奪う
エリアス騎士団の本部は、王都ルッセイに位置する。
シェリルが住んでいた村、ハンリュ村からは、およそ歩いて五日ほどかかる。
対して、入団試験は四日後後だった。
これを逃すと、また一か月あとになってしまう。
騎士団の入団試験は、一か月毎と、比較的頻繁に行われる。
その代わり、数百人もいる入団志望者から、数十人合格者が出ることもあれば、一人も出ないこともあるらしい。
要は、騎士団側が本当に必要な人材と感じた人間しか、合格しないのだとか。
「間に合わないってことは、一か月もルッセイに滞在しなきゃなんねえってことか?おいおい、ルッセイに俺の所持金で滞在できるところなんてあんのか…」
ルッセイは、王都である。と共に、上級貴族が居を構えている。言わば、お金持ちの街なのだ。
宿代は、きっとシェリルが手を出せる金額ではない。となれば、宿はルッセイの外側に位置する、商人の街ダリウでとらなければならない。
「ダリウか…」
もともと、滞在する予定はなかった。有り金も、そんなにない。
それならば、今引き返してまた一か月後に出発しようか。
そこまで考えて、シェリルは勢いよく首を振った。
だめだ、とシェリルは眉をひそめる。あれだけ啖呵切って出てきたのだ。
首席合格を持ち帰ってこなければ、アクロに合わせる顔がない。
さて、どうするか。
ふむう、と考え込んでいると、馬の嘶きが聞こえ、同時に背後から声がかかった。
「―――よう、そこの坊ちゃん。有り金全部置いていきな」
剣を抜くときに出る刃が擦れる音、どうやら刃物を向けられているらしい。
「誰だよ」
シェリルは全く動じず、口を開く。
その様子を強がっていると見たのか、背後から下卑た笑い声が聞こえた。背後の人間は、もう既にこの状況を自分たちのものと思っているのか、嘲笑うように言った。
「俺たちは盗賊だ、死にたくなければ有り金全部出しな」
シェリルはその言葉に、不機嫌な様子を露わにした。
考え事を、こんな奴らに中断させられるなんて。
シェリルの苛立ちは、急速に高まった。
刃物を向けられているのだろうが、甘い。
脅すなら刃物は、向けるだけでなく触れさせなければ。刃物から首、距離がある時点でシェリルはこの刃物を回避できる。
詰めが甘すぎる、相手は小物だろう。
恐らく、ここらを通りかかるの商団を食い物にする盗賊集団。
最近襲われる商団が増えた、とアクロが言っていた気がするが―――こいつらのことか。
シェリルはふっと意識を集中させた。
背後にいるため、視線を向けることはできないが、気配がダダ漏れだ。
ひい、ふう、みい…5人と馬1頭ってところか。
恐らく馬は、奪った金品を運ぶために連れているのだろう。
「おい、聞いてるのか」
いつまで経っても金を出そうとしないシェリルに、とうとう痺れを切らした盗賊が声を上げると、シェリルは口角を上げて呟いた。
「はは、馬か」
「?」
"馬か"の意味がわからない盗賊は、首を傾げた。
金を巻き上げている最中に、"馬"の単語が出てくるとは思わなかったのだ。
ただ、盗賊たちは知らなかった。
シェリルの頭の中には、最初から"どうやったら四日でルッセイに着くか"しかなかったことを。
「いいな、ちょうどいい」
「は、お前何言って―――」
言いかけた盗賊は、目を見開いた。
突然だった。
突然、シェリルの姿が―――捉えられなくなった。
動いたところまでは、認識できた。
けれど、もう剣の先にはいなかった。
息を呑んで、仲間に異変を伝えようとしたときには、認識できない”何か”に剣を持っていた右腕がへし折られた。
ボギッ…と右腕の激痛に声を上げようとした瞬間、次は腹に衝撃が走る。
息がつまり、声が出ないまま衝撃に身を任せて後ろに吹っ飛ばされた。
残りの盗賊は、目を疑う。
「な、何が起きた…?」
何かが起きた、けれども何が起きたのかわからない。
その代わり、一つだけわかることがあった。
襲う敵を、間違えた、と。
いつの間にかそこに立って不敵に笑うシェリルは、剣を向けられていたはずが、無傷のままこちらに歩み寄っている。
盗賊たちは、そこで初めてシェリルに恐怖を覚えた。
近づくシェリルに、恐怖で声すら出ない。
「な、お前ら」
「…は、はいぃッ」
すっかり闘争心を折られてしまった盗賊たちは、シェリルの声に姿勢を正す。焦りで声が裏返り、完全に弱腰である。
「その馬、くれよ」
「へ?」
シェリルが指をさした、"その馬"というのは、盗賊たちが荷物運びに使っていた馬のことであった。が、意味が分からず、盗賊は素っ頓狂な声を上げる。
「その馬」
「あ、あの…?」
シェリルは馬に近づき、馬から荷馬車を外す。
何を言っているのだ、と盗賊たちは呆然とした。
「まあ、俺もただでとは言わねえ」
「えっと…」
シェリルは、懐から銅貨を5枚取り出して、立ちすくむ盗賊の一人に渡した(銅貨2枚で林檎が1個買うことができる程度)。
盗賊たちは呆気にとられているが、シェリルは気にも留めない。
「鞍と手綱ある?」
「荷馬車の中に…」
「それもサービスでつけてくれよな」
シェリルは子供のように陽気に笑うと、ほとんど荷物の乗っていない荷馬車から鞍と手綱を取り出して馬に付けた。
シェリルは馬を撫でると、ひょいっと馬の上に乗る。
「アーシア。重いかもしれねえけど、ルッセイまで頼むわ」
盗賊がいたことなど、もうすっかり忘れてしまったシェリルは、馬をアーシアと名付けてそのまま出発してしまった。そして、完全に見失った。
嵐のようだった。
嵐のように、圧倒的に力を見せつけて、何事もなかったかのように颯爽と去っていく。
ただ嵐と、決定的に異なっていたのは―――嵐を発見したら逃げなければならないはずなのに、自ら”そいつ”に近づいてしまったこと、だけである。
*
ルッセイに位置する、立派な装飾が施された巨大な建物は、騎士団本部。
その騎士団本部の、ある一室。
散らばり、積み重なった本の山の中で、大の字に寝ていたある一人の男。
その男の、色素の薄い長い髪が、散らばった本の上に広がっていた。男の年齢は三十代前半で、顔には、おでこから左頬まで斜めに大きな古い切り傷があった。
男はぼーっとした顔のまま天井を眺め、大きなため息をついていた。
「つまんねェな…」
「ため息をつきたいのはこっちなんですけど、ハンナ団長」
その男、ハンナを横目で見ながら、部屋に散らばる本の整理を試みる若者もため息をついた。
数百にも及ぶ本、無謀とも言えるその本の整理は、ハンナの部下たちの仕事だった。
「なんでこんな恐ろしい散らかし方するんですか」
「文句言わないでしっかり片付けろー、リオラ」
リオラと呼ばれた青年は、散らばった本を数冊重ねて抱える。
厚い本は、数冊抱えるだけでもかなり重く、リオラは震える足で本棚へと向かう。足の踏み場が少ないので、それだけの動作でも一苦労なのだ。
ハンナはそんなリオラを気にも留めず、近くにあったファイルを手に取った。
数十枚がまとめられているファイルをめくる。
「それ、なんですか」と、本棚にたどり着いたリオラが、ファイルを眺めるハンナに尋ねた。
「これか?こりゃ前回の入団者希望の記録だ」
「ああ、例の?」
「そう、合格者が一人しか出なかった試験」
ハンナはだるそうに起き上がると、垂れ下がったぼさぼさの長い髪を掻き上げる。
「それって、強い奴がいなかったってことですか?」
「まあ、それもあるな」
含みのある返答に、リオラは更に問う。
「と、いうと?」
「その合格者ってのがなぁ…なんと、リュエンの息子なんだってよ」
「はッ!?そ、それ…リュエンって、あのリュエン様ですかッ…!?あの人、子供いたんですか」
ばさばさ、とリオラが持っていた数冊の厚い本を落とす。リオラははっと我に返り、それを慌てて拾った。
そして本棚に戻しながらも、驚きを隠せないままでいる。
リュエンは、エリアス史上最高の伝説の騎士の名である。
彼より強い人間に、ハンナはまだ会ったことがなかった。
リュエンは騎士団の一員ではあるが、ほとんどエリアスにはいない。
最果ての小さな村々から、王都ルッセイまで、彼は今も気の赴くままに旅をしている。そうして、この国を見つめなおすのだとか。
最強となったリュエンに、異論を唱える者もおらず―――リュエンはここを去った。
それから十数年。
まさか、子供をこっちに寄越すとは。しかも、まだ年端もいかない子供。
何を考えてるんだか、とハンナはため息をついた。
「さすが、伝説の騎士の息子って言ったとこかね」
「…リュエン様は、ここ数年音信不通って聞きましたけど」
「なーに言ってんだ。それだったら騎士団から人員が派遣されて、大騒ぎだろう。ちゃんと、報告書は定期的に本部に送られてくるさ。それに、俺も個人的に手紙が来るしな」
ハンナはそこまで言うと、気が抜けたように息を吐いた。
「―――とは言え、他の志願者を全滅させられるとは思わなかった。
いつもなら、戦うところを見て”使えるか使えないか”を判断する。
試験の試合で負けても合格する者もいれば、勝っても合格しない者もいる、が…判断する間もなく、試験は終わった。
他が倒れてしまっては、判断基準は全てなくなる。
結果、リュエンの息子の圧勝という結論しか導き出せなかった。よって、リュエンの息子以外の、判断不能になった奴らは皆落とされたってわけさ。前回の試験の奴らは、実に不運だった。
リオラ、お前でも負けてたかもな、はっはっはー」
「怖いですね、それは」
高らかに笑うハンナに、リオラは苦笑する。
ぴくっと眉を動かしたハンナは、ぐっと眉間にしわを寄せて鋭い眼差しでリオラを睨んだ。
「おいてめェ、黒の騎士団所属なら”そんな生意気なガキンチョ、僕が瞬殺してやりますよ”くらい言えやアホ」
「いや、団長が言ったくせに」
「口答えすんな!!!」
「あ、痛い痛いごめんなさいッ!!!」
リオラの耳をすごい勢いで引っ張ったハンナに、リオラは半泣きで謝る。
ハンナは抓んでた耳を放すと、眉をひそめてリオラの頭を勢いよく叩いた。
「―――って、サボってねェで片づけろ」
「理不尽ッ!!」
*
試験当日の朝―――この日は生憎の雨だったが、入団志願者が過去最高人数を達した。
「ま、予測はついていたがな」
ハンナは長い廊下を歩きながら、小さく呟いた。
もちろん原因は、リュエンの息子が前回の試験の入団志願者を全滅させたせいである。
リベンジしようと、また噂を聞き付けたやつらが挑戦しようと、この試験に集まってきたのだろう。
ハンナは、今回の試験の試験管だった。
毎回試験は、五人いる騎士団長の一人が同席するようになっている。
万が一の対処と、逸材の見極めのため。
「まったく、リュエンのときもそうだった」
入団時には、波乱を巻き起こしたものだった。
今や伝説と呼ばれた男であるが、ハンナは彼とは同期だった。
強すぎる新入りに、誰もが絶望し、自らの限界を悟って去って行った。
けれどリュエンはいつも言っていた―――背中を預けられる友がいたら、どんなにいいか。
圧倒的な強さに周囲がどんどん離れていき、彼は孤独になった。
最初はみんな興味本位で近づく、あわよくば噂の新入りを倒そうとさえする。
けれど、そう長くは続かない。
憧れを向けられたり、尊敬されたりすることはあっても、誰も彼の隣にいようとはしない。
「リュエンの息子も、同じ道を辿るのか」
リュエンは気の良い奴だったが、誰かと共闘することは拒むようになった。任務も、訓練も、一人でやるようになった。
そうして彼は、進んで一人になった。
拒まれるより、自分から。
リュエンはそれでも、ねじ曲がらなかった。
もともと気の良い性格、どれだけ一人になろうとも、孤独に身を任せて他の人間を恨むことはなかった。
けれど、リュエンの息子はリュエンではない。
孤独を前にして、恨みが生まれないとも言えない。
「こりゃ、一波乱起きるかな」
扉の前で、歩みを止める。
やれやれ、億劫になってきた。これからの波乱を感じ取ったハンナは、深くため息をついた。
「よし」
目の前の、試験が行われる訓練場の扉に手をかける。と、同時に、中から荒々しい声が聞こえた。
「―――…もう一回言ってみろ!!」
揉め事だろうか、とハンナは舌打ちをした。
何も、珍しいことではない。
試験前にピリピリした空気になるのは常だし、この入団試験に集まるのは腕に自信のあるやつばかりである。
喧嘩を吹っ掛けられれば、乗ってしまう確率のほうがダントツで高い。
止めるのが、面倒くさい。
まだ試験まで時間がある、とりあえず放置しておくか。
ハンナはそっと扉を開け、目立たないように隅の方に移動した。
「言っていいのなら、何度でも。君みたいな”役立たず”が、この騎士団に入れるわけないだろう?違うかい?」
「なんだとッ、ボンボンのくせに偉そうなこと言ってんじゃねえ!!」
どうやら、まだ乱闘はしていないらしい。
人だかりの中心では、二人の人間が対峙していた。
一人は、やけに身なりの良い少年。恐らくは、貴族出の坊ちゃんだろう。
エリアスは名誉ある団体だ。入ればそれだけで名声が得られ、名が上がる。
家を継ぐことのない次男坊や三男坊がここに来ることも、珍しくはない。が、貴族出は軟弱な奴が多い。
自分は敬われるべきだ、自分は才能のある人間だ、そう思い込んで曲げない奴らは、騎士団の入団試験に生き残ることはそうそうない。
あったとしても、騎士団の訓練に耐えきれる者はいない―――が、とハンナは視線を、騒ぎの片割れの貴族出に向ける。
蒼い目、イシュラーン家の者か。
イシュラーンは、代々好戦的な者が多い貴族である。
貴族は基本、衛兵を雇って身を護るが、イシュラーンは違う。自らの子を鍛え、血縁の者が衛兵となる。つまり彼は、幼いころから戦闘術を叩き込まれている、戦闘専門の貴族出身ということだ。
「これは、今回は期待できるかもな」
ハンナは口角を上げる。
もう一方の人間は、すらりと長い手足が特徴的である。中性的な声で体格も細いが、口が悪い。
イシュラーン家の小僧の挑発に乗ってるあたり、血が昇ると頭より体が出る性格か。
細い体にしては身長が高く、短い黒髪は手入れをしていないせいか艶がない。
「身なりはよくないな…あいつは貧民出身か」
まあ、騎士団には貴族も貧民も関係ない。
ここでは全て、力で決まる。
声を荒げる長身の黒髪に、イシュラーン家の小僧は鼻で笑う。
偉そうな態度は、さすが貴族出身と言ったところか。
そろそろ時間が来る、宥めにかかるか。と、ハンナが足を出した目の前を、一人の影が横切る―――小柄な少年だった。
少年の第一印象は、とにかく小汚い身なり、だった。
頭もボサボサで、身なりは長身の黒髪よりも悪い。
服はところどころ汚れ、ほつれている部分もある。
腰にある得物は、果物を切るときに使うようなナイフ一つ。
しかも、鞘に納まっておらず、刃はボロボロで手入れされていない。
少年はそのまま、騒ぎ立てる二人の間に入った。
「なんだい?君は」
「てめェ、邪魔だぞ!!」
喧嘩している間に堂々と入ってこられ、不機嫌な様子を露わにする両者。その両者に交互に視線を向けた小柄な少年は、あからさまに舌打ちをする。
「ぎゃんぎゃんうっせえんだよ、犬ども」
「は…」
「んだと、このチビ!!」
吐き捨てるように言い放たれた言葉に、両者は飛びつく。
面倒くさいことになる前に。
ハンナが歩み寄ろうとした瞬間だった。
割って入った小柄な少年は、大きく息を吸い、思い切り声を張り上げた。
「今日!!俺は、この試験で首席合格してやる!!てめえらは黙って地にひれ伏してろ!!」
首席合格―――その言葉に、ハンナは一瞬足を止めた。
そんな、リュエンの息子でもあるまいし。
一瞬動きを止めてしまったことに苦笑し、急いで騒ぎの中心に割って入った。周囲が、シェリルに向けて殺気を湧き立たせたのを感じたからだった。
「エリアス騎士団、黒の騎士団長のハンナだ!!今日、この試験の試験管になった。お前ら、血気盛んなのは結構なことだが、そういうのは試験でやってくれよ」
団長、という言葉に、周囲の空気が一瞬にして変わった。
ハンナの一言で、野次馬は不満そうな顔をしながらも、どんどん散らばった。が、三人は未だに睨み合っていた。
「お前、名前は?」
イシュラーン家の少年が、小柄な少年に声をかける。見下したような言い方にむかついたのか、小柄な少年は舌を出すと挑発するように言い放った。
「てめえに名乗る義務はねえよ」
イシュラーンの少年は、忌々しそうに小柄な少年を睨む。
「くそッ…お前ッ…僕がイシュラーン家の人間だって知って、そんななめた口の利き方してるのか!?」
「ボンボンは世間知らずだな。人に聞くときはまず自分から、だろうが」
小柄な少年の言い分に、長身の黒髪は「確かに」と呟き、ふっと笑みを零した。
「ちッ…」
あからさまに舌打ちをしたイシュラーン家の少年は、足早に去って行った。
「なんだ、名乗らないのか」
「俺の名前はジャン、お前の名前は?」
すっかり熱が引いたらしい長身の黒髪、ジャンはクスクスと笑いながら小柄な少年に声をかける。小柄な少年は、人一倍大きな身長のジャンを見上げると「シェリル」と一言。
「シェリルか。俺と似たような身なりだけど、お前どこ出身?」
「ハンリュだ」
「ハンリュ?近いな。俺、クエイ村なんだ」
「なんだ、隣じゃねえか」
「お互い田舎者だなあ」
喧嘩のあとは世間話か、若いな。
ハンナは呆れ返って、和んでいる二人の肩に手を置いた。
「お二人さん、話の腰を折るようで悪いんだが、そろそろ試験始めるぞ」
鬱陶しそうに肩におかれた手を払ったシェリルは、ハンナを見上げて睨んだ。
その視線を全く気に留めないハンナは深く息を吸い、今度は会場全体に響き渡るように声を大きく張り上げた。
「これより、試験を開始する!!ルールは至って簡単、ここにいる入団志願者同士で戦ってもらう!!生き残れ!!立っている人間が十人以下になったら、試験終了だ!!」
「なーるほど、シンプルじゃねぇか」
ジャンは不敵な笑みを浮かべ、即座にシェリルから距離をとる。
同じように、シェリルも反射的に距離をとった。
ほう、良い反応じゃねえか。と、ハンナは感心する。
黒髪長身のジャンは、体型的にもなかなかのものである。が、小柄で見た目は大して強そうでもないシェリルも、ジャンの動きを目で追いながら自信も距離をとっていた。咄嗟に反応しながら、相手も見失わない。
思ったより、見応えのある戦いになりそうだ。
「ああ、それと…殺しは禁止だ!!相手を殺したと判断されたら、失格となる!!それ以外なら何をやってもいい、医療班なら外で待たせてあるからな!!存分にやりやがれ!!」
周囲の張りつめた空気が、さらにピンと張る。
ハンナの声は、もうほとんど聞こえてはいないのだろう。
ただ、「始め」の声だけを、求めている。
ハンナは息を吸うと、腹の底から叫んだ。
「始めッ!!!」