07,え、いいんですか?
「構わないよ」
「…………え?」
主人公を間違えるというトラブルはあったけれど、無事〔物語〕を書き終えて、語り手さんの所に戻って来たボク。
けど、今回は大目玉をくらうだろう。と、覚悟していたのに。
『リーテ……良くても説教、悪けりゃあたしが強制的に追い出されるって言ってたよねぇ……?』
黒紫色な鍵の中で、ミランダさんが不可解そうに呟いた。
だって……だって……
「違う世界の人に護衛になってもらうって、怒られたっておかしくないじゃないですかー! 一つ返事で了承されるとか、思わないじゃないですかー!」
ボクは混乱のあまり、逆ギレを起こした。
そう、色々あって、〔物語〕上ではかなり重要なポジションの「主人公の仲間」であるミランダさんが、ボクの護衛となったのだ。
そりゃあもうビクビクしながら紹介して、ビクビクしながら許可を求めたわけだ。……その結果が、冒頭へ繋がる。
「……ええと、世界に支障が出ない程度になら、自由にやってくれて構わないよ?」
その言葉は、ボクにショックを与えた。
「『過去や未来の物を持ってきてはいけない、人を連れてきてはいけない』って言うのは、タイムトラベル系SFの常識ですよ!?」
『まあ、確かにねぇ……』
「ごめん、僕は君と違う世界の人間だから、よく分からないや……」
ミランダさんはわかってくれたけど、語り手さんには通じなかったみたいだ。
「とにかく……ミランダ、氏? あなたは、自分の意志でここに来たんだよね?」
『はい、あたしが護衛にして欲しいと頼んだんです』
「……敬語は結構だよ?」
『じゃあ、遠慮なく』
「誰にも何も言わずに来たわけではないんだよね?」
『思いつく限りの人達に、手紙を送ってきたよ』
「リーテ。〔物語〕は、既に書き終えているんだよね?」
「はい、ここに……」
その言葉で〔物語〕を渡しそびれていた事に気づいたボクは、分厚い本を語り手さんに差し出した。語り手さんは、〔物語〕の書かれた数ページを綺麗に切り取り、本を返してくれる。
「なら、何も問題はないんじゃないかな?」
「そう、ですね……」
語り手さんの言う通り、何も問題はないのだ。
「リーテ、君は、魔法が使えないだろう?」
「はい」
「心配だったんだよ。この仕事は、危険が多いから」
軽く目を見張る。今……なんて言った?
「素敵な護衛がついてくれて、心強いな。ミランダ氏、リーテを、よろしく頼むよ」
『ああ、もちろんだよ!』
ボクの事を、案じてくれていた?よろしく……頼む?
世界が、滲んだ。
……現実に、ボクの事を心配してくれる人なんていない。
今までの妄想でも、ボクは勇者とか大魔法使いとか、強い立場でいる事が多かったから、尊敬される事はあっても心配されることはなかった。
ボクは、妄想さえあれば、それでよかったはずなのに。愛情なんて、いらなかったはずなのに。
随分と、都合のいい、そして残酷な妄想だ。ここは。
やめてほしい。現実が、もっと辛くなってしまうではないか。
「……どうしたの、リーテ?俯いたりして」
「あ、いえ……」
溢れた涙を誤魔化すように、ちょっと疲れただけです、と言った。
「確かに、君はまだ、〔物語〕集めに慣れてないしね。
部屋でゆっくり休むといいよ。
食事も後で届けさせるね」
「はい!」
食事と聞いて、気分が浮上した。ここの食事は、作っている人の顔は見たことがないが(いつもドアの前に置いてあるだけだ)、とても美味しい。
毎回違う国の料理だけれど、どれもまさに「家庭の味」という感じだった。食事はもっぱらコンビニの惣菜パンな片山梨子――現実のボク――でもこんな味を出せるんだと、改めて〔妄想〕の偉大さを実感したものだ。
「では、失礼致しました!」
そうしてボクは、語り手さんの部屋を辞した。
「……あ」
ボクはまたまた語り手さんの名前を聞きそびれた事に気がついた。
語り手さんの名前がでるのは、まだ先となりそうです……orz