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第四話 再会

 

 Side...yukiya



 依頼を受けてから数日経った夜。俺は刀袋を背負い、静まり返った街へ踏み出した。

 今日は少し空が曇っていて、月の光を雲が遮っている。道の先は、踏み込めば戻れないような暗闇。

(…そういえば、あの日は晴れてたな)

 そんなことを思いながら、俺は道の真ん中をゆっくりと歩いていく。不思議と心は穏やかだった。

 前方から微かに、コツコツと足音が聞こえた。硬い靴の音が、徐々に近づいてくる。

 そして少し先に薄ぼんやりと、人影が浮かんだ。その瞬間、雲に隠れていた月が顔を出し、辺りを照らし出す。

「───……」

 臙脂えんじ矢絣やがすり模様の着物に、黒い袴、光沢のある靴。女にしては少し高い身長、なのに華奢な肩。短かった髪は腰まで伸びていた。

 ───久慈川 思季。

「…!」

 俺の姿に気づいた彼女が足を止める。闇の中で、互いの姿を認識できる程度の距離。俺たちは、無言のまま立ち止まった。

「───会いたかったぞ、マイエンジェル!」

 唐突に、久慈川が両手を広げて叫ぶ。着物のたもとが追い風に煽られて大きく揺れた。長い髪も舞い踊るようになびく。

「??」

 よく分からないが、宣戦布告ということか。

「…俺も、会いたかった」

 俺は片足を引き、腰を落として刀に手をかけた。

「相思相愛だな」

「ちっ…」

 地を蹴って、一気に久慈川との距離を詰める。鞘から剣を抜き放ち、真一文字に薙ぎ払う。彼女はひらりと身をかわし、腰から刀を抜いた。

「私を殺しに来たのか?」

「そうだ」

 交わす会話、響く金属音、俺の攻撃ひとつひとつを、久慈川は丁寧に受け止める。

「おまえを殺す…!!」

「……」

 久慈川は、少しだけ悲しそうな顔をした。挑発してきた割に、彼女の刀から戦う意思を感じられない。

「もう、やめないか?」

「!?」

 五年前と雰囲気の違う彼女に、俺は戸惑った。

「人の命は、尊いものだ。奪ってはならない」

 この女は、なにを言っているんだ。俺に向かって、何故そんなことを言う。

「君も、気づいたはずだ」

 殺されるのが怖くて命乞い、という風にも見えない。彼女の意図が全く読めない。なのに、これ以上聞くのが怖いと思った。

「私を殺せなかった時、君は気づいただろう」

「っ、黙れ!」

 言い知れない何かが頭を侵食していく。その恐怖から逃げるように、俺は久慈川に向かって刀を振った。

「人の、生きたいという意思に」

 彼女の凛とした声が響く。俺はぴたりと動きを止めた。

「……」

 それは、俺が俺自身に隠していた感情。

 人の痛み、苦しみ、嘆き。命を摘み取る罪悪感。

 この女に腕を斬られたあの日、痛くて、苦しくて、死にたくないと強く思った。

 そしてそれが、人の意思だと気づいた。

「……っ」

 気づいて、涙が零れた。

「君は、優しい人間だ」

 久慈川が、剣を鞘に収めて微笑む。

「黙れ!俺はおまえを殺す!!」

 無防備になった彼女に、俺は刀を突き出した。真っ直ぐに心臓へ向かった切っ先は、彼女の脇をすり抜けて空を斬る。

「もうこれ以上、道を違えたまま生きるな」

 体勢を崩した俺の体を、久慈川が受け止めた。彼女が刀を抜いていたなら、俺は刺し殺されていただろう。

「…殺せよ」

 見た目によらず力強い腕だった。あれだけの剣術を持っているなら当然か。

 広がる暗闇、雲間を見つけては差し込む月明かり。俺を抱きしめる女の腕。

 この女に片腕を奪われ、生きる意味も奪われた。彼女になら、切り捨てられてもいい。

 そう、思った。

「───君が好きだ」

「…は?」

 次の瞬間、背中に針のようなものが刺さった。体が痺れ、手足から力が抜ける。

「っ…なにをした!」

「少し眠くなる薬を打たせてもらった」

 あぁ、こいつは変わってない。五年前は綺麗だと言いながら俺の顔を踏み、今日は好きだと言いながら妙な薬を打つ。

「…ぅわ!」

 くずおれる俺の体を、久慈川がひょいと持ち上げた。片手で男を俵担ぎにしながら、俺が取り落とした裂海を拾い上げる。

「おい、おろ…せ……」

 急に意識が遠くなっていく。少しどころではない眠気に、俺は成すすべもなく瞼を閉じた。

 五年ぶりの再戦は、思いもよらぬ形で幕を閉じた。

 …否、これは思いもよらない日々の幕開けなのかもしれない。

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