42,エピローグ~妄想紀行物語~
ある日、語り手さんから「語り手交流会開催のお知らせ」と書かれた招待状が届いた。
参加は御遠慮したかったのだが、『そういえば他の語り手には会ったことはないねぇ』「私達のような護衛は居るのだろうか、出来たら手合わせを、」などとのたまう人達のせいで会場まで赴くことになった。
テラス、テラスとしか言いようのない場所である。屋外。木製のデッキに、ダイニングテーブル。降り注ぐちょうどよく暖かい日差し。ただただ広がる自然の景色。語り手の拠点には長いことお世話になっているが、こんな所があるとは知らなかった。そもそも屋外に出た事がない。
そこには語り手さんと、見覚えのある顔があった。
ボクを殺しにきた少女、カリストである。身長も体型も顔立ちも、決して動かない表情筋も、何も変わっていなかった。あれから数年経つというのにだ。
彼女も人間ではないのだろう。ボクの周りの人達のように。
……いやいや違う、そういうことじゃない。
「あの、何で貴女がここに?」
答えたのは、相変わらずフードで目元を隠し、口元に笑みを浮かべる語り手さんだった。
「彼女が〔語り手〕に志願してきてね。で、君達とは面識があるみたいだから会わせることにしたんだ」
「其方が……語り手に」
こちらも少年のままのミツキ君が、がっかりした様子で言った。『護衛と手合わせを』という希望が打ち砕かれたせいだろう。
「そうよ。私は〔世界調整機関〕の長を解雇させられて……まあそれは良いのだけれど……3年間外出禁止よ! この日をどれだけ待ったことか」
カリストは、無表情ながらも、腕を組んだりこちらに3本指を立てる。それから、ボクをじっと見つめてきた。
「貴女は……ちょっと変わったのね。ああ、人間だものね」
そう、ボクはちょっと変わった。少し背が伸びて、肉付きが良くなった。
『そうなんだよ。でもリーテは髪型すら変えやしない』
変わるはずもない鍵姿で、ミランダさんがため息をつく。彼女がボクの見た目についてあれこれ言ってくるのは意外だったが、今では珍しくもない事になっている。
「別に……いいじゃないですか」
いつものように返しておく。
『いやいや、見た目は大事だから』『髪の毛を伸ばしてみるとか、せっかく綺麗な色なんだから』と、いつものやり取りが始まったところで、カリストが咳払いをした。
「お取り込み中のところ悪いけど」と前置きし、口を開く。
「貴女の評判は聞いているわ。〔物語〕にかける情熱は人一倍。書き上げるのはちょっと変わった話たち。しかも〔物語〕のために、行方知れずの風の精霊を追いかけているそうね」
カリストがじりじりと迫ってくる。述べられた事は正しいので別にいいのだが、なんだか、嫌な予感がする。
「私はね、〔語り手〕を取材するのもなかなか面白いと思っているの」
こちらに迫って、ボクの手を捕まえた。
「リーテ。貴女の〔物語〕、聞かせてくれる?」
「…………」
よく考えてみると、〔物語〕の題材にされるというのは行動から考えから全てを洗いざらい吐かされるという事で、〔語り手〕になった当時の、今振り返れば黒歴史も同然の思考が晒されるかもしれないわけで。
「いいよ」
なぜか、語り手さんが許可をした。
「いいぞ」
ミツキ君まで続く。
「ちょっと、お二人とも……ボクを売る気ですか!?」
「だって、リーテは〔語り手〕である僕の事を、無理やり、〔物語〕にしたじゃないか」
「私の事も勝手に〔物語〕にしたと、最近聞いた」
語り手さんはにこにこしているのに笑っていないし、ミツキ君は恨めしそうにこちらを見てくる。
どちらも事実なので反論できない。だから、冷や汗に塗れた手で黒紫の鍵を握る。
「助けてミランダさん!!」
『いいじゃないか、あんたの〔物語〕。あたしも見てみたいねぇ』
笑いを含みながらそう返される。彼女は彼女で完全に面白がっている。
ボクの味方はどこにも居ない。
これが因果応報ってやつか。書いていいのは、書かれる覚悟のある奴だけだった。
「じゃあまずは……」
目をキラキラさせて聞いてくるカリストの前で、ボクはがっくりと項垂れた。
こうして、『妄想紀行物語』と名付けれられたボクの話は、〔物語〕として残ってしまったのだった。




