08,君の眠る間に
『あんたに、用があるんだよ』
リーテが眠ったのを確認して、あたしは単身『語り手さん』とやらの部屋にやってきた。
先程の会話で、引っかかることがあったからだ。話の後半、ずっと考えていた。
ドアには鍵がかかっていたけど、黒紫の万能鍵でこじ開けた。自分が鍵姿でよかった、と初めて思った瞬間だった。
「何かな?ミランダ氏」
胡散臭く見えなくもない微笑みが、あたしに向けられる。
『質問その1。何であたしの声が聞こえるか』
あんまり認めたくはないけど、あたしは幽霊みたいなものだ。宿主のリーテとあたしが会話できるのはまだ分かるけど、こいつに声が聞こえるのは明らかにおかしい。リーテの身体を乗っ取っていた時も、リーテの声は輝一や譲に届いていなかった。
『あんた……人間じゃないだろ』
「別に、人外だから君の声が聞こえてるってわけではないよ。
〔不思議なチカラ〕をある程度持っていれば、人間にも聞こえるものさ」
『不思議な力ぁ?』
「君の世界の言葉で言うと……魔力、かな?」
『ああ……』
なるほど、輝一も譲も魔力を持っていないから、聞こえなかっただけか。
ただ。
『……あんたは、人間じゃないね?』
質問ではなく、確認。『語り手さん』は、参ったな、とでも言うように苦笑した。
「ばれたか……」
『あたしの師匠も人外だからね。あんたは、師匠と同じ気配がする』
もう一つの理由として、(顔半分がフードで隠れているため、推測でしかないが)姿は青年なのに、まるであたしよりずっと年上のような雰囲気だ、というのがある。
『リーテに、人を辞めさせる気かい?』
あたしが心配しているのはそこだ。多分リーテは幸せな子ではない。今日だって、こいつに心配されて涙ぐんでいるのを、ばっちり見てしまった。
俯いても、胸元のあたしに見えるんだよ、リーテ。
「今のところそういうつもりはないよ。あの子には、人間として幸せになってもらいたい」
『……なら、いいんだけどさ?』
その言葉は、嘘とは思えなかった。
『質問その2。あたしはリーテの魔力を借りて護衛をやっていてね。リーテが魔法を使えないのは知識や経験が足りないからだと思ってたんだが……違うのかい?』
「そう……なんだよね……」
『語り手さん』が、頭を抱えた。
「魔力の量も質も十分過ぎるほどなのに、何故か魔法が発動しないんだ、あの子……僕は特殊体質なんじゃないかと疑ってるんだけどさ」
『へぇ……』
あたしがリーテの魔力を使う分には問題ないのだろうか?
「そこら辺は、上に報告して調べていただかないと」
『上ぇ!? あんた、トップじゃなかったのかい!?』
てっきりこいつがリーダーだと思っていたあたしは、仰天した。
「僕は中間管理職だよ。……トップ、か」
『語り手さん』の口元が悲しそうに歪む。あたしは何か迂闊な発言をしたのだろうか?
『調査の結果は、あたしにも教えとくれよ? ついでに、なんであたしがリーテの魔力を使えるのかってのも調べて貰えると嬉しいねぇ』
「もちろん」
あたしの話題転換に、『語り手さん』は微笑みを取り戻した。
『……質問は以上かねぇ。答えてくれた事に感謝するよ』
何だか新たな疑問が湧いた気もしたが、聞きたかった事は聞けた。あたしは部屋を辞そうとした……
「ちょっと待った」
『……なんだい』
用事が済んだので、さっさとリーテの部屋へ行きたいのだが。
「せっかくだし、送るよ。リーテの部屋からここまで、かなり遠かっただろう」
『結構だよ、道は分かってる』
「ああ、そういう事じゃなくて」
『どういう事さ?』
問いかけには答えず、『語り手さん』はあたしに人差し指で触れた。流石に鍵姿じゃ触覚はないか、などと場違いな事を考える。
「『君をリーテの部屋に転送する』って事」
ぐらり、目眩がした。
それが収まってみれば、何故かあたしは天井を向いており、『語り手さん』の姿もなかった。横の枕が邪魔をしてよく見えないが、隣でリーテが眠っているらしい。寝息が聞こえる。
どうやら、あたしはリーテの枕元に寝転んでいるようだ(いや、枕元に置かれているの方が正しいのか?)。
今の状況と、『語り手さん』が最後に言った言葉から考えるに、あたしは瞬間移動魔法を使われたのだろう。
あいつ……何者!?
魔法使いなどは、魔法を使うために呪文なり何なりを唱えるのが普通だ。しかし『語り手さん』は、特に何も唱える様子は無かった。同じく人外の師匠でさえ、呪文の詠唱はしていたというのに!
何なんだと叫びたくなったが、隣でリーテが寝ているので自重した。