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暗夜の剣  作者:
1/3

旅立つ

―――俺さ、騎士団に入って…人を、助けたい。


そう言った親友は、生まれつき体が弱かった。



国の者なら誰でも憧れる、この国最大のエリアス騎士団に入りたがっていた。

でも、体が弱かったせいで、入団試験は門前払いだったらしかった。


試験すら受けさせてもらえなかった―――と、親友が声を押し殺して泣く姿を見て、俺は猛烈に腹が立った。



「シェリル?」


がさごそと、大きな物音。不思議に思って声をかけると、その音に混じって深く馴染みのある声が聞こえた。

「アクロ、俺、騎士団の入団試験に行ってくるわ」

「はッ!?」

唐突な親友の言葉、アクロは反射的に大きな声を上げた。


アクロはシェリルとは長い付き合い、いわゆる幼馴染だった。

シェリルは赤ん坊の頃、村の片隅に捨てられたところを運よく拾われ、村の小さな孤児院で育った。

一方アクロは、そんな辛い境遇にはおかれていない。家族は優しく、暖かな家庭で育った。

そんな真逆な境遇であるにもかかわらず、二人は出会い、よく遊ぶようになった。


シェリルは性格がひねくれて評判の悪い子供だったが、アクロは気にせずシェリルを遊びに誘うようになった。シェリルも、アクロにだけは懐いた。アクロの両親も、村の評判を気にせずシェリルを暖かく迎え入れた。


そうして、付き合い続けて数年が経った。

今も、この関係は変わらず続いている。


だから、シェリルの性格はよく知っているつもりだ。

シェリルは特別心を開いた人間以外には、冷酷なほどに見下していた。

それは、捨てられたという辛い境遇が原因なのかは、アクロにはわからなかった。アクロはもともと、シェリルに中途半端に同情して近づいたわけではなかったから。


シェリルは自己中心的だった。

どうでもいいと認識された人間に、絶対に同情はしない。助けることはない。

たとえ、見ず知らずの人間が血を流して倒れていても、シェリルはその光景を"普段の景色"と認識する。


そんなシェリルが、騎士団に?

騎士団の仕事は、主に警護や人助け。決定的な要素が欠けたシェリルが、騎士団を目指していたなんて。

この国では、エリアス騎士団は英雄の集まりと扱われ、人は誰しも一度は憧れる。かくいうアクロも、その一人だった。

けれども、シェリルだけは、興味がないのだと思っていた。


人間的な欠落が昔から感じられたシェリルが騎士団志望というのは、アクロとしてはとても喜ばしいことであった。人間的な成長、騎士団に魅力を感じられるくらいには成長したのだ、と。


けれど、違和感があった。


「―――シェリルって、騎士団志望だったっけ?」

「いや」

「やっぱりか」


成長してなかった。

やっぱり成長してなかった。

人間なかなか変わることは難しいと皆言うけれど、それは正しい。


―――それでは、何故?




確かに、シェリルは剣術の天才だった。


剣を持たせたら、シェリルに勝てる人間はここら辺にはもう一人もいないだろう―――小柄なシェリルの二倍はある大男でさえ、シェリルは一瞬にしてなぎ倒す。


生まれ持った脅威の身体能力と、たぐいまれなる動体視力と、野生の獣のような鋭い勘。

シェリルは、剣士になるために生まれてきた人間なのだろう。



「俺さぁ」

シェリルは、アクロを見上げる。

アクロは頭一個分ほど下にあるシェリルの視線を一身に受け、息を呑んだ。

シェリルは小柄だ。線も細く、とても強そうには見えない。

それなのに、アクロは恐怖を感じた。シェリルの惜しみない殺気を、全身で感じとったのだ。


「お前を門前払いしたって言う、”襟足”騎士団」

「”エリアシ”じゃなく、エリアスね」

「―――その騎士団は、見る目がねえよなって、思うんだよ」

そう言ったシェリルは、まるで子供のように屈託のない笑顔をアクロに向けた。

悪戯っ子のような笑い方。昔からアクロは、この顔を見るのが好きだった。


「お前ほど聡明な奴はいねえのによ。”強さ”ってのは、力だけじゃねえ。それを知らないアホ共に、わざわざお前の才能をくれてやることはない。

俺が、入団試験を首席合格して、辞退してやる。

そしたら笑ってやるんだ―――…お前らは、底知れた人間なんだってな」


アクロは言葉を失った。


なんと、シェリルの突発的な行動の原因は自分だったのだ。

だったらなおさら止めなければならない。

どう考えても、首席合格など無理だ。


エリアス騎士団は、国最強を誇る剣士たちが集うところ。そして、その入団試験は超難関だと聞く。

それはそうだ。国のあちこちから、腕に自信のある連中が集まるのだから。

合格するのでさえやっとであると言われる試験で、首席を狙うだなんて。


アクロは、自分が騎士団にはなれないことをわかっていた。

通常の人間でさえ超難関の試験、受けても絶対受からないとは承知していた。

けれど、試験すら受けさせてもらえなかった現実は、重かった。


まるで、自分がいらない存在なのだと言われているようで。

それが、どことなく悔しかった。



シェリルは、そんなアクロの気持ちを敏感に察していたのか。

シェリルは昔から、アクロの心情だけは、妙に察しがよかった。



アクロは右手で顔を覆った。


本当は、羨ましかった。

剣の才を持ち、体も丈夫で、まるで騎士団に導かれているようにこの日を迎えたシェリルは。ずっと、シェリルになりたかった。シェリルの身勝手さも、才能あってこそのものなのだろう。


けれど、同時にアクロは恥ずかしくなった。

敏感なシェリルは、アクロの嫉妬心には気付いているはずだ。

しかし、こんな汚い嫉妬心でさえ、シェリルはなんでもないように振る舞うのだろう。というよりは、本当になんでもないように思っているのだろう。ただシェリルは、アクロの無念を晴らそうとしているだけ。


シェリルは鳥のようだった。

自由にどこへでも飛べる鳥のように、気まぐれに青い空に飛んでは止まり木を見つける。そんな彼を、どれだけ羨望の眼差しで見つめたところで―――彼にはなれないのだ。


「俺、行くから」

「シェリル…」

シェリルは、一度決めたら譲らない。

これは、長年一緒にいたからこそわかることだった。


彼は、多くの才能を持つ。

だから、騎士団に導かれている。そういう運命だった。


頭に廻ったその考えは、なんとも妬ましく―――…けれども、なんとも誇らしかった。



アクロは口を閉じ、あからさまにため息をついた。

「頑固だなぁ」

「いつものことじゃん」

なにを当たり前なことを、とシェリルは首を横に振った。

そうと決まれば、とシェリルは早々に旅支度を始めた。そんなシェリルの背中を眺め、アクロはそっと声をかける。

「ねぇ、シェリル」

シェリルは振り向き、きょとんとする。

「俺のためにそこまでやってくれるならさ、頼みたいことがあるんだ」

「なんだよ」


シェリルは、優しい。

村の人間には、生意気だとか不気味だとか、はたまた凶暴だとか。

"捨てられた子供"というだけで、理不尽な偏見が生まれるのに、シェリルは村の人間を酷く嫌って関わろうとしなかった。だから村の人間もシェリルを忌み嫌い、酷く蔑んだ。


そうやって、蔑まれ続けているシェリルだったけど、本当はずっと優しかった。


体の弱いアクロが自分自身でさえ半ば諦めていた夢を、シェリルは真面目に聞く。

真面目に見据え、馬鹿にした者に怒りを向けた。

"騎士団なんて絶対無理"

そう言われ続け、やがて自分自身もそう思うようになった。昔たてた志も、貫く前に消えてしまいそうになった。そんなアクロの夢を知ったシェリルは、あの悪戯っ子のように笑みを浮かべて言った。


―――じゃあ俺は、騎士団員になったお前を倒しに行く。


馬鹿にしているでもない、いい加減に言っているでもない。

"騎士団員になった"自分を倒しに来るのだ、と、そう言い放った。


それほどまでにアクロを信じ、アクロの口にした夢を”本当にやってのけるのだ”と思っている。


シェリルはどこまでも、真っ直ぐだった。



「もしさ、本当に首席合格したらさ」

「するよ」

シェリルは眉をひそめる。


「はいはい。合格したら、俺がしたかったことをお前にやり遂げてほしいんだ」

「やりたかったこと?」

「騎士団に入って、この国を護ってほしい。これが、俺からのお願い」

「ふーん、わかった」



はっきり言って、シェリルは馬鹿だ。と、いうか、頭の回転が遅い。

直感的に返事をしてしまうことが常だ。

感情のまま行動を決め、やりたいことをやる。

だからこそシェリルは優しく、アクロを思ってこの突発的な行動に出る。のちに、この行動が未来へどう作用するのかも、考えないまま。


そしてこの性格によって、アクロのお願いを聞いたら、当初の目的である”騎士団の合格を蹴ってやる”ことが実行不可能になる―――ということに、彼は全く気付いていない。


あっさり頷いたシェリルが、そのことに気付くのはいつになるのか。

気付いたら、どんな顔をするのか。


けれどきっとそれでも、そのことに気付いたシェリルは、渋々アクロの願いを聞くのだろう。



「―――…」

アクロの脳裏に、ふと映像が流れる。


小さな策略に気付いて悔しそうな顔をしながらも、立派に騎士団に入り遂げ、堂々と街を歩くシェリルの姿。

鮮明に、アクロの脳裏をよぎった。



―――ああ、やっぱり。

シェリルは、騎士団に入る。

首席合格して、立派に騎士団員になる。


先ほどあれだけ無理だと思ったのに。

シェリルの真っ直ぐ前を見据える瞳に、アクロは確信に近いものをもった。



やがて、勘にも近いその確信は、真実となるのだが。


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