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松岡エルリック松本、精霊になる。



「松本様!村が見えてきたよ!」

「慌てるなマリオ、警戒するんだよ。落とし穴や罠がないとしても、生活排水や汚物を処理する穴のようなものがあるかもしれな」

「ドポン ぎにゃー!」

「まった、いわんこっちゃない」


この村の名はオッカペマッパ、無数に存在する部落の中でも先祖の精霊信仰が強い、日本ならパプアニューギニアあたりにいそうな人々だ。


「松本様、これおかしいよ、臭くない!」

「うーん、これは生活排水とも違うし、この世界の生き物が出す汚物って可能性もあるにはあるけど、おそらくこれは・・・」

「あ、あったかい」

「うん、風呂だね、しかし、この粘度、周りの土が溶け込んでいないところを見ても、地球にはなかったんじゃないかな。ペロ」

「舐めちゃダメだよ!」

「まあまあ、うん、これは高濃度の魔素が含まれた、おそらく魔水ってやつかもしれないね、これに浸かると魔力が回復するのかもしれない」

「?言われてみれば大気に満ちている何かを感じ取れるようになってきたかも・・・」

「さあ移動しよう、体に害はないしね。用途が分からない以上、村の禁忌を破る行為かもしれないんだから、留まるメリットなんてないさ」

「うん、そうだね。ざぱあ よいしょっと」


そうしてマリオはローマクラブの正装である高機能白衣を脱ぎ出した。


「ま、まりお?」

「どうしたの松本様」

「ここで悠長に着替えてる場合じゃないんだけど・・・しかし、君はこっちの世界にきてから、すごいことになってしまったね」

「え?」


マリオは猫耳猫尻尾を濡らしてしまってへにゃんとさせている。


「マリオ、耳が四つある感覚にはなれたのかい?」

「うん!元からそういうものだったみたいに感じられるね、脳の使っていない部分が動いてるきがするよ、もしかしたら人間の脳が省エネしてるのって、こっちに来た時に対応するためかもね?」

「それは面白いねえ」

「あ、ほら耳が動いてるでしょ?あっちから10人くらいの人がきてるんだ」

「え?」

「声かけてみようか?おーーーーーーーい!!」

「マリオ・・・さっき逃げようって言ったこと、忘れちゃったのかな?」

「あ!いっけない!」

「マリオ、今更逃げたって仕方ない、独りなら逃げ切れるが、マリオを放ってはいけないからね」

「きゅん」

「これはお願いだよ、今から一言も話さないでくれ」

「わかったよ!」

「・・・」

「あ・・・」

「・・・」

「・・・」


松本は転移の際に持ってきた水や食料を100キロほど背負っている。え、そんなに持てるのかって?松本には造作ない。松本の全身はピンク筋で構成されていて、長時間に渡って全力を出すことができる、その上この世界にきてから不思議と疲れを感じないのだから、運べる物は運んだ方が良い。


松本達を囲むように10人の戦士が並ぶ。警戒はしているが、明らかに武器を持っていない彼らに敵意を向けるようなことはしていない。この平野に於いて、無駄にカロリーを消費するような戦闘行為に対してはネガティブになってしまう。


松本は彼らの装飾品を注視する・・・万が一にも彼らが首刈り族、人間の頭部に呪術的な価値を見出す部族ならば、殺される可能性が高い。しかし、彼らの装飾品にはそれがない。


松本を囲む住人の戦士はアッチャカと呼ばれる狩人を兼ねた戦士達である。ただ狩人をするものをピラアッチャカと呼び、儀式通過ののちに戦士としてアッチャカ、さらに儀式を通過してのちに、狩人として食料を調達する義務のない完全な戦士、アッチャカイーナとして村での高い地位を与えられる。


アッチャカイーナは普段、無駄に動くことがないため筋肉が十分に休養を取れている。カロリーも確保されており、戦いに専念することのできる戦士が万全の状態で待機しているというわけである。


アッチャカ達は鼻に各々手に気を削って作ったであろう槍を持ち、腰に魔獣の金玉で作った水筒と、そして全身に各家の祖先の精霊、自らのルーツを示す物語を彫っている。アッチャカ達は2日かけた狩りの帰りであり、戦闘は避けたい。


松本は相手に警戒されないように、すでに両手に持っていた干し肉を差し出し、半分にちぎる。それをこのアッチャカのリーダーと思しき人物に差し出す。


アッチャカ達は疑問の言葉を口にする。「ダーリ?」これが日本語で言うところの「なんだ?」である。


松本はそれを聞き漏らさない、この疑問の言葉一つで彼らとの交流の幅がぐっと広がるのだから。


松本は全員に見えるように干し肉の半分を口に入れ、噛み、飲み込む。


アッチャカ達の中からごくりと唾を飲む音がする。アッチャカ達の獲物ーそれは貧相な鳥であった。ろくな獲物が捕れなかった。ろくな獲物が捕れな胃ということは、2日の間、まともに食事にありつけなかったということ。この村では明確にカーストがある、ちょろまかして自分たちの腹を満たせば殺され食われる。


リーダーは迷っていた。毒があるかどうかではない、戦士たるアッチャカイーナにこれを渡した方が良いのではないか、自分だけが村の目前でこんなことをしたら、精霊に殺されてしまうんじゃないか。そう、この村は精霊信仰を利用した監視社会である。


松本はしばし考えた。といっても松本の思考速度は並ではない。最新鋭のスパコンと計算勝負をしても圧勝できる自信がある。


松本はゆっくりと動き、荷物を解く。その中から出したのは保存食20キロ。干し肉が4キロ、これは嗜好品であったが、見た目から食料とわかるもの、パンとかチーズを出し、少しずつ半分にして全員に渡した、これもリーダーを見ながらゆっくりとである。そうして全ての食べ物に毒がないことを示し、全員の手に食料を握らせた松本。マリオは猫耳になったせいか、跳ねるバッタなどを見つけるとどうしてもそちらに意識がいってしまう。


ケチャ マヌンガ ッッチ フツ


アッチャカ達の中の誰かが言った。

そう、松本たちはマヌンガ、つまり祖先の精霊なのではないかと。彼らの信仰では、獲物も恵みも祖先の精霊が齎すものと考えられており、それが今新たな時代を迎えたのではないか、考えられ始めようとしていた。


アッチャカの一人はすぐにアッチャカイーナと族長たる呪術師ミサーガを呼び出しに行った。精霊がやってきて、食料を運んできてくれた、こう伝えている。


アッチャカイーナもミサーガも走ってやってきた、威厳なんていうものはない。基本的に彼らは嘘に触れたことがなく、疑うことを知らない。精霊がやってきたなら精霊がやってきたのだ。ぐずぐずしてはいられない。その様子を見ていた村の人々も慌てた。精霊がやってきたと。


走ってくる刺青だらけの屈強な黒人、しかも極太のペニスを隠すこともせず走ってくるそれにマリオは震えた。遠く離れたローマクラブの警備員たちに会いたくて会いたくて震えた。


こうして松本と彼らのファーストコンタクトは終わった。


そこから1週間後。


「マリオ、ファッシヴァにヌンチャッカの準備が出来たとファロッコしてきてくれないか」


「わかったよ松本様、だけど良いのかな?僕たちはマヌンガでもないのに・・・もうファッシヴァは僕たちがファロッコしするのは当然のものと思ってるけど」



マリオが平野にまばらに立つ樹上に建てられた先祖の精霊たるマヌンガの為の家屋から顔を出して下を見ると、樹皮を白衣に見立てて着飾る村人たちが見えた。これはかつてパプアニューギニアでも起こったカーゴ・カルトと似たような現象である。


マリオは族長たる呪術師ミサーガを務めるファッシヴァにファロッコした。これは告げるということである。


松本は、この地の宗教を違う方向に進めてあたりの部族をまとめて支配してしまおうと考えた。それはかつて暗黒時代を生み出し、科学の発展を阻害してきたキリスト教の過ちを再度この地で犯すということに違いない。


「マリオ。宗教に必要なのは、自分を神、もしくは神の代理人であると信じきることのできる馬鹿と、参謀、そして信者だよね」

「そうだね松本様。信者も馬鹿もいる、そうなったらあとは参謀ってことになる」

「そう。まずファッシヴァには、今年生まれた子の中に精霊の代理人として生を預かったものがいる。それを自分たちの力だけで見つけるようにと伝えてある」

「そして信者たちも新しい時代がきて、精霊と自分たちの関係が変わると信じてるね」


ほどなくして少年が選び出された。彼は右手の指が6本あり、その多い1本は動かすことができないが、それこそが証ではないかとファッシヴァは考えたのだ。


松本は荷物の中からLSDを出す、これは松本が自分の楽しみとしても持っていた地球産の高純度LSDだ、こいつはキマるぜ、脳が拡張されるのは間違いない。


松本は少年に神秘体験を与える。このLSDによって生み出された魅惑の幻像が、少年を先祖の精霊のいる世界に旅立たせたと錯覚させた。また、松本は戦士たるアッチャカイーナにも、その儀式の後に精霊の戦士となるためとしてLSDを与えた。これを見たアッチャカ以下は歓喜した、アッチャカイーナの席が空いたのだ。アッチャカイーナはこの時より アヌ アッチャカマヌンガイーナ と呼ばれる。精霊のための戦士というような意味だ。


また階級が見直された。


族長たる呪術師ミサーガを頂点とした社会は少しばかり形を変え、精霊の代理人 ッマヌンガを頂点に、彼を支えるミサーガと、ミサーガと肩を並べるアヌ アッチャカマヌンガイーナ、アッチャカ、ピラアッチャカ、生産の担い手たるメーサー、そして役に立たない人畜である名のない人。


「良いかいマリオ。宗教が一番安定するのは教祖が死んだ時だ。教祖が生きている間は、教祖の意思で組織が暴走する、そうやって世界中のカルトが社会に悪影響を与えた」

「そうだね、教祖が死んだあとこそ、参謀がシステムを活用できるチャンスなんだよね」

「だから公安がオウム真理教を未だに警戒してるのはそういうことなのさ。幸いなことに、この地にはまだ宗教家がいない。制御できないような宗教が生まれて、ジハードなんて起こされたら、マリオの安全を保障できないからね」

「松本様ぁ」

「組織も安定し始めてる、元いた世界のベッドが恋しいからね、一週間ばかりあっちに帰ることにするよ」

「!?」

「マリオ、この部屋の隅にある空間の歪みが見えるかい?」

「え、そんなものあるの?」

「おそらくこの変質した眼の力だろうね。あの先にローマクラブに残した愛猫のアイボリーの存在を感じていたんだ。ペットシッターに任せているから安心だろうけど、そろそろ服も着替えたいしね。あとオーダーしていた靴を受け取らないといけないし、日本からクラタスが届くころなんだ、支払いだけして受け取りしないのもね。高かったし」

「わかったよ、心細いけど・・・」

「大丈夫、マリオに危害を加えるような人間はこの村にはいない。その確証が持てたから行くんだからね」

「うん、待ってるよ松本様!」


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