ミトコンドリア・イブ
「マリオ、戻ったよ」
「松本様、地球はどうだったの?それとその荷物は?」
「ああ、散々な目にあってきたよ」
「え?」
地球に戻った松本だったが、魔素に慣れた肉体は地球では動かしづらいと感じてしまった。この原因は何か?松本は仮説を立て、検証を行うために道具を一式持ってきたのだった!
「マリオ、ミトコンドリアの話はわかるね」
「ああ、イブの7人の娘とか、そういう話?」
「そうさ。このミトコンドリアの特性によって、人類の起源はアフリカのイブにまで遡ることができた、しかし、だよ。しかし、ね。このミトコンドリアは、ここ異世界に来て目を覚ましたように思われるんだな」
「どういうこと?」
「マリオやこの眼の変化は、酸素をエネルギーに変えてきたミトコンドリアの働きによるものだと思うんだ、そう、このミトコンドリアはもともとこの異世界からやってきたんじゃないかな」
「え、となるとこの異世界が今の地球の生命体の起源に当たるかもしれないってこと?」
「ああ、間違いない。ミトコンドリアはもともと魔素と酸素を取り込みエネルギーにしていたんだと思うね、地球に来てからは能力が半減してしまっていたけど、それでも酸素が使えるってことはエネルギー革命と言って支障ないからこそ、地球の地表にミトコンドリアを持たない生物はいない」
「それじゃあ、僕たちは・・・」
「そう、帰ってきたんだよ、イブの地、ここが追放された楽園だったというところかな」
「けど、キリスト系の人間は卒倒しちゃうね、白人至上主義だからさ」
「ああ、この村の人々と黒人の外見が違わないのは、黒人というのがやはり人類の起源であり、ミトコンドリアの促した正道とも言える進化の道であったんだと思うね」
「松本様、ゲートを開くの?」
「いや、この楽園には人類では太刀打ちできない生物がいると思って間違いない」
「え、そうなの?」
「おそらく、ね」
この村の戦士たちは、決して領域の外に出ない。それは他の村も同様で、いわゆる暗黒領域が彼ら人類の進出を妨げている。文化の断絶が、この地の人々の生活の向上に蓋をしていた。
「マリオ、未だこの世界の食べ物を、まあ水と大気から以外は魔素を、摂取していないね」
「そうだね」
松本たちは村人を集め、儀式に必要だからと血を提供させた。細胞内のミトコンドリアの振る舞いを観察するためであった。
「まず細胞内にいるミトコンドリアの数が尋常じゃないし、活動がやはり活発だね」
「間違いないね、地球では酸素しかないんだから、どうにかして省エネしてかなくちゃならない、こっちだと細胞の外にいるものもいる。しかも、楽園世界のミトコンドリアの方が進化していると思って間違いないね」
「ああ、こっちの方が出力が上だね」
松本とマリオは、その日村を去った。いづれ戻ってくると、一つの詩を残して。
この地に仮面を置いた
その仮面は誰によって作られたものでもない
仮面はお前たちを見る
それは祖先の精霊よりも
実際にこの仮面には記録装置が仕込まれている。誰によって作られたわけでもない仮面、これは村人たちにとって奇妙に感じられたが、それは自然なことであった、神は誰によって作られたわけでもない。
松本たちは村を離れ蛇のようなものやモグラのようなもの、とにかく見つけたはしから加熱し食べていく。
「マリオ、わかるね、楽園世界の動物の細胞を摂取する前の血液と、摂取した後の血液。36時間でここまでミトコンドリアが変化している」
「耳の毛が増えてる!!」
「とくに脳細胞、ミトコンドリアが多く留まる部位を食べるとこちらも強化されることがわかったね」
「食べれば食べるほどこの世界に順応するってことかな」
「自分より強い獣を食らうことで、その獣の力を得るという信仰は地球にも多く見られたけど、この楽園世界では間違いなくそれが生き残るために必要なことだと思うね、とにかく強い獣の脳を食らうんだ」
「だけど、実際どうしたら良いかな?大型の、それこそライオンみたいなのとは・・・」
「マリオ。人類が地表を覆ったのは、やはり獣として能力が高かったからだよ」
「そうか!人類の有利と言ったら投擲と長距離走行能力だよね!」
「今、魔素によって活性化した肉体は、おそらくオリンピック選手を超えるものだと思う」
「そうだね、順応しきってる僕たちは超人と言って良いね」
松本とマリオは小石を拾って投擲の具合を確かめる。30分もすると60km先の小枝の先にクリーンヒットさせることができるようになった。
「これなら狼程度の大きさの獣なら狩れる。あとはまばらに生えている黒い木を持ってきたナイフで投げ槍に加工しよう」
「楽しくなってきたね、今までの人生でこんなにコンプレックスを忘れられたことはないよ。身体的な劣等感がずっとつきまとってたんだ!」
「この楽園世界に軍人が訪れたら、大変なことになるだろうね。そうなる前に、マリオ、力を蓄えるんだ。これは地球人類を支配する一世一代のチャンスだと思う、面白いゲームだと思うだろ?」
「僕たちは新世界の神になるんだね!!」
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暗黒領域を目指してから1ヶ月。彼らが到達したのは恐ろしく発達した森であった。
その森にはもちろん獣がいた、獣がいたのだがむしろ、生態系の頂点にあったのは植物たちであった。
巨躯であればあるほど、魔素を溜め込み力を強めることができるのだから、スカイツリー並みに伸びた巨大樹、もうそれが新幹線のような枝をブンブン振り回して翼竜を殺して地面に落としていく、それが養分となるのだから恐ろしい。
その樹木の下には、もちろん巨大な獣がいる。この巨大樹のおこぼれに与ろうとして獣が集まり数百年、ある一種の獣が今はその領域を支配していた。そう、松本とマリオである。
「松本様、だいぶ肩周りが大きくなりましたね」
「順応だね、マリオも背筋がものすごいね、その身長で投擲しようっていうんだから、全身のバネを生かして投げる、これが体感の成長を促しているんだね」
人類。最初ここには巨大な蛇が潜んでいた、それはあたかもアダムとイブに知恵の実を進めたサタンのごとし、松本たちは投げやりを木々の隙間をぬって投げ続けた、このあたりは樹高が高く日光が地面に差さないために草が短い、足場の良さもあって蛇の周りをぐるぐると回りながら、2キロも先からの投擲によって姿の見えない攻撃を受け続けた蛇は、眼球から脳を撃ち抜かれものの十数分で息絶えた。
松本たちはこの蛇の皮を巧みに剥がして幕を作り、巨大樹の周囲を囲んでしまった。
この蛇の皮は無数の鱗が生えており、並の獣には傷をつけることができない。松本の単分子ナイフの鋭さがなければ解体することはできなかったであろう。この鱗だらけの皮の上に、松本は地球から持ち込んだ防護皮膜を貼り付けた。この皮膜はリキッドアーマーなる装備に使われる素材なのだが、それは今は関係がない。
これを周囲の木々を覆うように打ち付け、獣の侵入を防ぎ、頭上から降ってくる翼竜を主食として松本とマリオは力をつける。
松本はこの巨大樹の領域を、黒人たちに与えようと考えている。松本は違法改造した強力な無線を村に置いてきた仮面という名の受信装置に向けて発した。
「暗黒領域に向かえ 村を捨てよ ここに楽園がある 先祖の精霊の国がある」