第九話
作者 梨野可鈴
朝起きると、桜井さんは洞窟の壁に描かれていた、古代ナンタラ文字を熱心に見ていた。
「一時はどうなるかと思いましたが、アトラントラ文明の痕跡を、こんなところで見つけられるなんて素敵です……」
手を胸の前で組みながら目を輝かせる彼女は、やっぱり楽観的だ。
さて、例の卵を、目玉焼きにしようとしたが、卵の殻があまりに固く、割れずに断念。焚き火後の横に放置しておいた。
結局、昨日の巨大イノシシ肉の残りを焼いて食べた。
「さて、今日はどうしましょうか」
「……道具作りかな」
日々の食料のために、あんなモンスターと戦うのはできれば勘弁だ。
ここは、釣り竿を作って魚を取る方向でいきたい。
それに、モンスターと遭遇した時用の武器も欲しい。会社から至急されたナイフより、間合いのある武器が必要だ。
そう話すと、桜井さんは首を傾げながら話した。
「なら、槍を作るのがいいかもしれないですね。相手との距離が取りやすいし、剣に比べて、刃に必要な部分が少ないですから」
……槍か。モンハンでは、大剣を振り回してたが、まあ無理だよな。
壁画には、巨大な剣を持った半身半獣の姿が描かれていた。
ありあわせの材料でも、意外と何とかなるものだ。
「すごいです、面白いくらい釣れます!」
木の枝に蔦を縛りつけ、そこらへんの木切れをルアーにした簡易釣り竿を作り、近くの沼で釣りをしてみたところ、十秒に一回のペースで魚がかかる。
桜井さんが釣り上げるそれは、明らかに獰猛そうな、巨大な牙を持った魚だ。
釣り上げるなり、襲いかかろうとする魚を、木の枝に石をつけただけの、ザ・原始人の槍でトドメを刺す。
「これで食料問題は解決だ」
……あと、獰猛すぎる魚が沼の中にうじゃうじゃいることが分かったってのも収穫だ。
これは落ちたら死ぬぞ。
魚釣りを続けていると、背後からガサガサ、と音がした。
はっと振り返ると、そこには――全身真っ赤な、カエルがいた。大きさは一メートル弱。
「なんだ。カエルか」
もちろん、普通のカエルに比べたらデカイのだが、昨日、巨大イノシシに追い立てられた身としては、自分の背丈より小さいカエルなど、怖く見えない。
赤カエルは、頬をくぷくぷ、と膨らませていた。だが、不意に、息をすーっと吸い込むような動きを見せた。
「――っ!」
途端、条件反射で、俺は、桜井さんを押し倒すようにして地面に伏せた。
あれは。
何度も何度も何度もゲームで見た。
息を吸い込む、あの予備動作――
「えっ、竜崎さ――!?」
桜井さんが戸惑うのと同時に、ゴゴゴゴッ! と音を立てて、俺の背中すれすれを炎が走る。
「あいつ、火を吹く――!」
「ええっ!?」
俺は転がりながら立ち上がると、手にした槍を思い切りカエルに投げ付ける。
だが――
クエロクエロ!
見た目より可愛く鳴いたカエルは、空中の槍に火を吹き掛けた。高温の炎で、木の槍はまたたく間に消し炭になる。
「ちっ!」
「あ、あり得ません! 巨大なのはまだしも、生き物が火を吹くなんて!」
ここは逃げるべきか。そう思った瞬間、さらに驚くべきことが起こる。
「トウ!」
近くの木から、掛け声を上げ、何かが飛び降りてきた。
そいつは、手にした武器で、落下の勢いのまま、カエルを潰した。
「は……っ!?」
素早い身のこなしで、カエルを不意討ちで仕留めたそいつは、俺達よりずっと小さかった。
「カルララパダ! ハッ!」
聞いたことのない言語を発し、カエルの血の滴る武器をこちらに向けてきた。
敵か、味方か。
まったく表情が分からない――何しろ、そいつは。
「と、トカゲ人間……?」
体こそ人間のそれだが、見える手足には鱗が生えている。そして、頭はトカゲそのものだったのだ。