06,見た目も大事【後編】
「ミランダ!」
男の声が聞こえた。
目は閉じているけど、自分が明るい所にいるのがわかる。眩しい太陽の光。お昼寝でもしようか……
「ミランダ! しっかりしろ!」
男が何か言っている。穏やかな風が、あたしの頬を撫でていく。
背中からは、ゴツゴツとした感触。まるで、アスファルトのような…………アスファルト?
「ミランダ!」
「!」
あたしが目を開けて最初に見たのは、カマキリみたいな尖った顔と、サングラス掛けた強面だった。
寝起きに見たくない顔、堂々の第一位。そこにあたしが加われば、寝込みを襲う悪党の図が完成するのだろうか?……悲しくなってきたから、考えるのはよそう。
あたしは、上半身を起こした。
「よかった……」
カマキリ顔こと正義の味方のリーダー、輝一が、うっすら涙をうかべている。
「好きでもないただの仲間の女が無事だったくらいで、涙を流すんじゃないよ」
輝一に軽くデコピンしておく。
隣の強面、譲も、心なしかホッとしているように見える(譲は常に無表情、無口なので、何を考えているのか分かりにくい)。
「それにしてもお前、自分の身体はどうしたんだ? その格好だと、かなり違和感があるんだが……」
「あ……」
あたしの、身体……は……
『ふああ……』
まるで追い討ちを掛けるように、リーテのあくびが聞こえた。
「まさか、爆発した……のか?」
『そ、そうです、ミランダさん! もしかして、あなたの身体は……』
そうだ、爆発したんだ。あたしは……あたしは……
ぽろり、涙がこぼれた。
「み、ミランダ!? 本当にどうしたんだ!?」
輝一が驚くのも無理はない。あたしは、滅多に泣かないから。
「あたしは、死、んだ。死んだ、んだよっ……」
「ミランダ……」
『ミランダさん……』
「…………」
輝一があたしを呼ぶ。リーテも、あたしにしか聞こえない声であたしを呼ぶ。譲も、さっきから何も言ってないけど、こっちを見ている。
滲む視界の中、あたしは腕に顔を埋めた。
……あたしは死んだ。もう、幽霊も同然だ。未来永劫、帰る場所を失ってしまった。
「……いや!」
輝一が、声を張り上げる。
なんだろう。もう、放っておいてほしい。
「お前は、死んでなんかない! 現にこうして、私と話しているじゃないか!」
「そんな……わ、け」
あたしは、死んだんだよ?
「これから、玲央を止めに行く。邪魔者の私達が消えたと思っている今、何をするか分からんからな。だから……いつもの、悪い奴も困ってる奴も放っておけないミランダに戻ってくれ!」
「……!」
ガツン、と、ハンマーで頭を殴られたような気がした。信頼されているんだなと、そう、思った。あたしは確かにここにいるのだと、言外に示されたような気がした。
そうだ、あたしはこんな風にめそめそ泣いているような奴ではない。玲央を、止めに行かなくては!
「ただ、身体が爆発したってのは事実だな……すまん! その、私のミランダ像を押し付けているかもしれん……」
輝一が、慌てて付け足す。
「……ふふっ」
そうやって付け足すところが、あんたらしいよ。自分が言った励ましの言葉を、自分で否定してどうするんだか。
「な、なんで笑うんだ?」
顔を上げれば、困ったようなカマキリ顔がある。
「分かったよ。2人は、玲央の所へ先に行っててくれないかい? あたしは、この身体を本来の主に返してから行くよ」
「分かった。しかし……」
「大丈夫だって。鍵の姿で、痛い体当たり食らわせてやるさ!」
「そうか……じゃあ、また後でな」
輝一の姿が、遠ざかっていく。
見送っていたあたしの肩を、誰かにちょん、とつつかれる。そちらを向くと、譲が立っていた。
「……これ」
持っていたハンカチを差し出される。
「なんだい?」
「顔……」
顔?
「……ああ!」
そうか、『泣いた後でひどい顔になっているから、このハンカチを使え』という事か。じゃあ、ありがたく使わせてもらおう。
……リーテがすっぴんで良かった。あたしの身体だったら、この後さらに化粧を直さなければいけない。
「ありがとうね。後で、なんとか洗って返すよ」
「ああ……また」
そうして譲は、輝一を追いかけていった。
『ミランダさんの、お仲間さん……ですよね?』
今まで黙っていたリーテが、話しかけてきた。
「ああ、そうさ」
『最初は怖いなって思いましたけど、二人とも、とてもいい方なんですね!』
「そう言ってもらえると、こっちも嬉しいよ。輝一も譲も、あの見た目だから誤解される事が多くてね……」
残念ながら、リーテのように中身を見てくれる人は少ないのである。
『そう、なんですか……』
リーテは、痛ましげに相槌を打った。
「そうだ、身体を返すよ。いろいろ、ありがとうねぇ。あんたは、命の恩人だよ!」
『い、いえ! ボクは何もしてませんから!』
慌てたようなリーテの声。あたしが取り付いていなかったら、首や手をぶんぶんと横に振っているんだろうか。
やっぱり、この身体は彼女に返したほうがいい。
「じゃあ、〔ログア――」
『あ、あの!』
だけどリーテが、あたしの呪文を遮る。
『これから、悪い人を止めに行くんですよね?』
「それがどうかしたのかい?」
『ボクも、連れて行ってくれませんか?』
「……へ?」
連れて行って、とはどういう事だろう。
もちろん身体はお貸しします、と付け足されて、さらに困惑する。
「……どうしてだい?」
『はい?』
「あたしとしてはありがたいけど、あんたにメリットがないだろう? 危険な目に遭うかもしれないんだよ?」
あたしがそう言うと、リーテは、どこか遠くを見るような目をした。
『ボクは、クライマックスを、見届ける義務がありますから』
「……そういうもんかい」
多分、取材のためなのだろう。……「仕事」と言うには、選んだ言葉がかなり現実離れしている気もするけれど。
「じゃあ、リーテの身体を引き続き拝借させてもらうよ」
『はい! あ、でも……』
「今度はなんだい?」
また何か度胆を抜くようなことでも言うのかと、ひやひやしながら聞き返す。
『玲央……さんの所まで、歩きますよね?』
「ああ」
『道中、街の人とかいますよね?』
「そうだねぇ……」
『ボク、あまりこの姿を見られたくないので、変身魔法とか掛けてもらっていいですか?』
……意外とマトモな意見だった。確かに、白い髪は目立ちそうだ。
「わかったよ。姿は………『あたし』でいいかい?」
本当は、リーテは髪の色を少し変えるとか、そういうちょっとした「変身」がしたかったのだろう。
でも、あたしは、『あたし』になりたかった。『あたし』でいたかった。
『………はい』
ごめんよ、リーテ。あたしのわがままのせいで、あんたの希望を叶えてやれなくて。
顔と髪型しか変えられなかったけど、まあよしとする。
輝一と譲の所へ向かう途中、途方に暮れているレッド達を見つけた。
こいつらが死ななくてよかった、と心から思う。人生はまだまだこれからだからねぇ。
「ミランダ、まずは礼を言う。……ありがとう」
レッドは、ようやく絶望から立ち直ったようだ。
「どういたしまして。で、あんた達はこれからどうするんだい?」
「そ、それは……」
レッドが、言葉に詰まった。
「どうしろって言うのよ! だって……」
「落ち着いてください、怒鳴ったってどうにもなりません……」
あたしに食ってかかるピンクを、ブルーがなだめる。
「でもやっばり、あんな事があっても、玲央博士が悪人だなんて、おいらは信じられなぐて……」
「だけど、ハカセはぼくらを邪魔者って言った、から……」
イエローとグリーンも、心境は複雑のようだ。
「まあ、いいさ。どうしたって、あんた達の自由だよ」
彼らは玲央に利用されただけの被害者だ。別に何したって構わない。まあさすがに、あたし達の邪魔をされたら困るけど……
「玲央が悪い奴って信じられないなら、輝一……あんた達が悪の首領だと思ってた博士が、資料を持ってる。あいつが、今までどんな事をしてたかって資料を。見せてもらったらどうだい?」
実はあたしも資料を持ってたけど、残念ながらあの爆発でパア、だろう。
「あたしの言いたいことは言わせてもらったよ。じゃあさよなら……おっと、あんた達の選択によっては、また会う事になるかもしれないねぇ」
「「「…………」」」
レッド達の何とも言えない顔に送り出され、あたしは歩き出したのであった。
さあ迷え、青少年たち。……でも、あんた達が正義の心を持った本当の「ヒーロー」ならば、取るべき行動は一つなんじゃないかい?
『どう考えても、ボクの出る幕ありませんね……』
「そうかい?」
リーテと話しながら、早歩きをする。玲央のいる研究所は、もう近い。
『空気を呼んで黙るのが正解で――』
いきなり、辺りに轟音が響く。リーテの言葉を遮るように、地面が揺れた。
「『!?』」
見れば、巨大なロボットが、街を破壊しながら進んでくるではないか!
『ふはははは! 邪魔者達は居なくなった! 世界は、私の物だ!』
スピーカーから聞こえてくる、狂気じみた高笑い。
「玲央の野郎……!」
とうとう、本性を表したか!
「リーテ、行くよ! 先に断っとくけど、身体を借りた以上、あんたの魔力は存分に使わせてもらうからね!」
『は、はい!』
あたしは、平べったい革靴(リーテの物である)で走る。
さあ、にっくきあいつとの最終決戦だ!
結果から言わせてもらう。大勝利だった。
あたし達は死んだと思っていた玲央の不意を突けたのはもちろんだけど、一番の勝因はレッド達が協力してくれた事か。
巨大ロボットには数で攻めるべし。それぞれ違う場所を攻撃して、弱点をいち早く見つける事ができた。
リーテの協力も忘れてはいけない。派手な攻撃魔法をブッ放すの、憧れだったんだよねぇ。上手く調整が出来なくて、譲の髪の毛をちょっぴり焦がしたのは御愛嬌だ。
……だけど、本当に大変だったのは、その後だった。あたし達の所に、大勢のマスコミが訪れたのだ。レッド達がいなければ、「世界の終わり!? 玲央博士、悪の組織に倒される!」というようなタイトルが新聞の一面を飾っていたかもしれない。
誤解が解けたら解けたで、マスコミに追い回される日々。リーテの身体も、返すに返せず。
資金調達と生活費の為やっていたバイトを辞め、譲のハンカチを洗濯したあたしは、ある決断をした。リーテさえ許してくれれば、あたしは。
「リーテ」
『何ですか? ミランダさん』
「身体、返すよ。遅くなって悪かった」
『ええっ!?』
意外そうな声。もしかして、もう身体は返してもらえないと思われていたのか。
そうだとしたら、非常に申し訳ない。
「それと……」
あたしの、決断。
「よかったら、あたしの身勝手な願いを聞いてくれないかい?」
『……なんでしょう?』
「斉藤 輝一 様」
私の元に、封筒が届いた。この大胆な筆跡は、ミランダだろうか。
見事玲央を懲らしめたものの、(主にしつこいマスコミの所為で)私達3人はめっきり会わなくなっていた。彼女の字を見るのも、久しぶりである。
メールという連絡手段もあるのに、改まって手紙とは、どうしたのだろう。私は、恐る恐る、手紙の封を切った。
『輝一へ
突然だけど、あたしは旅に出る事になった。身体を借りた相手の護衛としてね。あたしはどうやらとんでもない子に取り付いてしまったようだよ。
詳しい事はあまり言えないけど、もう、戻ってくる事はないと思う。
今までありがとう。あんたに玲央の企みを知らされて、正義の味方として共に活動するのは、不謹慎だけど楽しかった。
ミランダより』
「……っ」
もう、戻ってくる事はないと思う。その言葉に、深く胸を抉られた。
慌てて携帯を取り出し、ミランダの番号へと電話をかけてみる。
『この電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っておりません……』
……駄目か。
あの爆発により、ミランダは新しい携帯を買う羽目になった。数日前にアドレス交換したばかりなのだが。
譲にも聞いたところ、ハンカチ付きで(……?)同じような手紙が届いているらしい。
「はあ……」
ミランダにはもう会えない、のか。数年間行動を共にした仲間と話すら出来ないというのは、結構に堪えるものだと知った。
しかし、だ。そもそも、ミランダも譲も、玲央の事が無かったら関わりを持たなかったはずの人間なのだ。
『あたしはね、旅に行くのが夢なんだよ! 見た事もない場所で、想像もつかないような事をするのさ!』
私と譲とミランダで情報収集をして、大した成果も上がらなかったある日。たわいもない世間話から、いつの間にか自分の夢を発表する事になったとき。紫色の目を輝かせて語るミランダを思い出す。
玲央の世界征服計画を止める。その為だけに、2人の人生を何年も犠牲にしてしまった。
だから。これからは、別々の道を歩んでいくのだ。
譲は、発展途上国ボランティアへの応募をしたらしい。ミランダも……きっと、どこかで元気にやっているのだろう。2人の夢が叶う事を、祈るとする。
そして私も、大学の修士課程入学の為、試験勉強を始めたのであった。私の夢は……本当の、「博士」になる事。
*特撮世界*(≒ヒーローモノ)
自然災害がほぼ無い代わりに、どこからか怪獣や宇宙人が現れ、人々に害を及ぼす世界。
それらに対抗する為か現実世界よりも科学が発展し、全身タイツにベルトを締めた変身ヒーローや、正義のロボットなどが現れた。しかし科学技術を悪用し、世界を征服しようとする者が存在するのもまた事実である。
魔法使いも少数ながらおり、彼らの、彼らによる、彼らの国が世界のどこかに有るらしい。