表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第五話 真昼

 

 Side...yukiya



「───ん…」

 目を覚ましたのは、知らない部屋だった。自分の部屋でも、心紅朗や七依の部屋でもない。

(どこだ…)

 壁際に敷かれた布団の上で、俺は寝かされていた。家の布団よりかなり高級品だ。

 俺は慎重に部屋の匂いを嗅いだ。微かにあの女の香りがする。

 体を起こそうとすると、重たい金属音がした。右の手首が鎖で壁に繋がれている。

 鎖を引っ張りながらなんとか膝立ちになり、部屋の中を見渡した。おそらくこの場所は…。

「───起きたか、マイエンジェル!」

 勢いよく襖が開く。現れたのは予想通りの人物だった。

「久慈川…」

 俺が睨み上げると、彼女は満足そうに口の端を持ち上げた。

「明るいところで見るとより一層美しい」

 布団の上に片膝をついて、指先で俺の頬を撫でる。

「ここは」

「私の屋敷だ」

 開け放たれた襖から、手入れの行き届いた広い庭が見える。さすがは貿易商の娘だ。

「俺をどうする気だ」

 壁に繋がれた片腕に力を込めて、俺は思い切り久慈川を睨んだ。

「縛り付けて私だけのものにしたいと思っているが」

 今まさにこの状況がそれだ。そうじゃなくて俺はその先を聞きたいのだ。

「…何故」

 しかし、面倒だから理由を聞いてみた。

「言っただろう、君が好きだと」

「どこが」

「全てが愛おしいが敢えて言うなら…」

 そう言って、彼女は俺の爪先から頭へ視線を這わせる。

「その容姿!!」

 そして即答しやがった。俺は呆れて何も言う気にならなかった。

 その時、部屋に近づいてくる足音が聞こえた。

「───思季様」

 廊下から、細身で背の高い男が現れる。高そうな黒い袴を纏っていた。

「おぉ、比鷹ひだか

「お下がりください、その男は危険です」

 比鷹と呼ばれたその男は、即座に俺と久慈川の間に割って入る。

「そうだ、俺に近づくな」

 言葉遣いから察するに、彼は久慈川の護衛か何かだろう。俺を警戒するのは当然のこと。

 俺もいい加減この女に疲れてきたところだ、丁度いい。

「殺し屋を家に置くなど、正気ですか!」

「頭おかしいだろ、俺はお前を殺そうとしたんだ」

「そうですよ、今すぐ殺しましょう!!」

 少し過激に思えるが、言っていることは最もだ。

「なぜ二人が意気投合しているのだ…」

 久慈川は訝しげに首を傾げ、俺たち二人を見る。

「していません。重ねて言いますがこの男は危険です、殺しましょう」

「マイエンジェルは危険などではない」

 今度は比鷹と久慈川が睨み合った。

「なんだ、その…まい、えんぜ…る?っていうのは」

 俺は、昨晩から気になっていたことをぽつりと口に出した。

我が天使(マイ エンジェル)、外国の言葉だ。大切な人に愛情を込めてこう呼ぶ」

「……」

 つまり、久慈川のそれに俺が当てはまっているということか。こいつの性癖は理解できる気がしない。

「…さて、そろそろ本題に入ろうか」

「?」

 本題、そんなものがあったのか。今までの茶番はなんだったのだろう。

「悪いが君にはもう一眠りしてもらう」

 比鷹を押しのけた久慈川が、再び俺の前に跪く。そして、指先で俺の顎を持ち上げた。

「なに───んっ…」

 言葉を紡ぎかけた唇が、彼女の唇に塞がれる。驚いている暇もなく、口の中に舌を入れられた。

「っ、ぁ…!?」

 久慈川の舌とともに、何か固い石ころのようなものが口に押し込まれる。とっさに吐き出そうと口を離すも、後頭部を抑えられて再び口付けられた。

「んぐっ…」

 ごくりと喉を鳴らし、俺は自分と久慈川の唾液、そしておそらく固形の薬であろうものを飲み込んだ。

(まずい、飲んだ…!!)

 久慈川の唇が、糸を引きながら離れていく。彼女は満足げに、口の端に残った唾液を舐め取った。

 その妖艶な仕草が、ぼやけ始める。視界が曇り、体がふらついた。

 同時に、目の前で久慈川の体もぐらりと揺れる。

「思季様!?」

 倒れる彼女の体を、比鷹が焦った様子で受け止めた。

「どうされたのですか!?」

「ずっと口の中に入れていたから…薬が少し溶けていた……」

「なっ、なぜ吐き出さなかったのです!」

「馬鹿者。愛しのマイエンジェルの唾液を…吐き、出せるのもか…」

 会話もだんだん耳に入らなくなる。しかし、もう聞く必要もないだろう。

 …この女は、頭がおかしい。

 できれば目覚めた時、こいつの顔を見なくて済むようにと、ただそれだけを願った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ