第四話
この小説はリレー形式で進んでいきます。
作者→梨野可鈴さん
俺達は、ナイフで邪魔なツタを避けながら、島の中心に向かって歩いていた。地図によれば、この先に川があるらしい。
川を目指しているのは、まずは水を確保した方がいいと考えたからだ。何日も水を飲めなければ死んでしまう。俺達はゲームキャラじゃない。生きているんだから。
「それにしても、本当にゲームそっくりですよね」
桜井さんが、巨大な植物が生い茂る森を見上げて言った。
「桜井さんって、モンハンやんの?」
「あ、いえ。就職が決まった時に、周りからあのモンスターハングリーの会社だよね、って言われたので、一応知っておいた方がいいかなって思って、ネットでプレイ動画を……」
その程度か。
かくいう俺は、学生の時にずっと、このゲームに夢中だった。学業そっちのけでゲームに打ち込んで、ついにはモンハンのゲーム大会で優勝してしまったくらいである。
モンスターハングリー。
モンスターを狩って狩って狩りまくる、大ヒットゲームだ。
リアリティ溢れるモンスターの描写、スリルのある戦闘と爽快なアクション。第一作目が発売された時は、あまりの人気に社会現象となったほどだ。
「俺はかなりやったよ」
「そうなんですか。やっぱり竜崎さんは、モンハンが好きだからこの会社に入ったんですか?」
「まあな」
桜井さんの言葉に俺は苦笑する。
言ってしまえばそこまでだが、それで入社できたのだから驚きだ。
面接の時、「俺は御社のモンハンが大好きです! 寝る間を惜しんでプレイして、ゲーム大会で優勝しました!」と言ったような気がするが……今にして思えば、なんでそれで採用されたのかまったく分からん。
そういえば、あの面接には、井上主任もいたような気がする。どっかで見たような気がしたんだ。
「あれ? ちょっと待ってください。これ、足跡じゃないですか?」
俺のすぐ後ろを歩いていた桜井さんが、しゃがんで土を指さす。そこには、確かに足跡らしいくぼみがあった。
俺もしゃがみこんで、足跡を観察する。大きさは、人間より少し小さいくらいか。他の足跡を探してみると、少し離れたところに次の足跡があった。間隔から推定するに、この足跡の持ち主は、それほど体が大きくはなさそうだ。
「これ、追いかけてみよう」
「ええっ!? でも、きっとモンスターの足跡ですよね、避けた方がいいんじゃないですか?」
「多分、このモンスターは体も小さいし、それほど強くないはずだ。うまくやれば今の俺達でも倒せるかもしれない」
それはゲーマーとしての判断だった。
ゲームを始めたての最初の方は、装備も弱いし、強い装備を買う金もない。
まずは強いモンスターを避け、現状でも倒せる弱いモンスターを倒して装備を揃えるのが定石だ。
それに、さっきの井上主任は簡単そうに、あの虫モンスターを倒していた。それを見ていたのも、俺達がモンスターを倒せると判断した理由の一つだった。
「なるほど! 行ってみましょう!」
俺達は足跡を追って、森の中を進んだ。それが、軽率な行動だとも知らずに。
「この茂みの先に行ったみたいだな……」
茂っている草をガサガサ音を立てながらかき分け、足跡を追いかける。
そして、茂みの向こうに顔を出した時、足跡の主が、そこにいた。
それはシカに似たモンスターだった。ねじくれた巨大な角が、金属光沢のような輝きと鋭さを持っている以外は、俺達が動物園で見たことのあるシカと、大きさなどはそう変わらないように見えた。
ただし――そいつは、地面に体を横たえ、ピクリとも動いていなかった。当たり前だ。腸はらわたを、食いちぎられているのだから。
赤黒い色をした、イノシシに似た5メートルもあろうかという巨大なモンスターが、その腹に顔を突っ込み、牙を血に濡らしながら、それを食べていた。
「ひゃあっ……!」
桜井さんが悲鳴をあげる。俺は思わずぎょっとしたが、奴がこちらに気付いた様子はないようだった。あまり耳はよくないのかもしれない。
逃げよう、と口の動きだけで示すと、桜井さんはコクコクと頷いて、じりじりと後ろに下がり始めた。だが――
突然、風が吹いた。
ザザザザ、と木々が木の葉を打ちならすようにして音を立て――吹き下ろすような風が、俺達の背中を押すように、そしてイノシシに向かって吹きつけた。
その瞬間、イノシシ野郎が、ばっと顔を上げ、爛々と光る眼で、こちらを見た。
「まずい、風上だ!」
背中を向け、転がるように走り出す。だが、後ろで蹄が勢いよく土を蹴る音がした。
俺はある言葉を思い出した。
――弱肉強食。
比喩でもなんでもない。