第五話
作者→遠井mokaさん
向かい風を受けながら俺達は必死に逃げている。イノシシと距離を離そうとしても日ごろの運動不足のせいで息切れをおこし足は限界に近い。
「止まったら、終わりですよ」
隣で走っている桜井さんはこの状況に陥りながらも笑顔を向けた。先ほどまで悲鳴を上げていた同一人物だとは思えない。俺はもう駄目だと嫌な想像さえしていたのに、彼女の笑顔が諦めない勇気をくれた。ネガティブな考えを振り払い、現状打開の方法を考える。
川の音が近づく目的の場所まであと少し俺らの足元がごつごつした岩場に変わる。俺は小石を手に取り立ち止まる。桜井さんが戸惑い俺の少し前方で立ち止まる。
「竜崎さん!!逃げましょう」
「逃げるばかりじゃ事態は打開できない。反撃開始だ!!」
手に取った小石をイノシシ目掛けて投げていく、後ろに下がりながら石を投げ続ける。桜井さんも後方から加勢し石を投げていく。
イノシシは一瞬怯んで足を止めたが、当たらないとわかるとまた俺達目掛けて走ってくる。桜井さんの手を取り川辺へと走る。小石が駄目なら・・・
眼前に流れる川には大小さまざまな石がそこら中に転がっていた。イノシシはしぶとく不安定な足場でも俺達を追いかけ鼻息を荒く鋭い眼光を向けている。だが長距離を走った疲れが出たのかイノシシも突進してこず睨みつけているだけだ。
「チャンスだ。桜井さん手を貸して」
「おも、・・・っつ」
大きな石を持ち上げて疲れて立ち止まっているイノシシに近づき振り下ろす、ブヒ、ブヒ・・・
イノシシの鳴き声が小さくなるまで何度も振り下ろした。イノシシの生暖かい血を身体じゅうに浴びながら、桜井さんは目じりに涙を溜めながら、可哀そうなんて思ったら駄目なんだ。
「もういい。ありがとう、ごめん」
イノシシの血を浴びた石をおろすと頭から血を流しているイノシシの息絶えた姿がそこにある。疲れ切った俺はその場にへたり込み、深呼吸をする。頬を触ると赤黒い血が手の甲についた。獣の臭いがこびりついて離れない。
「こんなのが続くんですね。だから、慣れないといけないですね・・・殺している最中に泣くなんて、駄目ですよね」
同様に座り込んでいる桜井さんは肩を震わせ、ボロボロと流れる涙は止まらない。拭ったりしないのは手が血で汚れているからだろう。俺は桜井さんに視線を合わせ優しく話す。
「何度もこんな経験するかもしれないけれど、今の感情忘れちゃ駄目だ。泣いたっていいんだよ。イノシシを倒さなければ俺達が殺されてたかもしれない」
「っつ・・・そ、そうですね。食用も確保できましたしね」
桜井さんは明るい口調で笑い立ち上がって後方の川に駆けていく。俺も後に続き川辺にしゃがみ込む。川の水は綺麗に澄んでいて飲み水としても使えそうだ。
血で汚れた手を洗い、手を清潔にしてから担いでいたリュックの中身を確かめる。水筒、方位磁石、ライター、地図が入っていた。早速水筒に川の水を入れごくごくと喉を鳴らしながら飲む。
「生き返ったぁ~」
水がこんなに美味しいと思ったのはいつ以来だろう。例えるなら会社帰りに家で飲むビールに匹敵する美味さだ。水分補給した俺はイノシシに近づき顎に手を当て考える。
「どうやって、食べようか?」
小走りに近づいてきた桜井さんと顔を合わせ苦笑いをする。さて、どう調理するか?