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おまけ、あるいは企業秘密のお話です。
むかしむかし、あるところに、神さまがおりました。なぜここに居るのか、自分でも分かりません。気がつくとひとり、真っ白な空間に立っていました。
押し潰されそうな孤独でした。だから、「仲間がほしい」と願いました。
すると……血塗れの手に足に臓器に、見るに堪えないものが降ってきました。神さまは慌てて針と糸を作り、手を血で汚しながらそれらを縫い合わせました。
出来上がったのは、髪も目も肌も色がバラバラの、つぎはぎのような青年でした。神さまは、それでも彼を抱きしめました。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「こちらこそ……俺を生んでくれて、ありがとう」
彼は掠れた声で言うと、神さまを抱きしめ返しました。そして、地の神と名乗りました。
それからふたりは、沢山のものを創りました。空、星、広い広い大地、海、雲、山、マグマ。そこに息づく様々な命を。人間を。
神さまだけが、命を創れるのでした。
しかし、男神がひとりで創り出すからでしょうか。それはいつも不完全だったのです。
地の神は、姿形が歪でした。
人や動物や植物は、食べなければ生きていけず、いつかは死んでしまうのでした。
命たちは、神さまの手を離れ、それぞれの営みを始めました。
ですが神さまは、人と共に暮らすことを選びました。
挨拶を交わし、採れた野菜や、明日の天気、他愛もない噂話を聞くことが好きでした。自分が作った服も食事も、なんだか特別に見えました。育児を手伝うのは大変でしたが、赤ん坊の笑い声は可愛らしいのでした。誰かが亡くなると、涙を流しながら花を添えました。
地の神とも共に過ごしました。毎朝鍛錬をし、村落や自然を見て回り、草木を育てている彼と、星を眺めながらぽつぽつと語り合いました。
しかし、時が経つにつれ、彼らの立場は変わっていきました。
人は神さまを創造主として崇め、奇妙な姿の地の神を恐れたのです。ふたりは豪華な神殿に押し込められました。
「神様!」「神様!」
人間達は神さまに平伏し、手を合わせ、おのおのの願いを言いました。たくさんの目が神さまを見つめました。なみなみと注がれた酒や、肉や、時には美女が捧げられました。神さまの像があちこちに建てられました。
甘いものが好きだとか、道端に咲く花が好きだとか、服作りと料理が好きだとか、言えるはずもありませんでした。
ただただ「神様」として、願いを叶えてやりました。
神さまは、人間を愛していたからです。
そして地の神は……自らを卑下し、互い違いの目を蔭らせて、神さまに跪くようになってしまいました。神様が「顔を上げてくれ」と言っても、聞きませんでした。
神さまは、独りぼっちになってしまいました。まるで、世界に自分しか無かった頃のように。
だから神さまは、「仲間がほしい」と願ってしまったのです。
生まれたのは、顔立ちの整った青年でした。血や手や足や臓器どころか、傷一つ見つかりません。呆然とする神さまの前に、彼の手が差し伸べられました。
「よろしくね」
「ああ、よろしく……」
握手をすると、彼はにこりと笑ったのでした。それから、星の神と名乗りました。
彼は完全に見えました。いつも綺麗な顔で微笑み、「神様の息子」として祀られました。星を操り、物を創る、紛れもない神でありました。
そして彼だけは、神さまを特別扱いしませんでした。
神さまは、星の神を息子として愛しました。
そんな神さまを、地の神が昏い目でじっと見ていました。しかし、神さまが地の神を見ると、視線は逸らされてしまうのでした。
地の神が、神さまへ心の痛みをもたらします。逃げるように、神さまは星の神へと愛を向けました。
ある日のことです。神さまは、大地の揺れで目を覚ましました。神殿の外も、やけに騒がしいのです。
外へ出た神さまは、言葉を失いました。
立派な国は、数々の石造りの建物は、隕石でぐちゃぐちゃにされていました。血と炎のにおいがしました。人々は隕石や建物に潰され、もう、助かりそうにありませんでした。
未だ隕石が降り注ぐなかで……星の神だけが立っていました。
「なあ、ここで、何をしている?」
「壊してみたら、どうなるかなって」
「……おまえ、なんてことを……!」
神さまが肩を掴むと、星の神は口角を上げました。それは、いつもの笑みとは全く異なっていました。
「カミサマの息子として、お行儀よくしてるのに飽きちゃってさ。だから、カミサマとチノカミを眠らせて、全部壊してみたんだ。
面白かったよ。みんな、『どうして』って叫んで。逃げ惑って泣き喚いて、ぷちって潰れちゃった」
神様には、星の神がとんでもない怪物に見えました。
彼に欠けていたのは、心だったのです。
そのとき、星の神が突き飛ばされました。肩を掴んでいた神さまも倒れました。見れば、地の神が星の神を張り倒し、押さえつけています。隕石も止められたようでした。
地の神は、星の神の上で涙を流しました。ふたりの姿は、神さまの涙で段々とぼやけていきました。
神さまは、星の神を神殿に閉じ込め、力を奪いました。
ぐちゃぐちゃになった人間たちは、針と糸で縫い合わせました。せめて、綺麗にしてやりたかったのです。そして、街の跡に彼らを埋めました。地の神は、建物を退け、穴を掘り、花の種をまいてくれました。長い長い時間をかけて埋葬をしました。
地の神の創った大地は、隕石で砕け、ばらばらになっていました。ちぎれ、空に浮かんでおりました。
神さまと地の神は、いつか、その大地の欠片に命が芽生えることを願いました。彼らは、やはり人間を愛していたからです。
星の数ほどの大地の欠片は、徐々に神さま達のもとから離れていきました。
それから、神さまは幾柱かの神を生み、この世界を任せました。
ようやく、神さまは自分を罰することが出来るようになりました。身体を捨て、力を捨て、布切れとなりました。神殿の薄暗い物置で、ずっと独りで過ごすつもりでした。
その物置に、駆け込んでくる者がありました。地の神です。彼は神さまの姿に息を飲みました。
「どうしたのです、神様!」
「我は自分に罰を与えることにした。もう我には関わるな。……星の神と、新たに生まれる命達を、頼む」
地の神は、しゃがんで神さまと同じ高さになりました。
「なぜ、罰を受けるのですか」
「我が悪いからだ。誰も仲よくしてくれないなんて理由で、星の神を作り出した。あいつに傾倒した。おまえから、逃げていた……」
「なら、俺だって悪い! 神様の孤独など考えもしなかった。星の神をろくに見もしなかった。ただ醜い感情にとらわれていた」
だから自分も罰してくれ、この物置に閉じ込めてくれと地の神が言います。だから神さまは、笑いました。
「おまえも一緒では、罰にならない……」
地の神も笑い、首を振りました。
「貴方と一緒でなければ、貴方への償いもできない」
神さまは、気づかされました。この罰は、地の神のことを何も考えていなかったのだと。彼と向き合う必要があるのだと。
「そう、だな。おまえと一緒でなければ、おまえへの償いができない」
ふたりで、物置から出ました。地の神は、布切れとなった神さまを運んでくれました。
神さまは決めました。地の神に償い、星の神を監視し、新たな世界を見守ることを。もう二度と、世界を滅ぼさせなんてしないことを。
……また、長い長い時間が経ちました。
神さまの捨てた力は、たくさんの不思議を生みました。
大地の欠片は、たくさんの惑星となりました。
神さまは、このいろいろな世界を、今もどこかから見守っているのだとか。




