仮初めの魂の心
これは昔に記載した初のシナリオなので、シナリオ的要素にはなっていません。小説から作成しているので、小説のような要素をしています。
人物
槐聖二(18)大学生
我神修兎(18)その親友
真崎深雪(18)大学生
葵 人間そっくりの生きた蝋人形
白亜 生きたクラウンのマリオネット
春日井敦美(14)骨董屋の娘
哀夢 生きたフランス人形
マーク・スチュワート(55)聖二の父の友人
○山奥の廃墟の前
炎天下の中である。
槐聖二(18)と我神修兎(18)が息を切らせて立っている。
汗だくの額をハンカチで拭い聖二は目の前にそびえる屋敷を見上げた。
修兎「普通、道迷ってもこんな所まで来ないぜ。全く、だから言ったのに」
聖二「だから、あの時に訊いたんだよ。でも、修だって近道した方がいいって言ってついて来たんだろう」
修兎は顔をしかめて、腕で額の汗を拭うと溜息をついて屋敷の雰囲気を全身で感じようと瞳を閉じる。
聖二「ねぇ、本当に神様っているのかな?」
修兎「何だよ、突然」聖二は屋敷の脇を指差した。そこにはお稲荷様の小さな祠が佇んでいた。
修兎「もし、神様がいるんなら、俺は存在していないさ」
聖二「それってどういう意味?」
修兎「自分で考えろ」
聖二は腕を組み考える仕草を見せる。
少し間を置いて彼は口を開いた。
聖二「何か、この屋敷に来たことがある気がする」
修兎「まじかよ。既視感じゃないのか?」
聖二「分からない。よく覚えていないんだけど、そんな気がしただけだよ」
彼らは屋敷に顔を向けながら話をしていると、背後の木々の間から真崎深雪(18)が現れる。深雪は大きなDパックを背から下ろした。
深雪「貴方達も導かれて来たのね」
2人は面食らっていると深雪は汗1滴かかずに微笑を浮かべて彼らに並んだ。
修兎「君は?」
深雪「人のこと訊く前に自分のことを教えなさい」
修兎「まるで子供扱いだな。俺は我神でこいつは槐。ただ、道に迷っただけだ。で、君は?」
深雪「真崎深雪。ネットでこの屋敷を知って来てみたの」
聖二「この屋敷って何があるの?」
深雪は意味ありげに一瞥して屋敷を見上げた。
○屋敷のエントランス
大きく歪な音を立てて重い扉が開き3人は入ってくる。修兎は途端に鼻を摘んだ。
修兎「黴臭いね。埃に蜘蛛の巣だらけ。誰も長い間足を踏み入れてないみたい」
深雪「それは違うわ。ここは地図にも載っていない哀しい館。怪奇物のサイトに載っていて、ここでかつて黒魔術が行なわれてある魂が召還されたのよ。そのサイトの管理人もここに足を踏み入れているわ」
聖二「怖いね」
修兎「そんな嘘を信じるなって。この世にそんなもんある訳ないじゃないか」
聖二「そうでもないみたいだよ」
聖二の視線の先で、誰もいないはずのリビングルームのドアが自然に歪な音を立てて開いた。
○屋敷のリビングルーム
ゆっくり足を踏み入れると毛長の絨毯が足をとった。目の前に蝋人形が立っている。美しい女性で一見人間のようだ。その悲哀に満ちたガラスの瞳は真っ直ぐ彼らに向けられている。
葵「ようこそ、悪魔の屋敷へ。…そんなに驚くことはないわ」
聖二「…嘘。人形が動いて喋るなんて」
修兎「何者なんだ」
深雪「彼女は葵。ここで生まれた仮初めの魂」
聖二「誰が何故作ったの?」
葵「私は悪しき人間を滅ぼすために存在する」
葵は振り返る。その視線を追いかける
とミイラが安楽椅子に揺られていた。聖二達は驚愕の表情を浮かべる。
葵「私を召還した者。彼女は私を召還してすぐに息を引き取ったの。それからずっと私は独り。何故私を作り出したかは聞かず仕舞い」
修兎「さっき、人間を滅ぼすと言ったろ。何故だ。一体、何者なんだ?」
葵「私はけして存在してはならない存在。そして、何を思おうと行動しようと人間に悪影響しか与えることはできないの。嫌悪、軽蔑、嘲笑、憤怒の目でしか見られない許されざる存在。だけど、可哀想な人の為に
何かをしたい。ただそれだけ」
そして、葵は主人の亡骸を虚しく眺めた。
葵「私はソウルブレーカー。魂の破壊者。生かされている人間とは違い、自ら生きている完全な存在。正確には完全ではないのだけどね。…でも、ここからは出られないの。結界が張られているから。勿論外からも入れない」
深雪「でも、私達はここにいる。あのホームページにここの話を載せている人もいる」
葵「そう、ごく限られた人間が入れるの。だた、最初にここに来た人は私に驚き逃げて行ったけど。この結界は私を生んだ黒魔術の副産物なの。本来は現れないものだけど、何故か出現したわ」
無感情の葵は前に歩み出す。修兎は2人を庇うように構えて警戒した。
聖二「僕達をどうする気?」
深雪「彼女が言ったでしょ。人間を滅ぼすって。気をつけて」
葵「無駄よ。私には能力があるの。夢の力と言われている特別な力。将来のことを考え
るのならここから立ち去りなさい。もう、結界は消え去ったわ。前回の人間は結界を消す力はなかったの」
修兎「生憎だな。俺は将来なんて気にするほど、長く生きるつもりはないさ。それにこいつらは俺が護る」
葵「勇気と無謀は違うわ。私は汚れた人間だけを業火の炎に沈めたいだけ。貴方たちのような純粋無垢な魂は残っていて欲しいの」
修兎「例えどんな人間でも真の悪人はいない。ただ、あいつらは分かっていないだけなんだ。人の心身の痛み」
修兎は一息ついて葵に鋭い視線を突き刺している。彼女は感情が欠如しているかのように冷たく静寂をまとっている。
修兎「それに価値観だ。社会的価値観で『悪』とわかっていても、自分の価値観で『悪』(してはいけないこと)という認識がないと意味がない。出来心や平気で小さな悪行を行うこともそれで説明出来る。罪悪感を感じるかどうか、だな」
修兎の言葉に葵は無表情で、ただ彼を見つめていた。
修兎「ただ、頭で分かるだけでも駄目だ。理解しても他人と本人との価値の順位も関係している。感覚もあるので一概に言えないがな。他人と自分をきっちり差別化できて他人より自分が対等かそれ以下でなくては
な。度が過ぎると他尊自卑の自虐主義になるが」
葵「人間達が作り出した善悪という価値観すら分からない者がいるなんて皮肉ね」
深雪「だからって死んでもいいなんてないわ」
すると、聖二が目を見開いて手を叩いて大きな声を出した。
聖二「そうだ。昔、両親と出掛けたことがあったんだけど、帰ってきてすぐにその記憶がなかったことがあったんだ」
修兎「きっと、心を保護する為に記憶を封じる程、厭なことがあったんだな」
聖二「それがここに来たことがあるような気がしたのに関係あるのかもしれない」
深雪「今はそんなこと言っている場合じゃないわ。…葵。貴方がこれからしようとしていることは間違っているわ」
修兎「お前、両親は小さい時に亡くなって、叔父さんに引き取られたって言ってなかったか?」
聖二は首を傾げて曖昧な記憶を辿ろうとした。
聖二「あれ、じゃあ、あの記憶は?両親の死のところはあまりよく覚えてないんだ。その頃だと思う、両親が死んだのは」
修兎「関係あるかもしれないな、生きる人形とお前の両親の死…。これからどんなことを知ろうとも覚悟をした方がいい」
静かな空間の中に突然、2階から綺麗なオルゴールの憂いの篭ったメロディが独り手に鳴り始めた。
葵「破滅のレクイエムはすでに奏でられたわ」
彼女は1歩前に歩み出す。
葵「少年達は大人の図々しさ、ずるさ、けして悪くはない汚れを拒みながら、自らの心の迷いを誤魔化す為に、純粋無垢な心の石を汚れの衣でまとってしまう。確かに、純粋でい続けることは心に痛みを伴い、大人
になる為にはそれが邪魔であるけど。だから、不条理な人間は哀しい。純粋で居続けることが出来ないなんて。最近は悪しき少年も現れているが、自己中心的な悪しき心に病んでしまっている」
聖二「どういう意味なの?」
修兎は聖二を一瞥した。
修兎「お前は何でも訊き過ぎる。少しは自分で考えろよ」
聖二は修兎を横目で見ると俯いた。
葵「何故、悪しき者を滅することがいけないことなの?」
修兎「それを判断するのも裁くのもお前じゃない。勿論、俺達でもない」
葵「人間の法とでも言うの?不条理で不完全な人間の作り出した不安定な物差しで何を計れるというの?その法は悪人の盾にもなるし、時には冤罪すらある。悪を正当に罰することすらできない」
聖二「カントの懐疑論じゃないけど、判断、考えるもの、基盤が不確定だと、全てが定まらないということだね」
葵は静かに頷いた。深雪は鋭く葵を睨み付けた。
深雪「だから、人を殺してもいいということにはならないわ。人間、生き物の命は尊いものなの」
葵「死刑は?戦争は?報復攻撃は?自然破壊は?ケース・バイ・ケースなんて言わないでね。私の意見を否定できなくなるわ」
深雪は歯がゆそうに俯いた。すると、聖二は暖炉のある方へ歩いていき、マントルピースの上の写真を眺めた。
深雪「どうしたの?」
深雪も修兎の背後から葵を遠ざけて聖二に近付いた。覗き込んだ写真は楽しそうな親子の姿が写っていた。修兎も彼らに続く。葵は沈黙を保って視線だけで彼らを追った。
修兎「俺には、けして手に入れることのない『幸せ』だな。絵に描いたような家族だな」
葵「それは私の主人の過去なの」
葵は視線をミイラにやりながら呟いた。そして、まるで修兎達の逃げ道を塞ぐようにゆっくりとドアに近寄って振り返った。聖二は構わず言った。
聖二「その記憶喪失の後、2日間は下痢と吐き気、腹痛にだるさで凄く苦しかった。微熱が続いて真夏の暑い時に冷房すら付けられない状態で、水1滴すら飲めなかったんだ。救急車呼びたいくらいで」
深雪「まるで、自律神経失調症ね」
修兎「もし、ここで何かあってそうなったのなら、ここで何があったんだ?思い出せないか?」
聖二は頷き写真を置いた。葵は聖二の言葉の全てを聞き、疑問そうに彼を見つめた。そして、何かを思い出したようにガラスの瞳を見開いた。
葵「あ、貴方は槐修平の息子?」
聖二「そうか…。今、はっきりと思い出したよ」
聖二の表情は今までのあどけない緩んだそれではなくなっていた。真剣な面持ちで葵に鋭い視線を投げ付けた。
葵「…仕方なかったの。貴方の両親は私達、悪魔の人形を滅ぼす為にアラン・スチュワートの子孫を探っていたの。そして、主人を突き止めたの」
聖二「修は親から聞いていないか。僕らの両親は存在すべきでない者をこの世から滅す
る為に行動していたんだ。そして、ある時、黒魔術の研究をして、悪魔の人形の作り方、悪魔の魔術書を生み出したイギリスの宮廷人形師のアラン・スチュワートの子孫を全て調査して、彼の血を引いた数人の子孫が日本にいることが分かったんだ。その1人があのミイラだ」
葵「貴方達はそして、ここに辿り着いた。そして、主人の病んだ弱い心を追い詰めて…」
聖二は悔しそうに俯いた。修兎は肩に手を乗せた。
修兎「何故、主人の復讐を遂げた葵からお前は逃れることができたんだ?」
葵「槐修平、我神雫は夢の力に打ち勝つ者だったの。勿論、貴方もね。槐聖二君」
深雪「そうか。それで私達もその夢の力に打ち勝つ者でここに入ることができたのね」
修兎「そして、夢の力の結界を解くこともできた、か。それと聖二のこととどう関係があるんだ?」
葵「彼は特にその能力が強かったの。私達の力は通用しなかった。そして、自力でこの屋敷から抜け出したという訳」
修兎は厳しい表情を浮かべる。
修兎「私達?悪魔の人形は2体いたのか」
葵はそれには何も答えなかった。修兎達は警戒を強めた為に体を強張らせた。
修兎「結界が消えたのはその力の強い聖二が成長して、なおかつ能力も強くなってここに来たからなのか」
そこに1体の人形が奥のサイドボードより転がり落ちた。そして、起き上がると修兎達のいるマントルピースの前に歩み寄った。
白亜「私は白亜。かつて、悪魔の人形を統率していた者」
クラウンのマリオネットの白亜は不気味に微笑む。
白亜「私は葵と違い完全な存在。天使の魔術書ではなく、悪魔の魔術書で召還させし存在。そいつのように甘いことは言わないぞ」
葵は白亜の前に走っていった。そして、振り返り叫ぶ。
葵「彼が眠りから覚めてしまった。彼は私が槐修平達が訪れて彼が倒してしまって以来、
封印していたのに。おそらく結界が破られたせいだわ。早く逃げて」
聖二「そうか、そいつは人形の完全体だよ。全ての人間を滅ぼすことを目的とした最も
危険な存在。スチュワートは2種類の魔術を作り出したんだ。1つはその完全な悪魔。もう1つはその悪魔の作り方より、偶然にある工程を抜いた為に出来た可哀想な天使。欠陥がある方が優しい心を持っているとは皮肉だよ」
修兎は聖二のいつもと違う表情を垣間見た。
修兎「すると、どちらにしても結界のない今、この人形達を野放しにする訳にはいかないということだな」
聖二「そういうこと」
2人は勇ましく微笑み同時に2体の人形達を睨み付けた。
深雪「ちょっと、2人とも。私達には戦う術がないのよ」
修兎「そうでもないさ。俺達にはやつらの特殊な能力、『夢の力』は通用しないのだからな」
聖二「いいや、そうでもないよ。彼らは精神攻撃と物理攻撃ができる。精神攻撃、つま
り、人の心の弱みを利用する方法は通じないけど、衝撃波とかはどうしようもない」
深雪「じゃあ、どうするの?」
聖二は手を深雪に差し伸べて修兎に何かを耳打ちした。修兎は笑顔を見せて1歩前に出た。
修兎「白亜。お前達は心弱き者、心に深い傷のある者を惑わすのは、お前達も同じ状況であるということだよな」
葵ははっと目を見開いた。修兎は同情と悲哀の眼差しを注いだ。その奥で聖二は共感の瞳を人形に向けている。
聖二「辛かったね。今まで誰も気付いてくれなくて。でも、がんばらないくていい。少し、心を休めて…」
白亜の表情が鬼のそれのように歪んだ。そして、大きく言葉を吐き捨てた。
白亜「お前達に何がわかる?存在してはいけない者、軽蔑、嫌悪、嘲笑、憤怒の目でしか見られない、憎まれし、蔑まれる者の気持ちがわかるのか?」
修兎「お前らより、心に闇を持った人間、その為に心身をもっと病んでしまった者だっているんだ。自分だけが不幸という悲劇の主人公を気取るのは止めろ」
聖二「わかるよ。それに、他の誰かがどういう状態であろうとも自分の苦しみは変わらないしね。それに、外から見ただけでは大したことないと思われると、それなりに扱われる。甘えとも見られる。でも、少しで
も心に深い傷を持つこともあるし、普通に過ごしているだけでも苦しみを感じることもある」
聖二の言葉に白亜は怯んだ。その隙をついて葵は白亜に飛びかかった。小さなマリオネットは弾き飛ばされて壁にぶつかった。白い壁紙に掛かった印象派の模写の絵画が絨毯に落ちた。
修兎「俺は印象派よりもマグリッドのような超現実主義の方が好きだな」
ポケットに両手を差し入れて修兎は崩れ落ちるように地面に伏せる悪魔に近付いた。
白亜「いかにお前が無謀を計ろうとも、命を平気で捨てられると思うとも勝ち目はない」
修兎「死を願う者がその考えに至るまで、平気だったと思うか?苦しまなかった、追い詰められなかったと言うのか?」
白亜は鼻で笑うと立ち上がった。修兎は手を伸ばそうとすると、白亜が手を上げて惨たらしく笑った。ぎこちなく起き上がり波動を放った。修兎は反対側の壁まで吹き飛ばされて背中を強打して息を詰まらせた。
深雪「大丈夫?」
深雪は修兎に駆寄り起き上げた。そして、白亜を睨む。
深雪「人間が自分の存在の邪魔だから、殺すというの?もっと、考え方を変えられるはずよ」
聖二「無駄だよ。何を言っても自分の思考、概念の範疇外のものを受け入れ、理解することは困難なんだ。それに、信じること、信じ続けること、信じていることを疑い改めることは限りなく難しいからね」
葵「それにこれは性質、本能であるからね。無意識の支配から逃れるのは、それなりの心への衝撃が必要ね」
さらに白亜は畏怖を抱かせる表情を浮かべてぎこちない足取りで、今度は聖二にゆっくりと向かってくる。
修兎「打つ手はないのかよ」
葵「あるわ。聖二君はかつて、今よりも絶望的な状況、しかも、両親が倒された状況で助かったのよ」
深雪「そうか、彼の力、『より強力な夢の力に打ち勝つ』能力で何とかなるかもしれない」
聖二は近付く白亜に自ら近付く。そして、2者の間が30cmまで来ると、互いに足を止めた。
葵「白亜。もう止めましょう。さだめ、運命を終わりにしましょう。もともと、私達は存在すべきではないの。この歪んだ運命、メビウスの輪の形の運命から抜け出すべきよ」
白亜「なら、自分だけで消えろ」
白亜は首だけをくるっと振り向いて手を向けた。葵の体は見えない波動に弾き飛ばされてしまった。
聖二「火だ。修、人形達の弱点は火なんだ」
聖二はマントルピースの上のマッチを2つ掴んで、一方を修兎に投げた。深雪に支えられて息を整える修兎は空を切るマッチを受け取った。
白亜「我々の心を悟りながらも、我々を倒すことはできるか?この境遇を知って葬れるのか?自分達の為に我々を殲滅するのは、我々の人間を葬ることとどこに違いがあるというのだ?」
聖二「……」
白亜「自ら我々、可哀想な存在を召還しておいて、我々を殺すというのか。人間と悪魔の人形、どっちが存在してはならない者なのだろうな」
修兎「聖二、惑わされるな。自分を可哀想なんて表現して虚しくないのか?根本的に違うんだよ。両者の行動には決定的な違いがある。そもそも、お前ら悪魔の人形は存在するだけで、回りに悪影響を及ぼすんだ。
存在してはならないんだ」
白亜「屁理屈だな。人間とて同じようなものではないか?少しのことでも、回りに影響を与えてしまうことを意識していないだろう。我々はすでに自分達を客観的に知っているだけに、それをよく意識している。そ
れに、潜在的に、性質的に主観的視線で見がちな人間だからこそ、自分を悪く見ることが難しく、いかに悲観的な人間でも、全ての自分の弱点を知りえない。丁度、酔っ払いが自分を酔ってないというように、変
な人間、変わった人間が自分が普通だと認識するように。自分の癖が分からないように。人との違いに気付かないように」
聖二「ネガティブな人間だって存在する」
白亜「それは悪く自分を思うように自己暗示をかけているだけで、自分の弱点を客観的に全てを把握している訳ではない」
すると、深雪が修兎を支えながら叫んだ。
深雪「もう止めて!」
辺りに静寂が訪れ、緊張の糸が空間に張り巡らされた。しばらくして葵は部屋の中央に向かった。
葵「そうね。全ての幕を下ろしましょう。貴方達のような人間がいれば、まだこの世の中も何とかなるのかもしれないわね。限りなく少ないだろうけど」
聖二「何をする気だ?」
葵は憂いの表情で哀しく微笑んだ。
葵「私達は再び虚なる存在へと戻ります」
聖二は真剣な面持ちで頷くとマッチ箱を放った。それを受け取り、葵はマッチを擦った。仄かに明かりが辺りに満ちる。
白亜「何をしているんだ。そんなこと、間違っている」
彼女は横に首を振ってそれを絨毯に落した。炎はあっという間に広がった。
深雪「待って。まだ、人形は他にも存在するの?」
葵は炎に包まれたまま答える。
葵「今のところはもういないわ」
深雪「今のところ?」
葵「もし、可哀想な存在が再び生み出されることがあったら、貴方達が葬って上げて」
深雪「もし、外国に現れたら?」
葵「大丈夫。日本にしか出現しないから。スチュワートが悪魔の人形を作り出しても、世界にいっぱいにならないようにね。この国の人間の心の弱さが私達には必要なの。心の闇を持つ作り手が必要なの」
葵は微笑みながら業火の炎の中に崩れ落ちていった。
○屋敷のエントランス
咳き込みながら、聖二達はリビングルームより脱出する。しかし、炎と煙の中から白亜が追って来た。所どころ焦げている。
白亜「どうやら、我々も決着を付ける時が来たようだな」
白亜は手のひらを向けて3人に歩み寄った。
修兎「まだ、分からないのか。葵の意図は分かったろう?」
白亜「いや、分からないね」
彼は波動を放った。聖二は咄嗟に腕を前に出した。波動は聖二に当たったが、弾き返されて白亜の体を弾き飛ばした。と同時に修兎は駆寄りマッチに火を付けて放った。壁にぶつかり倒れる白亜が燃え上がった。
○屋敷の外
炎に包まれる屋敷を前に、聖二達は立ち尽くしてそれを見ていた。
深雪「全てが終わったのね」
修兎「ああ」
聖二「可哀想な存在。あの話の中身は胸に付き刺さったね」
聖二はいつもの無邪気な表情に戻っている。修兎は軽く聖二の頭を叩いた。
修兎「らしくないこと言うな」
深雪はそれを見て笑った。聖二は照れながら頭を掻く。炎を後にして、3人はしばらく見つめていた後に森の中に消えていった。
その後、屋敷が瓦礫と化した中で小さな影が動き出したことを誰も知らない。
葵「全ては流れのままに…」
○大学の部室
屋敷での出来事から2日が過ぎていた。夏休みも終わり、学校に登校していた聖二と修兎がその話をしていた。
聖二「でも、これで終わった感じがしないんだよなぁ」
修兎「終わってないさ」
聖二は部屋の真中のテーブルにあるテレビをつけて、ゲームを始める。
修兎「それ、新しい奴だろ。いつ買ったんだ?」
聖二「昨日。それより、あの後思い出したことがあるんだよ」
ゲームの手を止めて、聖二は紙切れを取り出す。
修兎「手紙か?」
聖二「父さんの形見の中にあったもので、エアメールが沢山あったんだ。何で、今まで忘れてたのかな?」
修兎「忘却は心の防衛。しょうがないさ」
聖二「で、その中にいいものがあったんだ」
手紙が広げられる。
聖二「『スチュワート家の人間が日本に導かれるように来ている。それには人形が唯一日本でしか、覚醒しないからである。それは、アラン氏も魔術を完成された時に気付いていたらしい。そこで、子供、子孫に日
本に移るように伝え、それに従った者達が来ているそうだ。これはイギリスの知人に調査してもらった話である』だって。あと、その子孫は数代に渡って広がっていて、消息すら不明である」
修兎「誰と手紙をやり取りしていたんだ?」
修兎は宛名を見る。そこにはマーク・スチュワートと記されていた。2人は顔を合わせる。
修兎「どういうことなんだ?」
聖二「スチュワート家とは別の同姓の人物じゃない?」
修兎「または、アランの子孫であるが、夢の力に打ち勝つ者と同じ目的を持った者か」
すると、ドアが開いて深雪が姿を現す。2人は驚きの表情を浮かべる。
深雪「やっと、見つけた」
深雪は大きく溜息をついて近くの長椅子に寝そべった。
深雪「もう、大学中探したんだから。郊外みたいにキャンパスがないから、そこら中駆け回ったんだよ」
修兎「お疲れ」
深雪「何よ、その言い草」
聖二「何しに来たの?」
深雪「あれから全然連絡くれないじゃないの」
修兎「用もないのに電話するかよ」
聖二はゲームを止める。静寂の空間が訪れると、深雪は声を潜めて話始める。
深雪「実はある怪奇サイトに興味深い掲示板の書き込みがあったの」
修兎「また、そんなの見ているのか。これでもかってくらい怪奇フリークなんだな、お前」
深雪「変な風に見ないでよ。そんなんじゃないけど、ただ、自分も霊感あるから興味があるだけよ」
聖二「へぇ、幽霊とか見るんだぁ」
深雪「見るだけじゃないけどね。…って、そんなことより、そのBBSのコメントに独りで動く人形の話があったの」
修兎「あいつら、生きていたのか?」
聖二「まだ、決まってないさ。この2日間で新たに生まれたのかも知れないし」
修兎「運命論者じゃないけど、運命は変えられないのかも知れないな。人形達を止めることはかなわないのか」
深雪「そんなことはないわ。私は決められた運命なんてないと思っているの。これはあくまでも私独自の意見だけど。全ての事象、次元的要素は大きな川のような流れの中にあると思っているの。――私はそれを『大
いなる流れ』って呼んでいるけどね――それには複数の流れがあって、その流れの中では何もしないと行き着く先もその経過も比較的に想像出来るの。でも、重要なのはこの波に乗ること。リズムを掴んで、流れを感じてタイミングよく。チャンスを見て掴むことが大事。流れを味方にしたら、別の流れにも行ける。だけど、気をつけないといけないのは、けして流れに逆らってはいけないこと」
2人は妙な表情になっていた。慌てて弁解をする。
深雪「あ、私、変な宗教とか入ってないからね」
修兎「で、その人形の持ち主は?」
深雪「詳しいことは分からないけど、この辺の近くのある骨董品店にいたんだって。とにかく探してみましょう」
修兎「探してみましょうって、今すぐ?」
深雪は作った笑顔で頷く。
聖二「授業はどうするの?」
深雪「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。人類滅亡が掛かっているんだから」
聖二「そんな大袈裟な」
深雪「あの日のこと忘れたの?」
修兎「俺はどうせサボるつもりだったからいいぜ」
そして、修兎は聖二を意味ありげに目を細めて見た。
聖二「わかったよぉ。行くよ」
深雪「じゃあ、決まり!まず、この先の古本屋街に行きましょう」
○メイン通りから少し外れた路地
聖二は導かれるようにある1件屋に足を止めた。その家は一見普通の民家に見えるが、骨董品店である。看板が出ていないので、普通の人なら通り過ぎるところであった。
修兎「どうした?」
聖二「…うん。ここ、店だよ」
深雪はガラスの引き戸を覗き込んだ。
深雪「そうみたい。よく分かったね」
聖二は狐に抓まれた顔をしていた。その時、深雪はフランス人形が店の中で逃げるように奥に駆け出すのを見逃さなかった。
○骨董品店の中
薄暗い店内はガラクタでいっぱいだった。その中を擦り抜けて奥へ向かうと春日井敦美(14)が足を揺らせて椅子に座っていた。
深雪「貴方、生きている人形を持っているわね?渡して欲しいの」
しかし、敦美は黙ったまま、じっと、聖二の方を見つめていた。
修兎「君は取り憑かれているんだ。あいつらは弱い心に付け込んで、味方の振りをして主人とその回りの人間を不幸にしていくんだ」
聖二「そして、滅ぼすんだ」
敦美「偽善ね。全ての人間を救う?ヒーローのつもり?何も分からない大人に成り切れていない人なのに」
聖二「確かに大人に成り切れていない。でも、偽善じゃない。まぁ、別に誰にどう思われ
ようと構わないけどね。誰かを助けることが出来て、自分に見返りがなければ、どう思われてもいいさ」
修兎「それに、自分自身も良く分からないし、心の奥では自意識の知れないところで自分が何を思っているか分からない。偽善かもしれない。でもな。そんなことを気にして何もできなくなるより、素直に誰かを助けようと感じる心に従うことはいけないことなのか?」
敦美「臭い台詞。今時そんなこと言う人いないよ」
修兎は敦美を睨み付けた。
修兎「茶化すのもいい加減にしろよ。あの人形は人を殺すんだ。勿論、お前も例外じゃない」
敦美は声を出して小さく笑った。修兎は勢いよく歩み寄ろうとするが、深雪はさっと体を割って入り止めた。そこに、聖二は気付かぬ内に敦美の横に移動した。
聖二「すでに悪魔は動き出している。彼女は夢の力で現実から逃避されているね。白昼夢って奴だ。勿論、彼女の弱い心をガードする為だ。そう、あの人形は天使の人形だよ。半分は安心していい」
まるで、操られているように声を落してそう聖二は口走り、敦美の膝に隠れるようにちょこんと座る人形を抱き上げた。人形は無表情を歪ませた。
哀夢「貴方は不思議ね。何でも分かるみたい」
敦美「哀夢を返して」
敦美から逃れて聖二は距離を取った。
聖二「この娘は君を助けようと精神を操作しているけど、それは間違ったことなんだよ」
敦美「そんなことない。人形達、哀夢は私の味方、たった1人の信頼できる仲間なの。私を助けてくれるの」
修兎「こいつはなぁ、両親を目の前でその悪魔の人形達に殺されているんだよ!しかも、全ての人間を助けようとしてな。こいつ程、人の心の闇、心の傷を知っている奴はそうはいないんだよ」
敦美「だから、その人の言うことは全て正しいの?」
深雪「少なくても、貴方が出会って来た人間よりは信じられるわ」
敦美は瞳を潤ませる。
聖二「人形の忌まわしい力に頼らなくても、僕らが協力する。味方になる。少なくても心を分かって上げられる。同じ人間として」
じっと真剣な目で聖二を見ていた哀夢が微笑んだ。
哀夢「あっちゃん、その人は信用できるわ」
全員、驚きの表情を見せて聖二の手の中の人形に視線を集めた。
哀夢「私の能力は知っているわね。人の心を感じる。この人は深い哀しみを持っているけど、温かいものを感じる。良い、優しい心、魂を持っているわ」
そう言い残して哀夢はゆっくり出口に向かって後ずさると、道路の中央でいきなり燃え上がった。敦美はショックを受け、しばらくして号泣を始めた。
○骨董品店の近くの喫茶店
若い女性の多い満員の店内の奥のボックス席に修兎達が敦美の心を暖かく包み込んでいた。人形とは違う正当な方法で。
聖二「哀夢の気持ちを分かってやるんだ。あの人形の背負った大き過ぎる重荷とさだめ。その中で考え抜いてとった行動」
無言で敦美は頷いた。歪な笑顔が3人を安心させた。
修兎「問題は誰が自分をどう想っているか、ではなくて、誰かがこう思っていると自分が思っていること、なんだ」
聖二「君は全ての人間が自分の敵で、傷つける信用できない者だと想っていた。だから、人形を信じられても、僕らを信用できなかった。哀夢が僕達を信用すると言わなかったら、僕らがどうであれ未だに信用しなかった。何か哀しいね」
修兎「いかに、俺がどう想ってようと君が、俺が自分を嫌っていると思えば、それが君にとっての真実なんだ。真実と事実は必ずしも一致しない」
聖二「修兎は僕を嫌ってる?」
修兎「俺は本当に嫌いな奴とは口を利かないことにしている。お前はどうなんだ?」
聖二「嫌いで厭な奴だったら、僕達は君に付き合ってないよ」
深雪「付き合っている?」
聖二「そういう意味じゃないよ!」
深雪は笑って腹を抱えた。
深雪「そんなに必死にならなくても分かっているわよ」
聖二「僕は両親の愛情を充分知らないから、人に好かれるってことの本当の意味を知ら
ないんだ。だから、誰かに本当に好意的に思われても心の奥までは理解できないんだ」
修兎「でも、両親がいれば良いってものじゃないさ。さっきの話じゃなくても、自分が子供の為にと思っていても、虐待や歪んだ愛情、自分の感情優先で子供のことを考えない扱いは子供にトラウマさえ築かせるさ。その人の為に、と思うことよりも、その人の為になることをすることが大切なんだ。自分の思うその人の為、と本当にその人の為、なことは違うからね。例えば、ストーカーが被害者の為にと思うことは被害者にとって、不安を煽る厭なこと、だから。尤もこの場合、被害者の価値観を自分の価値
観に思い込んでいるという要素が多いけどな。人は何かと自分を正当化させようとするから。自分を厭な存在、に見ない為に、自分勝手な思想を抱くものだ。これも本能であり、主観性のなせる業であり、心のバ
リアであるから、仕方がないんだけどな」
聖二「ただ、気持ちだけでもうれしい、という言葉を投げ掛けられることもある。つまり、その人に自分の誠意、善意を伝えることが重要で、その人の為になる行為をすることは二の次だね。ましては嫌な気持ちに
させることは問題外」
深雪「あーあ。でも、良かった。全てが解決して。貴方達に会えて本当に良かった。ちょっと、論理的なところがどうかなって思うけど。2人とも、似てるよね」
修兎・聖二「似てないって」
深雪と敦美は思いきり笑い飛ばした。すると、店内にある西洋人が入ってきて、辺りを見回して聖二達の所に近寄って来た。敦美は畏怖の念を表に表したが、聖二達を見て、それを悟られないように歯を食いしばった。
聖二「恐怖を感じることは恥かしいことじゃないんだよ。怖いという感情は心身を警戒、危険の回避の為の重要なものなんだよ。それに、怖いから避ける、という行為もとても大事なんだ。特にこういうご時世はね。あの人形達じゃないけど、悪意、下心に満ちた人間で溢れているからね」
修兎「純粋に居続けることは難しい、か。大人になるということは、純粋な心の石を汚れという布で包むこと、だからな。尤もその汚れ、は一般に言うものじゃなくて、普通に皆がもっている、悪くないものなんだ
けどな」
近くに来た異国の人間、マーク・スチュワート(55)は聖二の隣りに来ると、どかっと座って流暢な日本語を口にした。
マーク「聖二!修平にそっくりだな」
そう言ってオーダーしたストロベリーフレーバーティを1口啜る。そして、全員の姿を見回した。
マーク「あのメールから、すでに事情は知っているようだけど…」
修兎「聖二、おやじさんの手紙にメールアドレスが書いてあったんだな。ここにマークさんを呼んだのか」
聖二は頷いた。
マーク「最後の手紙に日本に渡ること、Eメールアドレスを書いたんだっけ」
深雪は何かを探ろうと耳を澄ましている。修兎は腕を組んで鋭い視線を向けていた。
マーク「人形を倒す為には確固たる意志を持ってないといけない。力が効かなくとも、彼らは人間の精神に影響を与えることに長けているからね」
修兎「当たり前だ」
マーク「よーし。じゃあ、これから私は人形の立場で話しをするから論破してくれ」
3人は息を飲んだ。
マーク「人間が人形の絶滅を望んでいるのは、人間のエゴではないのか?」
修兎「いいや。少なくとも夢の力に打ち勝つ者はそうは思っていない。単純に人間にとって危険、という理由だけではない。それが人形達にも、彼らに対する人間達の気持ちの為にもいいのだ」
マーク「もっと、分かり易く」
修兎「考え方だ。判断、思考は意志が2つ以上関係している時はその数だけ世界があり、それらを知る必要がある。そして、その意見の全てのプラス、マイナスの要素を理解して、1つの自分の意見を判断する。例えば、自分と人形の間で自分の意見を確立させる為には、頭から人形の意見を否定するのではなく、人形の意見を作り出せるようになり、その意見を肯定して理解した上で、自分の意見と検討して自分の意見を作り出す、ということだ」
マーク「それでは、どうやって自分の意見に相反する場合もある持論以外の意見を肯定して理解するんだい?」
聖二「多面的な思考をするんです。それは非常に困難ですけど、自分に相反する考えを1つ上げてそれを肯定してみるんです。自分は白と思うのに、どうしてあの人は黒と思うのかな。自分が間違っているのかな、
ってね。そして、白が間違いで黒が合っていると思えるようになったら、赤でも同じように思えるか、って。すると、自分の意見の他に数種類の意見を持つことが出来ます」
修兎「ただし、多面的になれること、自分と相反する意見を持てることは危険が伴う。
自分を客観的に見る事ができるんだ。すると、人間が知らなくていいこと、自分の意識、思考の奥まで客観的に理解できようになる」
聖二「客観性が度を越すと、主観であり、人間の本質の人間が心の防御の為に目隠ししている、自分の中の嫌な部分も見えてしまうんです。すると、自分が今まで悪くないと思うことも悪く思えて、すると、自分の
中の悪が小さい物が大きく見えて、その内、悪くないことまで悪く見えて、自分の全てが悪く、その悪さも拡大して過度になれば、自分を悪魔のように思えて嫌い、恨み、その結果自分の存在を許せなくなる。自分が消えれば世界に多大なるプラスを与え、多大なるマイナスを減らせると感じてしまう。精神的に潔癖症になってしまいます」
修兎「ただし、そこまで到達するには、心の奥に完璧主義な要素があることが必要なんだけどな。そして、その心に芽生えた潔癖は頭で悪くないと分かっていても、心の奥、無意識が拒否してしまうんだ」
修兎はジャケットの胸ポケットからサングラスを取り出して掛けた。
マーク「君達は心にこの短期間に溢れるほど多くのことを、重過ぎることを背負ってきたんだね。だから、人形に惑わされることのない、人の心を本当に大事に感じることができるんだよ。少し、安心した」
深雪「私はそういう難しいことはよく分からないけど、この2人がすごいっていうのは分かります」
マーク「そうだね。常人には概念の範疇を著しく逸脱していることだからね。流石、槐修平と我神雫の息子達だ」
聖二「随分、難しい日本語を知っていますね」
マーク「沢山勉強したし、君達の両親にも随分教えられたからね。文化の交流は一番の勉強だよ」
修兎「もっと、俺達の親のことを教えてくれますか?」
マーク「何も聞かされてないんだね、では、私も話は控えよう。いずれ、話がする時が来るさ。今は時期じゃない」
敦美「人形はそれが分かっていないの?」
修兎「ああ。人形は他に影響を与えるということの意味が分かっていないんだ。つまり、自分が悪と思っている邪悪な現代の人間と変わりがないんだ」
聖二「少しでも、回りに、他人に影響を与えることがあれば、それに責任をもたなくてはならない。少なくても、どんなに小さいことでも、影響を与えてしまうものなんだ」
修兎「俺達も回りに多くの影響を受けているからな。大きなものではトラウマがそうだ」
マーク「しかし、君達はまだ彼らのことを知らな過ぎる。そして、人や人形達の心もな。だから、冷静に精神を分析出来るし、勇敢に戦える」
修兎は首を振って、ウィンドウの外の景色に視線を放った。
修兎「本当の憤怒、怨恨、悲哀、絶望を知っているからだ。けして、何も知らないから冷静なんじゃない。だからと言って、傷の舐め合いをする気もないが」
マーク「わかった。あとは君達に任せることにしよう。」
聖二「それで、僕達の父親について話してくれるはずですよね?」
マークは静かに首を横に振った。
マーク「今はその時期じゃない。でも、いつか分かる日が来るさ」
マークは軽い笑顔でそう言うと、立ち上がって後ろ手に手を振って去っていった。
深雪「結局、何も聞けなかったね」
聖二「でも、僕達は僕達のやれることをやるしかない」
○大学の建物の1つの屋上
数日後、大学に戻った聖二と修兎は残っている講義をサボって空を見上げていた。地上からは広場で会話する学生達の声が聞こえてくる。
修兎「俺達って論理的かな」
聖二「真崎さんの言葉、気にしてるんだ」
修兎「そんなことないけどさ。だけど、理性的って頭が硬いってことだろ。俺のイメージダウンだ」
聖二「考え過ぎ。と、言うかイメージ気にする性格でもないだろう」
修兎「まぁな。でも、感性的な人形に理性的な者が勝てると言うのか」
聖二「良く分からないよ。そんなに論理的かな?」
修兎「ああ。少なくても、精神の奥を掘下げて理解しているだけに、哲学的になっている。哲学者は数学者であり、物理学者であり、科学者だ」
聖二「以外と博学なんだね」
修兎「哲学好きで、かつての哲学者の理論を自分で考え出したこともあるし、本もよく読んだしな」
聖二「それに哲学も受講しているし。だけど、こういうことも考えられるよ。極端に理性的で極端に感性的って。僕が前にSPIの適性テストやったときに、十角形のグラフが調査と芸術、つまり、最も論理的なものと最も理性的なものにグラフが極端に伸びてコンパスの針のような形になったし」
修兎「まぁ、どうでもいいさ。…なんか、らしくない話ばかりだよな、人形に出会ってから」
聖二は微笑んで大きく汚れた空気を肺に吸い込んだ。修兎は聖二を横目で一瞥した。
修兎「深雪をこのまま仲間として、人形との戦いに巻き込んで行くか?」
聖二「確かに、危険だよね」
修兎「理論は俺、巨大な力のお前、それで充分だろう」
聖二「だね。でも、どうして突然そんなことを?好きになったとか。結構可愛いからね」
修兎「お前も知っているだろう、俺が人を好きにならないことを。今までも、今も、そしてこれからもな」
聖二「自分に好意的な人間がいないから、自分も人を好きにならないって奴?」
修兎「それに女性にそういう目をやるのが、汚いようでな。下心ってのが、心の奥が拒否している」
聖二「ますます修らしくない台詞。結構、格好つけている癖に」
修兎「そう言うお前はどうなんだよ?」
聖二「僕も未だに恋愛という感情を持ったことないからね。好きになることが怖いのかも。僕達って傷つくことを過度に嫌っているからね」
修兎「それに、俺は諦観主義だ。何かを求めれば、欲が出る。欲は厭なものだし、満足できなければ苦しい。けして幸せに成れない、生きているだけで辛苦を味わう俺には荷が重過ぎるさ」
聖二「だから、ストイックなんだね」
修兎「だから、食べることも執着ないし、欲を拒否している。寝ることも勿体無いと思うし、希望も持てない」
聖二は視線を空から修兎に移す。その眼差しは憂いの色が写っていた。
修兎「とにかく、恋愛には疎いね。例え、俺がどう想ってようとどんな女性も関係ない。例え、誰かを好きになろうとも、全ての女性は俺以外の男性を好み、その男性が女性を好きになる。両想いの2人が俺が何を思ったところで変わりはないだろう」
聖二「本能をも拒否、覆すトラウマ、心の闇か。人形との運命が終われば、治るのかな」
修兎「その頃には俺はこの世にはいないさ」
聖二「死ぬ気になれば何でも出来る。死ねるなら、がんばって生きることが出来るよ」
修兎「お前は何も分かってないな。死を選択する人間は希望を持って生きている他の人間と一緒じゃない。言ってみれば全く別の人間なんだ。死ぬのにエネルギーがいる?勇気が必要?違う。本当に傷付いた人間は
心身を麻痺しているんだ。痛みすら肉体に感じないことがある。シャープペンで手の甲に幾ら刺しても何も感じず、小さなかさぶただらけになるだけ。生きているのが辛いだけじゃない。だから、死ねる。それを
生きるエネルギーに?負と正を取り違えているんだ。ただ、死に対する憧れも持ちながら、それでも死ねない人間がどれほど辛いか、分かるのは簡単じゃない」
聖二「その人の世界の話をする為には、その人の心を知らなければ、だね。普通の人間が深く心の傷ついた人間に何かを伝えるのは容易じゃない。傷ついた人間を救えるのは、同じ傷ついた心を持ってないとな」
修兎「死ぬような目に会った時に、『死ななくて良かったね』と心を知らぬ人間が言うこと、優しくされること、感謝されることは苦手。同じ心を持って初めて味方になれるんだ」
聖二「同じ側の世界、価値観を持っていないと、か」
修兎「そういうこと。俺達は人形達に似た心を持っている。だからこそ、夢の力に打ち勝つ力を持っているんだ」
その時、聖二の携帯電話が鳴った。
深雪「人形が現れたわよ、早く来て。場所は…」
修兎と聖二は顔を合わせると起き上がって駆け出していった。
完
昔のシリーズの話の間の話なので、それを読んでいれば話が理解できます。
シナリオに挑戦したので、なかなか内容まで熟考出来ていないかもしれません。