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第二十六話

作者 四月一日代継

人間たちは、ある者にとっては懐かしく、ある者にとっては新しい街へやってきた。電気の街の姿はいずこへと。一部の若者にとってそこは、性欲にも似た欲の溢れる、一種の魔境と化していた。

 島から脱出した一向、主任と桜井、ぽち子は秋葉原へ来ていた。ちなみにトカゲ男は、島に残り少年の面倒をみている。

 竜崎は「俺も行く」と言ったものの、来ることができなかった。もし、秋葉原で竜崎に何かあれば、混乱を巻き起こしてしまからだ。それでも聞かなかった竜崎を、主任は麻酔薬によって、しばらくは目が覚めないようにした。

 それで色鮮やかな、否、もはやごちゃごちゃした街を、三人の冒険者は歩く。欲望が渦巻く前までは、この三人のうち一人は著しく浮いた存在であっただろう。しかし、他の場所では浮いてしまう者、具体的にはぽち子であるが、彼女も今の秋葉原ではたかが「萌」に過ぎなかった。

 彼らが目指すのは、アトラントラ王国への電車が走る地下鉄の駅である。主任は桜井とぽち子を導く。現代技術とは縁がなかったぽち子は、この街のすべてに興味津々である。

 それどころか、現代の若者たちも、彼女の姿に興味津々である。

 あるところからは、彼女の見た目を称賛する声が聞こえる。またあるところには、獣の耳と尻尾の完成度に感嘆の声を漏らす者がある。

 そんな周囲の視線も気にしないで、主任と桜井は突き進む。主任はもともと、気にするような人間ではない。桜井は竜崎のことで頭がいっぱいだ。

 深刻な顔の二人と好奇心に尾を振る一人は、天から見れば異様な組み合わせだった。

 一番真面目な顔をした主任が、ピンク色でかわいらしいメイドさんがいっぱいの看板の前で止まる。

「ここだ」

 その言葉は、桜井の心に戸惑いと怒りを生じさせた。

「ここの何階ですか」

 まだ彼女の怒りは、燃えるべきときではない。そのビルにはメイド喫茶、法律事務所、ベンチャー企業っぽい何か、そしてその他空きのテナントが入っている。怒りを燃やすべきときは、萌える欲望の泉が目的地であったときである。

「二階だ」

 そこは、まさに怒りの泉そのものだった。沸き立つ熱を押さえ込んで、言葉を絞り出す。

「……本当ですか?」

「責任ある監督職を疑うのか」

「いいえ、さすがに場所が場所ですから」

「大きな秘密には、大きな隠し布がいる。さっさと行くぞ」

 三人は颯爽とエレベーターに乗り込んで、二階へとやってきた。ちなみにエレベーター初体験のぽち子は、ひどく興奮した様子で、特有の浮遊感の感想を述べていた。

 扉を抜けると、そこはメイド喫茶だった。一面の歯が浮くような飾りに、黄色く甘い少女たちの声。桜井ははじめてやってきた場所に、カルチャーショックを受けた。

「お帰りなさいませご主人にお嬢様方」

「ああ、ごめんご便所を貸してプリーズ! 注文は『にゃんにゃんネコさんオムライス』ヤサイアブラカラメにしてくだちゃい」

「……かしこまりました、皆様どうぞこちらへ」

 メイドの目付きが変わる。決してそれは、恥ずかしいことを口にした男に向けられた冷たい目線ではない。純粋な驚きだった。ただ、先頭を歩く主任の耳は真っ赤である。

 こうして案内されたのは、「メイド専用トイレ」の看板が下がった扉だった。その看板の端には、さらに「関係者も立ち入り禁止」と書いてある。

「それでは、いってらっしゃいませ」

 一礼してメイドは扉を開けた。すると、そこにあったのは薄暗い下り階段である。主任はスマートフォンのライトで足元を照らしながら、一番槍の栄光を奪っていった。

 そこは酷くかび臭く、果てが見えない。しかし、下から風が吹いている。

「主任、先程の呪文はどういうことなのですか?」

「……意味はない。どこかの誰かによる、愉快なおふざけだ」

 それ以降会話もなく、三人は降りていく。次第に強くなる風を感じて、疑いのなか桜井は決意を抱いた。竜崎を絶対に助けると。

 そして、ついに階段が終わる。そこに広がっていたのは、鍾乳洞だった。黄土色の氷柱が下がる道を進んでいく。すると、そこに無人の改札がポツリとあった。

 そんな、無人の改札を真面目に通ろうとする者はいない。三人とも、改札の端のほうを飛び越えて奥へ進む。

 ピンポンと音がして、天井で鍾乳石に埋まっている電光掲示板に文字が流れる。

『アトラントラ行は、二つ前の駅を発車しました』

 桜井の疑いは消え去る。やってくる電車に乗れば、恐らくかの国にいくことができる。

『アトラントラ行は、前の駅を発車しました』

 もうすぐ、時はやってくる。三人の冒険者は、それぞれの感情を胸に、電車の音を聞いた。

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