05,見た目も大事【前編】
お待たせしました、まともなお話です。
今までとは打って変わって、かなり長い話となります。
「いい加減諦めるんだな!」
あたしに向かって、指が突きつけられる。あたしは、なにも言わず、こっそりとため息をついた。
ああ、まったくもう……
――正義の味方の条件って、なんだと思う?
この質問に、大抵の人は「正義の心」とか「行動力」とか「才能」とか答えるんだろう。だけどあたしは、問答無用で「見た目」だと思う。
正義の味方であるあたし達3人は、世界を征服して、非人道的な実験を行おうと企むマッドサイエンティストと戦っている。
そこまではいいのだ。そこまでは。
リーダーは、不精髭を生やしたカマキリみたいな顔の男、輝一。人の役に立つ様々なものを発明しているが、不気味な顔のせいで信じてもらえない。
譲は、サングラスをかけた筋肉隆々の男。ただし、彼がサングラスをかけているのは強い光を浴びてはならないからで、筋肉隆々なのは力仕事で人の役に立ちたいと思ったからだ。決してマフィアなどではない。
そしてあたし、ミランダこと美蘭。外国で魔法を覚えて、外国籍を取って(ミランダとして)働くつもりだった。けど、輝一から正義の味方の勧誘をされてここにいる。
世界がマッドサイエンティストに征服されるのを、指をくわえて見てるだけなんて、できるもんか!
だけど、あたしの世間からの評価は「悪い魔女」のようだ。この国では珍しい魔法を使ううえ、黒髪紫眼で男を誑かしていそうな容姿(あたしは恋愛になんて興味はない……)だからだそう。
ようは、揃いも揃って悪人面なのだ。正義の味方なのに!
「この、平和を願う玲央博士の邪魔をする不届き者め!」
「……」
その玲央博士こそ、悪のマッドサイエンティストである。
性根は腐っているくせに、精悍な顔立ちで見目がいい。そのうえ立ち回りも上手く、周りには、〈正義感が強く真面目な人〉と見られているようだ。残忍で狡猾な本性を知るのは、今のところあたし達だけ。
つまりは、外面がいいのだ。悪人なのに!
目の前には、あたしを不届き者呼ばわりした、戦隊ヒーロー・レッドの格好をした青年(勝手にレッドと呼んでいる)と、その仲間達、計5人。
「覚悟しろっ!〈悪魔女〉ミランダ!」
チャキッ、という音と共に、レッド達があたしに兵器を向ける。玲央のお手製だろうか、これまたヒーローが持っていそうなレーザー砲。
ここは、あたし達のアジト。レッド達に、ひいては玲央に、追い詰められている。正義の味方の大ピンチだ。
……ああ、それなのに。
今、外では一般人がメディアを通して「正義の味方5人組」を応援しているのだろう。玲央は、罪なきレッド達を利用して、「正義の味方5人組」対「悪人3人衆」という構図を作り上げたから。
どうしてこうなった。あたし達は、平和を守る活動をしているはずなのに。
ああ、今日ほど自分の見た目を恨んだ日はない。いい人そうな顔でなくても、せめて普通の顔だったら……
ザッ!
「!!」
レーザー砲から放たれたビームが、あたしの髪を焦がす。
(まずい……!)
あのビーム、急所に当たれば死は免れないだろう。レッド達に、人殺しをさせるわけにはいかない!
あたしは飛んでくるビームをかわしながら、必死に弁明をする。
「あのね、あたしは悪人じゃない。あんた達は玲央に利用されてるんだよ?」
「そんな見え見えの嘘なんかに、騙されるもんか!」
砲撃が、さらに激しくなる。やっぱりダメか……
しかし、どうするか考えていたせいで、注意力か散漫になっていたらしい。
「!?」
レーザービームはよけたのだが、何かがあたしの体に引っ付いた!
「それ」は、するすると伸びて脚や腕に絡みつき、鋼鉄のように硬くなった。身動きが取れない。いわゆる拘束というやつか!
「玲央博士が開発した、悪人を捕まえる為の道具です。博士が、僕にくれました」
ご丁寧にも説明してくださったのは、いかにも頭がよさそうな青年、ブルー(もちろん、あたしが勝手にそう呼んでいるだけだ)。
やっぱり、玲央の発明品か。相変わらず汚い手を使う……!
「今度こそ……覚悟しろ、ミランダ!」
レッドが、あたしにレーザー砲を向ける。思わず、ギュッと目を瞑った。だけど……レーザーの発射音は聞こえず。
ピッ、という電子音と、レッド達が息を飲む音。
おそるおそる目を開けると、戸惑いの表情があった。そんな中、電子音は断続的に鳴り響いている。
(まさか……)
目を向けると、自分の脚には、赤い数字が6個ほど並んでいる。カウントダウンだろうか、数字の値がどんどん減っていく。
ディスプレイやコードは見当たらないものの……嫌な予感。
まさか、これは……
「時限装置かい!?」
〈ご名答〉
あたしの声に答えるかのように、レッド達との間に立体映像が現れる。
「玲央博士!」
レッドの言葉を聞くまでもなく、そこに写っているのはにっくき玲央であった。
白衣がよく似合っている。相変わらず見た目だけはいいなこの野郎。
〈このアジトは、あと10分で爆発する。ミランダはもちろん、悪人全員おしまいだ〉
な、なんだって!あたしどころか、この部屋の奥にいる輝一や譲も危ない!
あたしは柄にもなく慌てていた。
それとは逆に、訳が分からず怯えていたのであろうレッド達は、目に見えて色めき立った。ハイタッチを始める者もいる。
「成程、悪人達を、アジトごと破壊するという作戦ですね! 流石博士!」
僕達はどうすればいいのでしょうか、とブルーが問う。
〈いや……君達は動くな〉
「……え?」
〈外側から出口にロックを掛けさせてもらった。このアジトからはもう誰も出られない〉
「博士、それはどういう」
〈君達は、強くなりすぎた。私の世界征服計画を邪魔できるぐらいにね。邪魔者達を悪役にするために君達を使ったのに、君達が私の邪魔をするようじゃ、意味がない。だから、消えてもらうことにした〉
玲央はそう言って、顔に似合わぬあくどい笑みを浮かべた。
レッド達の顔が、絶望に染まっていく……
〈では、さようなら。少ない余生を楽しんでくれたまえ〉
そして、映像が……消えた。
「嘘だ……」
誰かが、ポツリとつぶやく。
「卑怯だぞ、ミランダ。俺達に精神攻撃を仕掛けるなんて……
これは、お前の仕業なんだよな? そうだよな!?」
レッドが、あたしの肩を揺する。彼の縋るような言葉に、あたしは首を振った。
「残念ながら、全部本当さ。そもそも、あたしは立体映像なんか出せない。…………あんたも、本当は分かってるんだろ?」
「う、うああああああああ!」
レッドが、崩れ落ちた。
項垂れる者。すすり泣く者。虚空を見つめる者。
当然だと思う。今まで信じてきた物が、全て嘘だったのだから。世界を守る為に戦ってきたはずなのに、悪者の手助けをしていたのだから。
ピッ、ピッ。
定期的に鳴る電子音が、あたしを現実に引き戻した。
そうだ、彼らを憐れんでいる場合じゃない。なんとしてでも、輝一と譲とあたし、それからレッド達でここから脱出しなければ!
まずあたしは、拘束を解くためもがいてみた。……身体が痛くなっただけだった。
「おーい、大丈夫かい?」
次に、助けを求めるため、レッド達に呼びかけてみた。……駄目だ、反応がない。
普通の人なら、万事休すな状況。とりあえず、抜け出すか……?
「……ん?」
ふと、部屋の隅にいる人影が目に入った。
白い服に、白い頭。髪の長さからして、男だろうか。俯いているので、表情はわからない。
何故こんな所にいるのか、とか、白髪の少年(体つきから、そう判断した)が珍しいとか、そういう事はどうでもいい。大事なのは、彼が魔力持ちらしいという事だ。
あたしの魔力には癖があって、火を出すとか、瞬間移動とか、いかにも魔法使い、な魔法は使えない(だからこうして困り果てている)。
だけど、あの少年は違う。魔法使いであるあたしには分かる。彼は、癖のない良質な魔力をたっぷり持っている!
ただ、彼は魔法使いではないようだ。瞬間移動のやり方が分かるとは思えない。
という訳で、彼の魔力を拝借して、瞬間移動魔法を使わせてもらおう。人権無視だけど、今は緊急事態だ。
あたしは、右手をそっと開き、宙に向かって手招きした。手の中に、黒紫の鍵が現れる。
「アンロック」
呪文を唱え、鍵に魂を移動した。
これぞ、あたしの、魔法。敢えて名前を付けるなら、幽体離脱魔法と言ったところか。
そして鍵――「あたし」は、あたしの手から抜け出した。
少なくとも魂だけは助かった「あたし」は、鍵の姿のまま辺りを見回す(鍵に目なんかあるか、って話だけど、何故か周りは見えるし、動ける)。
『ログイン』
「あたし」は少年に向かって突進し、彼の中に入り込んだ。鍵と「あたし」は分離。鍵は彼の身体に、「あたし」は彼の魂にくっついた。
魔力を拝借するため、彼と接触を開始。
『あたしの声が聞こえるかい?』
(え!?何!?)
失礼、(心の)声からして「彼女」だったようだ。
『時間がないから、単刀直入に言うよ。あんたの身体を貸してくれないかい?』
(え、ええええ!?)
魔力を拝借するには、身体を乗っ取らなくてはいけないのである。
「あたし」は彼女の意識の中にいるものの、まだ取り憑けてはいない。彼女の魂にとっては異物で、実は今にも追い出されてしまいそうだ。まるで、竜巻の中必死に地面にしがみついているような……
(誰!?と言うか何ですか!?)
『細かい事は後で説明するから! あんたが身体を貸してくれないと、大変な事になるんだよ!』
(わ、わかりました……)
彼女の同意と同時に、吹き荒れていた風がピタッと止んだ。
『じゃあ、主導権を交代させてもらうよ!』
(え、ちょっと待って下さ……うわあああ!)
彼女の叫びをもろともせず、「あたし」は身体を乗っ取ったのであった。
言葉の響きが悪いねぇ……
「さて、と!」
声を出してみる。あたしとは違う、少し高めな声。
手を開いて、握って。あたしより小さめな手。
眼鏡が耳や鼻に当たる感触。視界に映る、拘束されうずくまったあたしの身体……いや、考えちゃ駄目だ!
「ああ、身体はきちんと返すからね。流石にずっと乗っ取ったりはしないさ」
『はい……』
最後に、明らかにホッとしている彼女の声を聞き。
「さあ、脱出だよ!」
まずは、まだまだ絶望している連中からだ。
「ふう……」
『お疲れ様です、ミランダさん。』
レッド達をなんとか魔法で転送し、輝一と譲にも事態を説明して同じく脱出してもらった。その合間に、これも何かの縁だろうと、少女――リーテと自己紹介しあった。自分を「ボク」と呼んだのには驚いた。
リーテは、仕事としてレッド達をこっそり調査していたそうだ。いわゆる記者なのだろう。レッド達が悪人に騙されているだけだと知り、調査相手を間違えたと嘆いていた。
……もしかして、その場合の調査相手ってあたし達かい……!?
1歩間違えば、あたし達は調査と言う名のつきまといをされる事に……
……話を元に戻そう。
もう、このアジトにはリーテとあたし(身体と魂が分離してるけど)しか残っていない。あとは、あたしの身体だけを転送し、時限爆弾を置いて逃げるだけ。
「フォアワード!」
『って、爆弾も一緒に転送してます!』
「まずい!」
……慌てて戻した。爆弾が外で爆発するのは、さらに危険だ。全く関係のない一般人が巻き込まれる可能性がある。
「フォアワード!」
「フォアワード!」
何回か魔法をかけたけど、全部駄目だった。
そもそも、転送魔法を使うのは初めてなのだ。今だって、昔師匠に見せてもらったのを思い出しながら、見よう見まねでやっているだけ。そんなあたしが、爆弾とあたしの身体を別々にするなんてテクニックのいる事できる訳がない。
『ミランダさん!あと10秒ですー!!』
「な!?」
爆弾は、またもあたしの身体と共に消えた。さっさと戻す。
早くしなきゃ。早くやらなきゃ、あたしが……
焦りすぎて頭が真っ白になる。
『早くーー!』
あと5秒………
4!
3!
2!
1!
「エスケープっ!」
あたしはとっさに、脱出の呪文を唱えた。
ピピピピピピッ……
切羽詰まった電子音と、強烈な熱風を、感じた気がした……
補足。譲は網膜色素変性症です。なので戦闘では防御担当。気になる方は調べてみてください。
ミランダは、外国での通名を日本で名乗っています。昔の友達に付けてもらった名前のようです。