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エピローグ


 東屋に戻ると、そこにはデリアとヘンリックがいた。

 まぁ、とエミーリアは目を丸くする。

 なんとなく何かあるとは思ったけれど、やはり二人は仲が良いのだろうか――なんてエミーリアは呑気なことを考えているが、不機嫌そうなデリアと意味ありげににこにことしているヘンリックは、とても仲良しだとは思えない。


「お二人とも、おかえりなさいませ。お茶は一度片付けていただいて、これはつい先ほど新しくしていただきましたから」


 デリアはそう言って立ち上がった。

 テーブルの上には新しいティーカップと茶菓子が並んでいる。

「どうやらうまくまとまったようですし、私は会場へ戻りますわ。公爵夫人にはもうしばらく二人きりの時間が必要だと伝えておきますから、どうぞごゆっくり」

「デ、デリア……!」

 ごゆっくり、と強調し、からかう響きのデリアに、エミーリアはあわあわと赤くなる。

 エミーリアとしては、もう十分すぎるほどマティアスとの時間は過ごせたと思う。

 さっきから心臓だって忙しなく働いているし、血圧も上がったりしている。

(今だって胸がいっぱいで苦しいくらいなのに……!)

 さらに向き合ってお茶を楽しみながら何を話せと言うのだろう。何事も過剰摂取は身体に悪い。

「あとこれ、回収していくからね」

 と、言いながらデリアが見せた小瓶を、マティアスが凝視する。落としたまますっかり忘れていた惚れ薬の小瓶だ。

「それは……」

「あ、あ、ダメ……!」

 咄嗟にエミーリアは小瓶を隠そうとするが、そんなに機敏に動けるはずもなく、マティアスは追求しそびれたものを思い出したのだ。

「それは結局なんなんだ?」

 ダメ押しの問いに、エミーリアは項垂れた。そして残酷にも、どうしよう、とエミーリアが頭を悩ませる暇もなくデリアが答える。

「惚れ薬、とエミーリアには言いましたけれど、実際はただの蜂蜜です」

「は、蜂蜜……!?」

 そしてデリアの答えに誰よりも驚いたのはエミーリアだった。

「お守りみたいなものだと言ったでしょう?」

「ひ、ひどいわデリア……!」

 嘘をつくなんて。

 惚れ薬だと信じ込んで、エミーリアはさんざん悩んだのに。

 しかし騙したほうのデリアはけろりとして、呆れたような顔をしている。

「本当の惚れ薬なんてあるわけないじゃないの。それじゃあ、謎も解けたでしょうし、私は失礼いたします」

 今度こそ、と踵を返すデリアにヘンリックが逃さず声をかける。

「送りますよ?」

「けっこうですわ」

 つん、とヘンリックの申し出を断ってデリアはすたすたとパーティー会場へと戻っていく。その後ろ姿を楽しげにヘンリックが追いかけていった。


「……惚れ薬」

「……では、なかったそうです」


 マティアスの驚きを含んだ声に反省しながらも、エミーリアは付け加える。

「まったく君は。もし本物だったらどうするんだ」

 どうやらマティアスは怒っていないらしい。ただ始まりかけたお説教に、エミーリアは真っ向から受けてたった。

「本物の惚れ薬だとしても問題ありません。だってわたくしは、ずっと前から陛下をお慕いしておりますから」

 惚れ薬の効果なんてあるはずもない。ましてデリアの説明はきっかけになる程度のもの、だったのでエミーリアには必要のないものだった。

(実際は蜂蜜だったから、きっかけも何もないけど……いえ、でもきっかけにはなったのね)

「君は……いや、いい」

 マティアスは何かを言いかけて、やめる。

 エミーリアは良くも悪くも真っ直ぐすぎて、それを受け止める側としても心臓に悪いのだが、本人はまったくの無自覚らしいのが問題だ。


 さて、とエミーリアはティーポットを持ち上げる。

 用意されていた砂時計の砂はとっくに下へと落ちてしまったようだし、きっとこのポットの紅茶は濃くなってしまっただろう。

「お茶にしましょうか、陛下」

「そうだな」

 人払いしているのだから使用人がいないのは仕方ないし、話し込んでしまったこちらが悪い。

 カップに紅茶を注ぎながら、エミーリアはふと口を開いた。濃い紅茶を美味しく飲む方法はいくらでもあるが、今日、この場なら、とるべき方法はたった一つではないだろうか。

「……ところで陛下」

「なんだ」

 黄金の一滴。最後のひとしずくをカップに注ぎ、エミーリアは微笑んだ。


「ミルクティーはお好き?」


 それは、他の人にとってはなんてことない問いだろう。

 けれどエミーリアとマティアスにとっては、ミルクティーというその言葉ひとつで特別なものになる。

 エミーリアの込めた意味に気づいたマティアスは目を丸くして、すぐにやわらかな笑みを浮かべた。


「……もちろん、好きだよ」


 それはまるで、ミルクティーよりも甘い、とろけるような愛の言葉だった。


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