますか?」

「……あー……まぁ、そうですね……」

 話しかけてくんのかよ、と内心で毒づいた。どうやら人懐っこい青年らしい。ヘンリックも人当たりはいいほうだけど、今回はそんな気分になれなかった。

「これから城下に?」

「ええ、見回りに行くところです」

「それは頼もしいですね。あ、私はオリヴァー・ゼクレスと申します」

「ヘンリック・アドラーです」

 名乗られたのに無視するわけにもいかず、ヘンリックが素っ気なく答えてもオリヴァーはにこにこと笑っている。

 このままでは仲良く城下まで一緒に、なんて言われかねないので「ちょっと忘れ物があるので」と誤魔化してヘンリックは一度城の中に戻った。

 何が悲しくて野郎と二人で楽しくもない会話をしなければならないのか。まして、ヘンリックの苛立ちの原因になっている男と。


「……婚約ねぇ……お貴族様は大変だよなぁ……」


 ため息を吐き出しながら頭を掻く。

 政略結婚なんて、庶民の――まして孤児のヘンリックには無縁の話だ。

 貴族の娘というのは窮屈な生き物らしい。彼女たちは親が決められたように生きることを強いられ、自分の伴侶すら自由に決められない。そんな彼女たちにとって、ヘンリックというのはちょうどいい異性だった。

 結婚相手にはなり得ず、互いに本気にもならない。しかし近衛騎士という立場上、ある程度の安全は保証されていて、箱庭で育てられた令嬢が男性に慣れるために話しかけるにはぴったりな相手だったというわけである。

 令嬢たちのことは気の毒だなと思うし、可愛い女の子は嫌いじゃないし、話をしたりたまにお茶をしたり、ごく稀に買い物に付き合ったりすることはあったが、おかげで女遊びが激しいという噂を流されるのは困ったものだ。


 ……こちとら本命を口説くことすらできないってのに。




 災害のあとは、しばらくしてから被害がぽろぽろと判明するということはそれなりによくある話だが、ヘンリックが聞いて回っているところには今のところ大きな被害はなさそうだ。せいぜい植木鉢が割れていたということくらい。

 ハインツェルの街には嵐の後、徐々に人が集まっている。橋の向こうへ行く予定だったが足止めされている者、とりあえず大きな街で落ち着くまで様子を見ようとする旅人、そして土砂崩れなどの後始末のために集められた者。

 多くは男性なので、これもまたイザコザが起きやすくなっている。まだ日暮れ前だからいいが、夜になれば酔っ払い同士で喧嘩でも起きそうだ。

 マティアスにそのあたりも報告して、見回りを強化させたほうがいいかもしれない。護衛の騎士だけでは当然手も回らないので、ハインツェルの街の警邏隊に打診することになるだろうか。


「ねぇ待って! オリヴァー!」


 女性の声が耳に届き、ヘンリックはなんだなんだ痴話喧嘩か、と思った。その声に思わず足を止めたのは、女性が叫んだ男の名前がつい先ほどフェルザー城を出たときに会った男と同じものだったからだ。

 ヘンリックが振り返ると、ちょうど女性が呼び止めた男に抱きついたところだった。やはりただの痴話喧嘩か、あるいは別れ際に揉めているのかといった感じの、そのまま通り過ぎても問題ないような光景。

「パウラ、どうしてここに……!?」

 抱きつかれた男を見て、ヘンリックは「はぁ?」と声を零した。

「どうしてじゃないわ! あなたこそ一体どういうつもりなの!?」

 誰がどう聞いても揉めているとしか思えない会話だ。

 パウラという女性に抱きつかれたのは、ヘンリックがつい先ほど会ったばかりの男。

 ヘンリックはあまり馴れ合いたくないが、たいていの人は文句なしの好青年だと評価するであろう青年。


 オリヴァー・ゼクレスで間違いなかったのだ。



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